第7話



スインベルン・オンラインの最初の難所であるゼリアスロードは白染めの【クラブメイル】(女性プレイヤーはクロス)を愛用している男性プレイヤー、メルセデスの声で集まった有力プレイヤー達で攻略された。

ゼリアスロードのボス的存在───と言ってもボスやレアモブではなく、ただの強モブ番人ゴブリンを誰かが一度でも倒せば、アクティブモンスターの数は激変し、通過しやすくなるように設定されている。


メルセデスが集めたプレイヤー達が番人ゴブリンを倒し、スインベルン・オンライン最初のフィールドダンジョン[ゼリアスの森]へ到着し、攻略を開始した。と聞いたのは三日前の事だ。


四日前、わたしのキャラ[レイン]はゼリアスロードでlst ───HPが0になった際確率で発生するデスペナルティによりキャラデータは消滅した。

メルセデス達がゾンビMPKをやっていたスナッチプレイヤーのハイディングをリビールするも、恐ろしいAGIを持つスナッチャーを取り逃がしてしまった。

これはプレイヤーログで確認した事実であり、取り逃がしたのか、逃がしたのかまではハッキリわからない。


直接メルセデス達に話を聞けば早いのだが、レインがlstしてからわたしはキャラクター作成をしていない。


現段階では目立ったプレイヤーのトラブルや、迷惑プレイが起こっていないので、ログインする必要もなく、テストプレイする際は運営チームでキャラを持っている誰かに、キャラデータを借りればいい。

イケメンのメイジ、滝口さんの[フォル]もあるし、正直わたしがキャラを作る事もない。


それに、MMORPGでは運営はシステム的ルールは作るが、ゲーム的ルール、通称ローカルルールを作るのはプレイヤー達だ。トレインプレイヤーの時の様に、わたしがアレだめコレだめと動くのはやはり違う。

トレインプレイヤーの時は正式サービス初日で、テスト未経験の新規ユーザーも多かったので、ケアと言うよりはユーザーを離さない様に対応しただけの事。

今トレインプレイヤーが湧いても行かないだろうし、スナッチャーの件も、運営チームのプレイヤーレインとしてではなく、スインベルン・オンラインのプレイヤーレインとして行動したまでだ。


迷惑行為を放置するわけではないが、プレイヤーの行動制限...と言えば重いが、そういったローカルルールは基本的プレイヤーが作るべきであり、それもMMOの魅力の一つ。自由だから何でもアリではなく、自由の中にもルールがある。

なぜトラブルになっているのか?などは知り、今後の変更課題になる事もあるので、原因などを見て、調べるのがわたしの仕事の一つでもある。

だがそれはレイン以外のキャラでも可能な仕事。


「....タッキーこの指輪の泥率低すぎない?これより少し性能は下がるけど格段に泥率高い指輪が別のマップで泥するし、インダン30に行けばもっといいアクセ泥できるじゃん?これ何かの素材になるの?」


泥率調整マニアの滝口さんこと、タッキーへわたしは質問すると、アゴ髭を触りタッキーはニカッと笑った。


「いい所に気がつくじゃないのれいんちゃーん、その指輪は次のアプデで解放される合成レシピの、そ・ざ・い」


最後に投げキスを放ってくるも、わたしはスルースキルを発動させ話を続ける。


「へぇー!これだけ泥率渋ってるなら...βで実装した【ユリリアの指輪】とか?」


わたしが言った【ユリリアの指輪】はHP.MP.MEFが上昇するアクセサリー。βテスト時に実装されてから[スロット]ありを求めるプレイヤー達は素材集め→合成屋をローテーションする日々が始まった。ヘヴィユーザーは[ダブルスロット]や超絶レアな[トリプルスロット]を狙い、日々 合成屋NPCと睨み合いを繰り広げていた。


「流石れいんネ。【ユリリアの指輪】を早い段階で実装して当分指輪の変更は必要ないようにする作戦だヨ。その分他の装備は大変かもネー」


若干イントネーションに違和感がある喋りをする女性はMMO大国の韓国からの刺客、武具のプロパティやアイテムの効果、スキルの性能などを管理、考案、実装する。

MMORPGでは重要な部隊の女性隊長、ソフィ。

他にもアメリカからの刺客、シャキール(男性)、日本の刺客、鈴村さん(男性)がこの部隊の隊長を勤める。

三隊長が仕切るスインベルン・オンラインで最も兵隊が多い隊。


わたしの予想は的中したらしく、レベルキャップが解放─── インスタンスダンジョンLv30がクリアされアップデートが入れば、プレイヤー達は【ユリリアの指輪】を狙い、合成屋で素材と微量のヴァンズを溶かすヘイトな日々が始まるわけだ。

ついでに言うとインスタンスダンジョンLv30クリアされアップデートされると、プレイヤー達は直接ではなく、システム経由でアイテムや武具を別プレイヤーへ販売する事が出来る[露店]が実装される。そうなれば【ユリリアの指輪】合成だけではなく、素材アイテムにもヴァンズが溶けるヘイト値が恐ろしく高い日々が幕を開ける。


「れいんはもうキャラデータつくらないのか?」


れいん、キャラデータ、この二つで見事な発音を聞かせてくれたアメリカからの刺客、シャキール。食事中だったらしく、手には某ハンバーガーチェーン店のハンバーガーがある。ビッグサイズのハンバーガーがノーマルサイズに見える程の巨体と、シャキールという名前は昔NBAで荒々しく活躍していたバスケットボール選手を思い出させる。


「んー、考え中」


わたしは短く答え、次のアイテムリストを確認する。


今現在、プレイヤー達は最初のフィールドダンジョン、[ゼリアスの森]を攻略中。そろそろフィールドボスの武装ゴブリン、[ゴブリン アーマント]を発見し、ブゴ攻略会議が行われる頃だろうか...出来る事なら参加したい。しかしスタートルのクラブクエはもう出来ない。レザー防具と店売りのロングソードでは正直頼りない。

かと言って管理者権限というチートに手を染めるのはごめんだ。キャラデータを作ってレベルあげして、インスタンスダンジョンLv15が解放されたら潜ろうか...


