第3話 旅立ちの朝

 その朝は霞がかかり、街は薄く白い靄の中で静かな寝息を立てていた。

 そんな中、ダンジョン・ヒルズの東大手門に一つの人影があった。

 背は小さく子供のようだが、その背中には身長を超えるかもしれない巨大なグレートソードを携え、体は申し訳程度のバトルスーツに覆われていた。

 バトルスーツとは、外宇宙より入ってきた防具だ。高い防御性と軽量さを併せ持ち、外宇宙の一般的な兵士や冒険者であればまず最初に着用するものだ。

 その人影は、街の中より東大手門に向けて駆けてくる人影を確認すると大きく手を振り、声を上げた。

「エリナ~、遅っい~!」

 すると向こうより駆けてきた人影はようやく大手門に辿りつき、大きく息を吐き出した。

「ゴ、ゴメンなさい、リリット。伯父さんの朝ごはんの準備をしていたら遅れちゃって……」

 そういうと、しばらくハァハァと息をつくと、

「うん……大丈夫。行きましょう」

 そして二人は大手門より外の世界に向けて出発した。


 リリットとエリナが目指しているのは、このダンジョン・ヒルズより北方に位置する谷間にあるダンジョンの入り口だった。

 情報屋の話によれば、なんでも狩りにきていた猟師が発見したらしく、ここらへんに住んでいる猟師達の常として、自分たちで探検するよりもその場所や情報などを情報屋に売ることによって幾らかの小遣い稼ぎをしている。

 わざわざ自分たちで危険を冒し、どれほどの実入りがあるかもわからない冒険に乗り出すよりは、小額でも金になればいい。それはそれで合理的ではあるのだ。

 そしてその猟師によれば、そのダンジョンの入り口は閉ざされており、封印もされていた。

 だがそのダンジョンの主であるギブリゥという人物について、情報屋は詳しくは教えてはくれなかった。

 情報屋としても、全てを知っているわけではない。

中には無名の人物の墓所や不明の住居などもあり、必ずしも金になるとは限らず、また同様に危険であるかどうかも不明なものもある。最初の情報だけでは金になるかどうかはわからないのだ。

 つまり、ある程度の運と知識と経験が必要なのだ。

 そして、その情報屋の知識と経験を駆使して出した結論は、ギブリゥと言う人物についてはあまり知られていないが、調べられる限りで調べた限りでは、なんでもこれといった著名な魔術師組合に所属していたわけでもなく、また王宮などにも出入りしていたわけでもない在野の魔術師で、高名でもないところからするとさして重要な人物でもなく、またその遺産にしても大したものではないと思われた。

 そういったことから、実入りは低いだろうが、同時に危険も少ないだろう、というものだった。

 そういったことを聴いた上で、リリットはこの情報を買った。


 先日の「トリビエヌの杯亭」で話していた、『凄い魔術師』や『 グェルドムの言葉”のような禁書が見つかるかも』という言葉にしても嘘で、彼女自身は信じていないし、これはいわばエリナを誘うための方便だった。


 エリナは決して危険な冒険には出ない。


 それは彼女が一般人であり、正業を持っていること、そして彼女の伯父でもあるガーウィッシュからの頼みでもあった。

 だから、リリットは可能な限り安全でスリルを楽しめる冒険をエリナと一緒にこなしてきた。

 彼女たちはいつも希望に溢れて冒険に出かける。そして谷を越え、沢を渡り、ちょっとしたモンスター(野生動物のオルタウルフやもっと弱い生物)と形ばかりの戦いを演じ、そしてダンジョンに潜り幾つかの罠を解き、少ないとはいえ自分たちの力で手に入れた宝物を収穫して街に凱旋する。

