第10話:類は友を呼ぶ
*
天喰と過ごす毎日は楽しくて、楽しくて、楽しくてたまらなかった。
ヒカゲこれほどまでに充実した時間があるとは知らなかった。
もっと触れていたい。未知の楽しさを堪能したい。
天喰を殺してしまえば、苦痛と憎悪が重なった悲鳴を聞けなくなる。失いたくなくて、一週間が経過した今も天喰を生かしていた。
「天喰、食事の時間だ」
壁を背もたれにしながら天喰が首を横に向ける。
食事の拒絶。自殺希望ではなく、ヒカゲの思い通りに食事をして溜まるかというささやかな抵抗の意思表示だ。無意味であると身をもって体験しているのに、愚かにも繰り返すのが健気で愛おしくなる。
お盆をフローリングにおいて、おかゆを一口分の量をスプーンですくう。
右手で天喰の上唇と下唇を撫でるように指先を入れ込み閉じた口を開かせ、舌がやけどしないように冷ましたおかゆを喉奥へいれこむ。
嘔吐しかける天喰の口を塞ぐ。嚥下する喉の動きを見てから手を放すと、苦しそうに天喰が咽る。
「全く、天喰も学習しないなー。素直に食べれば苦しい思いをしなくて済むってわかっているのに。何度目の抵抗だ?」
「君の思い通りに、なりたくない……からに、決まっているだろ」
天喰は反抗的に答える。それが面白い。
最初は水分以外与えていなかったが、死なれては困るので、今では食事も与えている。
食器洗い洗浄機を買おうかなと考えながら洗い物を終わらせて、天喰の元へ戻る。
ナイフで傷つけた肩の傷口に手を触れると、白い指に付着した赤く滴る血から目が離せなくなった。
外気に触れたばかりの綺麗な赤。天喰の身体から流れる鮮血が誘惑的だ。黒シャツのボタンを外して傷口の間を抉るように舌を浸入させると、濃厚な血の味を感じる。
特別な味わいに酔いしれながら甘美に浸り舌を這わせると、苦悶の声が零れてくる。上目遣いで天喰を見ると、ざらついた舌が触れる痛みと気持ち悪さが混ざった新鮮な表情をしていた。
「つっ――気持ち悪い、やめろっ……!」
苦痛より、気持ち悪さが勝った嫌悪感が面白い。
「誰がやめるものか。そうだ、天喰の名前、下の名前教えてよ」
誰が教えるものかとそっぽを向く天喰が滑稽だ。教えるまでやめないよ、とばかりに血を舐めとる。
「っ――あ、あま……ね」
「嘘はいけないよ」
指を口内に入れ込み、舌を押さえつける。苦しさで天喰の口から唾液が零れる。
「……っ……はる、か、だよこのくそ……」
荒い呼吸の中、かすれた声で天喰は名前を告げた。
「ふふ、可愛い可愛い、僕の
ヒカゲが満足しながら傷口に触れる。天喰の名前などとうに知っている。それでも、その口から言わせたかった。
「……ついに、襲ったんですか?」
紙袋が落下する音で、ヒカゲは初めて背後に人物がいたことに気づいた。天喰に夢中になって第三者の存在に気付かなかった。
背後を振り返ると普段冷静な表情を滅多に崩さないイサナが何とも言えない表情をして、落ちた紙袋には目もくれずヒカゲと天喰を見ていた。
「いや襲ってないけど。ついにってどういう意味だよ」
「天喰さん……その肌けていますし、ヒカゲは怪しいことをしているので。否定していましたが恋が肯定に変わったのかと」
「どんな解釈の仕方だよ」
「じゃあ、どうして肌けているのですか?」
「天喰の傷口を舌で舐めていただけだ」
「逆に襲っていた方がまだましな勢いで気色悪いんですけど? ところで、どうして天喰さんは未だに生きているのですか? しかも、部屋がなんだか進化していませんか?」
イサナが疑問に思うのも不思議ではなかった。ヒカゲは甚振って相手の悲鳴を聞くのが好きだが、最後には殺している。長くても大体二時間だ。十日も生かしていることは、ヒカゲからしても意外だった。
イサナ曰く部屋も進化を遂げている。
フローリングで天喰が夜寝るのは身体が痛いだろうし、冷え防止も兼ねて絨毯をひいた。エアコンで気温調整も行っている。清潔感がないのも困るので、服はこまめに取り換えている。
動けない身体の天喰を引きずって、シャワーをかけると、水が傷口に染みてひと際大きな悲鳴を上げてくれるのもお気に入りだ。
「天喰が、今まで殺したいと思った相手の誰よりも好きだからだ。天喰の悲鳴を聞くと、天にも昇る心地になる。苦痛の表情は、どんな豪勢な食事より腹を満たす。飛び散る涙は、宝石より美しい。今までならね、簡単に殺してしまっても、うっかりやりすぎて殺してしまっても他に美しい人間はいくらでもいた。でも、天喰のようなかわりはいない。だからまだ、だ。まだ殺さない。そもそも、
天喰の肌と比べると不健康な色の指先で、天喰の目尻を撫でる。
「アルビノ探せよ……」
天喰の抗議に、ヒカゲが笑う。
「
「死ね」
忌憚のない言葉が、心地よい。
「……そういえば、ヒカゲ。どうして、手袋を外しているのですか。今まで、日常生活ですら手袋を外さなかった貴方が……何故?」
「天喰には肌で触れたくなった」
幾たびも傷をつけた肌を指で触れると、天喰は身体を身じろぎさせた。
「はぁああ」
イサナが盛大なため息をついた。何故だろうと首を傾げる。
天喰は美しい。綺麗な声を上げる。そして抵抗をやめない。どれもが、素晴らしくヒカゲの好みだった。だから、その温もりを手袋越しだと勿体なく感じた。
「私はヒカゲの執着を計り間違えたので帰宅しますが、その前にお土産です」
落とした紙袋をイサナは拾い上げて手渡してきた。血に染まった手で、お土産を受け取ると熱海名物だった。
「ねぇ、僕はハワイって聞いていたんだけど、なんで熱海?」
「よく考えたら海外って面倒だったので」
「なら北海道とか沖縄とかまで行けばいいのに」
「熱海では不満ですか? では返してください」
ヒカゲは熱海名物を懐へ隠す。
「駄目。これは僕のものだ。あとで天喰と一緒に食べる」
「そうですか。では、楽しい時間を過ごしてください」
「あぁそうだイサナ。返る前に一つ頼んでいい?」
「なんですか?」
「食材とかもろもろ買ってきてほしい。そろそろ冷蔵庫の中身が尽きる」
「……今更ですけど、私がいない間食事はどうしていたのですか? 出前を取るわけにはいかないでしょう?」
「僕が作っているに決まっているだろ。仕方ないから、イサナがいない間はちゃんと買い出しに行っていたよ。おかゆだって作ったばかりだ」
ヒカゲが誰かに手料理を振舞う、その言葉が信じられないのか、イサナは驚愕の瞳を見せながらも、ほどなくしてそれ以外の答えが見つからず納得したようだ。
「歪な愛がどこまで突き進むのか、ちょっと興味が湧きましたね」
「珍しいな。イサナは他人に興味ないだろ」
「えぇ。興味ありませんけど、流石に例外の例外を進められれば、人並みの興味は湧きますよ」
「天喰は僕のだから上げないぞ」
「いりません。天喰さん本体には興味ないので」
「勝手に俺を人のものにするな。天喰は俺のだよ」
天喰が抗議をしてきたので、イサナが少し笑みを零した。
「では、食材を購入したら私の仕事は終わりということでいいですね」
「うん。後はどうぞ、彼氏とのデートでも満喫して」
「私に彼氏はいないので、家で録画していたドラマを消化しますよ」
「イサナならよりどりみどりだろうに。パンケーキ作れるし」
「そこは別に必須事項じゃないですし、それだと私がヒカゲを選べるみたいになって物凄く嫌です。それでは」
イサナが食材を買いだめしてくれたおかげで、数日は閉じこもって天喰と日々を過ごせた。
天喰の悲鳴は飽きることなく常に潤いをヒカゲにもたらしてくれる。
今まで殺してきた人間は、何故殺したのだろうか? と思うほどに天喰は特別だった。
歓喜に浸っていると、玄関の扉が乱暴にしめられる音がした。ヒカゲは視線を細め、抱き着いていた天喰の身体から離れる。
「――誰だ、イサナじゃない」
イサナであれば、丁寧に扉の開け閉めをする。