「な!?...なにこれ!?」


アイテムリストを確認し、アイテム価格、合成レシピ、ドロップモンスター、ドロップ率、効果や性能などの確認をしていたわたしは思わず声を荒げた。

クエスト〈商品どろぼう〉と〈父の形見〉の報酬である【クラブクロス】と【クラブ武器】に負けず劣らずな性能を持つ武具がアイテムリストに堂々並んでいた。

固有名は【ジョーカーベスト(Fも同名)】と【ジョーカー武器】...ジョーカーシリーズ?こんなのα、βでは実装されていないし、話も聞いた事ない。これはなんだ?

わたしの声を聞き付けた運営チームの数名はタブレットを覗き込み声を揃えて「あー」と言う。


「それ、れいんちゃんにはサプライズで実装した武具なのよねん。ゲーム好きのれいんちゃんが退屈しない様にオジ様達からの、お・く・り・も・の」


最後にまた投げキスを飛ばしてくるタッキーだったが、今度はスルースキルを任意発動ではなく、自動発動され、わたしはジョーカー武具の詳細を確認する。


スタートルの街の教会から地下に降りるとある、[グロウス ダンジョン]のボスモンスター、[グロウス クラウン]から0.000025%の確率でドロップ...1/40000の確率...かな?一日100討伐で四百日。一年と三十五日でドロップする計算。


「ステ見る限りテストする必要はない武具だけど...んー、これはプロパ的に泥率ナメてるとしか思えないけど、ジョーカー...ねぇ」


そしてこの[グロウス ダンジョン]は実装前のテストプレイ体験したあのダンジョン。

Growth Dungeon...成長する迷宮、と言った所か。

名前の通り現在のインスタンスダンジョン踏破状況に応じて成長───難易度を上げるダンジョン。記憶だと[グロウス ダンジョン]のボス初期レベルは15。次が30、その次が45とインスタンスダンジョン同様に15刻みで上がる。

厄介なのはレベル数値は15でもステータスレベルは30のボスモンスター。レベル30の雑魚モンスターとは比べ物にならないステータスを、レベル15の段階で持っているボス。

ステは置いといて、激レア武具である事は間違いない。


「ステータスは確かにクラブシリーズとATKやMATK、DEFを比べれば低い。でも特種効果はどうだい?」


シャキールことシャックがわたしへそう質問する。

特種効果エクストラスキルはその武具固有の効果で、【クラブクロス】ならばHPやATKが上昇する効果だった。【ジョーカーベスト】はMP、CD、EVAが上昇する。


「MPとクリティカルダメージパーセントは納得できる数値だけど、回避はやり過ぎじゃない!?現段階で回避率がプラスじゃなくてパーセントなら、後々凄い事なるよ?」


α、βでのEVA特化型ビルドの高ステータス数値が900前後。[マテリア]やEVA武具で盛れてもせいぜい、プラス80。もちろん他のステータスへ気を配ればプラス80を盛るどころか、EVA900まで持っていく事が難し。

この【ジョーカーベスト】のEVAは15パーセント。

900で135上昇する事になる。EVA特化にしない場合でも、若干EVAに気を配り回避補正スキル取り、熟練度を上げた場合で500前後。そこに【ジョーカーベスト】装備で15パーセント...EVA575。[マテリア]や他の武具を好きな物に変更出来る事を考えれば、壊れ性能だ。


「いいのヨ~。だからグロダンのボス泥で、確率もソレなんだヨネ、ATKやMATKなら問題オオアリだけど、EVAやDEFなら生存ステータスだし、ボスを倒す速度が大幅に早くなる事はナイからネ」


チョコレートのお菓子をくわえ、キーボードを忙しく叩く韓国の刺客、ソフィは眠そうな声で言う。たしかにDEFやEVA、HPなどは生存スキル。ATK、MATK、CRTなどは火力スキル。

場合によってはEVAも火力スキルに化ける時もあるが、基本的、平均的に考えれば生存スキルのジャンルだ。


[グロウス ダンジョン]のボス、[グロウス クラウン]からドロップする武具【ジョーカー】これがあれば当分は武具の変更に頭を悩ませる事はなくなる、と同時に武具の変更に頭を抱える楽しみがなくなる。


「はいはい、そーゆー話は手を動かしながらしてください!れいんちゃん次このチェックよろしく」


眼鏡をクイッと上げ、3D化された未実装武具を装備したキャラクターの、装備した時のイメージをチェックする仕事がどっさり。


これは...実装後にネット掲示板のトークを参考にした方がいいのでは?と思う反面、ある程度でもリアル世界で確認し、ログインして実際に試着、着心地や武器の感じを確認し微修正して実装した方がいい。


これもプレイヤー目線の話なので、運営プレイヤーであるわたしに回ってくる。




運営の着せ替え人形も楽じゃない。




けど、こういうのも嫌いじゃない。




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