第10話 新しい町と犬
「イルミナさん、そろそろ出発しますよ」
カナちゃんが俺を呼ぶ声が聞こえる。
「はーい、今行きます!」
俺はセーフハウスの外で待っているカナちゃん達に隠れて、床下に隠されたあるモノを取り出していた。
俺がエイナルであった時に部下達に命じて隠させた大臣達の財産。
その中でも最も高価な財宝やマジックアイテム達がここに隠されていた。
「イルミナさーん」
「今行きます!」
◆
「この先の森を抜ければカネダ国の町ナイガラに付きます。私達はそこで貴方を冒険者ギルドに連れて行き、貴方の情報を対価に身の安全を保証させるつもりです」
俺はカズキ君、そしてユキノちゃんと別れ、カナちゃんサクヤちゃんと共に隣国カネダ国に向かっていた。
その間、多くの魔物や盗賊達に襲われ、何度も死ぬような目にあったが、その度に彼女達が助けてくれたのだ。
さすが【武の極み】スキルを持つサクヤちゃんと【魔導の頂き】スキルを持つカナちゃんである。
二人の戦闘力はとても数ヶ月前まで学生だったとは思えないレベルの強さだった。
少なくとも、エイナルの記憶では彼女達よりも強い戦士と魔法使いは居なかった。
それどころか、カズキ君達が逃げ出した時よりも明らかに強くなっている。
正に勇者とその仲間達と呼ぶに相応しい強さだ。
一人でカネダ国に向かっていたら、今頃何回死んでいた事だろうか。
「何とかイルミナさんの身の安全は確保してみますが、その、生活費に関しては多分ですが……」
カナちゃんが言いよどむ。
分かっているさ。金は自分で稼げって言いたいんだろう?
いくらカズキ君達が勇者と言っても、彼は勇者としての素性を隠して生活している。
つまり冒険者ギルドとしては普通の冒険者と同じなのだ。
彼がギルドでどれだけの立場に居るかは分からないが、間違っても元貴族令嬢の生活を保障するような地位でないのは確かだ。
「分かっています。国を出た時からその事は覚悟していました。でも心配しないで下さい。これでも私、エイナル様の妻となる為に炊事洗濯などを自分で出来るように練習していたんですから。一人でもやっていけます!」
「イルミナさん……っ!」
カナちゃん達は俺が無理をして明るく振舞っていると勘違いしてくれたみたいで、目を潤ませている。
まぁ、実際の所、イルミナの家事能力は壊滅的に駄目駄目だったんだけどな。
けど中の俺は社会人だ。身の回りの事位は一人で出来るし、それにセーフハウスから持ってきた財宝もある。それに乗ってきた馬も。
それを元手にして無理のない範囲で生活すれば、俺は一生働かずに生活する事が出来るだろう。
素晴らしきニート生活。
あそこに隠してあったのはそれほどのお宝ばかりだったからな。
けど働かずに生活していたら間違いなく怪しまれる。
そうなったら強盗や空き巣に狙われる可能性も高くなるだろう。
だから向こうに着いたら何か商売をしてみようと思う。
まぁ、何をするかは現地で考えるとしてだが。
◆
「ここがナイガラの町です」
カナちゃん達が連れてきてくれたのは、街道沿いのやや大きめの町だった。
と、いってもメリケ国の王都と比べれば大分小さい。
けれど、エイナルの知識で考えればこの町でも十分大きいほうだった。
町の大きさは縦横で300mx700mほど。街道にそって横長に伸びている。
「では冒険者ギルドにご案内しますね」
町中を歩いていくと、見た事もない食べ物や品物が売っている。
道行く人々も耳が長かったり、角が映えていたり、背がかなり低かったり、尻尾が生えていたりと様々だ。
「いろんな人がいるんですね」
絵に描いたようなファンタジー世界の光景を見て、気付かぬ内に興奮していたらしい俺は、無意識にそんな言葉を口にした。
「カネダ国の街道は異種族の商人が行商で多く通りますから。メリケ国は人間ばかりの国だったから珍しいでしょう?」
興奮する俺に対し、珍しく誇らしげに語るカナちゃん。
きっとこの子もこの光景を見て興奮したんだろうな。
「カナがこの国に来た時はすっごい興奮してたしねー。『ウワー、リアルネコ耳ー! エルフ耳キター!』ってさ」
「サク!!」
「あはは、ゴメンゴメン」
やっぱりか。
サクヤちゃんにからかわれてカナちゃんが怒るが、当のサクヤちゃんは飄々とした態度で謝る。
きっとコレが普段の二人の姿なのだろう。
こういう光景を見ると、この二人が本当は戦争とは無関係な学生なんだと実感させられる。
何とかして元の世界に帰してあげたいもんだ。
◆
「始めまして、私がナイガラの町のギルド長ビクターです」
「っ!?」
俺はカナちゃん達に連れられて、冒険者ギルドへとやって来た。
初めてみる本物の冒険者ギルドに興奮していると、案内の人に連れられて奥の部屋まで案内された。
そして現れたのがこの人だ。
だが俺はこの人の顔を正面から凝視できなかった。
なぜなら、ビクターさんは頭が犬だったからだ。
そう、獣人というやつだ。
しかも漫画に出てくるような鋭い眼光の獣戦士などではなく、やたらと可愛らしいチワワの頭をしていたのだ。
筋骨隆々のマッチョな身体をしたチワワ。
ちょっ、ギャップがヤバイ!!!
「どうされましたかな?」
すごい良い声でチワワが語りかけてくる。
声、シブッ、ちょ、マジ勘弁!
「い、いえ……なんでも……」
「ふむ?」
どう対応したものかとチワワ、いやビクターさんがカナちゃん達を見る。
だが無常かな、同じ日本人としての感性を持っていたカナちゃん達も、肩を震わせてビクターさんから目を逸らしている。
それが正常な日本人の反応だ。
ちょっと、目の前の光景はネット上の面白コラ画像並みの破壊力があって正視に堪えなかった。
「あー、話を続けて良いかね?」
良い声でビクターさんが確認をとってくる。
「「は、はい。どうぞ」」
俺とカナちゃんの声がダブる。ここでカナちゃんと視線が合って再び笑いが再発する。
もはや箸が転がっても面白いと言うヤツだ。
「まったく、何で人間達には私を見ると突然笑い出す者が居るんだ?」
呆れたようにため息を吐くビクターさん。
その時はビクターさんのビジュアルのインパクトで気付かなかったが、彼のこの発言は後々大きな意味を持っていたと思い知るのだった。
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