第7話
復路は結局7区でひとり、最後の10区でひとりに抜かされ、想像順位は6位で終わった。
それでも初めてのシード権内に、部員は大いに沸き上がった。
監督も涙を滲ませている。
昨日のマスコミが、初のシード権獲得のインタビューを撮りに来た。
監督にマイクを向けて、いろいろ話し込んでいる。
俺たちは抑えきれない喜びで、満面の笑みを浮かべていた。
インタビュアーが今回の立役者となった卓に、もう一度突撃インタビューを試みる。
やっぱり相変わらずぶっきらぼうな応答だ。
それでもマスコミは昨日で要領を得たのか、そんな卓にひるむことなく質問を繰り出していた。
「卓、緊張するのは分かるけど、もうちょっと愛想よくできないのか?」
カメラオフになった後、俺はそっと卓に耳打ちした。
すかさず奴も耳元で小さく答える。
「コレ、全国放送だろ?地元の奴も見るから、普段の俺は見せたくない」
あ……っ、そういうことか……。
緊張だなんて、言葉そのまま鵜呑みにしていた。
俺たちはその後しばらくして解散した。
やっと正月らしい正月が迎えられる。
俺はそのまま百合音と一緒に横浜に帰り、卓は上級生たちや監督と一緒に寮に帰った。
そこから10日間の冬休みに入る。
大概は皆実家に帰って、寮は実質空っぽの状態になるはずだ。
インタビューの後であんなこと言っていた卓は、広島に帰省するのだろうか。
昨日の話が気がかりで、俺は家に着いたなり卓の携帯にメールを入れた。
“広島、帰る?”
返事はすぐに来た。
“ずっと寮にいる”
うちの両親、特に母親は昨日の卓の活躍に甚く感動したらしく、しきりに“須藤君ってかっこいいわね”と繰り返している。
これはもしかして?と思い、冬休みの間、卓を泊まらせてやりたいことを話してみた。
返事は即OKで、俺はメールではもどかしく、すぐに電話を掛けた。
「卓、嫌じゃなかったら、うちに来いよ。冬休み、一緒に過ごそうぜ」
ためらうような戸惑うような、しかし嬉しそうな声が届く。
「えっ、そんな、迷惑だろ?……いいのかよ」
とりあえず今日は監督の家に世話になるからと言うので、じゃあ明日寮に迎えに行くと言って電話を切った。
翌日から練習再開の前日まで、卓には俺の家でのんびりゆっくり過ごしてもらった。
たまに百合音も呼んで、3人でUNOをして遊んだり、初詣に行ってみたりもした。
そしてそれから大学を卒業するまでの3年間、箱根の後には俺の家に居候というのが定番となった。
俺の知る限り、多分卓は大学時代一度も実家に帰らなかった。
帰ってこいとも言われなかったようだ。
その代わり、うちの両親とは本当の親子の様に打ち解けていた。
3年生の冬休み、箱根から帰った俺は珍しく熱が出た。
病人の所に居候は出来ないと卓は遠慮したが、両親がいいから来なさいと強引に誘ってくれた。
しかし熱は思った以上に長引き、初詣は卓と百合音二人で行ってもらった。
今思えば、その時二人の間に何か変化があったのだろう。
「優、俺……、百合音と付き合ってる」
照れたように笑いながら報告されたのは、1月も終わりに差し掛かった雪のちらつく日だった。
「あ……っ、え?いつの間に?っていうか、オマエ百合音が好きだったのか」
不意打ちのような告白に、俺の胸には一瞬何かが刺さったような痛みが走った。
初めての箱根の夜、女は友達のような気がしないと言っていたのを思い出す。
「ん……、百合音から告白されてさ、俺もアイツの事嫌いじゃないし、付き合ってもいいかなって」
「嫌いじゃないからって、オマエ、もっと責任もって付き合ってやってくれよっ」
なぜか俺は思わず怒鳴るように言ってしまった。
突然の大声に、卓は驚いて目を見張った。
「……いい加減な気持ちじゃないよ。……って優、もしかしてオマエ、百合音のこと……」
違う。
俺は百合音を女として見たことは無かったんだ。
なのに、何だろう、このモヤモヤした気分は。
とりあえず俺は体裁を取り繕おうと、無理に笑って見せた。
「いやいや、誤解すんじゃねえよ。百合音は俺にとって兄弟みたいな奴なんだ。やっぱ幸せになってもらいたいしな、だから……、ゴメン、大きな声出して」
言ってる傍から、本当に言いたいことはこんなことじゃないと思っていた。
でも何が言いたいのか分からない。
卓はニコッと笑って小さく頷いた。
「うん、大事にするから、安心してよ」
「……約束な」
それからは、練習オフの日曜ごとに卓は百合音に会っていた。
しかし2回に一度は俺も一緒に寮から連れ出して、3人で会いたがった。
俺はお邪魔虫だろ、ふたりでデートして来いよ、と遠慮するのだが、いつも卓は“優も一緒に遊ぼうよ”と譲らなかった。
その後ろで百合音が諦めたような笑顔で待っている。
俺は百合音に申し訳ない気持ちで卓の我儘に付き合った。
それでも、3人で過ごした時間は、やっぱり楽しかったよな。
もう戻らない日々は日ごとに輝きを増して、俺はいつもその眩しさに涙が滲むんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます