第130話 ただいま日本 後編

「おま……何故ここに? 丈は? お前のお父さんは?」


 高柳さんが震えながら娘に手を伸ばす。触れていいのかと躊躇うように。

 娘は高柳さんの言葉に僅かに躊躇い俺に一瞬だけ視線を向けた後答えた。


「死んじゃった」


「なっ!?」


 高柳さんは顔面蒼白でへたり込む。

 まぁ嘘は言っていない。娘の前で草の塊のようなモンスターに頭をモグモグされたからな。


「俺の……所為なのか……?」


 高柳さんはまるで糸が切れたように呆けてしまった。

 コレまで勇者達のリーダーとして行動してきた高柳さんと同一人物とはとても思えない姿だ。


「あの、もしかしてお2人はお知り合いなのですか?」


 俺は恐る恐る高柳さんに質問する。


「……親友の娘だ」


 お知り合いでしたか。

 そのまま高柳さんは聞かれても居ないのに自分の素性を語り始めた。

 いや、話さずにはいれらないって感じだ。

 懺悔の為に。


「俺と丈太郎は中学生からの親友で……就職して暫く経った時にアイツと再開した。その時にアイツが独立して会社を立ち上げたと聞いたんだ。そして人手が足りないから手伝って欲しいといわれた。引き抜きなんてカッコいいもんじゃなかった。本当に人手が足りなかっただけなんだ。だが俺は二つ返事で引き受けた。親友の頼みだった、それに何よりうだつの上がらないサラリーマンだった俺と比べて自分の城を持ったアイツが眩しかったんだ。俺もアイツと一緒に輝きたい。そう思わされたんだ。そして仲間達とガムシャラに働いた。会社が成長するのが我が事の様に嬉しかった」


 なるほど、高柳さんが勇者達を引っ張ってこられたのはベンチャー企業の幹部社員だったからか。それも現場からのたたき上げだ。

子供から大人までの勇者達を統率するのはさぞ大変だった事だろう。


「そして数年前、とある会社と大口の取引をする事になった。これが成功すれば会社は更に発展する。そんな大博打だ。後は取引先から受け取った小切手と書類を会社に持って帰るだけだった」


 あ、スゲー嫌な予感。  


「その帰りに俺はこの世界に召喚されたんだ」


 直ぐに帰りたい高柳さんは、何時終わるか分からない戦争の為に闘う事を良しとしなかった。

 メリケ国のいう事を聞くフリをして、諜報能力に優れた勇者を説得し王宮の情報を確保。

 更に魔族を始めとしたこの世界の情報を集め、元の世界に戻る方法を探る為に多くの勇者を戦場から逃亡させたのだという。

 隣国のカネダ国に勇者達を亡命させ、冒険者ギルドに冒険者として登録させる事で様々な場所へと渡り歩かせた。この世界で旅をするなら商人か冒険者の立場が一番自然だからだ。

 あの町のギルド長が自分を見て笑い出す者が多いと言っていたのは、つまりは逃げてきた勇者達の事だろう。命がけの戦場から逃亡してきた先に居たのは犬顔の獣人なのだからそりゃ笑うわ。緊張の糸が完全に切れたことだろう。

 それもこれも親友である宍戸丈太郎の、そして自分達が発展させた会社へと戻る為に。

 そう言って高柳さんは懐からボロボロになった小切手を取り出してみせた。

 多くの戦いに巻き込まれた小切手は本当にボロボロで血の汚れや刃物で切り裂かれた裂け目が生じていた。まるで彼の歩んできた道のりの厳しさを形にしたかのような有様だ。

 正直日本に帰ったところで使えるのか疑問だ。

 いや、使えたとしても今更だろう。

 なにしろ、件の丈太郎さんは既に会社を倒産させ、生命保険で娘の養育費を支払おうとしていたのだから。

 まさかこんな所にまで勇者召喚の犠牲が出ていたとはな。彼を召喚した事に因縁を感じてしまうぜ。

 ……だが。


「お父さんは魔物に食べられて死にました」


「……え?」


 それを口にしたのは娘だった。

 娘はじっと高柳さんを見つめている。


「お父さんは言ってました。タカおじちゃんは逃げたりなんかしてないって。きっと何か理由があったんだって」


「だからタカおじちゃんは悪くないよ」


 そう言って、娘は高柳さんを抱きしめた。


「……すまない……すまない……」


 静かな草原で、高柳さんのすすり泣く声だけが響く。

 最速で日本へ帰還する為の手段を模索してきたにもかかわらず、それでも間に合わなかった男の後悔と安堵の涙。限界まで張り詰めながらも必死で切れないようにしてきた糸は完全に崩壊した。

