第9話
動物型や昆虫型のクリッターが木々の影で動く森。
深くもなく、不気味でもない森フィールドをざわつく風が吹き抜ける。
渇く黒緑の肌、黄色い瞳、垂れる耳。下半身をボロ布で覆った雑な防具、手には荒削りで仕上げられた木製の棍棒。
ギシュ、ギシュ、と歯を鳴らす[ゼリアスの森]に生息している亜人型の雑魚モンスター【ゴブリン】とわたし【レイン】は遭遇していた。
ゴブリンの数は二体、レベルはわたしと同じ14。
プレイヤーとモンスターが同レベルという事は戦闘しても戦えるレベル。ここで間違えてはいけないのは “戦えるレベル” という言葉の意味とゲーム的本質。
序盤のレベルは正直、あまり関係ない。それはスタートル平原での話。
ゼリアスロードから先はモンスターのレベルが最初にプレイヤーが入手出来る敵のステータス。ここで「同レベルか」で済ませる事が許されないのがスインベルン・オンライン。
レベル14とレベル14。同レベルなので無謀な戦闘ではないが、相手は二体。
そしてモンスターのステータスは同レベルプレイヤーとは異なる。
この当たり前のデータを元に自分の現在のステータス、今まで戦闘してきたモンスターのデータを独自の計算ツールにかけ、大体のステータスデータを叩き出す。
ここから戦闘へ。
向かって右側のゴブリンをターゲットに、わたしは攻撃を仕掛ける。
RES───ゴブリンの反応は鈍い。しかしHPの減りがゼリアスロードのゴブリンとは違う...堅い。
一体目のゴブリンは攻撃に一瞬怯むも、隙になる怯みではない。二体目のゴブリンは棍棒を高く上げ、降り下ろす攻撃...攻撃モーションも遅い。
テストプレイしたのはわたしだが、実装する時に少し変更するので実装後はテストとは若干違う。もちろんバランスを崩壊させる様な変更はない。
今回変更された部分はゴブリンの堅さだけ。それも若干だ。
大体のステータスに実戦中に見えたステータスと癖をプラスマイナスし、“現在のレベルでも戦える” から “勝てる” に答えを変更し、一体目のゴブリンへ再び攻める。
36秒後、二体のゴブリン戦に勝利。ゴブリンの堅さが36秒という雑魚モンスター相手では中々長い時間を叩き出したが、こちらのHPは1ドットも減っていない。
戦闘終了後レベルは15に上がり、現在のレベルキャップの半分、最初の【インスタンスダンジョン】へ進む事が許される最低レベルまで達した。
◆
──2031年 3月27日 木曜日。
わたし【夕夏れいん】は仕事後、スインベルン・オンラインのキャラクターデータを新規で作成する事を決めた。
新規...と言っても、1アカウント一回のクエストはもう消化済みなので、最初の街の[スタートル]のクエスト報酬で入手出来る【クラブ武具】はプレイヤーから買い取る、あるいはプレゼントされなければ入手出来ない。
現在の攻略状況───スインベルン・オンラインの現段階での最強クラス装備は【クラブ武器】と【クラブ防具】。
手放すプレイヤーが現れるワケもなく、入手済みデータがlst───HPが0になり1/5の確率で発生するデスペナルティでキャラクターデータが強制削除されたわたしは、もちろん持っていない。
どのMMORPGでも “一回限りのクエストでの報酬アイテム” や “限定イベントアイテム” は不要になってモノでも一定期間は倉庫等で保管するのが当たり前。
今後そのアイテムが素材になる場合や、イベント限定品は高値がつく場合もある。
現在クエストで入手出来る【クラブ武具】は残念ながら素材等にはならない。クラブクエストを消化した時点で、次の街でのクエストフラグは成立しているので武具を持っていないわたしでも受注可能。
初代【レイン】がlstしてからキャラクターデータを作る気が湧かなかったわたしだったが、やっとプレイヤーとしてスインベルン・オンラインに再降臨する事を決め、3月27日 木曜日。二代目【レイン】が召喚された。
lstの傷は自覚していた以上に深かったのか、キャラネームを変更するか迷い迷ったあげく、結局【レイン】に決め、キャラアバターが3つ、ランダムで配布された。
