第112話 一週間後の後半戦
一週間が過ぎた。
今頃魔族と勇者達は、エルフの本拠地に乗り込んで【源泉】を破壊する為の準備が完了した事だろう。
既に源泉は破壊されているけどね。
◆
「来たな」
再び宮殿へとやって来た俺は、門番に案内されて前回来た応接室へと案内された。
そこには既に武装を整えたルシャブナ王子と高柳さんの姿がある。ヤル気満々だ。
「お久しぶりですルシャブナ殿下」
俺が頭を下げて挨拶をすると、ルシャブナ王子は手をパタパタと振って頭を上げろといってきた。
「つまらん探り合いは良い。お前の求めている情報は集めさせた。知恵者も隣の部屋に待機させてある」
ルシャブナ王子がそう言うとトレイに一枚の紙切れを乗せたメイドが俺の前にやって来る。
「それが我等魔族が知るスキルの全てだ」
「これが……!?」
そこに書かれていた言葉が立った一行だった。
【スキルとは、勇者が使用する魔法ではない超常の力の事である】
…………ん?
ルシャブナ王子を見る。
「知恵者達は首をそろえてスキルと言う力については何も知らんと言っていた。故にそこに書かれている以上の情報は余にも分からん。せめてマーデルシャーンが居ればな……」
んー、これは本気でハズレかなぁ?
「期待に沿えず悪いのだが、対価は何か別のもので頼む」
出し惜しみしてる感じでもないなー。もしかして前回さくっと話が通ったのも、魔族側も情報が無くてどうしたもんか困ったからなのか?
なんだろう、前来た時も思ったけど妙に話がスムーズに進む。何かあったのだろうか?
「そうですか、それは残念です。それでは勇者側のほうはいかがですか?」
「こちらも大した情報は無いな。かろうじてメリケ国の魔法使い達が遺した僅かな資料にスキルについての記述があった。我々から提供できるのはコレだけだ」
高柳さんが出してきたのは、10枚程の紙の束だった。
俺はソレを受け取ると、パラパラと内容を確認する。
要点を纏めると以下のような内容だった。
【魔族を討ち滅ぼす為の魔法の研究をしていた際にもたらされた召喚術式によって呼び出された異世界人が持つ特殊な能力。能力は戦闘用から非戦闘用まで様々で、最初の召喚された少年が役に立ちそうもなかった為に処分を考慮していたところ、自分にはスキルがありそれで魔族と闘う事が出来ると伝えてきた。スキルの使用方法などはその少年の自己申告によるものである】
「このスキルについて自己申告したという少年は今何処に?」
書類から目を離し高柳さんに質問するも、高柳さんは目を伏せて言い難そうに言った。
「既にこの世には居ない。前線に参加して4日後に戦死したそうだ」
左様か。手に入れたスキルに興奮してはっちゃけたけど、当時は召喚したばかりの勇者にまともな戦闘訓練を受けさせていなかったので敵の奇襲であっさり死んでしまったんだそうだ。
それ以後勇者の戦闘訓練は必須事項になったのだとか。
「そうでしたか」
となると後は召喚術式を与えたという人物か。
「この召喚術式を与えたという人物については何か分かりませんか?」
高柳さんは首を横に振る。
「資料にはその人物の事はフードを被っていて顔を見る事は出来なかったとしか書かれていなかった。申し訳ないが我々もそれ以上の情報は提供できない。こちらの情報は先代国王の命令によって関係者の大半が処刑されている所為で調べようが無い」
うーむ、予想以上に情報が無いな。半分は自分の責任だが。
今後の目的は召喚術式を与えた人物を探す事になりそうだ。
しかしその人物は何故正体を隠して術式を与えたのだろうか?
少なくとも名声や金を求めていた訳じゃなさそうだ。
となると単純に魔族との戦争を終わらせる為だけに異世界人の召喚をさせたのか?
けどなんでわざわざ他人にやらせた? 勇者を使い捨てにする事に罪悪感を感じたとか?
「我々から提供できる情報はコレですべてだ。そちらの秘匿している情報を教えてもらおうか?」
つってもはっきり言って魔族側の情報は全然役に立たなかったしなぁ、勇者側もスキルについては何も分からないに等しいわけで。
「正直ここまで情報が無いのではこちらの情報をお教えするのは無理ですね。特に魔族側は全く情報が無いではないですか」
やはり魔族からは転移装置の情報を貰う事にしよう。
そう伝えようと思ってルシャブナ王子を見ると、彼は固い顔をして俺を見つめていた。
んー? 幾らなんでも交渉決裂には早すぎるぞ? もしかして交渉苦手?
