2部ー第7話:白くて優しいケーキ

 レースは猫のアルカにそっと近づいて、震えながら手を伸ばした。心臓の音が外に響いている気がする。耳が余計な音まで拾う。

 でも、アルカに触れたかった。

 アルカはソファーでごろんと寛いで警戒していない。寝ているわけではなく、ゴロゴロと動いている。しっぽが少し揺れていて可愛い。

 元々野良猫だったのが信じられないほど人懐っこく警戒心が薄い。ヒカゲに構ってもらえないと拗ねて別の部屋に移動しているときもあり、なんだか面白い。

 虹彩異色症の瞳が、どうするの? と問いかけているようで可愛かった。


「触っても、いいかな?」


 許可を求めるように尋ねると、にゃあと返事がきた。

 手を伸ばして、触れる。柔らかくて暖かい。心地よい。

 紫色の首輪が、真っ黒に埋もれた毛から輝く。

 何度も撫でると嬉しいのか、笑ってくれた気がした。


「可愛いだろ」


 ヒカゲが嬉しそうな声色で、車椅子を動かして、ソファーの元までやってきた。レースは頷くと同時に安堵する。

 撫でる前は、触ったら怒られるのではないかと怖かった。

 沸点が低く感情がわかりやすい那由多とは違い、何を考えているのかわからず不気味だ。

 無理やり食べさせられた寿司は美味しかったけれど、ヒカゲは那由多に殴られても笑っていた。まともな思考回路ではない。

 そんな人が可愛がって大切にしている猫に触れていいのか、迷いがあった。

 だから今まで、猫のアルカに触れることはしなかった。けれど、どうしても触れてみたかった。


「勝手に、触って……ごめん」

「なんでだ? 触ればいい。僕に許可を取る必要なんてない」

「う、うん」

「ほら、アルカも嬉しそうだ。もっと、撫でてあげて」


 ヒカゲは笑顔を浮かべている。そこでレースは気づいた。

 アルカが那由多の猫だったら、いくら可愛くても触ってみよう、などとは思わなかった。だって那由多が怖いから。

 けれど、ヒカゲは怒りを見せたことはない。

 それが不気味であるが、同時に怒られないなら触りたい興味が勝った。

 元々猫が好きだった。けれど兄が猫アレルギーだから家で猫を飼うことは叶わなかった。


「アルカ、可愛いだろ?」

「うん」


 ヒカゲはまるで自分が褒められたかのように頬を緩めていた。見た目も相まって、レースより年上なのにまるで少年のように映る。


「可愛いよねアルカ。誰よりも可愛い。あ、そうだ、レースは甘いものが好き?」

「え?」


 不気味な光のない黒い瞳が、レースを見据えていた。雲行きが怪しくなったと思ったが、腕の中で抱いたアルカがレースの心を落ち着かせてくれる。


「甘いもの、好き? 僕は当然好きだけど」

「うん」


 後半に関してはよく知っている。那由多の料理を一切食べないヒカゲが注文しているものは、あまりにも偏食だ。頭痛が痛い、みたいなノリで偏食に偏っているともいえる。

 甘いものは好きだ。那由多と出会う前は、友達と一緒に喫茶店でケーキを食べるのが試験後の楽しみだった。

 ただの日常。

 けれど、手を伸ばしても届かない日々は、懐かしくて胸が苦しくなる。


「それは良かった。那由多にケーキを頼もうと思っていたんだ。レースも一緒に食べよう。絶品の洋菓子店として評判らしくてね。この間ネットで見つけてから食べてみたくてたまらなかったんだ」