ここでスーパーリアルラックを発動させ、愛くるしいアバター、凛々しいアバター、わがままボディのアバターを!狙ったものの、どうやらLUKがゴミカスだったらしく...ドワーフめいたアバター、超絶ハズレなお腹ぽっこりアバター、普通のアバターという結果で終わった。
迷わず普通のアバターを選んだわたしはせめてキャラメイクでの可愛さ底上げに挑戦するも、何度もメイクしている内にどれがいいのかわからなくなる迷宮に囚われ、髪型はショートの水色、瞳の色はグリーン。
キャラメイク可能ゲームでは必ずと言っていい程この組み合わせで落ち着いてしまう。
キャラクターが完成したわたしはお金の力───課金コンテンツに迷わず手を出し、一時間 経験値とドロップ率が上がる便利アイテム、あるいは悪魔のアイテムを購入しモンスターをバッタバッタ斬り捨て、ゼリアスロードで便利アイテム時間を終えたレインのレベルは12。
その後街に戻り、ドロップした素材で納品クエストの条件をいくつか満たしていたので、クエスト受注→報告でレベルは一つ上がり13に。
普通のプレイヤービルドではヴァンズ───お金が雑魚mob、レアmobからドロップしないスインベルン・オンラインではクエスト報酬やアイテム売却で稼ぐしかない。
レアアイテムや需要ある素材はプレイヤー取引の方が圧倒的に稼げるが、それはまだ先の話。今はNPCへ売却しチマチマ稼ぐしかない。
従来のオンラインゲームならばプレイヤー達が値段設定し、そのアイテムを販売システムへ預ける【露天】または【マーケット】機能が存在しているが、スインベルン・オンラインには存在しない。
運営チームでも次のアップデートで実装しよう!とまで話は進んでいたが、アメリカからの刺客 シャキールが、
「思いきってマーケットを無くして、プレイヤーが商人になるスタイルはどうだろうか?安く仕入れるのも高く売るのもシステムスキルではなく、プレイヤースキル次第。トレード時にお互いのアイテムやヴァンズを確認出来る仕様になっているんだ。こういった部分もプレイヤー達が組み上げ作り上げるべきローカルルールなのではないか?」
と、発言しマーケット機能は廃止。チャットを貼り付けておける掲示板があるので、そこで「○○探してます!大体×時~×時にログインしてます」等の貼茶すればいいし、販売側も同じだ。
現在存在するシステムで代用できるならばマーケットに使う運営資金を別に回せるのも運営のお財布事情だ。
まぁ今すぐこのなんちゃってマーケットを使う意味もないので、わたしはNPC鍛冶屋へ行きスタートルで販売している武具で最も強い【ロングソード】と【ハードレザーチュニック】を購入。
スキル、ステータス振りは以前のデータと並び、これで一旦完成。残りのヴァンズでポーション類を購入し、わたしは現在の最前線、フィールドダンジョンである[ゼリアスの森]ではなく街の教会地下にある成長する迷宮[グロウス ダンジョン]へ向かった。
街の教会にはプレイヤーの姿はない。次の街が解放されるまでは教会に来ても意味はないし、街の外───フィールドにある教会はタブーを犯したプレイヤー達が行くちょっとダークな教会。
教会の祭壇にある女神の像を凝視すると[この先に空間がある...進みますか?]との文字がウィンドに表示され、赤文字で[超高難度エリアです]の文字も。わたしは迷わず進む事を選ぶと、アバターが光に包まれフワッと浮く。
2秒程で薄暗く紫色のダンジョンに転送される。
ダンジョンに足がついた直後、メッセージが届く。
このダンジョンに来る度に帰還アイテムが一つ配布される。わたしはフォンを出し配布されたアイテムを取り出す。雫の様な形をしたクリスタル、固有名は【女神の涙】となっている。効果はグロウスダンジョンから街へワープするアイテム。
女神の涙をベルトポーチへ入れ、フォンでマップを開いてみるも、lstの文字。
ここではマップ機能が停止し、マッピングも機能しない。
フォンをしまって【ロングソード】を抜き、わたしは成長する迷宮へ潜った。
BGMは無く、時折不気味な高笑いが遠くから響く。ダンジョンの主である【グロウス クラウン】の声だろうか...ここはテストプレイどころか存在を知ったのも最近。
「...楽しみ」
