4話 首相執務室にて

 公国暦147年(世界統一暦411年)11月23日、午前11時25分。首相のハッタ・マルティは、このあと正午から行われる魔王軍の襲撃についての記者会見と、大公カルディス二世への報告で頭がいっぱいであった。

 首相は腹心のコーミズ官房長官と執務室にこもって、記者会見で話す内容や、大公への報告内容の最終チェックを行っている。


 ようやく納得できる内容に仕上がり、あとは会見に臨むだけ……というところで、大きな足音と、怒鳴り声が聞こえてくる。もう誰が来るかは察しがついたようで、二人の表情は一気に曇った。

 乱暴にドアが空け放され、いよいよしゃがれた怒鳴り声は大きくなる。

「これは一体どうなっとるんじゃ!?わしの元に全く情報が入ってこんぞ!何か隠しとるんじゃないだろうね、マルティ君っ!」

「これはこれは、スカチーニ先生。今立て込んでおりますので……」

 かけていた眼鏡を何度も指でくいっと持ちあげながら、コーミズ長官がどうにかして追い払おうとするが、この老人は引きさがる気配がない。

「だいたい君みたいな若造が官房長官をやっとること自体、政治に対する冒とくだとは思わんかね?えぇ!?」

 この老人は与党・立憲民政党所属の国会議員で、御年72歳のフート・スカチーニ。当選10回はこの国の最多選記録で、この国の政治に「喝」を入れる、自称天下のご意見番。つまりは老害である。

 わずか41歳で官房長官に就任した期待のエリートとは思えない程、卑屈な猫なで声でスカチーニを宥めたコーミズ長官と首相には、もう時間がなかった。

 あの老人のせいで、ろくに清書できなかった汚いメモ用紙を、原稿替わりとして記者会見に臨むしかなくなってしまった。


 正午、いよいよ国内の新聞、雑誌、タブロイド紙向けの会見が始まった。

「それでは只今より昨夜発生いたしました『魔王軍』による襲撃についての記者会見を開始いたします……」

 この一言で始まった記者会見は、あっという間に収拾がつかなくなった。有力紙のフェルザン・ポストはいいとして、タブロイド紙のフェルザリーノ何とかや、何とかタイムスみたいな怪しげな連中が、段々関係ない質問をぶつけだして、あっと言う間に会見は紛糾。

 最後は首相が「もうやめたまえ!」と一喝したところで一斉にシャッターが切られ、この顔が号外としてばら撒かれることになる。


「うわー、この首相の顔、めっちゃ怒ってるなぁ!」

 少し遅めの昼食をとりに出かけた先で、首相の怒り顔が大写しになった号外を受け取ったサストラとティルトの新人コンビは、自らの仕事を終えてすっかり他人事だ。

「お前もうちょっと丁寧に食えって、それじゃ首相が口から血吐いてるみたいだぜ」

 頼んだ大盛りのクミ・ド・ポーモ(トマトソースとイカのパスタ)で号外をベチャベチャにするサストラに、ティルトがツッコむ。

 フェルザリーナのメインストリート、ジョグネチア大通りには、いつもとほとんど変わらない賑わいが広がっており、最近はやりのカインクレスポ(クレープのような菓子)をほおばる女学生や、忙しそうな商人たち、そして魔王襲撃に伴う措置で学校を午前中で放課になった子供たちが、道に落ちた号外を踏みつぶしながら、行き交っている。

 フェルザン公国の人々は魔王の襲撃を受けても、何も変わっていなかった。それこそ、判で押したような日常はこれからもずっと続く、みんなそう思っているのだ。

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