「えっ……いらない!」


 レースは慌てて首を横に振る。洋菓子店のケーキを食べた、そんなことが知られたら那由多に殴られる。

 寿司をヒカゲに食べさせられたときは大丈夫だったが、それは例外中の例外。

 最近の那由多はレースを殴らなくなったが、しかし食べ物は別格だ。

 食に対する那由多の拘りは異常なほどあり、泥のように眠る程疲れていても手料理を欠かしたことはない。


「勝手に食べて那由多に怒られることを怖がっている? 大丈夫だ。安心しな。この間のように無理やり食べさせたりはしないから」


 どういう風の吹きまわしかレースには理解できなかった。


「殴られるくらいならまだいいけど、殺されるのは勘弁だからね。ちゃんと那由多に許可を取るよ」

「な、なるほど……?」


 友達を殴るのも、友達を殺そうとするのも、それを気軽なやり取りで口にするのもレースには理解できない領域だが、ヒカゲや那由多は軽やかに口にする。


「那由多公認なら、寿司の時のように怒鳴られることも殴れることもない。完璧だろ?」


 最初からそうすればいいのに。ヒカゲとは違うのでレースは口には出さなかった。


「那由多ならオレがケーキを作る! とか言い出しそうだけど、ちゃんと言いくるめるから。泥水のほうがましなものとか食べたくないしな」


 ヒカゲに言いくるめスキルはない気がするがと思ったが、レースはこれもちゃんと心にとどめておいた。

 素直に、無謀な行為だと思った。

 ヒカゲは名案だと張り切っているが、那由多が同意するとは思えない。

 無意味で浅はかだ。那由多の怒りに触れて暴力を振るわれるだけ。

 万全の体調だったら、同じ穴の狢であるヒカゲならば那由多に対抗できるのだろうけれども、怪我をしているヒカゲは、レースが見てきた限り殴られる一方だ。

 殴られても笑って友達として接しているのが、同時に理解できない。


「早く那由多起きてこないかな。あいつ休みの日はのんびりしているよね」


 飲食店で働いている那由多は遅番と早番、中番のシフトがあって勤務時間も変動しているが、仕事には遅刻せず寝坊もしない。

 その分、休みの日は夜中までゲームをしていることもあれば、早朝から一日がかりの料理の仕込みをしていることもある。

 今日は、寝る日のようだ。

 いつの間にかアルカが腕の中で寝ていた。


「あ、寝てる。かわいい」

「だよね!」


 ぼそりと呟いたレースの言葉に、ヒカゲが弾んだ小声で言った。

 アルカの睡眠を妨げないように優しく抱いていると、那由多の部屋の扉があいた。身体が自然と反応をしてしまったが、アルカのお陰で最低限で済ませられた。心音が早まるが、腕の中の温もりが暖かくて、濁りを柔らかくしてくれる。