独り言を溢し、一歩一歩進むと早速モンスターとエンカウントする。
目元まで隠れる金色の髪、長く伸びた青い舌を持つ小柄な亜人。手には錆び付くナイフを持ち左右に跳ねる【マーダーラップ】という名のモンスター、レベルは10。
様子を見ていても始まらない。
先手を取るべく、一気に距離を詰め剣を振るとマーダーラップは【ロングソード】をヒラリと回避し、左手を口元まで運び、キシキシと嗤う。
システム的な挑発───ヘイトが発生するハウルやスキルではなく、プレイヤーのストレスを挑発するマーダーラップの動き。これデザインしたの絶対ソフィだ。
内心で小さく笑うも、目の前は笑えない状態。EVA───回避が高いモンスター程ストレスが高まるものはない。
ここは命中率に補正が働く剣スキル、通称剣術で攻めたいが今わたしが使える剣術はツリーの最初にある斜め斬りの[スラスト]だけ。 スラストの命中率補正は正直頼りない。
しかし、ラッキーヒットを待てる程我慢強くない。
嗤い終えたマーダーラップは赤く錆び付くナイフを構え、突き出す。【ロングソード】で弾き、すぐに攻める。数回攻撃するも全て回避される。
左右の片足しか地面に着けず跳ねるマーダーラップ...足が離れた瞬間わたしは踏み込み、剣術スラストを発動させた。無色光が【ロングソード】を包み、薄暗いグロウスダンジョンに一瞬だけ光の閃が走る。確かな手応えとヒットサウンド、そしてマーダーラップの悲鳴。
HPは一瞬で真っ赤になり右端から左端まで一気に駆け抜け、マーダーラップは爆散。
「お?倒せた」
EVAが高い分、HPとDEFが低く設定されているのか...わたし個人が戦闘する場合、このテのモンスターが好み。堅く長引くモンスターは苦手だ。
戦闘終了後、剣を背中の鞘へ戻そうとしたが、このグロウスダンジョンは未知。武器は持ったまま進む方がいい。
別れ道は迷わず勘で進み、マーダーラップとエンカウントしては気合いの連撃からスラストの流れで撃破。
三体目のマーダーラップを撃破した所で驚いた事にレベルが14に上がった。
周囲を警戒しつつフォンを取り出し、ステータスを振りスキルポイントは保持。ついでにバトルログを確認してみると、経験値が中々ウマイ。
ここで便利アイテムを使ったらザックザク経験値が稼げるのでは?と思ったものの、なんと...グロウスダンジョンでは課金アイテムが使用不可能でした。
「まぁ...そーだよね」
ならば同じ便利アイテムでも無課金───ゲーム内で入手出来るアイテムはどうだろうか?雑貨屋で購入した30分HPが500アップするドーピングポーションを思いきって飲んでみた。
リアル世界のエナジードリンクに似た味の液体を飲んだ所、効果は正常に発動される。
課金アイテムだけが使用不可能で便利アイテム(ドーピング系等々)は使用可能。
やり過ぎてはいない仕様に安心し、わたしの足はサクサクダンジョンを進む。
「マップは使えないし、迷うなーここ。お?」
絶賛迷子中のわたしはブツブツと寂しい独り言を溢しながら歩いていると、広い四角部屋に到着。部屋の奥には更に下へと続く階段、そして宝箱が三つ並んでいる。
ラッキー!と叫びたくなったが我慢し、宝箱前まで進み気付く。
三つの宝箱にはデザインが違うマークが描かれている。
右の宝箱には剣や杖...武器のマーク。
左の宝箱には盾。
真中の宝箱には服や鎧のマーク。
スインベルン・オンラインの宝箱は大きく分けて三種類ある。
今わたしの前にあるマークが描かれている宝箱。
これはその宝箱の中身。武器の場合は開けたプレイヤーが装備している武器種、防具の場合は開けたプレイヤーが装備している状態(軽量や重量)の防具が出る。
他には完全ランダムの宝箱と固定の宝箱(鍵や貴重品)が存在する。
「まずは武器箱から~」
ウキウキ気分で武器のマークが描かれている宝箱を開く。
中には【ロングソード】より頼もしい剣。その剣はフワッと輝き、消える。消滅ではなく、わたしのアイテムポーチに収納されたという事だ。
「やったぜい!早速確認を~」
入手した剣のプロパティを確認すべく、フォンへ手を伸ばした瞬間、部屋が揺れた。
