第12話:少年少女は愛してみたいし愛されてみたい


「そろそろ機嫌を直してくれませんか? ほら、私の手料理をご馳走しますから」

「いや、バーベキューって手料理のうちに入るのか? ほぼ焼いてるだけじゃん」

「たかがバーベキューと侮るものではありませんよ。たとえばこのタレは、厳選した果物や木の実を極秘の割合でブレンドし、半年かけて熟成させた特製の一品――」

「おおっ、まさかのお手製タレ!?」

「を、シグドおじさんの料理店から少々拝借したものです」

「結局人からチョロまかした物かよ!」


 村人たちとの追いかけっこをどうにか逃げ延びたフレイたちは現在、村からそれほど離れていない森の開けた場所で熊肉バーベキューをしていた。

 山の方から流れる滝と小川が「マイナスイオン」を運んでいる……感じがするし、風も気持ち良い。その風が川辺に咲く花の香りを運んできて、バーベキューにはうってつけの場所だ。

 積んだ石の土台に敷いた鉄板の上でジュージューと焼き上がる、串に刺したオニビグマの肉。

 特製タレによって独特の臭みは芳醇な香りに昇華され、その香ばしさに涎が止まらなかった。

 すっかり視線を釘付けにされながらも、川辺に座り込んだフレイはミクスに苦言を呈す。


「あのなあ、俺だって人のことをとやかく言えるほど立派な人生送ってないよ? でもミクスはどんだけ人から恨み買ってるんだよ。つーか大丈夫? そのうち帝国から報復とか賞金目当ての冒険者が襲いかかって来たりしない?」

「人聞きの悪い。帝国から指名手配されるほど大それた悪事なんてやっていませんよ。せいぜいギャンブルのイカサマを逆手に取って賭け金を総取りしたり、身体目当てに絡んできたチンピラを返り討ちにして金品を巻き上げたり、遺跡からお宝を持ち帰る途中で倒れたパーティーを報酬はお宝だけというお買い得価格で助けてあげたり……どうです、世の血も涙もない悪党どもに比べれば可愛いものでしょう?」

「うん、お前が割と外道なのはよくわかった」


 こんな具合で、ミクスは昔から村では札付きの悪ガキだったらしい。

 手の込んだ悪戯で大人たちを散々困らせ、その狡賢さは見聞の旅で帝国を巡るようになってからも健在。罪もない人間の殺害など一線を踏み外した行いこそないが、法的にはグレーとブラックの間を行ったり来たりするような真似を繰り返してきたようだ。

 おかげでミクスから受けた被害に対する請求が、夫となるフレイにまで及んだ次第である。

 武器や防具に使っても余ったディノガーの素材は、帝国の商人に高値で買い取ってもらったのだが、そのお金もなんだかんだ慰謝料代わりに持っていかれた。

 正直なところ持っているだけ怖くなるような額になっていたし、元より婿入りの持参金にするつもりだったとはいえ、どうにも釈然としない。


「まあ私の旦那となる以上、この手のトラブルは日常茶飯事でしょうから諦めてください。ポジティブに考えれば、退屈しない刺激的な毎日を送れますよ?」

「…………」

「あ、いえ、流石にこれからは私も少し自重するつもりですし」

「いや、そういうんじゃなくてだな。『俺の平和な生活がー』なんていざ今までを振り返ってみると、別に今までと大して変わりなくね? と思えてきたもんで」

「……もしや、勇者を殴り飛ばしたという件の他にも?」

「その、指名手配されない程度に色々と……今は異端認定されてるけど」


 貴族に拾われる以前。アテもなく王国を放浪していた頃の自分は、賞金首の山賊や悪党を狩るついでに、彼らの溜め込んだ金品を懐に納めるなどしょっちゅうの話だった。というか『悪党には人権ないからなにしてもいいよな、ヒャッハー!』みたいなノリで色々とやらかしている。

 それを差し引いても主に「ブツン」が原因でトラブルに巻き込まれ、人から追われることも割かし日常茶飯事。

 うん、本当に人のことをとやかく言える立場ではなかった。

 フレイが後ろ暗さ満載な自分の半生にへこむ一方、ミクスはなぜか満足げに頷く。


「なるほど、まさに割れ鍋に綴じ蓋、お似合いの夫婦というヤツですね。喜ばしい話ではないですか」

「相乗効果でトラブルが三倍増しになりそうだけどな……」


 さぞかし波乱万丈な人生を送れることだろう。

 平穏と程遠い人生なのは今更だし、旅の道連れができるならそれも悪くないかな、などと思う自分は人恋しいのか。それとも単に美少女にホイホイ釣られるちょろい男か。後者の割合が大きいのがなかなかに泣けてくる。


