第111話 交渉劇なんて面倒臭い
「お前達の名を教えてもらおうか?」
事実上の魔族代表であるルシャブナ王子が俺達に語りかける。
「私の名はドットリオと申します。こちらは妻のメリネアです」
まぁメリネアの事はでそれで良いよな。毎回夫の形状が違うけど。
「それでドットリオとやら、お前達はわが故郷が滅亡の危機に瀕している事を知っているそうだな。それに対する重要な情報も」
「ええ、私共は貴方達魔族の暮らす世界、リ・ガイアで起こっている魔力枯渇減少の原因を知っております。更に言えばその解決法も」
ルシャブナ王子達は全く顔色を変えない。怖いわーポーカーフェイス上手い人達。
「では教えてもらおうか、わが故郷が滅亡に瀕した原因が何なのかを」
さらっと無料で公開する事を要求してきたな。
「ルシャブナ殿下、この情報は有料でございます」
こちらも釘を刺しておく。
まぁこの辺りはジョークみたいなもんだろう。
「なんだ対価が必要なのか。幾ら欲しい? この世界の金はあまりないぞ。ほしいならこの男に要求しろ」
もしかしてマジで言ってたのか? しかもナチュラルに高柳さんに支払いを押し付けたぞ。
「殿下、お戯れを。困るのはあなた方魔族であって我等勇者ではありませんよ」
高柳さんがクールに切り返す。なんか勝手に戦いが始まっていますよ。
「では報酬は折半という事で聞かせてもらおうか」
「その情報を求めているのは魔族ですので魔族のみでお支払い下さい」
この2人仲が悪いのか? まぁ理由があったとはいえ侵略活動をしている魔族とその魔族を倒す為に召喚された勇者だからなぁ。
「お二人共、我々が求めるのは金銭ではありません。知識です」
「ほう、知識とな」
ルシャブナ王子が小競り合いをやめて俺に向き直る。
「何の知識を求める?」
「スキルについて」
「スキル?」
ルシャブナ王子が怪訝そうな顔をする。これはハズレかなー?
「はい、魔族の所有するスキルに関しての知識を求めます」
「スキル……たしかタカヤナギ達勇者が持つ特殊な力の事であったか。よかろう、我が国の知恵者達から情報を集めようぞ。まぁ、一番の知識人は姿を眩ましてしまった故、あまり期待せぬほうが良いがな」
あー、たぶんその人魔物の腹の中です。
「スキルですか。我々勇者でもスキルの詳細に関しては大した知識はありませんね。我々を召喚した者達ならば何か知っているかもしれませんが、大半の者は先の新王即位のゴタゴタで処刑されてしまったという話です」
ひゃっふー、それ俺が原因ですよー。
コレはダメっぽいなー。今からメリケ国に言った方が良さそう。
けどこの反応を見る限り魔族にとってスキルの事はどうでもよいモノみたいだ。
彼等にとって大した情報でないなら約束を反故にされる事もないだろう。
「では我々の情報を開示いたしましょう。まず魔力枯渇現象の原因ですが……」
とはいえ、この辺りはタカヤナギさんの情報もあった事だし、彼等もアタリはつけてあるだろう。
「エルフが作り出した儀式魔法陣によるものです」
「ほう」
「やはりか」
何故俺がそんな事を知っているのかという事にはこだわらず、2人はそうだと思っていたという顔を見せた。
「それで、その魔法陣とはどのようなモノなのだ?」
ルシャブナ王子が続きを求めてくる。
「エルフが作り出したのは、異世界の魔力を無限に引き出して湯水の様に使う為の魔法陣、それを彼等は【源泉】と呼んでいました」
「【源泉】……」
薄い笑いを浮かべたままのルシャブナ王子だったが、その雰囲気には鋭いモノが混ざっていた。
そりゃ自分とこの魔力を勝手に使われたら起こるよな。日本なら電気泥棒みたいなもんだ。
「エルフ達は宿敵であるドワーフと闘っており、自分達が暮らす森全体を覆う大規模結界や強大な魔法に必要な魔力をまかなう為に【源泉】を使っています」
「つまり戦争の為に使われていたという事か」
高柳さんが納得いったとうなづく。
それだけ大量の魔力を何の為に使っているのかが疑問だったみたいだ。
「ではエルフ共を皆殺しにすればわが故郷の災厄は食い止めれるという事か」
嬉しそうに笑うルシャブナ王子。目は全く笑っていないが。
