第9話 再会、勇者君

 騎士団に襲われていた俺を助けてくれたのは、なんとかつて俺が逃がした勇者君達だった。


「勇者様……」



「カズキ、知り合いなの?」


俺を支える少女、いや聖女ちゃんが勇者君に質問する。だが、何故かその声は鋭い。


「ち、違うって、知らないって!」


「どうかしら、カズが口説いた女の子なんじゃないの?」


「ありうる」


 一緒に戦っていた少女達が勇者君をからかう。


「違うって、ホント知らないんだって!!」


 翻弄される勇者君を見るのは面白いが、話が進まないので手助けしてやろう。


「勇者様が私の事を存じていないのは当然の事です。王宮で訓練に励む勇者様の姿を、私が一方的に見ていただけなのですから」


「っ!?」


 何故か勇者君達の空気が固くなる。


「……王宮って何の事ですか?」


 ふむ、どうやら選択肢をミスったみたいだ。

 どうも勇者君達は自分達の素性を内緒にしているらしい。

 だからメリケ国の王宮にいた事を知っている俺の事に不審を抱いてしまったようだ。

 まぁ、あんな事があったんだから内緒にしたくなる理由も分かるが。

 ここは信頼を得る為に本当の事を話そう。

 話せる部分だけは。


「私の名はイルミナ=バソー、メリケ国に仕えるバソー子爵の娘です。勇者様の事は皆様が城で勇者修行をしているところを遠くから見ていたからです」


「メリケ国……」


 メリケ国の王達によい印象が無い勇者君の声が硬くなる。


「それで? なんで貴族の娘がこんな所に一人で居る訳?」


 勇者の隣にいるポニーテールの女の子、確か戦士ちゃんだったな、が俺に問いかける。

 その声は硬く、とても友好的な雰囲気とはいえない。


「私は、故あってメリケ国の王都より逃げてまいりました」


「逃げてきた? 一体何があったんですか?」


「話せば長くなりますが宜しいですか?」


「……ユキノ、サクヤ、カナ」


 勇者君が声をかけると、少女達も頷く。


「立ち話もなんです、中で話しませんか?」


 勇者君がセーフハウスを指差して言う。


「そうですね、私としても腰を落ち着けたいところです。


 そうして、俺達は騎士達の死体を放置してセーフハウスへと入っていった。


 ◆


「……というわけでメリケ国の王は2度替わり、三人目の王は王族ではなく騎士団長のエイナル様が即位されました」


「ねぇ、何で王族じゃなくて騎士団長が王様になったの? もしかしてクーデター?」


 魔法使いことカナちゃんが俺に詳しい情報を求めてくる。


「私も聞いた話ですが、始めに即位した新国王は、戦略の知識はありましたが、それ以外の知識はさっぱりだったそうです。戦争に必要なお金を集める事の大変さも理解せず、民から無尽蔵に税を取ればよいと豪語したそうです」


「ソレって不味いの?」


 サクヤと呼ばれていた戦士ちゃんがカナちゃんに質問する。難しい事は苦手みたいだ。


「日本が他所の国と戦争するから消費税50%にしろって言うようなものよ」


「あーそれは駄目だわ」


 消費税で説明された事でサクヤちゃんが理解を示す。


「それで騎士団長がクーデターを起こしたの?」


 聖女ちゃんことユキノちゃんが俺に聞いてくる。


「実際にはクーデターではありません。エイナル様は先々代国王の娘である第一王女アミアルナ様とご結婚され、正式な王族となりました」


 エイナルが前国王を殺した事は言わなかった。

 そこまではイルミナは知らない事だからだ。

 ついでに俺はアミアルナと結婚したと言うところでこれ見よがしに拳を強く握り締め顔を伏せた。


「……貴方、随分詳しいけど一体何者なの? ただの貴族の娘じゃないわよね」


 俺が妙に情報に詳しい事でカナちゃんが不審に思う。

 しかしコレでよいのだ。

 今の段階では不審に思われる事こそが重要。


「私は、エイナル様の婚約者……いえ、元婚約者です」


 そういって、イルミナがエイナルに捨てられるまでの一部始終を話した。


「エイナル様は別人になってしまわれました。かつての優しいエイナル様ではなく、権力を握る事にしか興味が無い様になってしまわれて、私との婚約もアミアルナ様との結婚の邪魔になるからと解消されました」


「何ソレ!? 最低スギじゃん!!」


「男の風上にも置けんな」


「即抹殺するべし」


 少女達が興奮して叫びだす。

 たった一人の男である勇者君ことカズキ君が居心地悪そうにしている。


「え、ええと……逃げてきたって言うのは? 王都で何があったの?」


 さて、ここからが本題だ。バレないように同情を引かないと。


「…………」


 俺はわざとカズキ君の言葉に震える。

 カズキ君達は俺のこれ見よがしな反応に王都で何かがあったと感じたらしく姿勢を直す。


「私……私が……」


 俺はわざと呼吸を荒くする。


「私がエイナル様を殺してしまったんです!!!!」


「「「「なっ!?」」」」


 さぁ、一気に行くぞ!


