変貌
氷川喜与味が頭を丸めたことは、教室のあちこちのグループで話題になっていた。彼女が自ら刈ったのかとか、誰かに無理矢理刈られたのかもとか、授業中に彼女がティッシュで頭の汗を拭いていたのを見て笑いをこらえそうだったとか、今職員室で担任と話をしているとか、そういった話の内容が、曲を流していない僕のヘッドホンをすり抜けるかのように聞こえてきた。どれもこれも、あまり重要性のない話題に思えた。すると突然、新しい情報が教室に入ってきた。
「なあおい、部屋をめちゃくちゃに荒らされてたの、あれ不審者とかじゃなくて、実は喜与味本人がやったらしいぜ」
途中から教室に入ってきた生徒がそう告げると、まわりはざわついた。おそらく職員室の外で、こっそり担任と氷川の会話を盗み聞きしてきたのだろう。氷川自身がそう話していたらしい。
一昨日校門のそばに立っていた、身丈ほどの巨大なハンマーを持った男。僕はてっきり、その男が氷川喜与味の部屋を荒らしたのだとばかり思っていた。氷川の部屋が荒らされたのは、僕がその男を見た日の夜だ。それに、現に担任は、氷川の部屋の壊されたものにはまるで巨大なハンマーでつぶされたような跡があったらしいと語っていた。
仮にもし本当に氷川本人が部屋を荒らしたとしよう。何のためにそんなことをする必要があるのだろう。自分の部屋を荒らして、いったい何の得があるというのだろうか。職員室での担任と氷川の会話を盗み聞きした生徒の話では、氷川は自分の部屋を荒らした理由を担任に聞かれたが、ただ「むしゃくしゃしてやった」としか答えなかったらしい。
僕からみた氷川喜与味は、そんなことをするような人間ではなかった。控えめでおとなしく、何かを頼まれると断ることをしらない。人がやりたくなさそうなことを引き受けるのが彼女の役目。彼女に雑用を押し付ける人間は少なくなかった。それでも彼女が怒ったところを僕は見たことが無い。そんな彼女が、突然変貌をとげた。何がきっかけでそうなってしまったかはわからないが、彼女が日ごろ溜め込んでいたものが、今になって爆発してしまったのかもしれない。今の彼女が、本来の彼女なのかもしれない。
しかし僕が見たハンマーを持った黒服の男と、自分の部屋を自らハンマーで荒らした氷川喜与味。僕はこの二人が、まったく無関係とは到底思えなかった。昨日一日、彼女はどこで何をしていたのかも謎のままだ。何故なのだろう。一昨日、あの黒服の男が持つハンマーを見てからなのか、僕の中で何かがうずきだしている。そういう感覚があった。
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