第2話 憑依体験

 異世界に召喚された俺は、出来損ないという理由で殺されてしまった。

 と思ったら、自分を殺した騎士の身体を乗っ取っていた。なんだこの状況。


「多分コレが【憑依】スキルの力なんだろうな」


 俺は落ち着いて考えを纏める。

 まずは改めて自分のスキル【憑依】について考える。

 すると頭の中にスキルの能力が浮かんできた。


『【憑依】自分を殺した相手の身体を奪う。乗り移った相手の記憶と能力を手に入れる事が出来る。ただし他の肉体に移ると、肉体の能力は失われる』


 成る程な。と言う事は……

 俺は乗り移った騎士の記憶を探っていく。

 名前はカドル=ナール。城勤務の騎士で勤務態度は平凡。能力も平凡。魔法は使えない。スキルも持っていない。家族は両親と弟が一人。独身。

 成る程成る程。このカドルさんの記憶を読んでいくうちに、この世界の事も理解できてくる。

 この世界は典型的なファンタジー世界で、複数の人間達の国とエルフやドワーフなんかの異種族の国がある。

 そしてある日突然現れた魔族によって世界中が危機に晒されていた。

 魔族は人間よりも強いけど、数が少ないので世界中の国が協力して戦えば決して負けはしない筈。

 けど皆自分の利益を考えているから、主導権争いにかまけて協調できず、そこを魔族に突かれてドンドン不利になってきた。

 劣勢に立った王様は起死回生の奥の手として勇者召喚を繰り返していた。

 …………って、繰り返していた!?