 那由多はパジャマ姿だ。寝癖が四方八方に跳ねている。


「はよ」

「おはよう。那由多」

「……なんでオレより、てめぇのほうがレースと仲良しっぽくなってんだよ」

「僕は怒鳴らないし殴らないし今は仕事していないからじゃない?」

「最後の一個がくそ腹立つ」

「ねぇ那由多。ケーキを食べよう。美味しい店があるんだ」


 寝起きの瞳が開かれた。恐怖で身体が強張った。アルカがこの腕にいなければ震えていた。

 耳を塞いで目を閉じて何も知らないままにしたい。那由多は監視カメラをしかけてはいるが、先ほどのヒカゲとレースの会話は寝ていたから知らない。


「は? 好きにしろよ」

「皆で食べようって話だ。お前も、僕も。レースも」

「ならオレが作る。ホールケーキだろうがウェディングケーキだろうが作ってやるよ。今日は休日だしな。夕方までには仕上げてやる」


 そういって那由多は壁時計を見たので、レースもつられてみる。時刻は十一時。那由多の腕前ならば夕飯をケーキにすることは可能だろう。

 けれど、那由多のケーキは食べたくない。

 那由多は洋菓子の専門ではないからケーキを作ることは今までなかった。

 だから、レースの中に残っている大切な思い出もまだ汚れていない。その思い出に那由多のケーキが侵食してくることは避けたい。


「駄目だよ。そもそも、お前は洋菓子が専門分野じゃないだろ?」

「だとしても作り方を知らないわけじゃない。そりゃ、繊細な飴細工で蝶を作れと言われたら無理だけどな」

「僕が食べたいのは美味しいケーキだ。那由多の料理の腕前は食べたことないけど知っている。だが、専門職と比べたら落ちるだろ?」

「食べたことねぇくせになにを……まぁ、流石にその道の専門と比べたら無理だな。あくまで料理人が作るケーキだ。菓子職人のケーキじゃない」

「だからだよ。僕は絶品のケーキを食べたいんだ。ネットで検索したら見つけてね。せっかくだから皆で食べよう。お金はもちろん僕が出すからさ」


 ヒカゲが那由多に近づいて力説している。

 那由多の怒りメーターが振り切っていないのは意外だった。


「お前が食べたいだけだろ」

「僕だけじゃない。レースだって食べたいよ。ね」


 視線を向けられて、困った。話を振らないでほしい。外野のままでいたかった。今まで平和に進んでいた会話が、明後日の方向に移動したらどうするのだろうか。

 けど。

 甘党でパンケーキが大好きなヒカゲが、味にうるさいヒカゲが絶品とまで称する評判のケーキを、レースは食べてみたかった。

 アルカに触ってみたように、ケーキも、食べたかった。

 普通の食事ができるかもしれない。諦めて、断念して、絶望していたはずの気持ちに誘惑と希望が生まれる。

 那由多はレースを殴ることをしなくなった。ヒカゲが居候するようになって生まれた変化だ。

 ヒカゲが無理やり食べさせた寿司はとても美味しかった。また食べたい。


「た、食べたいっ!」


 主張することは怖くて涙が出そうな行為だけれど、レースは勇気を振り絞った。声が震えた。

 ヒカゲが笑ったような気がした。


「わかった、じゃあケーキ食べるか」

「あ、ありがとう」


 可能性は零ではなかった。暴力を振ることなく那由多は、レースに普通の食事を許可した。

 その事実がレースに嬉しさを胸に宿す。


「偶にはいいさ。大体、ヒカゲが煩い。こいつが静かになってくれるならケーキを買ってきたほうがいい」


 それはそうかもしれないと謎の納得が生まれた。


「ちょっと酷いな! お前は僕をなんだと思って」

「買うっていってんだから静かにしろ」

「はい。お金」


 ヒカゲが光沢のない黒い財布を取り出して、一万円札を数枚那由多に握らせた。一体いくらのケーキを買うつもりなのだろうか。


「頼むなら頼む相応に頭下げろよ。オレに買いにいかせるつもりだったんだろ?」

「うん。デリバリーやってないところだからね。はい、よろしく」


 ぺこりとヒカゲが頭を下げたので、目に見えない怒りマークが那由多に浮いたようだった。


「じゃあ着替えたら出かけるから、住所とかを携帯に送っとけ」


 那由多が部屋に戻った。レースの口から息が零れた。ヒカゲと一緒にいる那由多は少しましだが、それでもその存在が怖い。

 静かな空気がレースは好きだったが、準備が早い那由多はあっという間に戻ってきた。

 那由多が外に出かけようとすると、ヒカゲが那由多の袖口を掴んだ。


「ちょっと待て那由多。服を脱げ」

「は? え?」

「全部、服を脱げ。お前が余計な物を持っていないか確認する。僕の目が届かないところで変なものを混ぜられたら困る」

「んなことしねぇよ……」

「ダメだ。那由多の言葉を僕は信用していない」

「失礼極まりない暴言だな。つーか、流石にオレが何か仕込んだら元のケーキの形が崩れるだろ」

「あ、確かに。まあそれはそれとして念のため裸になれ」

「ならねーよ!」


 ヒカゲの制止を振り切って那由多は外に出て行った。


「まあ、流石に仕込めばわかるからな。大丈夫か。ね」


 ヒカゲがレースを振り返って微笑んだ。レースは返答に困った。



 那由多が帰宅したのは三時間後だった。


「てめぇがオススメしたところやべぇな。行列だったんだが……」

「わーい。ありがとー」


 ヒカゲがそれこそ飛び跳ねそうな勢いで喜んでいた。

 ヒカゲとレースは那由多がケーキを買ってくるときに食べられるよう紅茶と皿を用意しておいた。

 紅茶はまだ出来立てで、那由多の帰宅時間を予想したヒカゲが、レースに胸を張った表情をしてきたので、レースの緊張は少しほぐれた。ヒカゲにほぐす意図などなく、単に嬉しいだけなのだろうけれど。