 最悪の状況の中で、唯一の希望に抱きしめられながら。

 残っていた勇者達は何も言わず高柳さんから背を向けている。

 リーダーとして、理不尽の中で弱音を吐かず戦い続けてきた男が涙を流しているのだ。

 誰がそれを責められよう。

 監視の魔族の騎士達にもそれが伝わったのだろう。彼等もまた背を向けて黙していた。

 魔族達もまた、絶望の中で闘ってきたのだ。たとえ違う目的の元で動いていたとしても、命を賭けて闘い続けた男の慟哭に共感を感じない訳が無い。

 そうして、俺達は互いに背を背けて空を眺めていたのだった。

 幼子の優しいあやし声を聞きながら。


 ◆


 暫くしてようやく落ち着いた高柳さんと残った最後の勇者達を連れて、俺達は平原へとやって来た。  高柳さん達に日本の服を手渡し、着替えを待つ間に転移魔法陣の紙束を回収しに行く。


「……っ!?」


 予想通り、魔族達が魔法陣を回収しようとしていた。

 俺が戻ってきた瞬間、魔法陣を回収しようとしていた騎士達がそそくさと離れて世間話を始める。

 白々しすぎんだろお前等。

 俺はさっさと魔法陣を回収すると、勇者達の待っている平原へと転移した。


 ◆


「それでは勇者様方を元の世界にお送りいたします」


 俺は洞窟からもって来た魔改造トラックを平原へと下ろす。


「おい、あれってトラックだよな?」


「ああ、トラックだな」


 勇者達は異世界ファンタジーの世界に突如現れたトラックに驚きの声を上げる。


「この魔導トラックで皆さんを元の世界にお送りいたします。皆さんは後部の荷台にお入り下さい。一度に全員をお送りするのは無理ですので、数回に分けてお運びいたします」


 俺は荷台のドアを観音開きに開けると勇者達を乗せていく。


「これで帰るのか」


「っていうかトラックよね? コレでどうやって帰るの?」


 聞き覚えのある声だと思ったら、あの時の勇者君達じゃないか。聖女ちゃん達ヒロインズも全員無事みたいで何よりだ。

 ……結局誰とくっついたのかね?


