第113話 技術交流

「コレよりエルフの森への襲撃を行う!!」


 エルフの森への偵察部隊が持ち替えった情報から、俺の言っていた事が真実であると判断したルシャブナ王子は即座にエルフの森へ軍を動かす事を決意した。

 最初はエルフとドワーフが互いに敵対している事から、片方の戦力に攻撃を仕掛ける事は後回しにしている戦力が漁夫の利を得る為に乱入してくるのではないかと侵攻作戦への反対意見も出た。

 しかし偵察部隊がドワーフの攻撃タイミング観測し、撤退したタイミングを見計らって攻撃すれば乱入される心配は少ないという結論に至った。

 その際エルフを優先する事にした理由は、彼等が生身で戦うからだ。

 鎧のアシストで戦うドワーフは本体である生身が貧弱な為長期戦で疲弊させる事が出来る。

 更に言えば鎧を纏っていないドワーフの方が相手にするのが容易だからだ。

 双方の事情を知っている俺からすれば鎧の動力源である魔力結晶に限りのあるドワーフの方が戦うには容易であるのは確かだった。言わないけどね。

 そしてエルフはあの筋骨隆々な外見通り身体能力に優れている上に強力な魔法も使える。

 だからドワーフとの戦いで体力も魔力も疲弊している時に倒したほうが効率が良いとの判断だ。

 ドワーフ達は後々魔力結晶が不足する事を気にしなけれは、魔力結晶を無尽蔵に使用して攻撃を続ける事ガ出来るのであまり追い詰めたくない。本体の体力がなくなっても遠距離から強力なマジックアイテムで攻撃されれば体力不足はあまり関係なくなるからな。

 そう言う訳で、ルシャブナ王子達はエルフの森の偵察基地に向かい、そこからドワーフの襲撃に合わせて進軍を開始する事にした。 


 ◆


 つーても、その辺の事は俺には関係ない事だ。

 俺の目的は魔族の転移技術、正しくは異世界へ転移する為の術式である。

 魔族の用意した転移術式の資料に目を通し必要な部分だけを抜き出していく。

 こんな真似ができるのもエルフとドワーフそれに魔族の知識とバーザックの転移魔法の知識があったからだ。

 転移魔法の基礎はバーザックから、それをより高度なレベルで認識する知識をエルフとドワーフから得る事で、そして魔族独特の技術体系をマーデルシャーンの知識によって解析する事が出来た。

 それと同時に、手渡させた情報が意図的に欠落している事にも俺は気付いていた。

 俺の近くには資料を用意した知識人達や転移装置の技術者達が待機している。

 俺の相談役としてだ。

 そして彼等は表情こそ笑顔だがその目は決して微笑んでは居なかった。 

 この欠落は意図的な物だ。

 ルシャブナ王子の差し金か、はたまた家臣の独断か、それとも……彼等技術者のプライドゆえの暴走か。

 まぁ、どれが正解だとしても俺にはその壁を突き崩す奥の手がある。

 俺は渡された転移装置の設計図の写しを指差しながら技術者に質問した。


「こちらの魔力伝達システムなんですが、構造的欠陥から魔力漏れが発生すると思うのですがどのような対処をしているのですか?」


「え!?」


 そんな馬鹿なと技術者が設計図を覗き込む、更に知識人達も何処だ何処だと覗き込む。

 恐らくはそんなミスなどある筈が無い、いい加減な事を言うなとこき下ろす気なのだろう。

 だがエルフとドワーフの知識は魔族の知識を遥かに上回る。

 今の俺にはこの転移装置の無駄が、色付きで丁寧に指摘されているように見えていた。


「ここです、こことここの部品が隣接している上に、どちらも魔力の圧のワリにはパーツが小さく魔力に対する耐性が低い素材を使っていますね。その為に双方の魔力が共鳴して他の部品よりも劣化が早くなると思うのです」


「……」


 俺の説明を聞いた技術者が黙り込む。


「……確かに、この部品は交換頻度の高い部品です。ですが隣接する別の部品に魔力耐性のある素材を使う必要がある為、こちらの魔力伝達管は別素材を使用せざるを得ませんでした」


「それはこの部品が動く為ですね」


「ええ」


 魔族の転移技術はマジックアイテムを使って大規模輸送を実現した。

 だがそれは機械ゆえの脆弱さをクリアしなければいけなくなった。

 通常稼動部は同じ素材同士が隣接すると互いに削りあって磨耗してしまう。それゆえ片方の部品の素材をやわらかくする事で致命的な破損を回避するのだ。

 そして柔らかいほうの部品は消耗品として定期的な交換を要求される事となる。そうなるとメンテナンスを考えてそうした部品は機械のなるべく外側に配置され、機械表面のメンテナンスカバーを開いてメンテする事になる。


「しかしこの部品はスペース的にここにしか配置できないのでやむをえないのです」


 あー、こういう状況よく知ってるわ。


「この部品はココをこのラインで斜めに……えーと、こういう風に迂回すれば干渉する事無くスペースを確保できる様になるのでこちらの魔力耐性のある接続部品を使える様になると思います」


「ああっ!!!?」


 その手があったか! と技術者が手を叩く。


「なんでこんな簡単な方法に気付かなかったんだ!!」


 技術者がしまったー!と頭を抱える。

 うん、そういうのって良くあるよね。

 仕事で詰まると考えが凝り固まって簡単な解決策が見つけられなくなる事が多い。

 第三者として外から答えが流れるまでの流れを見ていた者が、こんなの簡単じゃんと言うのはたやすい。 だが始めから携わっていた者達がその解決策を発想するのは意外に困難なのだ。

 完全に思考がロックされてしまっているのである。いわゆる視野狭窄だ。

 ドラマや映画などで素人の意見を聞いて皆がそんなん無理だわと笑っている時に、科学者が「それだー!」とか叫んで解決策が浮かぶシーンがある。視聴者の目で見ると、素人の考えがそんな簡単に困難の突破に通じる訳無いじゃんと馬鹿にされるが、それがそういった視野狭窄状態に陥っている状態だと考えると意外に馬鹿にしたもんじゃないのだ。

 彼、いや彼等が開発した転移装置にはそういった視野狭窄状態で設計された箇所がいくつか見受けられた。

 そして、そうした箇所を指摘し、解決策を提示する事によって、何処の馬の骨とも知れない俺は魔族の技術者達にとって新たな知識の伝道者として受け入れられる事に成功した。

 何時の世も、技術者達が望むのは最新の知識である。


 ◆


「そろそろ休憩を挟みましょうか」


 技術者達との議論や転移装置の回収案が一段落したので、俺は休憩を提案する。


「そうですね、一旦食事にしましょうか」


「ええ」


 知恵者や技術者達が食堂に向かって歩いていく。

 そして気が付けば、メリネアが部屋の隅で空になった皿を幾つも積み重ねていた。

 食料が少ない魔族の財政を逼迫するんじゃありません!

 だが俺の避難の視線をしれっとかわすメリネア。


「欲しいモノは手に入ったかしら?」


 口元にソースをつけながら要点だけを質問してくる。

 俺はハンカチを取り出し、口元を拭いながら小声で答えた。


「ああ、知りたい事は全て確認した。後は実践あるのみだ」


 そして俺達は宮殿から消えた。

 

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