「ところで、フレイはさっきからゴソゴソなにやってるの?」

「ん。ちょっとな。『昔取った杵柄』ってヤツだよ」


 水遊びに飽きたようで川から戻ってきたリオに、フレイは先程から作っていたものを掲げて見せる。それは、川辺に咲く白い花で作った花冠だった。

 花冠など、前世込みで数えると二十年以上ぶりのことだ。

 その割に上手くできたと自負するそれを、フレイはリオに差し出す。


「よかったらやるよ」

「え、あたしに?」

「ああ。お気に召さなかったら、無理にとは言わねえけど」

「ううん! ありがと! あたし、こういうプレゼントなんて初めて!」


 リオはパアッと笑顔を咲かせると、花冠を被ってクルリと回って見せる。


「どう? 似合う?」

「ん、似合ってるよ」

「……ちなみにその花は《ツキメグリ》と言って、日光ではなく月光で光合成する珍しい種類の花です。そして婚礼の儀で、花嫁衣装の飾りに使われる花でもあります」

「うぇ!?」

「まあ、フレイが知らずにプレゼントしたのはわかってますけどね。それで、私にはなにかないんですか? 腕輪とか指輪とか」

「あ、えっと…………なんつーかあの、ちょろーっと今回は事情があってというか」


 渋るフレイに、ミクスから無言の圧力が発せられる。

 本当にちゃんとした理由があるのだが、その理由のためにも話すに話せない。

 どうしたものかとフレイが冷や汗を流すと、ミクスはやがて威圧を解いて肩を竦めた。


「しょうがない人ですね。その代わりに、期待してますね?」

「ア、ハイ」


 どうやらとっくにバレていたらしい。

 さりげなく上げられたハードルにびくつきながらも、もっとちゃんと手間暇かけたものをと決意した。


「それはともかく、本当に上手いものですね。昼の狩りでオニビグマをおびき寄せるのに披露してもらった草笛もなかなかでしたし、これも実家のご家族から教わったんですか?」

「家族……つーか、じいちゃんにな」


 ズキリと痛む胸を、フレイは手で押さえる。

 狩りや採集などの自然と共に生きる術だけでなく、こうした遊びも前世の祖父はたくさん教えてくれた。

 自然体験教室でやってきた子供たちにも上手と褒められた、フレイのちょっとした特技でもあるのだ

 ――継父を連れて戻ってきた母に花冠をプレゼントしたときは、「せっかくのブランド服が土で汚れるでしょうが!」と捨てられた上に引っ叩かれたが。





 母が二人目に結婚した継父はいわゆる大企業のエリート社員というヤツで、自分の容姿と能力に絶対の自信を持つ、プライドが服を着ているような男だった。

 そんな継父に余程惹かれたのか、母もまるで生まれながらの上流階級ですと言わんばかりに振舞うようになった。高価な服とアクセサリーで着飾り、家事は雇った家政婦に丸投げ。それでいてフレイのことは、自分で引き取って置きながらいないものとして扱った。


 引き取られたからの都会暮らしは、なにも辛いことばかりではなかった……はずだ。

 小・中・高と学校の集団生活にはついぞ溶け込めなかったが、マンガやゲームが面白くて一人で過ごすのも苦痛ではなかったし、親しい友達ができたことだってある。

 楽しかった思い出も、たくさんあったはずなのだ。

 ただ、それをマッチの火のごとく吹き消すほどに、辛い思い出が多すぎるだけで。

 だから過去を振り返ってフレイの胸に込み上げるのは、いつも真っ黒で醜い感情ばかりだ。





「なんで、俺なんだ?」


 気づけば、そんな言葉が口をついて出た。


「なんで俺なんかを、婿に選んでくれたんだよ。そりゃあ、バルゴスみたいなクソ野郎よりかは百倍マシな人間だって自信はあるさ。でもミクスは婿探し以外でも、色んなところを旅してきたんだろ? 旅先で出会った中には俺よりかっこよくて強くて優しくて、人間としてもできたヤツなんていくらでもいたんじゃねえのか? なんでよりにもよって、俺みたいに爆弾抱えてるようなヤツなんかを――」