 その内三割はガーウィッシュのものとなるが(これはいわばエリナを借りるための迷惑料のようなものだ、とリリットは考えていた)、残されたものを二人で分け合う。

 そして二人で祝杯を挙げ、大いに冒険の成功を喜ぶ。

 それはリリットに、他の冒険者たちと冒険をしているときとは違う高揚感と達成感を与えてくれた。リリットは、自分たちの手で何かを成し遂げたという実感を感じていた。

 そのため、世間で囁かれている自分たちの噂についてもあまり気にしてはいなかった。

 それよりも、日々そういった冒険に出かけられるのが楽しかった。エリナの笑顔が見れるのも嬉しかった。


最初は街道を歩き、そして途中から猟師道に入り、やがて獣道か道かどうかさえ判別できない道に入る。

 すでに太陽は天頂近くまで上り、周囲はすでに昼の明るさになっていた。道端の木々や緑が目に入り、それはいやがうえにも気分を高揚させた。

「もうすぐだよ! この地図ではこの先の谷間にダンジョンの入り口があるみたい」

 リリットは手にした地図と、そして現在地表示機能を持つ携帯型コンピューターを交互に見ながら喋る。

 エリナはそのあとを静かに微笑みながらついていく。彼女はリリットが言うことを信じているのだ。

 リリットはそんな光景が好きだった。

 笑っている自分とエリナの姿を見るのが好きだった。

 そして、ふとエリナと出会ったときのことを思い出していた。


 リリットが十二歳のとき、父親は死んだ。

 リリットの父親は宇宙傭兵だった。アーマースーツという全身を覆う特殊装甲服に身を包む装甲兵。

 手にした巨大な剣や戦斧を武器に、果敢に接近戦を挑む白兵戦闘のプロフェッショナル。それが装甲兵であり、彼女の父親だった。

 母親のことは知らない。父が言うには、リリットを生んですぐに死んだらしい。本当かどうかはわからないが、とりあえず彼女はそれを信じた。

 そしてそんな父は、リリットに子供のころから玩具とはいえ剣などを与え、戦いの訓練をしていた。

 そしてリリットもそれに応え、父が家に帰ってきているときには一緒になって訓練に励んだ。

 彼女が大きくなり、それでも背が小さいことを気にしていたとき、父は穏やかな笑みを浮かべ、

『だったら、その背の小ささをカバーできるよう、大振りの武器を使ってみるんだ。普通のソードではなく、大型のグレートソードを。そうすれば、お前の背の小ささをカバーしてくれるかもしれないぞ』

 父はそう言い、リリットの頭を手荒く撫ぜた。リリットはそのことが何故か嬉しく、そして父に大振りのグレートソードを買ってもらい、それから訓練に励んだ。

 最初はその重量と大きさに自分が振り回されたが、次第にバランスやコツなどを掴むようになり、力ではなく、むしろ重心移動やタイミングなどによってその大振りの剣を振り回せる技量をつけていった。

 そして、いつしかそれは一端の兵士を相手にしても引けをとらないものになっていった。

 そんな中、遠征に出かけていた父の訃報が届いた。

 父が遠征のために乗っていた宇宙揚陸艦が、敵艦の攻撃を受け撃破されたらしい。

 何人かは救命ポッドで脱出できたが、救助された者の中に父の名前はなかった。

 そして、その後リリットの元を訪れた助かった者の証言により、父の死は確実なものとなった。

 人殺しが生業だった父は、最後の最後に善行をした。

 すでに父は救命ポッドに逃げ込んでいた。その中にいさえすれば助かったはずだった。

 だが父は、やってきた負傷兵のためにその席を譲った。

 負傷兵は若く、そして故郷に身重の妻がいた。生まれくる子供のためにも死にたくはなかった。

 しかし救命ポッドはすでに満員で、彼が乗り込む余地はなかった。彼は妻の名前を呟き、そして別れを告げた。

だが父はそれを聞くと、何も言わずに席を譲った。

 ただ首にかけていたペンダントを外し、もし君が生き残れたら、形見として娘に届けてくれないか。

 そう言うと父はニコリと笑い、負傷兵に手渡し、そして静かに救命ポッドのハッチを閉じた。

 それが、父が最後に目撃された姿となった。

 