緊張した空気から戦いの気配を感じた俺は龍魔法の発動を準備する。
しかしルシャブナ王子の行動は俺の予想を裏切るものだった。
「頼む! 早く【源泉】の場所を教えてくれ!もはや我等の故郷は一刻の猶予も無い状況なのだ!!」
何とルシャブナ王子は俺の前に跪き頭を下げてきたのだ。
「ルシャブナ殿下!?」
突然の行動に高柳さんが驚きの声を上げる。ここまで驚いているという事は示し合わせて油断を誘っている訳ではない?
「止めるなタカヤナギ! 頼むドットリオ! わが故郷の魔力枯渇現象は既に限界を迎えている! このままでは大地が崩壊し我らが帰るべき故郷が消滅してしまうのだ!!」
成程、ルシャブナ王子が交渉らしい交渉を行ってこなかったのはそういう理由か。とにかく早く情報が欲しい、だから交渉をしている暇は無い。無理に口を割らせようとしても、俺が時間稼ぎに的外れな場所を言って無駄な時間を費やす様な愚を犯したくは無いと思ったからだろう。一週間待ったのは単純に世界中に散った同胞を集めて総攻撃をするのに魔族としても都合が良かったから待つのを了承したと考えるのが妥当なところか。
どうやら魔族の事情は俺が思っていたよりも逼迫していたようだ。
多分限界を超えた事で崩壊が予測を超えて加速したのだろう。現にマーデルシャーンの知識ではリ・ガイアの崩壊はまだまだ先の予定になっていた。
「頼む! 余には同胞達の為に故郷を取り戻す義務が在るのだ! 望むのならばどのような褒美でも用意しよう! どうか……どうか情報を教えて欲しい!!」
魔族全ての悲願を背負っているからこそのなりふり構わない懇願。
ソレほどまでに魔族はいやルシャブナ王子は追い込まれていた。
「私からも頼みたい。スキルについての情報が集まり次第君に送る事を約束する」
高柳さんもルシャブナ王子に習って頭を下げる。
さて、どうしたものか。
さすがにこんな対応をされるとは思わなかった為、こちらも戸惑いを隠せない。
「どうされるのかしら?」
と、そこで今まで黙っていたメリネアが声をかけてくる。
その瞳は早く答えたほうが良いと告げていた。
ふむ……
「それでは魔族からの報酬を別の情報に変えさせて頂きます。私が望むのは魔族の転移技術です」
俺の要求を聞いたルシャブナ王子が躊躇いの表情を見せる。
「っ! 転移技術だと?」
転移技術は魔族にとって最高機密だ。軽々しく他者に渡す訳には行かないのは理解できる。
「転移技術をお渡し頂ければエルフ森とドワーフの国の地図を、そして目的の【源泉】と【井戸】までの最短距離を記した地図を差し上げましょう」
「む……いや、しかし……これは余だけでは……」
ふむふむ、ルシャブナ王子だけの権限では厳しいと。
まぁもって来た情報が正しい保証なんてないもんなぁ。最悪偽の情報を渡されて逃げられる危険だってある。ちょっと揺さぶっておくか。
「一つお伝えしたい事があります」
「今度は何だ!」
焦れた様子でルシャブナ王子が声を荒げる。
「エルフの【源泉】と同じ物がドワーフの国にもあります」
「何だと!?」
「ドワーフ達はそれを【井戸】と呼んでいます」
「ドワーフも同じ物を……」
苦々しい表情を浮かべるルシャブナ王子。無理も無い、エルフだけと思ったらドワーフにも好き勝手されていたのだからな。しかもそれが敵対種族を倒す為の策謀のとばっちりとあってはやるせない事この上ないだろう。
そしてルシャブナ王子はまさかの2個目に動揺を隠せないでいた。
エルフだけではなくドワーフも倒すべき敵と分かったが、それはつまり戦いが2倍長引くという事だ。
只でさえ時間が無いというのに、これ以上時間が無くなれば本当に間に合わなくなる。
そこでこんどはこちらが救いの手を差し伸べよう。
「ではこうしましょう。こちらはあなた方に地図と敵戦力の情報を提供します。変わりに私はあなた方から転移技術についての情報を頂きます。ですがあなた方の作戦が完了するまで私はここに残らせていただきましょう。……つまり自分を人質にする訳です」
「っ!?」
情報を貰ってはいさようならでは無く、情報の真偽が定かになるまではここに留まるといわれてルシャブナ王子の表情が僅かに変わる。王子からすれば渡りに船の提案、部屋の周囲を騎士達で固めておけば、例え嘘だったとしても俺達は逃げれなくなるしデメリットは少ないと考えていることだろう。