 式を来週に控えていながら、しかも夫の方がマリッジブルーとは我ながらお笑い草だ。

 結婚から育む愛もあるとミクスは言ったが、家族との思い出に黒い感情が付き纏うフレイには、そんな温かな関係を誰かと築き上げる自信が持てなかった。

 俯くフレイに、鉄板の串焼き肉をひっくり返しながらミクスは言う。


「そうですね。容姿だとか能力だとか、そういった点でフレイより上の男性は世の中にたくさんいることでしょう。というか私の知り合いだけでも結構いますね。貴方が特別駄目な人というわけではありませんが、まあ世の中広いですし」

「…………」

「なにせ貴方ときたら、顔はいい線いってるのに目が若干死にかけで、表情も締まりがありませんし。前衛として狩りに貢献はしてますけど、目を見張るような才能が光ってるかと言われればそれほどでもなくせいぜい中の上。性格も短気で突然爆発しては、族長相手でも考えなしに殴りかかる。片手半剣なんて中途半端な長さの剣を選ぶあたり、センスもアレですよね」

「オイコラ、片手半剣の悪口は余計だよな? いいだろ片手半剣。かっこいいだろ片手半剣。両手剣より身軽で、チャンスのときは盾を捨てた両手持ちで片手剣より威力が出せる。半端なんじゃなくて機能美なんだよ。戦術的なんだよ」

「それに私以外でも女性に話しかけられただけで、露出の多さに目がいってすぐ鼻の下を伸ばすわ、もう少し節操というものをしっかり持って欲しいですね。これだから童貞は」

「……お姫様抱っこされたくらいで顔真っ赤になるちょろい子に、童貞がどうとか言われたくねえんだけど」


 ボソリと呟けば、ミクスの身体が錆びついたブリキ人形のように固まる。

 鉄板から離れ、微笑みながらも剣呑な目つきでこちらを睨みつけてくるが、フレイも立ち上がって負けじと睨み返す。


「頬にキスされたくらいで固まるような人が言えたことですか?」

「慣れてもいないキスで悶絶するのを必死に堪えてたのはそっちだろ。去り際のセリフも思いっきり噛んでたし。余裕あるお姉さんキャラ気取りたいのか知らねえけど、ミクスが自分で思ってる以上にしょっちゅうボロが出てますから。つーかそうやって見栄を張るから正面切って解決できないトラブル起こしては、卑怯な手で解決して恨み買ってるんだろうが」

「そっちこそ狩りでいいところを見せようと必死になってるじゃないですか。なんですか、優位に立ちたいんですか。『亭主カンパク』がお望みですか。駄目ですよ、私が甘やかす側でやっていく予定なんですから」

「勝手に決めるな。別に『亭主関白』には興味ねえけど、旦那になる俺の前以外のどこでミクスは肩の力を抜く気なんだよ。俺がそういう居場所でなくちゃ駄目だろ、他のヤツとか許さないからな」


 ぬぎぎぎぎ。

 と互いに一歩も譲らず、呼吸が重なるほどの距離でフレイとミクスは睨み合う。

 そこへ放置された串焼き肉を焦げないうちにと平らげながら、リオが一言。


「そうやって痴話喧嘩にかこつけて惚気合って、恥ずかしくないの?」

「「…………死にたい…………っ!」」


 二人して、草の絨毯をゴロゴロしながら悶絶する。

 ちょっとノリで意識してやった自覚があるだけに、いざ指摘されると羞恥で死にそうになった。

 一足早く立ち直ったミクスが、寝転がったままフレイと目を合わせる。


「まあ、そういうわけで、なんだかんだポンコツなのはお互いさまですから。フレイが変な気を遣ったり、卑屈になる必要はないということですよ」

「え、そういう話だったのこれ?」

「そもそも容姿だの能力だの収入だの、ステータスの高い相手と結婚したら幸せになれるという発想が甘いんですよ。なによりステータスの高い相手は、自分にも高水準を当然のように要求してきます。そうなると生活が肩身の狭苦しいこと……特に私のような顔だけ無駄に高水準の女が、だらけた服装で焼き菓子を齧ろうものなら、詐欺だと言わんばかりに詰られるんです。そっちが勝手に幻想と妄想を膨らませただけだというのに」

