第4話 白昼のダンジョン
通路の行き止まりは、大きな鉄扉で塞がれていた。
その鉄扉は両開きではあったが、鍵のようなものはかけられておらず、また罠もないようだった。
リリットは用心しながらも、片側の扉に手をかけると力をこめて引いてみた。扉は、耳障りな軋み音を上げながらも、大した障害もなく開くことができた。
扉から注意深く中を見てみたリリットは、思わず息を呑んだ。
内部は今までのどの部屋よりも大きな空間となっており、天井は温かい光を発し、両側の壁には幾つかの窪みがあるが整然と作られた本棚や宝物などを入れる上等で頑丈な箱が並び、さらに部屋の奥には、誰かの棺と思われるような、大きく長い箱が安置されていた。
この部屋は、恐らくだがギブリゥ本人の墓所となっているのだ、とリリットは冒険者の勘で感じとった。
そして二人はその内部へと歩みを進めた。
部屋を少し歩いてみると、エリナが声を上げた。
「なに? この変なの?」
その声にリリットはエリナのほうを見た。
エリナは壁にある窪みの一つの前に立って、その中を覗いていた。リリットも誘われて覗いてみた。
そこにはまるで動物かは虫類の骨を継ぎ足して作ったような、2mほどの不気味な人形のようなものが納められていた。
リリットはその存在を以前見たような気もしたが思い出せず、携帯型コンピューターを持ち出して照合してみた。そして、それは驚くべき結果を弾き出した。
『照合確認……対象名“ブレーダー”』
エリナには何のことかわからなかったが、リリットはこの事実に衝撃を覚えた。
ブレーダー!
それは、以前より太古文明の遺跡などで多数確認された怪生物の名前だ。非常に強力な攻撃力を持ち、また不死性があることから遺跡の番人として使われていた。
そしてそれがこの部屋にいる!
リリットは慌てて後ずさり、他の窪みも覗いてみた。
果たして、その窪み全てにブレーダーがいることを確認した。
「ま、まずいよ!今すぐ逃げよう!」
そう叫んでエリナの手を引いたそのとき、不気味な咆哮と共に、窪みに納められていたブレーダーたちが一斉に目を覚まし、動き出した!
その外見は、まるで骨を継ぎ合わせたような不気味なもので、両腕はその名の由来にもなっているように、巨大な鎌とも刃ともつかないものだ。
それは骨と骨とをこすり合わせるような軋み音を上げながら、急速にリリットたちに迫ってくる。
リリットは慌ててエリナの手を引いて逃げ出そうとしたが、エリナはこの事態に動転して足がもつれて転んでしまった。
それを見て、無表情に片腕の刃を高々と上げ、今にもエリナに振り下ろさんとするブレーダー。リリットは覚悟を決め、その間に割って入る。そして刃が振り下ろされた!
重い何かが衝突しあい、周囲の空気を振動させる
甲高い金属音と共に、リリットは体に衝撃を覚えた。地面に突き飛ばされたのだ。
『もう……ダメ……』
リリットは大地に伏せながら思った。もうすぐアタシは死ぬ……お父ちゃん、アタシももうすぐ逝くよ……
「馬鹿! なにやってんだ!」
突然の罵声にリリットの消えつつあった意識が現実に引き戻された。いや、アタシまだ死んでいない!
そして後ろを振り返る。
そこには、全身を特殊装甲で覆った白いアーマースーツを着込んだ人影があった。先ほど攻撃を仕掛けてきたブレーダーの刃を、巨大な剣で防いでいる。
「えっ! あっ? えっ~!」
リリットは混乱した。こんなところにアーマースーツを着込んだ人がいるわけがない。でも、確かにいる!