「てめぇ、オレには何も触らせないつもりだな? ばっちり準備しやがって」

「当たり前だ。折角のケーキがまずくなる」

「まだ引っ張るのかよ……」

「僕がお前を信用しているわけないだろう」


 あまりにもひどい言い草だが、何故だか面白くてくすりとレースは笑った。


「笑った!?」


 那由多が声を上げ驚愕した。その声に、レースは視線をすぐさま下げた。怒られるのは怖い。だが那由多は何も言ってこなかった。恐る恐る視線を上げる。那由多は微笑んでいた。


「ちょっと、レースにかまっていたら、ケーキが冷める」

「温まってたらダメだろ」


 ヒカゲが器用に車椅子を動かして、那由多はケーキをナイフでカットしてから皿にのせた。ホールケーキだった。三人なのに。しかも3号や4号といった小さ目のサイズではない。

 ヒカゲが半分を一人で食べるのかもしれないが、ひとまず皿にあるのは、ばら売りケーキと同じくらいの大きさだ。

 シンプルなショートケーキだ。生クリームの量は多くなく、綺麗な形を保っている。トップにちょこんとおかれたイチゴも、ただ白くて洗練されていて綺麗だった。きめ細やかなスポンジの淡い色合いも合わさって、雪のようだ。


「いただきますー!」


 ヒカゲの機嫌のよい声が聞こえてレースは我に返る。

 本当に、このケーキを食べていいのか。怒られないのか。

 けれど、ヒカゲがケーキを一口分救い口に運んだあとの蕩けたような顔は――幸せそのものだ。


「美味しい。有難う那由多」


 素直な言葉には、それだけの感謝がのっかっていた。那由多も満更ではない顔で、ケーキを大口で食べてから静かに咀嚼した。


「確かにうまいな。これは待たされるだけはある。甘党のてめぇが求めるくらいだからクソ甘いのかと思ったらそんなことはなく、ちょうどいいな。レースは食べないのか?」


 那由多の柔らかい声に、レースは本当に食べていいのだと実感が持てた。


「た、たべる。うん。いただき……ます」


 以前、ヒカゲに無理やり寿司を食べさせられた時とは違う。自らの意思で食べられる。

 那由多が普通のケーキを食べることを認めてくれている。

 今まで、ずっと食べられなかったもの。とても美味しそうなものを、口に運べる。食べたらなくなる現実が辛くなる感覚が心を痛める。

 震える手でフォークを取り、ゆっくりケーキに差し込む。形は崩れず柔らかく刺さった。

 生クリームの優しい味は、甘すぎず、舌で溶けるような濃厚さがある。スポンジも柔らかく消えていき、気づいたときには口からなくなっているような、幻のようなケーキだった。

 甘くて、優しくて、あたたかい。ヒカゲが入れてくれた紅茶も飲む。美味しい。和やかで心が落ち着く。

 もう一口、ケーキを食べたい。

 喫茶店で友達と食べていた日々を思い出した。あの日々は戻らない。

 でも、美味しいケーキを食べた。

 笑いなど昔に忘れておいてきたはずなのに、思い出したかのように笑みが溢れてくる。


「どうだ、美味しいか?」

「うん」


 那由多と会話するときは、いつも呼吸が詰まったようになるが、今だけはすんなり返事ができた。


「そっか、じゃあまた買ってくるからみんなで食べるか?」

「食べたい」


 正直な想いを告げても、那由多は怒らなかった。



 

