第53話 師の姿
「よし、今日の訓練これまで!!」
「ふわー、つかれたぁ」
「先生の前で情けない姿を見せたらだめでしょ!」
「いーんじゃないのー?」
「切り替えは大事」
訓練を終えてヘトヘトになった子供達がへたり込んでいる。約一名まだ元気だが。
「また明日もここで訓練するので全員遅れないように!」
「「「「はい!」」」」
訓練を開始して3日が経過した。
子供達の訓練は順調とはいえない。だが決して進歩していないわけではない。
イブントアトラは10発中7発は的に当たる様になってきたし、バルザは石を尖らせる事で的に穴を開ける事が出来る様になった。
イタカが未だに威力を上げれなくて悩んでいるが水を回転させたり形状をいじったりして試行錯誤しているのでもう少し見守ろうと思っている。
子供達が家へと帰っていくのを確認したら、俺は港町へと向かう。
港にある宿を借りて俺は暮らしているからだ。
子供達の教育役なので、親の貴族達の家の世話になるという意見があったのだが、明らかに自分の子供を優遇させたいという意図が透けて見えていたので丁重にお断りした。
「外で食べていくかな」
頼めば宿でも作ってくれるが、せっかく別の国に来たのだから地元料理を色々と食べてみたい。
同じ料理でも店によって味が違うからだ。
そうした理由から2日に1回は外食をしていた。
店先を歩いていると、良い匂いがしてくる。海の幸を様々な調味料で焼く匂いだ。
今日は匂いの良い店に行くとしよう。
俺は自分の鼻が導かれるままに店へと入っていく。
すると……
「おいおい、あの姉ちゃんすげぇぞ。一体どう食ったらあの身体にあんだけのメシが入るんだよ!?」
「それなのに涼しげな顔をしてお代わりをしてるぞ!」
この聞き覚えのある会話。
俺はその先の展開を予測しながら店の奥を見た。
そこに居たのは真っ赤な宝石のように美しい髪をなびかせた、真紅のドレス姿の女性が焼きソバらしき物を食べていた。目の前に大量の皿を積み上げて。
「やっぱり」
俺の声が聞こえたのか、その女性……メリネアが俺に顔を向け、声を掛けてきた。
「あら貴方様。お元気そうで」
◆
「1ヶ月ぶりですか」
「そうね」
あの後、メリネアが食材を食いつくしてしまった為、俺達は別の店へと場所を変えていた。
「結構長い間あいませんでしたけど何をしていたんですか?」
俺が憑依しなおすと、メリネアと会うのが難しくなる時がある。
例えばカジキの時、または今回の様に子供達に追われている時などだ。
メリネアの方は俺に宿った竜皇の血を追ってこれるが、俺からメリネアを追う事は出来ない。
だから合流はメリネアの気分次第なのだ。
「あら、私はすぐにきたわよ。まだ人間の暦で一ヶ月でしょう?」
「え?」
「何かおかしかった? 人間の暦だと太陽が30回昇ると1月と言うのでしょう?」
「ああ、そういう事ですか!」
そこで漸く納得が言った。
メリネアはわざと俺を追うタイミングにムラを作っていた訳ではなかった。
メリネアはドラゴン、人間とはタイムスケジュールの違う生き物だ。
人間にとっての1ヶ月はドラゴンにとって数日程度でしかなかったのだ。
もしかしたら1日以下かもしれない。
そう考えればメリネアの直ぐに来たも理解出来るというもの。
メリネアが人型になれるから、種族的な認識の違いが在る事を忘れて居たみたいだ。
◆
「先生! そのキレイな人は誰ですか!?」
訓練にやって来たイブン達が興味津々で俺に質問してくる。
そう、俺の横にはメリネアが寄り添っていたのだ。
「ああ、紹介しよう。俺の妻でメリネアと言う」
「宜しくね」
メリネアが艶っぽい笑顔を浮かべながら子供達に挨拶をする。
「よ、よろしくお願いいたひましゅっ!」
「ふわぁ……」
「綺麗……」
「ステキなお姉様……」
子供達がメリネアの美貌に圧倒されている。というか約一名危険な単語が出ていたぞ。
「メリネアは私の授業に口は出さないので気にしない様に」
「は、はい!」
ああ、コリャ駄目だ。メッチャ緊張してガチガチになっている。
仕方ないのでこのまま訓練を始めようとした時だった。
「バーザックさん!」
呼び声に視線を向ければ、港の方から数人の兵士達がやって来ていた。
「バーザックさん! 魔族が現われた! 直ぐに来てくれ!!」
もう来たか。
正直もう少し子供達に訓練をさせてやりたがったが……いやそれならそれで教えれる事もあるか。
「分かりました。直ぐに行きましょう」
「先生、私達も戦います!! 訓練の成果を発揮して見せます!!」
イブン達がヤル気に満ちた目で俺を見つめる。
だがたった数日訓練をしたくらいで闘えるようになれば苦労はいらない。
俺は首を振って拒絶した。
「駄目だ、お前達は戦うな」
「そんな、何でですか!?」
「ぼ、僕達……が、頑張ります!」
「やれるよ先生! もう的に百発百中なんだから」
「威力、上がりました」
ヤル気が在るのは結構だが、それはあくまで最低限の事が出来ていなかったからだ。
「駄目だ。お前達には私の戦いを見学して貰う」
「先生の?」
「そうだ。お前達がどう戦えば良いかの一例を見せてやる。メリネアさ……メリネア、子供達を守ってもらえるか?」