「リリット!」
部屋の出入り口から声がし、リリットは見た。
そこには先ほどまで倒れていたエリナがいた。すでに避難していたのだ。
「エリナ!」
リリットが声を上げる。しかし、その間にもアーマースーツの人影はブレーダーの群れとの戦いを演じていた。
ブレーダーは単体では強いが、まるで連係がとれていない。だからアーマースーツの人影は一体を攻撃しては巧みに攻撃をかわし、また別の一体に攻撃を加える、というフェイントをかけつつ攻撃を繰り出していた。
その姿を見てエリナは、
「リ、リリット! 逃げましょう! あんなの相手じゃ私たちでは無理!」
必死に叫ぶ。リリットも、
「う、うん! に、逃げよう……」
すでに意気消沈したのか逃げ腰になって撤退を開始する。しかし、その間にもアーマースーツの人影はブレーダー相手に戦いを演じ、そして傷ついていく。
そのことにリリットは一抹の罪悪感を抱かないではなかったそのとき、
「逃げるな! お前たち、それでも冒険者か!」
アーマースーツの人影がそのことを察したのか叫ぶ。
「お前たちのその武器は張りぼてか!」
一体のブレーダーを袈裟懸けに切り伏せるものの、もう一体からの攻撃を受け、その刃はアーマースーツの人影の右肩に激しく叩きつけられた。傾ぐ人影。
「だからお前たちは、いつまでたっても馬鹿にされるんだ!」
その攻撃にもめげず、アーマースーツの人影は攻撃してきたブレーダーの顔面に深々と剣をつきたて、その機能を停止させる。血は出ることなく、奇怪な絶叫と共に息絶えるブレーダー。
「悔しくないのか! リリット!」
自分の名を叫ぶその声に、リリットはハッとなった。
この声はどこかで聞いたことがある。心の奥底に刻まれた声。決して、忘れてはいけない声。
リリットは背中のグレートソードを引き抜いて構えた。その動作にエリナが息を呑み、
「リ、リリット……?」
そう呟くもリリットは、
「エリナ、ゴメン! 悪いけど、アタシ逃げられない!だから……巻き込んじゃうけど、アタシを援護して!」
そう叫び、突撃の姿勢をとる。それを聞きエリナは、
「……リリット……」
呟き、一歩後ずさる。だが、リリットはすでに戦いの渦中にある。
『私だけ……逃げるなんて……』
エリナは逡巡するが、その最中でもリリットはブレーダーの攻撃を受け、壁際に弾き飛ばされる。それを追うように追撃するブレーダーを後ろから切り伏せるアーマースーツの人影。
リリットはすぐに立ち上がり、再び剣を構えなおし突撃する。その右腕からは赤いものが流れ落ちる。
『……!』
エリナは弓を構え、矢をつがえた。
その目標を、リリットに今にも襲いかからんとするブレーダーに定め、放つ!
矢は一直線でブレーダーに飛び、そして……その硬い外皮に弾かれた!
『!?』
エリナは衝撃を覚える。私の弓の腕ではダメージを与えることができない!
しかしそこにリリットの声がかかる!
「直接倒そうとしちゃダメだ! アタシを援護して!」
するとリリットは腰を低くし、グレートソードを後ろに引く。力を溜める体勢に入ったのだ。
エリナは悟った。これはリリットが以前話していた必殺の一撃を発する姿勢だと。これさえ出せば、大概の敵は一撃で沈むことを。
だが、その技は発動するには隙も多く、敵の攻撃も受けやすいし、また攻撃が必ずしも当たるとは限らない。
『だからリリットは援護してって……!』
エリナは再び弓を構えなおし、矢をつがえる。
先ほどのリリットを切り伏せんとしているブレーダーに狙いを定める。
だが、次の攻撃は違う。
ダメージを与えるのではない。一瞬でも注意をそらし、ブレーダーに隙を作ることさえできればいいのだ!
そして、満身の力を込め矢を放つ!
放たれた矢はブレーダーの後頭部に直撃した。しかし、また外皮を貫通した感覚はない。
だがその一撃はブレーダーをエリナに振り向かせるには十分だった。ブレーダーは殺意をこめてエリナを見る。
その隙をリリットは見逃さなかった。一歩右足を前に出し、後ろに引いていたグレートソードを、体重移動と力任せで大きく振り回す!
「いっけ~! 渾・身・撃!!」
その一撃は、エリナに振り向いたブレーダーの腰に直撃し、ブレーダーの上半身と下半身を両断した!
振り回された剣の重量に負け、一緒に転がるリリット。
その脇に、今しがた両断されたブレーダーの上半身が、重い音を立てて地面に叩きつけられた。
ブレーダーの瞳は、自分に何が起きたのかわからないといった色を浮かべていたが、それもすぐに消え、白く濁った球体へと変化した。
ふと、エリナが周りを見ると、他に動いているブレーダーはすでにいなくなっていた。他は、アーマースーツの人影が倒してくれたのだ。
こうして、一つの戦いは終わった。
転がっていたリリットがやっとの思いで起き上がると、アーマースーツの人影が近寄り手を差し伸べた。
「よくやったな」
リリットは最初は手を出そうかどうか迷った。
警戒したからではない。
その瞳は最初差し伸べられた手を見つめ、微かに伏せ、そしてアーマースーツのヘルメットの面貌へと注がれた。リリットはその顔ににこやかな笑みを浮かべ、頬が、少しだが上気しているようにも見える。
そして、手を握ろうとしたそのとき、
「大丈夫か? 子猫ちゃん?」
その言葉にリリットは愕然とし、笑顔が凍りついた。
確かにこの声は以前聞いたことがある。決して忘れてはいけない、いや、忘れてやるもんか、という!