だが笑いは止まらないだろう。今まで結界と長距離狙撃の妨害によって全く情報がつかめなかったエルフの森に求めるモノがあると分かったのだから。
そうとわかれば遠慮は要らない。世界中に広がっている戦線を引き上げ、エルフの国だけに集中すればよいだけなのだ。
だがいま戦争を始められても困る。エルフは疲弊しているが、それでも彼等の力は強大だ。何も知らずに攻め入ったら魔族達は大損害を被るだろう。
仮に戦いが有利に進んだとしても、あのスライムを戦場に投入すれば大変な事になる。
最悪魔族もエルフも勇者も全員が溶かし殺されてしまう事だろう。
「お待ち下さい。殿下は【源泉】の隠された場所をご存知なのですか?」
「……何?」
高まった戦意に水を差されて不機嫌な空気が漏れるルシャブナ王子。
「【源泉】の隠し場所を知らねば、魔族は自らの故郷の魔力を湯水のように使うエルフ達の魔法によって大打撃を受けます。まずは【源泉】の場所を確認し、そちらを制圧するのが先では?」
俺の言葉を聞き、ルシャブナ王子がソファーに身体を沈める。
高級そうっすねそのソファー。
「つまりお前は【源泉】の場所を知っているのだな?」
「ええ、【源泉】の場所も、エルフと戦う時に気をつけなければいけない事も知っています」
「今度は何が目的だ」
部屋の周囲から俺に向けて殺気の篭った気配が強まる。
護衛が沢山いますねー。
「口約束ではなくスキルについての情報を頂きたい。知恵者の方々を呼び、スキルに関する書籍も集めてください。私が求める情報を教えていただいた頃には、そちらもエルフの森に攻め入る準備をする間に用意できるでしょう」
つまり戦いの準備があるだろうからその間に報酬の情報を寄越せって事である。
情報が手には入らなくても闘う事には変わりないだろうが、ここまで来たのならついでに戦闘が有利になる情報も欲しいだろう。
「……いいだろう。知恵者達をすぐに呼ばせる。資料についてはしばし待て。詳しい者達に集めさせる」
「ありがとうございます。タカヤナギ殿にもスキルについての情報を集めていただきたい。あなた方勇者自信が知る情報とスキルについて知っている者達の情報を。その対価としてあなた方が求めているモノに近づくことの出来る情報を与えましょう」
しかし高柳さんはすぐに首を縦には振らなかった。
「具体的に我々が何を求めているのか教えていただこうか」
クール、憶測で早まったりしないクールさですよ。
「もちろん、あなた方異世界の勇者が求めるのは、故郷である地球へ帰還する方法です」
「…………」
何をどこまで知っているのか、そう聞こうとしたが、しかしそれをぐっと堪える高柳さん。
ヘタにこちらを刺激して交渉をなしにされては彼のほうが困るからだ。
「……承知した。すぐに調べさせる」
「それでは、一週間後にまた参ります」
俺は彼等が次の言葉を口にする前に部屋を出、周囲に誰もいない事を確認してから転移魔法で宮殿を去った。
◆
「はー、緊張した」
交渉と呼ぶには余りにもつたない内容だったが、相手が喉から手が出るほど欲しがっている情報だったがゆえに上手く交渉が成功した。
まぁ、どちらかといえばこちらに話させ続けてくれた感はある。
こちらの求めるモノの価値が分からないが、不利益にならないから構わないかって感じだ。
けど交渉でお互いが得をする理想の関係ってそれなんだよな。お互いが欲しているけど、自分の持っているモノは自分にとってどうでも良いモノっていうのがさ。
本当なら少しでも取引を有利にする為に小出しにしたり長引かせるのが交渉なんだろうけど、それで世界が滅びちゃたまったもんじゃないだろうしな。
高柳さんにとっても自分達が地球に帰れる現状唯一のチャンスならその芽を潰したくないのは当然だろう。
「お疲れ様」
緊張が解けて脱力していた俺を、メリネアがねぎらってくれる。やはりある程度事情を知っている相手が居ると気分が楽だなぁ。
「ところでお腹が空いたから何か食べたいわ。勿論貴方様の手料理で」
うん分かってた。目の前の嫁が食事の事しか考えていないって事は。
さては付いてきたのはこれが理由か。
「今日は牛丼が良いわ」
はいはい。
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