「私、エイナル様が何で私を捨てたのか分からなくて、でもきっとエイナル様は私が悪いから私を捨てたんだって、そう思ったから悪い所を良くしようと思って、でもエイナル様は私を許してくれなくて、だから私、私、私!!!」


 ここで一旦言葉を切って荒い息を細かく吐く。


「気が付いたら私はエイナル様のことしか考えられなくなっていました。そして私の中の私が言うんです。エイナル様が好きなら、エイナル様を愛しているのなら誰かに奪われないように自分だけのものにしないといけないって。私にしか触れる事の出来ないようにしないといけないって。ソレが人を愛する事なんだって。……そして気が付いたら。私はエイナル様を刺し殺していました。正気に戻った私は逃げました。逃げて逃げて逃げて、ここに来たのです」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 カズキ君達が凄く気まずい様子で視線を逸らす。

 そりゃそうだ、同じくらいの年頃の女の子が婚約者だった男に袖にされたから殺したって告白したんだから。人生経験の少ない子供達には難しい問題だる。


「ねぇ、ソレってホントに貴方の意思でやった事なのかしら?」


 来た!

 カナちゃんが俺のやった事に疑問を呈してくる。


「それは、どういう……?」


「メリケ国じゃ王様が連続で殺されたんでしょう? 更にその前にも騎士が乱心して召喚士達を虐殺して、正直言って異常だわ、そんな短期間で人間が正気を失ったり人が変わったようになったりするなんて。それに都合よく邪魔な大臣や召喚士達が敵と繋がっていたりしたから処刑したとか、明らかに誰かがそうなるように仕向けたとしか思えないわ。だったら……」


「イルミナさんも誰かに操られていた?」


 カナちゃんの推測にカズキ君が続く。


「ええ、この子も言っていたでしょう? 新しい王様の事しか考えられなくなったら自分の中の自分が他人に奪われる前に殺せって言ってきたって。それって魔法か何かで操られていたって事じゃないの?」


「成程……」


 カズキ君達が真面目な顔で思案しだす。

 俺はこみ上げてくる笑いを隠す為に顔を伏せた。

 肩が震えているのは誤魔化せないが、そこは自分を信じてくれた事に喜んで泣いていると勘違いしてくれると思おう。

 それにしてもカナちゃんの推理力はさすがである。

 元々冷静であったが、今ここに至って彼女の中には人々の突拍子のない行動は魔族が原因であるというバイアスがかかっていた。

 俺の言葉の端々で魔族に唆された、魔族と繋がっていたという言葉から俺が凶行に及んだのも魔族が原因だったと思い込んで居るのだ。

 さすがオタク入っているだけあって厨二思考である。やりやすい事この上ない。

 まぁ、確かに見た目は可憐な少女であるイルミナが凶行を行うとはとても信じられない事だろうな。

 実際はただの嫉妬から来る独占欲の暴走なんだけどな。

 しかしソレを素直に教える程バカではない。

 いやほんと、エイナルなら知っている騎士団の事情とか教えれなくてどうしようかと思ってたんだよな。最悪捨てられる前にエイナルに聞いたって事にする手もあったが、あまりにも詳しすぎると逆に疑われかねない。


「あ、ありがとう……ござい……ます」


 俺は声のトーンをずらして感動を表現する。


「となると、これからどうするかよね。元々はメリケ国の様子がおかしいから調査にやって来た訳だけど、それもこの子のお陰で調べる必要は無くなった。けど、だからと言って現地に行かない訳にも行かないのよね。でもこの事を至急報告しないといけないし」


 カナちゃんが困った声を上げる。

 どうやら仕事で来ているっぽい。


「だったらさ、二手に分かれたら? 片方はメリケ国の王都に潜入して、もう片方は報告に戻るの」


 脳筋気味のサクヤちゃんがアイデアを出してくる。

 まぁソレが妥当なところだよな。


「そうね、ソレが妥当だわ。じゃあ私とカズキが潜入で、ユキとサクヤがイルミナさんを連れてギルドに報告」


「ううん! わ、私が潜入するわ!」


 カナちゃんの提案にユキノちゃんが待ったをかける。


「ユキが?」


「そうだよ、報告は頭の良いカナちゃんがした方が良いよ! 潜入なら回復の出来る私が居た方が良いと思うの!!」


 一見理にかなった説明に聞こえるが、明らかにカナちゃんとカズキ君を二人きりにしたくないという嫉妬が見え隠れしている。当のカズキ君は気付いていないようだが。


「いいんじゃない? カズは暴走しがちだからユキが居た方が安全だよ」


 サクヤちゃんがユキノちゃんの援護をする。この子はカズキ君の事が好きじゃないのかな? それとも彼女の意図に気付いていないのか?


「……分かったわ。けど絶対目立たない事。しばらくは調査を行わずにあくまでも町に溶け込むように静かに行動する事。いいわね?」


「おっけー」


「カズもそれでいい?」


 そこで漸くカズキ君の出番である。


「ああ、ソレでいいよ」


 お前もちっと主張しろよ。

 まぁそう言うのは個人の気質か。


「それじゃあ今夜はもう寝ましょう。明日の朝になったら行動開始よ」


「「「「はーい」」」」


 こうして俺は、暫くの間、懐かしきメンツと行動を共にする事になるのだった。

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