3話 フェルザン公国内務省危機管理局にて

 数か月前にフェルザン公国で導入されたばかりの無線信号技術によってもたらされた凶報は、北方の小国を大混乱に陥れた。

「え?え?北部振興局が……何だって?」

 この時まだ内務省の新人職員だったサストラ・ロンバルドは、無線信号をうまく受け取ることができず、同期のティルタ・メラートと二人でようやく受信した電文を、慌ててアーマッド・ソリアーノ危機管理班長に見せた。

「なに、北部がやられた?被害状況確認中……?あっ!」

 一声叫んだあとで、班長はうわ言のように「魔王だ……」とつぶやいた。

 その瞬間、ピタッと空気の流れが止まった。執務室にいた全員が、ことの重大さに気づいた瞬間であった。

 しかし彼らにはこの国の危機管理を預かる役割がある。班長はすぐさま気を取り直して、危機管理局長および内務大臣向けの報告資料を作り始めた。この時まだ午前9時、長い一日はまだ始まったばかりだった。


「おいロンバルド君!これじゃ全然意味わかんないよ!作り直し!」

 班長は、北部振興局からの情報をサストラがまとめた文書に次々と赤鉛筆を入れ、まるでトマトでもぶちまけたかのように真っ赤にして突き返した。

「班長、細かっ……」

 げんなりした顔で作り直しにかかるサストラだが、彼の元にはこの間にも続々と事件に関する情報が入ってくる。

”死者は現在のところ確認なし”

”襲撃を受けたのは北部振興局周辺のみで、周辺民家への被害はなし”

”国防軍は北部振興局の要請を受け、北部駐屯地の部隊が現地展開中”

 といった重要な情報もあれば、その一方で、

”首都近辺に魔王軍とみられる魔物らしき姿を見たという報告が数件入っている”

”近隣国でも同時多発的に魔王軍の侵攻情報あり”

 といった未確認で不正確な情報も多々入ってくる。これらをうまく捌いて正しい情報を選別し、当面の対応を決めるのが、サストラたち危機管理局の役割である。

 襲撃の全容が大方明らかになったのは、同日午前10時半。さらにサストラ達の全く知らないところで、このあと正午から首相の緊急会見を開くことまで決まってしまっている。時間に猶予は全くない。


「政府は隠していないで早く情報を出してくださいよ!」

「被害を隠して逃げようとしているんだろ?」

 11時ごろから待ちきれなくなった新聞記者たちが続々危機管理局に押し掛ける。公国で随一の売り上げを誇る「フェルザン・ポスト」の記者から、怪しげなタブロイド紙の記者まで、どんどんやってくる。

「皆さん!情報はこのあと12時の首相会見でお出ししますから!執務室内へは入ってこないで下さい!」

 ソリアーノ班長の声はもはや絶叫になりつつある。前代未聞の事態だ。新聞記者も、内務省も、必死だった。


 この年の春に首相に就任したばかりのハッタ・マルティは、楽しみにしていた大国パルタマ外遊の予定を潰され、若干不機嫌な様子。

「おい!これまた誤報じゃないだろうな?ちゃんと確認したか?」

 導入されたばかりの無線通信に公国職員がまだ慣れておらず、度々誤報が上がってきたため、首相はすっかり疑り深くなっている。

「首相、残念ながらこれは誤報ではありません。本当です。北部振興局だけでなく、公国警察北部署、国防軍北部駐屯地からも同様の報告が続々入っております。」

 深刻な面持ちで首相に報告するのは、官房長官のポル・コーミズ。海外経験もある41歳の若きエリート、首相の片腕である。

「あぁ……どうしてこんなことになるかねぇ。」

 勘弁してくれ、というのが完全に顔に書いてあるマルティ首相だが、こうしてもいられない。

「正午の会見前には大公殿下に報告するからな!内務省からの報告急がせろ!」

 首相はコーミズ長官に短く指示して、いらいらした面持ちで官邸執務室へと向かっていった。


 午前11時10分、内務省や国防軍によってまとめられた被害の全容は、次の通り。

”死者なし、重傷3人、軽傷8名。いずれも北部振興局の職員で、北部振興局は庁舎が一部損壊したものの、近隣民家含め一般国民に対する被害は、現時点で確認なし”

 なお、公国警察によれば、今回の襲撃は「魔王軍」によるものと断定されたため、国家緊急事態と認定。全土に戒厳令が発せられ、今後は内務省および国防軍へと引き継がれることとなった。

「いやーよかったよ、死者がなくてさ。これ一人でも死んでたら、新聞連中の騒ぎ方も違うからねぇ……」

 首相は安堵したような顔でコーミズ長官に話しかける。コーミズ長官も、若干ほっとした様子。しかし、ようやく落ち着きを取り戻した二人に、さらなる混乱が、襲い掛かることになる。

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