 レースの笑顔を見た那由多は、それ以降も仕事帰りに度々ケーキを買ってくるようになった。

 那由多の手作りではなく、市販の普通のケーキだ。お店で売っているケーキを美味しく食べられるので、ヒカゲとしては文句がない。

 レースの表情は少し柔らかくなった。生きているのか死んでいるのかわからない瞳は、愚かにも少しだけ生へ傾いた。

 顔色が悪く頬が痩せこけていたレースは、ケーキという活力をもらって、骨と皮だけのような身体に少し肉が戻ってきた。


「行列のできる林檎ケーキの店に寄ってみたんだ。美味しいか?」

「うん。美味しい」


 那由多が優しく話しかけるとレースは返事をするようになった。

 ケーキという些細なきっかけで、単純なもの一つで関係が少しだけ変化した。

 ヒカゲはその様子を眺めながら笑う。


「馬鹿だね。那由多はただの誘拐犯なのにね」


 あまりにも滑稽だ。

 かすかな呟きが那由多とレースに聞こえることはなかった。

 アルカが不思議そうに視線を合わせてきたので、食べ終わった皿をソファーに置き、ぎゅっとヒカゲは抱きしめた。

 那由多はただの誘拐犯であり、レースにとってただの最悪と最低を積み重ねたような男だ。


「ほんと――面白いな」



***

 穏やかな日々の経過とともに、ヒカゲの怪我は快方に近づいた。車椅子生活も終わりを迎え、運動するにはリハビリが必要だが、久々に自分の足で思うように歩くのは心地よかった。


「さて、僕のリハビリが終わったら――イサナたちを殺しに行こうか」


 ようやく待ち望んだイサナを殺すときが近づいてきた。早く、人を殺したい。イサナを殺すまでお預けしていた快楽を堪能したい。

 美男美女を殺して、その悲鳴に浸りたい。愉悦と歓喜で興奮したい。

 人の悲鳴は、人の苦痛は、人の嘆きは、たまらなく甘美で、快感を満たしてくれる。

 ――そのはずだ。


「そうだな。けど、どうやって居所を知らせるんだ?」


 レースが寝静まった深夜。那由多がイカのつまみとビールを片手に尋ねてくる。


「簡単だ。僕らの居場所を結局、イサナたちは掴めなかった――いや、掴まなかったか? まぁどちらでもいい。方法は、どの道僕の探偵事務所に恋文ラブレターすればいいだけだからな」

「なるほど、な?」

「イサナとアゲハ、レースの兄はあらゆる手段を使って、僕らを殺しに来る。そして僕らも同じようにあいつらを殺す。殺して、楽しむ」



 約束の当日。

 ヒカゲが用意した手紙には廃ビルで会おうと日付を指定していた。

 それを那由多が黒月探偵事務所のガラステーブルの上に置いて、数日後、那由多が確認のために足を運ぶと手紙はなくなっていた。了承の合図だとヒカゲは笑う。

 イサナを待ち焦がれていた。イサナに会いたくてたまらなかった。端正な顔を眺めながら四肢を傷つけたい。


「楽しそうだなヒカゲ」


 那由多は車のキーを壁掛けフックからとり指でくるくると回しながら言ってきた。

 ヒカゲは返事をしない。当たり前の問だからだ。

 那由多はソファーに座るレースへ話しかけた。しゃがんで視線を合わせている。上からより、まっすぐな方がレースは怖がらないと那由多が理解したからだ。


「レース。ヒカゲとちょっと出かけてくるから大人しく家にいるんだ」

「うん、わかったよ」


 何処へ行くか、何をしに行くかレースには伝えていない。

 普段ならば大人しく家にいるんだ、なんて言わない那由多の言動にレースは疑問を感じているようだ。

 そう。これからレースの兄を、那由多は殺す。


「じゃあ、ちょっと行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 レースから予想外の言葉に那由多は嬉しくなって破顔した。


「あぁ」

「那由多、先にいってバイクを用意していて。後からいく」


 ヒカゲの言葉に、那由多は気分を害したとばかりに舌打ちをしていた。那由多はそうでなくちゃ、とヒカゲは楽しくなった。

 今日は、とてもいい日だ。


「ね。レース。お前もそう思うだろ?」

「え?」

「今日は、いい日だってことさ。僕らは出かける。さて、お前はどうする――? 篠原由乃」

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