「では閉めますよ」


 ギリギリまで勇者が乗ったのを確認した俺は、内部のマジックランプを点等して明かりを確保してからドアを閉める。


「それでは第一陣をお送りいたしますので皆さんはお待ち下さい」


「いってらっしゃーい」


 娘が手をブンブンと振って見送ってくれる。反対の手は高柳さんと繋いだままだ。

 彼の精神の安定の為には娘と一緒に居させた方がいいだろう。


 ◆


「着きましたよ」


 荷台を空け、転移が完了した事を勇者達に告げる。


「え? もう? って言うか何時の間に?」


 どうやら帰還用の魔法陣がある場所まで運ばれてから転移すると思っていたらしく、勇者達はキツネにつままれたような表情でトラックから降りる。


「ここ何処?」


「ここはとある港町近くの海岸です。突然町中で転移魔法陣を発動させるわけにはいきませんからね」


 まぁ実際には転移先の高度調整の為のマーカーをここに配置しておいたからなんだがな。


 そうして異世界と地球を数往復して、ようやくすべての勇者達が海岸へ揃った。

 海岸に151人もの人間があつまるとかなり目立つ。


「本当に日本なんだな」


「ああ、道路はアスファルトだし、国道の看板も立ってた。間違いなく日本だよ」


「やっべ、俺泣けてきた」


「私も……」


 久しぶりの日本の空気に、早くも涙を流す勇者達。

 戻りたくても戻れなかった故郷だ、感動もひとしおだろう。


「……あなた方のお陰です。ありがとうございます」


 先ほどまでと違って、随分と落ち着いた雰囲気の高柳さんが礼を言ってくる。


「お気になさらずに、それが私の仕事ですから」


 それだけ言って、俺はトラックに戻ろうとした。

 しかし……


「……」


 振り返るとそこには娘が居た。


「どうしたんだい?」


「……私、タカおじちゃんと暮らす」


「えっ!?」


 驚きの声を上げたのは高柳さんのほうだった。


「今のタカおじちゃんには誰か居ないといけないの。お父さんが迎えにきてくれたみたいにおじちゃんにも誰か居ないと駄目なの!」


「由紀……」


 高柳さんが涙ぐんでいる。


「いや、言いたい事は分からんでもないが……高柳さんにも家庭があるだろうしそりゃムリってモンだろ」


 俺が娘をたしなめると、高柳さんは被りを振る。


「いえ、私の両親は既に他界しています。私もこの子と同じでもう一人ぼっちなんですよ」


 なんと、そうであったか。


「由紀、俺なんかでいいのか?」


 高柳さんの言葉は自分についてきて後悔しないかと聞いているのではなく、自分のような人間で良いのかと、自分の不足を恐れている質問だった。


「うん、お父さんがいってたもん。タカおじちゃんは良い人って。だから私がタカおじちゃんを守ってあげる!!」


 その言葉には一切の躊躇いがなかった。

 おそらく、これまで虐げられてきた娘には、目の前の大人がどれだけ傷つき限界寸前だったのかがハッキリと見えているのだろう。

 だから彼と共に居る事を選んだ。

 なんというか、娘の成長を喜ぶべきか大人になった娘にたいして寂しがるべきか悩むな。

 しかし、親として娘を育てる義務は俺にある訳で、ここで高柳さんに押し付けるのもそれはそれで問題がある。けど俺の事情を考えると、高柳さんが娘を育てたほうが情操教育としてはマシなんだよなぁ。

俺はすぐ死ぬし。

と、親としての葛藤をしていた俺に娘が向き直る。


「今までお父さんの代わりに私を助けてくれてありがとうございました!!」


「……え?」


 ええと、それは一体?


「くすくす」


 助手席に座っていたメリネアがこっちを見て笑っている。


「私はもう大丈夫です! だからおじさんも自由にして大丈夫です!!」


「あ、はい……」


 どう返事すりゃいいのよ?


「メ……メリネアお、お母さんもありがとう!!!」


「はーい」


 何もかも見透かした笑顔のメリネアだけが手を振って娘に応えている。

 後で教えてもらえるんかなこれ?


 ◆


「では我々はこれで」


「本当にありがとうございました」


「ありがとうございましたー!」


 娘が手にしたマジックアイテムを大事に抱えながら頭を下げる。

 もしもこっちの世界でトラブルが起きた時の為に、俺が渡した緊急アラームである。

 アレを起動させることで、はるか異世界に居る俺の元まで娘のSOSが届く訳だ。

 まぁそれくらいは良いよね。


 俺はトラックを動かし、ギアをMにシフトする。


「さよーならー」


「ありがとうー!」


 そうして、娘達の見送りの声が消えた。


 ◆


 帰ってきた異世界のトラックは、子供一人分広く、寒かった。


 ◆


 それから数日が経ったある日。


 ビー!! ビー!!


 洞窟内に警告音が鳴り響く。


「一体何の音!?」


 メリネアも突然の警告音におどろいていた。


「由紀からのSOSだ! 日本でなにかあったらしい!!」


 俺は即座にトラックを起動させ、ギアをMにシフトした。

 由紀! お父さんがすぐに助けに行くぞ!!


 ◆


「いや助かりました」


「ごめんなさいおと……おじちゃん」


 娘に渡したマジックアイテムのマーカーを頼りに転移した俺は、即座に娘と高柳さんを回収して異世界へと帰還した。


「一体何があったんですか? そこらじゅうでサイレンが鳴ってましたが」


 事実俺が転移した周辺では救急車だかのサイレンが鳴り響いていた。


「実は……異世界に転移していた間に私は小切手を持ち逃げした窃盗犯として会社から通報されていたみたいだったんです」


 ……ああ、なるほど。

 確かに常識的に考えればそうだわな。

 親友である娘の父親丈太郎さんも高柳さんの事は信頼していたし疑ってはいなかった。

 これは彼の記憶からも明らかだ。

 だがそれは彼だけの話。他の社員からみれば高柳さんはどうみても黒だ。


「そんな俺が由紀と一緒にアパートに帰って来たところを近所の住人に見られまして、警察に通報されてしまいました。まぁアパートは数年にわたる家賃滞納で契約を切られていたみたいで知らない一家が住んでいたんですけどね」


 自虐的に笑う高柳さん。

 本人に日は無いとはいえ、異世界に召喚されてたので無実ですってのは幾らなんでも信じてもらえないよな。しかも娘の両親と母親の再婚相手は数日前から行方不明ときてその娘と窃盗犯がいっしょにいたらもうね。


「ええと……こっちで暮らしますか?」


「お手数をおかけします」


 がっくりと肩を下ろす高柳さんだったが、娘はメリネアと再開して嬉しそうだった。


「また宜しくねお父さん、お母さん!!」

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