残り二つの宝箱は呑まれる様に地面に吸い込まれ、揺れが止み、地下へ下る階段の前にモンスターがポップ───シルエットが浮かび、一瞬で姿がハッキリとなりモンスターが現れる。
グロウスダンジョンを徘徊していたマーダーラップの巨大バージョンという所か、手にはナイフではなく、鉈の様な武器を持つ名前が赤色のボスモンスター【リーダーラップ】がキシキシと嗤い、跳ねる。
「この層...エリアのボスって感じかな?」
ボスの登場にビックリしたが、同時に少しワクワクしたわたしは【ロングソード】を抜剣。リーダーラップのHPバーは雑魚モンスターより太く長い。レベルは15...グロウスダンジョンのボス【グロウス クラウン】と同じレベル設定か。
跳ね嗤うリーダーラップへわたしは先手を撃つべく攻める。が、予想通り回避される。
ここで失敗した事に気付く。こいつはマーダーラップではなく、ボスのリーダーラップだ。マーダーラップと同じ動きとは限らない。
不安は的中し、リーダーラップは回避時に鉈でカウンターの一撃を入れてくる。
肩を通過した鉈はわたしのHPを1/4削った。
単純に後三回カウンターを受ければ死ぬ。しかし逃げるのはまだ早い。リーダーラップを睨みつつベルトポーチから最下級のリジェネポーションを取り出し、一気に流す。飲んだ瞬間HPは回復しないがリジェネ ───30分間5秒毎にHPが15回復する効果を得る。
リジェネが一回発動する前に、リーダーラップはキシキシと嗤い、地面を蹴りわたしへ攻撃を仕掛けて来た。
左手を前、右手を後ろにする形で飛び、身体を半回転させ鉈を振る攻撃。
ガードは危険...と判断したわたしはリーダーラップの背後に回る様に回避し、カウンターで剣術スラストを放つ。
「うっそ!?」
剣術などの攻撃スキルはプレイヤーがシステムの力を借りて発動される。通常攻撃とは比べ物にならない速度のスラストをリーダーラップは簡単に回避し、カウンターの攻撃スキルをわたしへ撃ち込んでくる。
無色光を放つ鉈はわたしのお腹を通る。直後激しいノックバックが発生し、後ろから引っ張られる様な感覚に逆らえず地面に倒れる。
痛みはないもののHPが赤く点滅を始め、お腹に嫌な感覚が残る。
「やっば...死ぬって」
HPバーを横目で確認すると、ドットまでではないが雑魚モンスター、マーダーラップの通常攻撃でも消し飛ぶ量しか残されていない。
わたしはスラストのスキルディレイがクールされるや否や、ベルトポーチから【女神の涙】を取り出し地面へ叩きつける。
すると青色の光が発生し、光がアバターを瞬時に包み、スタートルの街へ転送してくれた。
「....」
わたしが剣術を使い、リーダーラップがカウンター剣術を使い、転送されるまで5秒とかかっていない。
僅かな時間の中で、わたしの脳内にはlstの文字がちらついた。
「グロダン...、あっぶねー」
抜身の【ロングソード】を背中へ戻し、わたしはグロウスダンジョンのヤバさに改めて笑う。
全く、やってくれるよ運営チーム。
あんなダンジョンを実装していたなんて。
額に溜まる汗を手で払い、わたしはスタートルの街を見渡す。パーティメンバーやフレンドと笑い合うプレイヤー、真面目な顔で何かを話すプレイヤー、クエスト攻略メンバーを探すプレイヤー...わたしが今までいたマップ、グロウスダンジョンが異界なのではないか?と思える程、当たり前の風景が今は安心感を与えてくれる。
「リベンジはまた今度だなぁ」
教会をチラリと見て呟き、フォンを取り出す。
リーダーラップのインパクトが強すぎて(ステータスもだが)忘れかけていた、宝箱から入手した剣の存在。
プロパティを確認して見た所、【クラブソード】を越えるATKとSTRが上昇する効果、そして
運営チーム所属の【れいん】とプレイヤーの【レイン】。
同じ人間なのに違う心境。
運営チームもプレイヤーも、楽じゃない。
「いい武器ゲット。やった」
レインはボソッと呟き、小さくガッツポーズ。
新武器の試し斬り&今の攻略状況確認のため、わたしはフィールドダンジョン【ゼリアスの森】へ足を進めた。
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