「あれ、なに変な顔してんの? 俺だよ、俺!」
そう言うとアーマースーツの人影はヘルメットを外す。
そこにはリリットがよく見知った、そしてできればこんな状況では出会いたくない顔があった。
エリナが驚愕と興奮で声を上げる。
「ローレンさん!」
そう。それはリリットが最も嫌う男、ローレンその人であった。
それからというもの、ギブリゥの残した遺産を回収するための作業に移った。
最初はその活躍具合から、多くをローレンが持っていくものと決めつけていたリリットだったが、意外にもローレンは無欲で、幾つかの装飾品と、また部屋の奥にあった、やはりギブリゥの棺だった箱の中に納められていた一冊の本を回収すると、あとはリリットたちに譲る、と宣言した。
そのことをいぶかしんだリリットは、
「さては……その本が非常に貴重なものなのね!」
そう言うとローレンに凄い勢いで詰め寄った。
その剣幕に困ったローレンは頭に手をやり、
「いやぁ、確かにそうなんだけどさぁ……子猫ちゃんたち、知らなかったの?」
「なにがよ?」
リリットが居丈高に言い放つ。しかしローレンは意外と冷静に、口元に微かな皮肉の色を浮かべ、
「このダンジョンの主、ギブリゥは、確かに在野の魔術師で名は知られていないが、その実、複数の高名な魔術師や妖術師と緊密な連絡を持っていてね」
エリナはその話に耳を欹てる。その話はリリットからは聞いていない。
「確かに歴史書の多くには存在すら記載されていない人物ではあるが、複数の高名な魔術師の日記や書簡にはその名が書かれていて、その才能の高さや知識に深遠さを謳っているんだよ」
リリットはその話を聞きながら、自分の知っている情報との齟齬に頭が混乱していた。
「そしてそれらの書簡では、ギブリゥが晩年、最近話題にもなっている王宮から盗まれた禁断の魔導書“グェルドムの言葉”にも匹敵する、禁忌の呪文や知識を多数記した書物を製作しており、それはギブリゥの死後、一緒に埋葬された、という記述がしばしばあってね」
そこまで聞き、リリットの顔色が変わってくる。
「だから今回の情報で、ギブリゥという人物の名前が出たときに、もしかしたら! と思ったわけよ」
ローレンはさらっと事件のあらましを話す。しかし納まりがつかないのはリリットだった。
「アタシ、そんなこと聞いてない! あの情報屋、アタシに嘘を言ったのね!」
それを聞くとローレンは大げさに手を振り、
「いやいやいやぁ、これは俺の長年の経験と知識からのもので、あの情報屋は本当に知らないと思うよ。と言うか、あのにーちゃん、俺と子猫ちゃんに二股で情報売りつけるなんて冒険稼業の風上にも置けないなぁ……あとでとっちめてやらんとな」
そう言うとカラカラと笑ってリリットの頭を手荒く撫ぜた。
リリットは悔しさと恥ずかしさのあまり、その手を払うことができず、屈辱に目に涙を浮かべながら黙って頭を撫ぜられていた。
それから回収できるものを回収すると、三人はダンジョンの外に出た。
外はすでに日も沈みはじめており、西の空は藍色の色彩を帯びはじめていた。
「子猫ちゃんたち、乗ってかない?」
ローレンが声をかける。そこには、このショールーンでは滅多にお目にかかれない、反重力で飛行する車両、スピナーが止められていた。
リリットは最初断ろうとしたが、エリナがいることもあり、その申し出に渋々従った。このスピナーに乗りさえすれば、野宿して明日の朝帰ることもなく、数十分でダンジョン・ヒルズに帰ることができる。
そして三人は、ギブリゥのダンジョンを後にした。
帰りの車中、エリナは興奮の中にあった。
あの冒険のこと、思いもかけず得られた幾つもの宝物のこと、そして、意外な一面を見せたローレンのこと。
その口は軽く弾み、屈辱で沈むリリットとは対照的に、いつもの彼女よりも魅力的に見せた。
ローレンも、この冒険初心者との会話を楽しみ、車中には和やかな空気が流れていた。
そして三人は街につき、ガス灯の灯る中、エリナはリリットに別れ際言葉をかけた。
「あのね、リリット……今後の冒険のことだけど……」
エリナのおずおずとした声に、リリットに不安が走る。もう冒険に誘っても断られるかも……
「私ね……もうちょっと危険な冒険でも……いいわよ」
そういうと、エリナはニコッと笑った。
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