怒りに身を任せるような真似は機嫌が悪くたってしない。となると、可能性は二つ。天喰に恨みを持つ人物。もしくは――。
念のため、ソファーに放置してあった黒の手袋をはめて、懐からナイフを取り出して左手に持ち侵入者の気配を伺う。苛立ちに任せた歩き方は廊下に八つ当たりをしているようだ。
天喰を狙ってきた不届き者ならばいけないと判断してヒカゲは床を蹴って助走をつけ、リビングへの扉が開かれたところで切りかかった。
「は――!?」
「
侵入者は那由多だった。共犯者の男の金髪を僅かにナイフで切り落とす。
那由多が拳を硬め突き出してくる寸前で下がり回避する。ヒカゲは折り畳みナイフをしまい、手にはもう何もないと示す。
侵入者は、天喰へ恨みを持つものの犯行――もしくは、那由多。その二択であった。
後者の可能性が高かったが、那由多ならば不意打ちで切りかかっても、ちょっと腕を切るくらいだろうと判断した。
「いきなり切りかかってくるとは、どういう了見なんだよてめぇは!」
「那由多じゃない場合だと困るから先手を打った」
「姿を見てから判断しろや!?」
那由多の怒声に、ヒカゲは片耳を塞いだ。那由多はヒカゲよりも頭一つ分高い長身に、片方の揉み上げだけが長く、明るい金髪に染めている。ヘアピンで前髪を止めて、耳には星型のピアス。笑うとギザ歯が見えるのが特徴だ。短気で横暴な性格に反して、料理上手で創作料理店の料理人として働いている。
那由多が内定の報告をしてきたときは、信じられない気持ちだったし、今でも嘘と言われたらヒカゲは納得する。
「ちゃんと那由多デースってアピールしながら入ってこない方が悪い」
「どう考えたって、切りかかってくるやつのほうが悪いだろ!」
那由多が赤いパーカーを脱いでソファーへ放り投げた。
「事前連絡を怠る方がわるっ……!」
抗議の途中で、ヒカゲは那由多に背を向けて天喰を覆い隠すように抱き着いた。
突然の出来事に天喰は困惑したのが、普段とは違う表情で可愛かった。
「は? 何してんだてめぇは?」
「那由多に、僕の天喰を視界に入れたくなくなった!」
「君のじゃないから……」
抱き着かれた体制が傷口に触れたようで、抗議の声は弱弱しい。ヒカゲの背後に那由多の気配がする。
「噂の天喰を見せろよ。イサナには見せているんだろ、なんでオレはダメなんだよ」
「イサナは天喰と出会ったときからいたからだ。天喰は僕のものだから、僕だけのものだ」
「暴君理論だな」
「は、何をいう。お前こそ暴君だろ。何しにきた?」
「最近、食材よこさないって文句のメールを送っても無視してたのは誰だ?」
「面倒だった」
確かにメールは何通も来ていた。途中から目も通していない。天喰に使える時間は一秒だって長く使いたいから。
「音信不通になりやがったから……不測の事態はなさそうだが、仕方なくてめぇの生存確認しに事務所へ行ったんだよ。そうしたらイサナが、ヒカゲはただいま愛に狂って自殺マンションで男を監禁中とかイミフなことを教えられたんだよ。ここ、この間、女の食材をくれたところと同じだったんだな」
「そうだ。お前に渡した女は屋上から飛び降りて死んだんだ」
「つーか、何だその自殺マンションってネーミングセンスの欠片もねぇやつは」
「人間が次々と自殺するから、自殺マンション」
「よくそんな樹海もびっくりな場所にいるな」
「僕が自殺するような人間に見える?」
「いや」
「だから問題ないさ。それにここは防音完備だし、僕が最後の住民だから何をしても怪しまれない。最高の環境だ! それにもう自殺マンションは終わったよ」
「あぁ、なるほど。つまり、天喰が次々と自殺させていたわけか」
「そうそ」
「で、なんで食材をよこさねぇ」
「天喰と遊ぶのが楽しいから」
天喰の顔は、見飽きることはなく、見れば見るほどにどんどん好きになっていく。
ヒカゲに復讐することを諦めていない勝気な灰色と紫の瞳が、心をざわつかせる。
「監禁してまでか? 人の性癖に口出す気はねぇが信じられねぇな」
