第25話:少女との過去
◇
一年ほど前、那由多は休日を謳歌して街をふらついていた。
酒屋で酒の調達をするのにバイクではなく車で出かけてショッピングモールに駐車した。
ヒカゲを酒盛りに誘いたいところだが、いつ連絡してもそっけなく断られるだけなので、酔わせて人肉を食べさせようとしている企みが見破られていることには気付いているが、血の迷いで応じる可能性もあると誘っている。
目当ての酒の他、店員に勧められて気になったのを複数購入してスーパーで普通の食材を物色する。
荷物が重いので一度駐車場へ向かい車に荷物を置いてから、服を新調しようとモール内を歩いていると目の前ですれ違った少女に思考を奪われた。
もみあげを一部だけ伸ばした黒髪に、学校帰りなのだろう学生服を着ている。少女の面影が残る顔立ちに、柔らかな笑顔。
脳内を食欲が満たす。
高級食材よりも濃厚で堪能な味わいの幻覚に襲われる。
少女を食べたい。思考が一色に染まり買い物に来ていたことなど忘れた。
今日の日は少女に出会うために存在したのだとさえ思える。
方向転換し、少女の後をつける。
友達と一緒に会話に花を咲かせているようだが、度々友達が消え少女だけが認識される。
普段は、ヒカゲが殺した美男美女の食材を貰って殺す手間を省いているが、しかしこの少女は自分の手で殺して料理したかった。
美人が好きなヒカゲでは食指があまり動かないだろうという思いよりも、ヒカゲに殺させたくない思いが強い。
何処で殺すかと思考すると、ヒカゲが殺しに使う場所が過った。あそこへ連れて行けばいい、誰も助けは来ない。泣き叫んでも、誰も気付けない最高の場所だ。
尾行を続ける。
ヒカゲほど上手に尾行できる自信はないが、ヒカゲが快楽に身を任せるようになる前までは自分で食材を調達して殺していた。高校生に気付かれるようなヘマはしない。気を付けるのは防犯カメラの目だ。
早く食べたいが、人目のある場所では殺せない。
ショッピングモールを少女は出る。夕暮れを背景に、買い物を満喫した少女は友達と別れ、耳にイヤホンを差して音楽を聴きながら歩く姿に心が昂る。
一人になった少女を襲わず、那由多は我慢して尾行を続けると自宅へ到着したようで鞄から鍵を取り出し玄関を開けて中へ入っていった。パタンと玄関が占められると少女の姿は消え、寂しさが心に宿るものの、住宅街にある似たり寄ったりの作りである一軒家だけが眩い光を放っているように映る。
早く食べたくてたまらないが、準備をしてから連れ去ろうとその日は我慢して帰った。
翌日仕事に打ち込みながらも脳内は少女の笑顔が離れない。早く休日になるのを待ち望んだ。
那由多の休日で世間の平日の日、朝早くから車を運転し、予め制服から学校を調べ通学路で待ち伏せをする。
少女が現れた瞬間胸が高鳴る。流行る気持ちを抑えながら冷静に気絶させて車の中へ連れ込んだ。
ヒカゲが殺しに使う場所まで運転する時間がもどかしくなりながら、法定速度を守って進む。
早く、食べたくてたまらなかった。少女の顔を見ると涎が垂れてきそうになる。
到着すると少女を抱きかかえ移動して床に寝かせて目が覚ますまで隅々まで堪能する。完璧なまでに美味しそうだ。
程なくして少女が目を覚ました。那由多は嬉しくてギザ歯を見せて笑うと、少女の身体が恐怖で震えた。その姿に那由多は舌を舐める。
「おはよう」
「……あっあ」
何故と問いたいのに恐怖で少女は口から言葉が続かない。そんな少女を無視して、那由多は零れる涙を指で掬って舌で舐める。
「うん。美味しい」
黒くて円らな瞳から零れる涙の味は絶品だった。
「――っ!」
もっと味わいたい。涙でこれほど美味しいのだから瞳を食らえば更なる甘美が待っていると、眼球をえぐり取るように指先を侵入させていく。
少女が体験したことのない想像を絶する痛みが襲い甲高い悲鳴が上がる。
少女の涙と悲鳴に興奮した表情で那由多は指先を侵入させて、眼球をえぐり取る。ひときわ大きな絶叫が廃墟に響く。
「あははっ! ははっ」
真っ赤に濡れた指先で眼球をペロリと舐める。血の味は舌がとろけるように味わい深い。
息も絶え絶えで、痛みと格闘している少女の姿がそそる。
眼球を食べようと思った瞬間、ふと那由多は少女にもこの味を堪能して感動を共有したいと考えた。
最高に美味しい味を、少女と一緒に楽しみたい。
少女の身体を押し倒し、抵抗するのを抑え込み左手で口を無理やり開けると、少女の右目にあった眼球を口の中へ押し込む。