 それを聞くと、リリットは静かに笑った。

「お父ちゃんらしいや……」

 そして訪問客が帰ると、思い切り泣いた。太陽が昇り月が沈み、また夜がきても、泣いて泣いて泣き続けた。

 そして泣くだけ泣いたら、再び前を向き立ち上がった。


 幸い、父の残してくれた資産は潤沢だった。リリットが普通に暮らせば一生は暮らせそうな資産は用意されていた。

 それが、あまり娘との時間をとってやれなかった父からの、せめてもの詫び状なのだろう、とリリットは思った。そしてそれをリリットはありがたく思った。

 それからリリットは、冒険の旅に出てみることを考えてみた。

 リリットの学力ではいまいち大学に進学するだけの成績はとれず、また実業の世界にもあまり向いていない。

 ただリリットが父と共に鍛え上げた剣の腕は商売になりそうだった。腕だけでいえば、一端の兵士よりも上で、後は経験でなんとかカバーできそうな気がした。

 そして彼女は家を出て、冒険の旅に飛び出した。

 最初は各地の星々を巡って歩いた。

 あるときは他のパーティーに混じってダンジョンに入り、またあるときは宇宙海賊とも戦いを演じた。

 そして惑星ショールーンと、その星にあるダンジョン・ヒルズという街の噂を耳にし、はるばるやってきた。

 彼女が十四歳のときだ。

 しばらく街中を歩いていたらお腹が減ってきた。

 ちょうど目に付いたのが、美味しそうな焼けたチーズの香りが漂うお店だった。

「ガーウィッシュ・パイ」

 それがその店の名前だった。

 リリットがドアを開け中に入ると、小さな声で「……いらっしゃいませ……」と言う無愛想な声が聞こえた。

 店のカウンターを見ると、俯き、陰気な顔の少女がいた。愛想のいい営業スマイルどころか、微笑さえしない。

「なにか美味しいものをひとつ。お勧めはなに?」

 リリットがそう言っても、少女は応えない。今にも泣きだしそうな顔をしていた。リリットは不思議に思い、

「ねぇ、聞いてる?」

 そう言ってみたが、ただならぬ気配にリリットは少女の顔を覗きこみ、

「もしかして、なにかあったの?」

 そう聞いてみた。すると少女は両手で顔を覆い、店の奥に引っ込んでしまった。

 しばらくすると、店の奥から大柄で太った壮年のおっちゃんが現れた。

「お客さんかね? すまんね。ちょっと、な。ご注文はなにかね?」

 おっちゃんは気まずそうに頭をかきかき注文をとる。リリットは、

「う、うん。お勧めを聞きたいんだけど」

「ああ、うちのはどれもお勧めだが、お客さんにはトマトペーストベースでチーズがたっぷりというのはどうかな? 若いお嬢さんには人気でね」

 そう言うと、店の片隅の棚に乗せられたピザを指差す。

 それは確かにリリットの好みそうな美味しそうなピザだった。だが、リリットはふと、

「あの……さっきの子、なにかあったの? 凄く深刻そうな顔で、今にも泣きだしそうだったけど」

 するとおっちゃんは困ったように頭をかき、

「いや、まぁ……」

 そして、渋々事情をかいつまんで話してくれた。

 彼女の父親、そしておっちゃんの弟に当たる人が三ヶ月前に急な病で死んだことを。

 彼女はとても父親っ子で、母もいないことから、この死にショックを受け、それ以来笑わなくなったことを。

 それを聞くと、リリットはなにか他人事ではないような胸の痛みを覚えた。忘れかけていた傷跡を見るような。

 それからというもの、足しげくこの店に通った。

 少女も最初は口を開かなかったが、足しげくやってくるリリットにちょっと微笑みも見せるようになっていた。

 でも、どこかに沈んだ感じを常に感じさせた。

 そんな中、リリットが少女に一つの提案を持ちかけた。

「どう? アタシと一緒に冒険に出かけてみない?」

 その言葉に、少女は最初目を白黒し、そして驚いた。

 しかしリリットはそんな彼女の手をとり、

「ねぇ、一緒に行ってみようよ! 絶対安全で大丈夫だから! 凄く楽しいよ!」

 それからリリットは辛抱強く少女とおっちゃんとを説得した。安全だし、楽しいし、幾らかの実入りもあるから、と。

 そしてなんとか最初の冒険に連れ出し、それからささやかな戦果と共に街に凱旋した。

 すると少女にも、少し笑顔が戻ってきた。微笑みが少し増え、それにおっちゃんも胸をなでおろした。

 それがエリナとの出会いであり、最初の冒険だった。


「ここだ!」

 リリットが声を上げた。

 そこは谷間の暗い場所で、少し茂った草木で隠されており、なるほど猟師のようにこの地元の人間でもないと見つけられないかもしれない、という場所だった。

 リリットは情報屋からもらったデーターや情報を参照しながら、ここが確かにギブリゥの残したダンジョンなのかを調べた。

 携帯型コンピューターに内蔵されているカメラでダンジョン周りを撮影し、買い取った情報やデーターと照合した結果、確かにここだ、とコンピューターは答えを弾き出した。

 ダンジョンの入り口は、石造りの枠組みに、周囲を鉄で補強された頑丈な木製の扉がついたものだった。

 鍵のようなものはついていないようで、しかし入り口部分にはテープ状の紙などによって誰かに封印がなされている。たぶん、外気が入り込むことによって内部が劣化するのを恐れてのことだろう。

 それを注意深くリリットは調べ、そして一枚ずつ外していき、扉を開ける。扉は意外と容易く開いた。

そしてライトをつけ二人は中に入った。

 内部はダンジョン特有の乾いた、そしてやや肌寒い空気に満たされていた。

 リリットは腕にしてある大気成分計に目をやる。

 大気に有害なものは含まれておらず、空気も十分ある。

 それを確認すると、リリットはエリナに先立って歩みを進めた。

 暗く、そして狭い通路が続く中をどんどん進んでいく。

 途中、幾つもの小さな部屋を見つけ、中を調べてみた。

 色々な収穫物があった。

 それは古いなにかの書簡の一遍を記した巻物であったり、古い時代の筆記用具、また日用雑貨でもあったりと、決して高値では扱われないものの、好事家からしてみれば一応揃えてはおきたい程度の文物で、それだけでも少しは収穫となるものだった。

 そして下に続く階段を見つけ、降りてみた。

 そこには再び通路が広がり、そして扉があり、罠もあったが、リリットがなんとか解除し、さらに二人は奥に進んだ。

 そして、通路の行き止まりへと辿りついた。

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