「口出ししているし、レースを監禁中なお前に抗議されるものもなにもない」
「監禁はしてねぇよ」
「僕はレースと会ったことはないけど、お前の話を聞く限り監禁という言葉しか思い浮かばないのだが?」
「……別に、死のうとしたり、いなくならない限り制限しているつもりはないし、お前のように鎖でがんじがらめにはしていない」
天喰が逃げないように留めている鎖の先を那由多が持ったようで、鎖がカーペットをこする音と天喰の身体がヒカゲの方へ倒れるように近づいた。より一層、傷のない天喰の顔がよく見て嬉しい。
「半信半疑でやってきたけど、マジで愛に狂ったのかよ」
「天喰の悲鳴を一度聞けば、わかるよ」
「わからねぇよ。オレは別に他人を甚振る趣味はない」
「僕にだって
「お前が食材をくれないから、オレは自分で食材を探さなきゃいけねぇ。流石にストックがもうねぇんだ。鮮度が大事だからな。あまり長期保存はしていない」
「だろうね。食べきれない分はいつも職場におすそ分けしているしな那由多は」
会話の趣旨から察した天喰が顔色を悪くした。
那由多は人を食材として料理を作り食べるのを好む。
人間一人の死体を調理して食べるのは結構な量があり、新鮮なまま食べきれないと判断した時に、那由多は勤めている料理店で秘密のスパイスとして混ぜて料理を作り上げている。
那由多としては、最高に美味しい食材を使った美味の日にあったら感謝してほしいくらいだそうだが、人肉は全く食べたくないヒカゲは一度も那由多の料理を食べたことはないし、未来永劫食べるつもりもない。
「あ、安心して。天喰にも那由多の料理食べて―なんてことはしないから」
天喰は取り繕うことなく安堵の顔を見せた。人の肉だと流石に素直になるらしい。
「いれこみ具合がめんどくせぇ。いっそ天喰殺すか?」
「天喰を殺すなら僕は那由多を殺すぞ」
殺気を孕んだ瞳で、友人である那由多へ視線を向けると、那由多は肩を竦めて殺意を流した。
「唯一無二の友人の命軽すぎだろ。つか、そこまで入れ込む天喰は単純に興味がわくから見せろ」
「ダメ―!」
「かわい子ぶるな気色悪い!」
ヒカゲの襟首を那由多が乱暴に掴んで引っ張ってきた。那由多に天喰を見せたくなくて強く抱きしめると天喰が呻く。
那由多の力で天喰と引きはがされ、ゴミを捨てるような軽さで投げられた。
受け身を取って着地したヒカゲだが、時は遅し。先ほどまでヒカゲがいた位置に那由多がいる。正面から、天喰の顔を視られてしまった。
「ちょっと那由多!」
那由多を追い払おうとしたが、もとより那由多に腕力では勝てないので引きはがせなかったばかりか、ヒカゲは両手で那由多を引きはがそうとしているのを片手でとめられた。那由多のもう片方の手が天喰の眼鏡を外した。
「オッドアイとか初めて見た。すげぇ」
「そうだよ」
ふてくされながらヒカゲは答える。
「いいな。オレは天喰の瞳が食いたい。特に紫色の方が欲しいな」
「誰が
「いいだろ? 片目亡くなったって半分残るんだから」
「ダメに決まっている。僕は天喰の顔が好きなんだ、傷をつけることは許さない」
「マジで入れ込んでいるな、いや元々美人は顔傷つけたくない野郎だってのは知っているけどよ。でも天喰は美味しそうだ」
那由多の感想に、天喰が顔を歪めた。苦痛による苦悶とは違う、嫌悪感の新しい一面にヒカゲは少しだけ那由多が顔を見てしまった留飲を下げた。
「お前にはレースがいるだろ。僕の天喰を奪うな」
「てめぇ程、狂愛はしていねぇよ」
「はっ。何をいっているんだ
「あいつは俺の物だからそう名付けただけだ」
「殺人鬼は同じ穴の狢ってわけか……君に監禁されている子は可哀想だな」
天喰の率直な感想に、ヒカゲは顔色を変える。那由多が拳を振り上げ、天喰へ殴ろうとしている。その間に割り込む。
「那由多!」
ヒカゲの制止も耳を貸さず、那由多に頬を殴られる。衝撃に耐えて、ヒカゲはナイフを取り出す。那由多の剣呑な瞳がヒカゲへ向けられる。