「ええ、まかせて」
メリネアが嬉しそうに頷く。
急にメリネアを呼び捨てにしているが、これもメリネアと相談しての事。
訓練を見学したいといったメリネアに邪魔はしない事を条件に許可したのだが、その際メリネアからも俺は先生なのだから自分に対して様付けで呼ぶのはおかしいと、夫らしく呼び捨てで呼ぶ事と言われたからだ。
確かに子供達も旦那が嫁さんを様付けで呼んでいたら何事かと思うかもしれない。
という訳で呼び捨てで呼ぶ事となった。今だ慣れないけど。
「では戦場に向かうぞ!」
「「「「「はい!」」」」」
◆
戦場にたどり着くと既に魔族との戦闘が始まっていた。
戦いは乱戦となっており、この状況で範囲魔法を使うのは難しい。
「いいかお前達、こういう乱戦になった場合複数を攻撃する魔法は味方に当たる危険が高い。それゆえ命中し易く一体にのみ効果を及ぼすランス系の魔法が効果的だ。見ていろよ、ファイアランス!!」
俺が魔法を発動させると炎の槍が空中に現れ停止する。
「魔法には発動した瞬間に飛び出すものと術者の意思に従って動く者がある。後者は制御と消費魔力が高いが一対一で戦うには効果的な魔法だ。お前達にも後で教えてやる。行け!!」
俺が命じるとファイアランスはまっすぐに敵に向かって飛んで行く。
「頭に当てるぞ!」
俺は生徒達に宣言すると炎の槍を操作して回避しようとする敵の頭に命中させた。
「こうした操作可能な魔法を使えば味方に被害を与える事無く混戦で敵を倒せる」
更に俺はまだ海に入っている敵に対して攻撃を仕掛ける。
「イタカ、水にはこういう使い方がある。アクアシェイカー!」
俺が魔法を発動させると突然海の水が回りだし中に居た敵を飲み込んでいった。
「水の力は人間が思うよりもずっと大きい。お前の使う魔法は攻撃から補助まで様々な事が出来る!」
敵が再び海に押し戻されたところで俺は攻撃としても水魔法を見せる。
「ウォータープレッシャー!!」
新たに水魔法を発動させると、敵が突然一箇所に向かって動き出し、味方同士で押しつぶし始めた。
「水は圧縮する事によって体積を小さくできる。俺は今あの魔物達を包んでいる水を圧縮させる事で魔物達を動けなくした。更に圧縮させると!」
魔物達は水に浸かっている部分だけが圧縮されていき、ついには水の上に浮かんでいた部分だけが千切れてしまった。
「圧縮の力は飛び道具としても使える。覚えておけ!」
「は、はひ!!」
イタカが青い顔で頷く。ちょっとグロい光景だったかな。
「アトラ! 風魔法の利点は相手に見えない事だ。見えない攻撃は回避を困難にする。そして風の魔法は只風をぶつけるではない。水と同じ様に空気も圧縮する事ができる! エアニードル!!」
魔法が発動すると、ポンッっと言う音が幾つもして俺の前方にいた敵が穴だらけになって倒れた。
いわゆる空気銃である。それもかなり高密度な。
「最後にバルザ、土魔法の汎用性4属性随一だ。攻撃もでき高い防御力を誇り補助も行える。使い手のアイデア次第でやれる事は広がるぞ! 例えば、ストーンウォール!」
魔法を発動させると敵に攻撃されそうだった味方と敵の間に石の壁が盛り上がり魔物の攻撃を防ぐ。
「更に、ピットホール!」
魔物の足元の土を圧縮させて落とし穴を開ける。
「そして攻撃だ。ロックナイフ!」
目の前に大量の尖った石が浮き上がり、魔物に突き刺さる。
「ただし攻撃方法を工夫しないと火属性ほどの威力は出せない。土や石をぶつけるだけが脳じゃないぞ! そこに注意するんだ」
俺は様々な魔法で魔物達を攻撃していく。
「先ほど土属性が一番汎用性が高いといったが、それは発送し易いからだ。火も水も風も使いこなせば汎用性は高くなる。応用する事を覚えろ。そうすれば私がお前達を更に鍛え上げてやる!」
「「「「ハイ!!」」」」
子供達の元気良い返事に俺は笑みを浮かべる。
「そして次は……」
と新たな授業をする為に魔物を探すのだが、何故か魔物がいない。劣勢と見て逃げてしまったのか?
「バーザックさん。もう魔物はバーザックさんが全滅させちまいましたよ」
なんと、講義に夢中になっていて気付かなかった。
確かに周囲には魔物の気配は全く無い。本当に俺一人で全滅させてしまったようだ。
「先生の活躍凄かったです!」
「ぼ、ボクも、が、がんばります!」
「ワタシも先生みたいな凄い魔法使いになる!!」
「凄かったです。見た事も無い魔法が一杯でした」
子供達が興奮した様子で俺に群がってくる。
「あらあら、モテモテですねアナタ様」
メリネアが愉快そうに笑いながら俺達を見てくる。
見てないで助けてくれよ。
だがメリネアは俺の求めを切って捨てた。
「夫の活躍を邪魔する訳にはいきませんので」
絶対面白がっている。
「ま、まぁそう言う訳なので明日からはより一層修行に励むように!」
「「「「はい!」」」」
この日の俺の活躍を見た事で、子供達は一層訓練に励むようになった。
それは良かったのだが……
この活躍の所為で俺は恐ろしい相手に狙われる事になるのだった。
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