第120話 勇者召喚魔法陣

 冒険者ギルドで渡された召集状と言う名の赤紙を持って、俺はメリケ国の王城へとやって来た。

 俺が城門に近づくと、門を守っていた兵士の一人がこちらに近づいてくる。


「コラ! 城に不用意に近づくな。不審者として憲兵に捕らえられるぞ」


 どうやら外国から来たおのぼりさんと勘違いされたらしい。


「いえ、私は冒険者ギルドより召集状を渡されてやって来た冒険者です。こちらが召集状になります」


「どれ」


 兵士が俺の差し出した召集状を確認する。

 すると兵士の顔が青くなり跳ねる様に俺の顔を見る。


「魔法省からのお呼び出しでしたか! お話は伺っております。直ぐに案内の者をお呼びしますのでお待ち下さい!」


 どうやら俺が来る事は前もって連絡済みだったみたいだ。

 暫く待っていると城門が開き、中から高そうな服を来た男やって来る。


「お待ちしておりましたドットリオ殿。私共の上司がお待ちです。どうぞこちらへ」


 案内人に連れられ、俺は久しぶりにメリケ国の城へと入る事になった。


 ◆


 かつて騎士団長だったエイナルの記憶から、案内人の行く先を予想する。

 彼等が向かうのは、魔法使い達が働く魔法省のある別棟だ。

 魔法の研究は失敗すれば危険な状況になりかねない。

 だから実験はこちらの別棟で行うのだ。

 もっとも、勇者召喚が行われていたのは中央の城の方だ。

 別棟は広さの問題で勇者召喚の儀式を行うには適さなかった。

 何より王にわざわざ足を運ばせる訳にはいかなかったからだ。

 宮仕えの魔法使いは大変だね。


「こちらの部屋でございます」


 案内人がノックをする。


「ドットリオ様をご案内いたしました」


「入れ」


 中から声が声が聞こえ、ドアが内側から開かれる。


「どうぞお入り下さい」


 案内人に進められた俺は、素直に部屋の中へと入る。

 部屋の中は魔法使いの部屋とは思えないほどに華美な装飾をされていた。

 魔法使いと言うよりは、貴族の部屋だな。

 そして部屋の奥。窓側には大きな机が置かれており、そこには貴族然とした中年男性と、その両脇には美しい二人の女性が立っていた。


「良くぞ来てくれた。私が魔法省の頂点に立つ貴族、バーハラ=ベルナルト子爵だ」


 聞いてもいないのに自己紹介してくれた。しかも貴族の部分を強調して。


「始めましてベルナルト子爵様。御呼びに預かりましたドットリオです」


「うむ、平民にしては礼儀がなっているな」


 典型的なメリケ貴族だな。

 平民は貴族の為に働く事が幸せと言っていたイルミナと同じ思考回路なのだろう。


「さて、お前を呼んだのは他でもない。平民としてその魔法の力を我が国の為に役立たせる事だ」


 いやー、殺意がわきますなぁ。


「と、申しますと?」


「お前は転移魔法を使えるそうだな。それに他の魔法使いと比べると他の魔法も優秀と聞く。平民にしてはだが」


 いちいち平民を挟むな。


「平民とはいえお前も冒険者ならば、いやこの世界の一員ならば魔族が世界を侵略している事は知っていよう」

 

 知ってるけど平民混ぜるな。なんか平民芸人みたいな気がしてきたぞ。


「我が国では、神より授けられた魔法によって、異世界より勇者を召喚する術を手に入れた」


 実際には誰かが持ってきた魔法みたいだけどな。


「しかし、数ヶ月前の事だ。魔族の陰謀によって召喚魔法を使える魔法使い達が皆殺しにされてしまった。それだけではない、勇者を召喚する為の魔法も魔族の陰謀によって失われてしまったのだ!」


 俺の陰謀です。


「しかし! 優秀な貴族であるこの私の機転により! 勇者召喚の魔法は失われずに済んだのだ!」


 ホント予想外でしたわ。


「しかしだ、魔法は失わずに済んだが殺された魔法使い達はそうもいかん。勇者召喚を行う事の出来る魔法使い達は魔族によって予備の人員まで殺されてしまった」


 それも俺の陰謀です。


「勇者召喚を行うには優れた魔法使いでなくてはならない。だが王宮に勤める魔法使いで勇者召喚を行えるだけの技量の持ち主はいない。王宮は絶望に包まれた!」


 バッ、ババッ! と演劇役者の様にポーズを取るベルナルト子爵。


「だが! 優秀な貴族である私は考えた。いないのならば連れて来れば良い! 勇者召喚を行えるだけの技量を持った魔法使いをだ! 正に妙案!!」


 常識レベルのアイデアです。


「そこで私が目を付けたのが冒険者ギルドだ! 冒険者ギルドは国との約定により、国が必要とした技量を持つ冒険者を優先的に指名して運用する事が出来る緊急指名権と言うものが在る」