 トンデモナイ気がする情報に、俺は深くカドルくんの知識を読み漁る。

 なになに? 王様は勇者を大量に召喚して魔族との尖兵として使い潰していた。

 なにしろ勇者はいくらでも召喚できるうえに、自国民じゃないから謀反を起こされる心配は無い。

 勇者は最前線に送って戦わせ、魔族と相打ちにさせる事で真実を知る前に使い捨てる。

 知識系勇者は知識だけ手に入れたら、他国に知識や技術を奪われない様に殺す。

 非戦闘系で知識系でもない勇者やスキルを持たない出来損ないは食費も惜しいので殺す。


「…………クズかよ」


 とんでもないクズっぷりである。

 まるで勇者召喚がスマホゲーのガチャキャラみたいな扱いだ。

 このままあの王様を放置しておくと、間違いなく多くの勇者達が使い捨てにされて殺される。

 何とかしないと。

 いくら俺が正義の味方で無いとしても、さっきの勇者君達みたいな子供が死ぬ所は見たくない。

 でも相手は王様だ。

 護衛の騎士も居るだろう。

 今の俺は平凡なボンクラ騎士だから王様に近づくのは難しい。

 ましてや殺そうとしたら護衛の騎士に返り討ちにあう可能性が高い。

 憑依スキルを持っている事は分かったが、だからと言って死ぬのを織り込み済みで行動とかはしたくない。

 だってこのスキルが常に成功するとは限らないんだぜ。

 死ななくて良いなら死にたくは無い。


「だったら、まずは警告か」


 やるべき事を決めたら、俺は行動を開始する。

 まずは自分の死体を「いつも通り」に処分する。

 正直自分の惨殺死体を処分するのは良い気分ではないが、首を撥ねられている以上元の身体に戻る事はできないだろう。

 諦めるしかない。

 ……もちろんそんな簡単に割り切れはしない。俺は自分の体への未練を王への憎しみで誤魔化す。

 必ずお前の敵はとってやるからな、俺の体よ。


 ◆


 深夜、暗い廊下を音も無く進み、俺はある部屋のドアをノックする。


「…………誰ですか?」


 眠たげな少年の声が聞こえてくる。


「勇者様、至急お伝えしたい事がございます。お部屋に入るご許可を」


「……どうぞ」


 俺は周囲を確認してから部屋の中へと入っていった。

 部屋の中には1人の少年と3人の少女がいた。

 その視線は睡眠を妨げられた不満と、こんな夜中に押しかけてきた事への不審だった。


「貴方は?」


「私はただの騎士です。ソレよりも貴方達にお伝えしなければならない事がございます。どうか落ち着いてお聞き下さい」


 そういって、俺は勇者君達に召喚勇者の真実を語った。


 ●


「なっ!?」


「そ、それ、本当なんですか!?」


「ふざけんじゃないわよ!!」


「成る程、使い捨てって訳ね。寧ろ納得がいったわ」


 勇者君と聖女ちゃんが驚きの声を上げ、戦士ちゃんが怒りに震える。そして魔法使いちゃんは真実を知って逆に腑に落ちたようだ。


「そ、そうだ! あの人は!? 俺達と一緒に召喚された人は!?」


 驚きから戻ってきた勇者君が俺の事を心配してくれる。良い子だ。せめてこの子達だけでも助けてやらないとな。


「申し訳ありませんが、彼は既に……」


 俺が言いよどむと、勇者君達の顔が蒼白になる。


「そんな」


「身勝手すぎるわ!」


「そんな連中のいう事を聞く必要なんて無いわよ!」


「でもどうするの? 私達だけじゃ何も出来ないわよ」


 なんかこの4人の関係が分かってきたぞ。

 勇者君と聖女ちゃんが流される系で、戦士ちゃんが暴走して魔法使いちゃんが諌めるわけか。


「でもあたし達は勇者とその仲間なんでしょ? だったらあんな連中よりも強い筈よ!」


「ううん、私はそう思わない」


 魔法使いちゃんが戦士ちゃんに自分の推測を聞かせ始める。


「いい、私達は学生なのよ。戦争なんてした事ない。あの人達の言葉が本当なら才能はあるだろうけど、戦闘訓練を受けた事も無いから、ただの一般人と同じよ」


 魔法使いちゃんが俺の方を向く。


「この世界に召喚された勇者達は直ぐに戦場に送られるんですか?」


 良い質問だ。俺はカドルさんの記憶を手繰って勇者達の情報を検索する。


「まず皆さんには勇者とその仲間として修行をしてもらいます。最初は生け捕りにした魔物を殺してもらいます。まず殺す事に慣れてもらう訳です。そして初めての殺しを経験してショックを受けた所で、今度は騎士達がギリギリまでダメージを与えた魔物と戦ってもらいます。ギリギリまでといっても魔物は危険な存在です。戦闘訓練を受けた事のない人間にとっては瀕死の魔物でも脅威です。むしろ手負いの魔物は無傷の魔物よりも危険な場合があります」


 つまり生きるために必死で襲い掛かってくる魔物と戦わせて恐怖を刻み込もうという訳だ。

 最悪勝てなくても控えている騎士達が助けてくれるので死ぬ心配は無い。

 そうする事でその後に控える戦闘訓練や魔法の勉強に身が入るという訳なのだ。


「なるほど、こっちの弱みに付け込んで真剣に戦う様に誘導するのね」


「弱みって?」


 聖女ちゃんが魔法使いちゃんに問いかける。


「私達はこの世界に召喚された。でも帰る方法は分からないわ。だから魔物との戦いで私達が怯えて使い物にならなくなっても、帰りたかったら魔族を倒せって言われる。私達は死にたくないから元の世界に帰る為に必死で戦う手段を学ぶ。どっちにしろ戦いに専念するしかないって訳」


 魔法使いちゃんの説明を聞いて勇者君達が青ざめる。

 かわいそうだがその通りなのだ。そして魔法使いちゃんは中々に聡明だ。


「だったらどうすれば良いんだ? 逃げる事もできないし、戦っても勝てない。日本に帰ることだってできやしないなんて!!」


 勇者君が拳を握り締めて怒りを顕わにする。

 その気持ちは良くわかる。


「まずはここで力を付けるしかないわ。本当の事に気付いていない振りをして必死で修行するの。そしていざ戦場に連れて行かれる事になったら、途中で逃げる。後は日本に帰る方法を探してこの世界を冒険って所かしら」


 スラスラと魔法使いちゃんが今後の方針を立てていく。


「カナちゃんスゴい。なんでそんなにスラスラと考え付くの?」


 テキパキと対策を考えていく魔法使いちゃんに聖女ちゃんが尊敬の眼差しを送る。


「んー、まぁ、似たような設定の小説を読んだ事あるからかな」


 どうやらこの子はオタクだったらしい。


「俺もカナの考えに賛成だ。どう転がるにしても何とかできる力は手に入れたい」


「あたしも、せっかくこんな世界に来たんだから本気で戦ってみたいしね」


「皆順応性高すぎー」


 聖女ちゃんがあっさり魔法使いちゃんの方針を受け入れた勇者君達に呆れる。

 若いなぁ。いや、若さだけじゃないだろうな。何をすればいいのかもわからない状況だからこそ、何かに集中する事で精神の平静を保ちたいのだろう。


「それでは私はこれで」


 伝える事を伝えた俺はそっと部屋を出ようとする。


「あ、あの!」


 勇者君が俺を呼び止める。


「何でしょうか?」


「その、ありがとうございます!」


「「「ありがとうございます」」」


 勇者君達が全員頭を下げて俺に礼を言ってくる。


「貴方が教えてくれなかったら俺達全員死ぬまで戦わされる所でした!!」


「お気になさらずに、これは私の独断で行った事なのですから」


 ◆


 一ヶ月後。


 戦場に向かった勇者君達が途中で逃亡したとの報告が入り、王達は驚きの余りパニックに陥った。

 ソレを同僚から聞いた俺は、是非ともその光景を見たかった思いつつも、笑いを堪えるのに苦労するのだった。

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