「レースが可哀想って言われたんだぞ、誰が落ち着けるか!」
「僕の天喰を殴ることは許さない」
「てめぇのじゃねぇそうだが?」
「天喰が素直じゃないだけだ」
「んなわけあるかよ!」
那由多が吐き捨てる。那由多は沸点が低いが、その分怒りが収まるのも早い。
ヒカゲの頬を殴ったから静まったのだろう。ヒカゲはナイフをポケットへしまって、ひりつく頬に手を振れる。
「那由多は沸点が低すぎる。お湯だってもうちょっと待つぞ。顔が腫れたらどうしてくれる」
「普段のてめぇなら問題なく交わせただろ」
「間に合わなかったら困るって身体が勝手に動いたから仕方ないだろ」
「はぁあ」
髪の毛を乱暴にかく那由多の姿からは怒りは見えない。頬は痛いが、天喰の綺麗な顔には傷一つつかなかったのは幸いだ。頬はあとでビニール袋に氷を詰めて少し冷やせばいいだろう。
「じゃあ天喰の顔も見たしそろそろ、かえ……」
帰る、と那由多がいい追える前に丁寧な扉の開閉音が聞こえた。那由多と視線が合う。誰が訪れたかはわかる。周りに興味がないような足音はイサナだ。
ヒカゲの推測通り、イサナが姿を見せた。
「……ヒカゲ、どうしたのですか頬が赤いですよ」
「那由多に思いっきり殴られた」
イサナが怪訝な顔で那由多を見る。那由多は肩を竦めたので、謝ってもらおうかなとヒカゲは思ったが、わざわざ冷めた怒りを沸騰させる必要もない。
「那由多さんを挑発したのですか?」
「違うよ。天喰を庇ったら殴られた」
「なるほど」
「ところで、イサナ。なんで那由多にここを教えたのさ! 僕は、天喰の顔を誰にも見せたくない。僕が独り占めしていたんだ!」
「ひきます。那由多さんが事務所に乗り込んできてヒカゲの居所を教えろといったからですよ。教えなければ武力行使も辞さない顔をしていたので」
「おい。イサナに何をするつもりだったんだよ」
じと目でヒカゲは那由多を見る。
「いや、教えてくれなかったら一発くらい殴ればいいかなって」
那由多に悪びれた様子はない。
「暴力で解決とか最低だ」
「てめぇに言われたくない言葉ランキング上位入賞だぞ、それ。つーか、オレはてめぇの居住を知る必要があるだろーが共犯者の相棒よ」
「ちっ」
ヒカゲは黒の鞄から予め作っておいた合鍵を那由多に投げて渡す。
「那由多。僕は今、天喰で遊んでいるから他の人間を殺すつもりはない。一人でしばらく食材を用意しろ」
ヒカゲと出会うより前から、人を殺していた男は、必要があればいくらでも自前で調達する。
ただ普段は面倒だから、ヒカゲが殺した人間を使っているだけだ。
「わかったよ。くそ、オレだってレースとは長く一緒にいたいつーのに」
「今度会わせてよ。那由多のお気に入り興味ある」
レース。那由多が珍しく自分の手で殺そうと思ったほどのお気に入りであり、結局殺さないで生かしたまま誘拐して部屋に連れ帰った。本名は別にあるが、那由多の独占欲により
「こいつみたいに血塗れじゃないからな」
「酷いなー。でも知っているよ。気に入らないことをしたらすぐに殴るんだろ」
「まぁ……。とはいえ、怪我させたら闇医者は呼んで見せていたぞ。お前と違って、こんな的確に手当てできないからなー」
那由多が天喰の包帯に触れようとしたので、ヒカゲが間をふさぐ。
「なぐらねぇよ」
「その言葉に信用度があるとでも? 僕は闇医者先生をお前と違って部屋に呼びたくない」
天喰は誰にも見せたくない。独占し続けていたい。
ヒカゲがよりいっそう独占欲を強めた辺りで、那由多が思い出したように掌をうった。
「あ」
「どうした?」
「いうの忘れてた。あの闇医者はオレが殺した」
「は?」
「え?」
ヒカゲとイサナが同時に呆ける。
「どういうことだ?」
「だから、あの闇医者はオレが殺して食った」
「……なんで!?」
「レースを殺そうとしたからだ」