「良いだろう、だが情報が先だ。地図を渡して貰おうか」
「承知しました」
俺は交渉用に用意していた地図を手渡し【源泉】と【井戸】までのルートを説明しつつエルフとドワーフの戦力についても説明した。
始めは固唾を呑んで俺の説明を聞いていたルシャブナ王子と高柳さんだったが、エルフとドワーフの技術力を聞くにつれ額に汗が流れ出す。
「エ、エルフとドワーフとはそこまで高い技術力を持っている種族なのか?」
半信半疑といった感じで聞いてくるルシャブナ王子。気持ちは分かる。
「はい、そもそもエルフとドワーフが他種族に与えた技術は彼等の中でも数百年前の技術です。彼等は転移技術を個人単位で使いますし強力な武装だけでなく相手の魔法をを無力化する道具も持っています。普通に正面から戦えば遠距離から削り取られた後、圧倒的な防御力でこちらの攻撃はほぼ無効化され一方的に攻撃を受けることでしょう」
言ってて思ったけどやっぱエルフとドワーフの技術力はすごいよなぁ。
はっきり言って魔族とエルフ、ドワーフとの戦いは最新鋭ミサイルを相手に火縄銃で戦いを挑むようなもんだ。
「ただし、エルフの森はドワーフとの戦いで結界魔法が破壊されている為、以前ほど厳重ではありません。ドワーフもエルフとの戦いで施設の一部が破壊されている為以前ほど堅固ではありません。魔族は彼等と正面から闘うのではなく、【源泉】と【井戸】をピンポイントに破壊する為の特殊部隊を編成するべきでしょう」
「そうせざるをえぬか」
実際はもう【源泉】も【井戸】も無いんだけどね。
けど転移技術を手に入れる為の時間稼ぎは欲しいし、魔族の皆さんには頑張って目的のモノが破壊されている事を確認してもらおう。どうせ俺が【源泉】と【井戸】はもう破壊されていると言っても本気で信用する事なんて出来ないだろうしね。
「最後に1つ、エルフの町には緑色の液体が詰まった容器のある部屋があります。ですがその容器は絶対は解しないで下さい。中身が溢れた場合、周囲に居る者が瞬く間に全滅する程の恐ろしい毒があふれ出します。絶対にそれだけは破壊しないで下さい」
「毒だと!?」
緊張した様子でルシャブナ王子が聞き返す。
「何故、そこまで知っているのですか?」
高柳さんから質問の声が上がる。まぁ当然だ。ただ地形情報や戦力情報なら使い魔を使えば調べれるだろう。エルフとドワーフは小競り合いを続けていたから戦力分析も可能だ。だが開発している兵器の情報となると話は変わる。そんな機密情報をエルフでもドワーフでもない俺が知っている事に疑念を抱いたのだろう。
「幾らなんでも知りすぎている。どうやってそれだけの情報を手に入れたのですか?」
情報を開示しすぎたみたいだ。けどあのスライムはマジで解放して欲しくないからなぁ。海水に弱いとは言っても危険な生き物である事には変わりない訳で。
さて何と言って誤魔化そう。
「私は見たのですよ、ドワーフのと小競り合いの際に戦線に投入されたそれの実験が失敗し、エルフもドワーフも瞬く間に解け殺される光景をね。正確には私本人が見た訳ではなく、他者の目を通してみた情報ですが」
「目を?……」
嘘は言っていない。俺が憑依した他者の目を見てだからね。
けど高柳さんはいい感じに勘違いしてくれたらしく納得がいった感じで頷いている。
恐らく俺が他者の視線を盗み見る技術を持っていると思ったのだろう。
「そう言うことでしたら……ええ、分かりました」
どうやら納得してもらえたようだ。
その後も俺は2人に質問され罠や兵の配置などを質問され続けた。
◆
そして翌日。
ルシャブナ王子と高柳さんは隠密任務が得意な魔族と勇者をエルフとドワーフそれぞれの支配地へと差し向けた。
彼等が戻ってきてある程度情報の信頼性が確認できたら襲撃を行うらしい。
その間、俺は魔族の技術者を相手に転移技術を学べるだけ学ぶのだった。
そして……
「魔族のご飯もなかなか美味しいわね」
メリネアが満足そうに用意された食事をほおばっている。
さてはコイツ、魔族の料理を食べる為についてきたな。
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