「顔だけはとか自分で言っちゃうんだ……」


 どうも経験談らしく、ミクスの口調には相当の恨み節が込められていた。

 ミクスは王国貴族も及ばぬ美少女だが、内面的は割かし普通? の女の子だ。

 見栄を張って空回りしたり、借りたお金を踏み倒したり、楽して勝とうとズルしたり。

 良く言えば人間味のある、悪く言えば小物感が拭えない平凡さ。

 そんなミクスを外見だけで判断すれば、その悪い意味でのギャップに落胆する気持ちも、まあわからなくはない。


 しかし、アレだ。

 ミクスが言うように、世の中には豪邸より六畳一間の方が居心地良く感じる者もいるわけで。

 かくいうフレイも、高級ステーキより焼き魚をおかずに白米をかきこみたい派なわけで。

 つまり、まあ、そういうわけなのだ。


「『猫にコバン』ということわざがあるように、金銀財宝など動物にとっては無用の長物。慎ましい小市民の私に必要なのは、類稀な美貌の王子様でも特別な力を持つ勇者様でもありません。喧嘩をしたり足を引っ張り合ったりしながら、なんだかんだ一緒に歩いて行けるような人なんです。その点、フレイはいい線いってますよ。さしずめ貴方は同じ日なたで一緒にマタタビに酔ってゴロゴロできる、憎めない野良猫さんといったところですね」

「マタタビのくだりに漂う酔っ払いのダメダメ感……。……小判、ね」


 サラリとファンタジー世界にあるまじき言葉が出てきたが、今更驚きはしない。

 なにせあるまじきもなにも、この島はのだから。

 視覚や聴覚に補正がかかってそう見聞きしているわけではなく、使われている文字も実際に漢字やひらがな、カタカナ。距離や重さの単位も、メートルにグラムと日本そのまま。

 さらには「ノレンに腕押し」「壁に耳ありショージに目あり」「ヒョウタンからコマ」などのことわざまで普通に通じていた。そのくせノレンやショージ、ヒョウタンやコマの意味は使う当人たちもよくわかっていないという。

 漢字が使われる一方で名前は英語圏のカタカナ表記であることといい、まるっきり日本製のファンタジーRPGそのものだ。


 フレイと同じように転生なり召喚なりした日本人が広めたにしてもおかしい。それならの言語や、日本語が広まった経緯がなにかしらの形で遺っていていいはずだ。

 しかし王国にいた頃、ふとした興味で図書館の書物を読み漁ったが、それらしい記録は何一つなかった。不自然なまでに、日本語が当たり前の言語として島全域に浸透していたのだ。


 まるでなにか巨大な力が、この島の言語を概念ごと日本語で上書きしたかのように――


「いつまでもイチャイチャしてないでさー、お肉食べようよ」

「イチャイチャしてません。フレイが私にメロメロなだけです」

「いや、まだメロメロというほどでは……」


 これ以上は考えるだけ詮無いことだと、リオに促されるまま立ち上がった。

 一緒に立ったミクスが怒っているのかにやけているのか、よくわからないモニュモニュした顔をしながら杖で背中を突っついてくる。そんな可愛い反応をされてもどうしろと。


 ヘタレたフレイがスルーで串焼き肉に手を伸ばした、そのときだ。


 カンカンカンカン、と村の方角から小さくもやけに鮮明な響きで鐘の音が届く。

 フレイには聞き慣れない音だったが、その意味を知るミクスとリオはすぐさま外していた装備を身につけた。


「緊急用の警鐘? まさか――」


 ミクスが呟くのとほぼ同時、リオがウッと眉をひそめる。

 一拍遅れて、フレイの嗅覚も異様な臭気を察知した。

 ダイレクトに脳へ不快感を沸き立たせる臭い。それが急速にこちらへ近づいてくる。

 身構えるフレイたちの視線の先には、四足の獣が隠れるのに十分な高さの茂み。


 その草木が、突如として


 葉が色を失って枯れ、木が黒ずんでボロボロと崩れる。

 そこからこちらに向かって線を描くように、草花が次々と朽ちていく。

 まるで、地の下を這いずるナニカに生命を吸い取られたかのように。


(こいつは……!?)


 フレイは知っていた。

 この臭気も、この現象も、飽きるほどに嗅ぎ慣れ見慣れたモノだ。

 なぜ。どうして。

 フレイの疑念を嘲り笑うように、三人の前でナニカは止まった。

 草花が朽ちて剥き出しになった大地は、《ダーク》とは似ても似つかない、悪臭放つ薄汚れた黒に染まっている。命なき無機物が、死骸となって腐りかければこうなるだろうか。

 その死んだ大地から――否、大地そのものが身体を起こす。









「なんで、なんで魔物がここに……!?」


 ドゥロロロロ。

 血潮ではなく汚濁が巡る全身から、大地の屍は鳴き声代わりの流動音を鳴らした。

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