那由多の偏愛を受けたレースが、生きることに絶望して、闇医者に殺してくれと懇願するさまは容易に想像できる。そして憐憫を抱き、闇医者が殺そうとするところも。
「馬鹿か!? 何かあったときの闇医者先生を殺してどうするんだ!?」
「レースを殺そうとしておいて生きていられるわけねぇだろ。出来る限り生かしたまま、食った。レースにその様を見せつけ、レースにも食わせたよ、闇医者の前で、闇医者の部位をな。はははっ、面白いくらい、泣きわめいていたな」
「ひどい! 最低な男だな!」
「俺は感謝しているよ。それ以降レースは死にたいって口にしなくなったし、自殺しようだなんて馬鹿な真似もしなくなった」
「天喰が風邪とか万が一にでも引いたらどうするんだよ! 最悪の場合、闇医者先生を呼ぼうと思っていたのに。背に腹が代えられない状況になったら、渋々使う気満々だったんだぞ! どうして殺したんだよ! あの人がどれだけ便利だと思っていたんだ!」
「誰だよ……その闇医者先生ってのは」
天喰が闇医者について尋ねてきた。ヒカゲが天喰を見ると、那由多の残虐な行為を想像したのか、肌を白くしていたから話題の方向転換も兼ねているのかもしれない。
天喰は他人の自殺する姿を至福としていたが、グロテスクな惨劇にはあまり耐性がないようだ。
「天喰は知らないのか? 闇医者先生ってのは、って……イサナも知っていたのか? さっき僕と一緒に驚いていたけど」
闇医者はその道では天才の名を無条件で手に入れられるような人だった。だが、他人を甚振ることに興味がないイサナが知っていたのはヒカゲにとって正直驚きだった。
「そりゃあ、知っていますよ。闇医者先生は、有名人ですから」
イサナは淡々と答える。感情の起伏が薄いイサナだが、最近は割と表情が豊かだなと思った。
「まあ、僕と一緒にいるし知っていても不思議じゃないか。天喰。闇医者先生っていうのはね、一言で伝えれば、天才。現代医学で可能なことなら全て出来ると謳われ、あらゆる内科、外科的分野を扱える人物だ」
「……凄いな」
「内科も、外科もなんでもできる。産婦人科もできるし、整形外科もできる。性別だって望むがままだ。彼の手にかかれば、思い通りの顔だって作れるし、死にかけの身体だって治る。現代医療で可能なことはなんだってできる。心臓移植もお手の物。あらゆる才能の誉め言葉で賞賛しようとも足りないような人物だったんだ」
「……何故、正規の医者ではなく闇医者なんだ?」
「教授戦とかのしがらみが嫌になって、自由にできる闇医者に転職したって聞いているけど、真相は知らない。闇医者として生きることにしたから、顧客の情報漏洩はしないし、実は拳銃も持っていて、自分の身は自分で守れる人だったんだ」
「まっその分料理の腕とか、日常生活とかは壊滅的だったらしーけどな。天はにもつもあたえず?」
那由多が会話に加わる。
「僕らみたいなのからしたら、それはそれは便利な闇医者先生だったんだよ。なのに、那由多は殺した、と」
「あぁ。殺した」
「……闇医者先生より腕のいい闇医者とか、僕しらないんだけど」
「俺も知らないな。存在しないんじゃねぇのか?」
「那由多が死ねば良かったのに。闇医者先生に殺されればよかったのに」
「ひでぇ」
「那由多の方が酷いだろ! 他の闇医者を探すところから始めないといけないし、どう考えたって腕が落ちるんだぞ」
「オレのせいじゃねーよ」
「どう考えたってお前のせいだ! 馬鹿!」
「知るか。レースを殺そうとした闇医者が悪い。じゃあ、オレはそろそろ帰る。此処で喋ってても、食材が配達されるわけじゃないしな」
「帰れ帰れ、那由多なんか知らない」
ヒカゲがさっさといけと手を払うと、那由多が眼光を鋭くして殴る体制をとったが寸前で面倒になったようでやめて帰っていった。静かになった室内で
「君に、ふさわしい友達だな」
天喰が笑った。
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