第8話 お嬢様逃げる
どうも、今必死で逃げてます。
あの夜、ヤンデレ化したイルミナに俺は刺された。
そして死んでしまった。いやー、人間死ぬ時はあっという間だね。
けど本当に運が悪いのはこれからだった。
俺は【憑依】のスキルを持っている。
具体的に言うと俺を殺したイルミナに憑依してしまった。
ただ憑依しただけなら今までのように何食わぬ顔で生活をすればよかったのだが、運悪く後宮から俺を出迎えに来た妻の一人に見つかってしまったのだ。
王にナイフを突き刺して、自信も血まみれの少女。
間違いなく通報案件です。
勿論妻は悲鳴を上げます。
俺は逃げます。
結果、追われる立場になってしまいました。
◆
この国にとどまるのは無理と思った俺は、即座に騎士舎の馬倉に向かい、勝利に浮かれている騎士達のスキを縫って馬を盗み出した。
あとついでに騎士団の装備もかっぱらう。丁度戦争用の携帯食料などの詰め合わせが置いてあったのだ。
これは戦争がもっと長引くと思っていたから用意されていた装備なのだが、予想以上の快勝となった為に使わずに済んだのだ。
お陰で俺が持ち出す事が出来たわけだが。
馬を盗んだ俺は城下町を疾走する。
既に夜遅い為人通りは余り無い。
俺はまっすぐにある店に向かった。
それは服屋だ。
店の前前で馬を降りると直ぐに店のドアをたたく。
店員が出てくるまで何度でも。
「煩いぞ! 今日はもう店じまいだ!!」
店主が怒鳴りながら出てくる。
「金はいくらでも出します。直ぐ服を!!」
俺は店主の手に宝石の付いたイヤリングを握らせる。
「これなら金貨5枚の価値になりますコレで何でも良いので服を一式下さい!!」
「き、金貨10枚!? そんな大金に見合う服なんてウチにはありませんぜ!!」
「急いでいます! 何でもいいので直ぐに揃えなさい! おつりはいりません!!」
「畏まりました!!!」
おつりはいらないという言葉を聞くや否や店主が慌てて服を引っつかんで渡してくる。
「女性用下着も込みで一式でございます!!」
以外にプロだった。
「タオルも一枚下さい」
「はい喜んで!!」
店主から服を受け取った俺は例も言わずに店を出る。
「またのお越しをお待ちしております」
悪いが次は無いだろう。
少なくともこの身体ではな。
◆
ひたすらに馬を走らせ夜道を進む。
幸運だった。
それは月の光が弱い事。
このお陰で服屋の店主はドレスに付いた血に気づかなかった事。
そしてこの光の弱さで追手がこちらを探しづらい事。
暫く馬を走らせた俺は、隠れる事のできる場所で馬を休ませつつ、着替えを行う。
ドレスは茂みに捨て、さっき買った服に着替える。
そして騎士舎から盗んだ品を取り出し確認する。
といっても、持ってきたのは携帯食料と水、それにナイフと火口箱だ。
暖かい季節なので毛布などは入っていなかった。
ナイフだけは腰に差しておこう。
着替えを終えた俺は再び馬に乗って走り出す。
イルミナには乗馬の経験は無かったが、エイナルの時に何度か彼の知識を使って馬に乗っていたので今も何とか乗る事が出来ていた。
とはいえ、騎士団が追ってくれば直ぐに追いつかれてしまう。
そうなったら何とか騎士団に殺されるしかないが、なるべくなら殺される事を考えずに逃げ延びたい。
とりあえずは隣国に逃げるか。
エイナルの知識では、このまままっすぐ進むと3日程で隣国との国境にたどり着く。
だが間違いなく途中で騎士団に追いつかれるのは目に見えている。
だから、普通じゃない道を進む。
◆
俺は道なき道を進んでいた。
だがそれは闇雲に走っているわけではない。
エイナルの持っていた知識に従って走っているのだ。
騎士団のごく一部の人間しか知らない緊急用の道。
集中していないと見落とす目印を探って馬を進める。
この道はめったな事では使われない為、ランタンに火を灯してもばれる心配はない。
一応騎士団仕様の隠し布が付いているランタンなので、光が全周囲に漏れる事は無い。
コイツはランタンの4つの窓に黒い布が付けてあって、照らしたい方向の布をめくって使うランタンなのだ。
「こっちだな」
慎重に目印を見つけながら進むと、その先に小さな掘っ立て小屋があった。
「あった」
アレこそは騎士団が緊急時に用意したセーフハウスだ。
そして俺の【武器】があそこに隠してある。
あそこに隠れる事が出来れば、まずは安心だ。
しかしその油断がいけなかった。
「バインド!」
突如放たれた言葉と共に、俺の体が動かなくなった。
「っ!?」
「団長の読みどおりだったな」
森の茂みから複数の鎧を来た男とローブを着た男達が現われる。
「本当にここに来るとは、やはり団、いや国王陛下から情報を聞き出していたって訳か」
ぬかった! コイツ等騎士団か。イルミナがエイナルからここの事を聞いている可能性を考慮して俺を待ち受けていたのか。
「服も着替えているし、コレは計画的な犯行だな」
「それはこれから尋問すれば良いだろう。まずは王都に連れ帰るのが先だ」
「まぁ待てよ。コレだけの美人さんだぜ。何もせずに連れ帰るのももったいなくは無いか?」
何?
「おい……仮にも子爵の娘だぞ」
「かまうこたぁ無いだろ。コイツぁ国王陛下殺しの下手人だぜ? そんな女が自分を捕らえた男達にレイプされたって言っても同情を狙って嘘をついてるって言えばイケるだろ」
「……まぁ、そうだな」
そうだな、じゃねぇだろ!!!
男達が好色な笑みを浮かべて俺を見る。
コレだから異世界人は!
不味い、これは不味い。だが体が全く動かないのだ。恐らくさっきの声で動きを封じる魔法かなにかを使われたのだ。
おかげで指先一つ動かない。
まさかこのままこいつ等にレイプされるのか!?
投獄されるよりもやばい状況に目の前が真っ暗になる。
まさかこんな事になるなんて。こんな事になるのなら、服もそのままでセーフハウスにも寄らずにまっすぐ国境に向かえばよかった。
後悔先立たずか。
だが、運命の女神はまだ俺を見捨ててはいなかった。
「ブレイブ! フィニィィィィィィッシュッ!!!!」
黄金の光が横一文字に輝いた。
「な、何だ!?」
「ギャァァァァァ!!!」
騎士達が悲鳴を上げる。
「マジックジャベリン!!」
「ぐぼぉ!?」
「っ!?」
突然体の拘束が解けるが、それに対応できずに地面へと倒れこむ。
しかし、俺の体は何者かに支えられた。
「大丈夫ですか?」
「えっ!?」
振り向けばそこには、懐かしい顔があった。
「ブレイブスラッシュ!!!」
「ぐはっ!!」
再び響いた叫び声に振り向けば、そこに立っていたのは三人の少年少女達と俺を支える一人の少女だけだった。
ほんの数十秒で騎士達は全滅してしまったのだ。
「貴方達は……」
「大丈夫ですかお嬢さん?」
少年が俺の下へとやって来る。
間違いない。この少年は、この少年達は……
「勇者……」
「え?」
俺を助けてくれたのは、かつて俺が逃がした勇者君だった。
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