少女は吐き出そうと足掻くが、那由多はそれを許さない。口を塞がれて行き場のない眼球が舌の上でコロコロと転がる。視界が半分になった事実を如実に突きつけられる。
彷徨っていた眼球はやがて限界が訪れ喉を通っていく。
ごくりと飲み込んでしまった事実に少女は発狂しそうになる。気持ち悪くて吐き気が酷い。
「どうだ、いい味だろ」
那由多が満面の笑顔で感想を求める。
日常に現れた狂気に、少女は麻痺する。
吐き気が酷い。気持ち悪くてたまらない、吐き出したい。まずい。
夢であればどれほど良かったのにと思いながら、那由多の笑顔に恐怖して少女は首を縦に頷く。
途端、那由多の笑顔が無邪気な子供の用に輝いた。
誰一人として美味しいと同意しなかったものを、同意してくれる人物が現れた事実に歓喜したのだ。
片方残っている瞳を抉って食べようと思っていた気持ちが薄れる。
殺してしまっては勿体ない。
「美味しいよな! うん! お前を殺すのはやめだ。一緒にオレと住もう! 毎日美味しい食事を用意してやるからな!」
少女の悪夢はこうして訪れた。
「さて、まずは闇医者を呼ばないとな。死なれたら困る!」
地に足がつかない様子で那由多は、闇医者を呼び出した。
闇医者によって命を繫いだ少女は、那由多と一緒に暮らすことになった。
少女の失った右目は、白の治療用眼帯で覆われた。
少女の柔らかな頬を食べたい衝動に駆られながら、那由多は楽しそうに腕によりをかけて毎日料理を振る舞う。
共に食事をとってくれる相手がいる事実が嬉しくてたまらなかった。
けれど喜びは怒りへと変換され、少女に拳を振るう。
愛情込めて作った料理を少女が拒絶するからだ。嫌だ、と口を閉じるので那由多は殴って無理やり食べさせる。嗚咽を上げるのがまた気に入らなくて手が出た。
日に日に少女はやせ細っていく。少女は鏡が嫌いだった。現実の自分を突きつけられるから。
「そうだ、お前の名前は今日からレースな!」
那由多が笑顔で少女の名前を付ける。数日間、名前を何にしようと精一杯考えた。
少女に一番ふさわしい名前だと思った。
少女の元々の名前に興味はなかった。自宅を調べたとき表札で苗字をみた気がするが記憶に残っていないし、名付けた以外の名前で呼ばれたくない独占欲もあった。
レースが本名であるかのように、レース、レースと毎日繰り返して少女を呼ぶ。
少女は自分が
けれど返事をしなければ暴力の嵐が待っている。
悪魔の食事を拒否できず、名前すら奪われる現実。
地獄の毎日が続くだけならばいっそ死のうと思って自殺を試みるも、那由多が機微を察して駆けつけ、失敗する。
失敗するたびに、那由多は烈火の怒りを露わにし、少女が辞めてと叫んで許しをこいても気持ちが収まるまで殴り続けた。
身体中に怪我を負って少女はベッドで天井を眺める。このまま放置してくれれば死ねるのに、と。けれどそれすら那由多は許さない。
怪我をするたびに、闇医者を呼び出して外傷を直して命を繫ぐ。
幾たびの自殺に失敗したころだろうか少女の精神は既に摩耗し、死だけを望んでいた。
「ったく、何度自殺をしようとすりゃ気が済むんだ。オレはそんなこと許さないからな」
暴力を振るわれ弱弱しく横たわる少女に、怒りが収まった那由多は携帯を取り出し闇医者に電話をして呼びつける。
程なくして、紫かかった黒髪を無造作にポニーテールで結び白衣を翻しながら闇医者が現れる。那由多は彼の本名を知らないが、誰よりも腕の立つ闇医者であるからこそ、得体が知れなくても重宝していた。
何より、闇医者は医療の腕だけでなく、守秘義務を守り、護衛のための武術も身に着けている。
「またお前は……怪我をさせたのか」
闇医者は少女が力なくベッドで横たわり怪我をしている惨状にため息をつく。
「レースが自殺しようとするのが悪い」
悪びれた様子もなく、那由多は答える。少女が自殺を試みなければ、殴ることはないのだから少女が悪いと。
「はぁ。ほら、怪我治すから出てけ。どうせ手伝えないんだ、お前がいるだけ邪魔だ」
闇医者は厄介払いするように手を払うと、那由多が渋々レースに自室として与ええている部屋から出ていく。
「……今、治療するからな」
できるだけ治療の痛みが少ないように、と闇医者が鞄を広げると
「ねぇ……」
生に絶望した少女が、懇願した。
「ぼくを、殺して」
「――わかった」
死を切望する少女に、闇医者は拳銃を向けた。
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