 へぇ、そんなモノがあったんだな。


「この指名権は国の一大事を救う為に平民である冒険者の力を役立てるものだ。むしろ指名された冒険者は光栄にあまり咽び喜ぶべきだろう!!!」


 寧ろ嫌がられるだろうなぁ。他国ならともかく、メリケ国の貴族の考えは貴族至上主義だし。


「特にお前は平民だが希少な転移魔法の使い手。勇者召喚の魔法を扱うにも相性が良かろう」


 よしよし、予測どおり。

 空間を操る転移魔法の使い手である事が知れれば、異世界への扉を開く勇者召喚の術式の詠唱者候補としてマークされると思った俺の考えは正しかった。


「道要らずの二つ名を持つ平民魔法使いドットリオよ! 国の勅命である、勇者召喚の儀式への協力を命じる!!」


 漸くココまでたどり着いた。

 だがここで素直に従ったらそれはそれで怪しい。あくまで俺は冒険者なのだ。


「ベルナルト子爵様。ご協力いたしたいのは山々ですが、私はしがない平民の魔法使いです。報酬を頂かなければ食事をする事も出来ません」


 俺が報酬を要求すると、ベルナルト子爵は仕方のないヤツだと言う顔を見せる。


「これだから平民は。全く仕方のないヤツだ。では日当で金貨一枚をくれてやろう。お前達平民にはそれでも十分だろう」


「ありがとうございます。このドットリオ、ベルナルト子爵様の為、お国の為に全力で働かせて頂きます!」


 日当が金貨一枚とかなかなかの報酬である。


「うむ。私の為に頑張るのだぞ」


 話が終わるとベルナルト子爵は執務机の上に置いてあったベルを鳴らす。

 すると部屋のドアが空き、先ほどの案内人が入ってきた。


「話はついた。魔法使い達の所に連れて行って勇者召喚の儀式を進めさせろ」


「承知いたしました。ドットリオ様、こちらへ」


 ◆


 俺が連れてこられたのは、大きな魔法陣が書かれた部屋だった。

 魔法陣は書きかけらしく、周囲の魔法使い達が魔法陣を書きこんでいる。


「バーバルト様、ドットリオ様を連れてまいりました」


 案内人が声をかけると、部屋の中央で指示をしていた魔法使いがこちらに顔を向ける。


「おお、来てくれたか」


 魔法使いが俺達の前にやって来ると、案内人が二歩下がって俺と魔法使いが真正面から向き合う。 


「俺がここの責任者のバーバルトだ。転移魔法の使い手らしいな。歓迎するぞ」


 そういって握手を求めてくるバーバルト。意外に好人物だ。年齢は30代中盤くらいだろうか?


「ドットリオです。よろしくお願いしますバーバルト様」


「早速だが、一刻も早い魔法陣の完成が望まれている。転移魔法の使い手なら同じ空間系の魔法にも通じているだろう? 魔法陣の作成を手伝ってくれ」


「承知しました。資料を見せていただけますか?」


「ああ。おい、資料をこっちに!」


 バーバルトが声をかけると、近くに居た魔法使いが紙束を持ってくる。


「コレがベルナルトの野郎が秘匿していた勇者召喚術式の資料だ。最も、国に内緒で秘匿していた資料だから再現性が低くてな。陣の魔術文字を検証しながら儀式が行えるか検討している最中なんだ」


 俺は渡された魔法陣の資料を読み込んでいく。

 さわりを読んだ俺の感想は1つだった。


「これはヒドイ」


「だろ」


 呆れた様にバーバルトが笑う。

 どうやらこの魔法陣の資料を作った人間は魔法の知識に疎かったみたいで、魔法陣を絵と認識して資料を残したらしい。

 いうなればカタカナのソとンや、数字の1とアルファベットのIが混ざっている感じだ。

 術式の意味を理解せず書いた為、魔法陣の中の魔術文字がおかしな文章になっているのである。

 そこから分かる事は1つ。

 この資料はバレない様にこっそりと、見た者の記憶を頼りに書かれているという事。

 だから文字はソレっぽい形でしかない。いや、文字としてではなく模様として記載されているのだ。

 多分ベルナルト子爵はこの勇者召喚の魔法陣を個人的に利用する為に入手したのだ。

 他国に売る為か。自分の子飼いの部下として召喚する為か。

 少なくとも、己の欲望をかなえる為に準備したのは間違いない。


「これを完成させるのには時間がかかりますね」


「悪いんだが、上から指定された納期が近くてな。のんびりはしていられないんだ」


 成程。だから雇い主を野郎呼ばわりしたのか。

 気持ちはとても良く分かる。

 だがまぁ、それも普通の魔法使いならだ。

 魔族の次元転移魔法とエルフとドワーフの転移技術の知識を持つ俺にとって、この出来損ないの魔法陣はクロスワードパズル見たいな者である。

 正しい知識を持っている俺ならば、間違っている部分を正しい部分に置き換えるのなんて造作もない事なのだ。


「転移魔法の知識が通じる部分があります。私は魔法陣の解析と修正を手伝わせて貰いましょう」


「それは助かる。解析が出来た所から指示をくれ。直ぐに作業に取り掛かる!」


「承知しました」


 その後俺は解析班に回され、なるべく普通の魔法使いから逸脱しない様、やり過ぎない程度に魔法陣の解析を行うのだった。

 もっとも、頭の中ではとっくに魔法陣の解析は終わっていたのだか。

 日本へと至る正しい召喚魔法陣の解析は。


 そしてその日の夜、俺はメリケ国から姿を消した。

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