第11話:夫婦は心も財布も責任も連帯らしい
村に戻ってまず、フレイたちは鍛冶屋に足を運んだ。
ここで作ってもらったフレイの装備のことで、改めて礼を言うためだ。
「とまあ、良い装備のおかげで狩りも順調にこなせたよ。ありがと、ドミスさん」
「ガッハッハッハッハ! わざわざ二度も礼を言いに来るとは律儀なヤツだ! なあに、俺もドラゴンの装備を作るなんて貴重な体験させてもらったからな! お互いさまよ!」
一仕事終えたばかりだったらしく、鍛冶師ドミスはトカゲの顔で豪快に笑った。
彼を始め、《ダークの民》は独自の鍛冶技術を持つ。ときに鋼より硬く、特殊な性質を持つモンスターの素材を自在に加工し、その特性を最大限に引き出した武器や防具を生み出すのだ。
たとえばフレイの新しい片手半剣。白磁の刀身を持つこれは、ディノガーの牙を一本ではなく、数本束ねて一振りの剣に鍛え上げたものだ。生物の牙がまるで鋼鉄と同じように加工されるというのは、まさに幻想が成り立つ異世界ならではだろう。
フレイも鍛造の工程を見学させてもらったが、竜の牙がドミスの吐く炎で真っ赤に熱され、ハンマーで台座ごと砕かんばかりに叩かれ、剣へと形を変えていく光景は実に見事だった。
防具には甲殻をふんだんに使った
さらに竜鱗の盾、鉈を竜爪から鍛造したトマホークに替えて装備。鎧に新しく胸当てが追加されたため、トマホークとナイフを収納するベルトは背中側に回した。
武器防具共に文句のつけどころがない性能だが、強いて言うなら一つ。
「それに《
「ハハハ。その呼び名はやめてもらえませんかねえ……」
自分には分不相応すぎて、軽装鎧なのに荷が重いということだろうか。
鍛冶屋を出ると、大通りにはたくさんの人が行き交っていた。
老若男女は勿論のこと、狩りの帰りで変異した半人半獣のままでいる人、獣の力が深く馴染んだことで普段から獣耳や角が生えている人、装備や服装も含めれば本当に多種多様な人々が暮らす村なのだ、ここキマイラ族の集落は。
共通の特徴としては、紫がかった髪に褐色の日に焼けた肌が上げられる。しかしミクスがそうであるように、全然違う色の肌や髪をしている者もチラホラいる。
そういった人は外部から移り住んだ人だったり、宿した獣の影響で色が変わったダークの民だったりする。先に述べたように、深く馴染んだ獣の力が影響し、変異せずとも獣の特徴が肉体に現れる場合があるのだ。
まるで異形の坩堝がごとき光景だが、人々の表情はどこまでも陽性の活気に満ちている。
狩りの成果を自慢し合い、商売に精を出し、家族と手を繋いで歩く。
前世の日本、そして王国でもフレイに付き纏った疎外感がここにはない。自分もここの一員だと感じられる温かくのどかな風景は、立ち止まっていつまでも見ていたくなる眺めだ。
ただ――
「おっ、《竜狩り》! 狩りの調子はどうだったよ?」
「俺たちの狩る分もとっといてくれよ、《竜狩り》!」
「今日は一段と出来のいい林檎が入ったんだ! 《竜狩り》もお一ついかが!?」
「《竜狩り》の兄ちゃん! ドラゴン退治のお話聞かせてー!」
「人気者ですね、フレイ」
「モテモテだねー!」
「……勘弁してください」
すれ違う人々からかけられる大それた呼び名に、フレイはすっかりグロッキー気味だった。
ディノガー討伐から、早二週間。
半月があっという間に過ぎ去るほど忙しなかった。人為的にモンスター、それも下位とはいえドラゴンが人里近くまで引き込まれた事件も前代未聞だが、そのドラゴンを《ダークの民》の出身でもない、余所の人間が討伐したというのは全部族を騒然とさせる一大事だった。
緊急の族長会議が開かれ、フレイも当事者として連れ出された。虚言を吐いているのではと散々問い詰められ、挙句に自作自演の冤罪をかけられる始末。
ミクスとリオが証人に立っても族長たちは納得しようとせず、二人にまで罵声が飛んだためにフレイが「ブツン」した結果、その一端を見せた赫炎の異形が一応の証明となった。
一方、真犯人であるバルゴスの判決は死罪。
下っ端が帝国の商人に売り渡そうと、ディノガーの卵をもう一つ盗み出しており、取り引きの現場を抑えられたことが有罪判決の決定打となった。
私怨でドラゴンの怒りを買い、村どころかダークの民全体を危険に晒したのだ。
死刑も妥当な判決と言えるだろう。
ようやく村に帰ると今度は盛大な歓迎の宴がフレイを待っており、天と地ほどある落差に危うくひっくり返るところだった。
どうやら振る舞われたディノガーの肉が大層美味だったらしく、お祭りムードが治まった今も大仰な二つ名で呼ばれるこの慕われようだ。ちなみにフレイも宴でディノガーの肉は食べたのだが、族長会議で神経をゴリゴリ削られたせいか、残念ながら味はよく覚えていない。
尤も今日に限って言えば、周りの視線が痛いのは二つ名のせいだけではない。
「ところで……私はともかく、なぜリオまでフレイと腕を組んでるんですか?」
「んー」
ミクスとリオの二人に、左右からサンドイッチされているためだ。
いわゆる両手に花というヤツで、実際これは非常に役得と言える。
左のミクスが絹のような滑らかさとマシュマロの柔らかさだとすれば、右のリオはもぎたて新鮮なフルーツを彷彿させる張りと弾力。
左右それぞれで異なる味わいの幸せに両腕が包まれている。
要は二人のおっぱいに挟まれてヘブンな状態なのであった。
「狩りで受け止めてもらったときに気づいたんだけど、なんかフレイっていい匂いするんだよねー。ミクスみたいに安心するんだけど、ミクスとも違う感じで。なんだろねー、これ」
「ちょっと、くっつきすぎですよ」
リオが鼻先を擦りつけるように身体まで密着させれば、ミクスも力を込めて腕を抱き寄せる。
ぎゅうぎゅう。ぷにぷに。むにゅむにゅ。
主に理性へのダメージが高まり、心なしか周囲からの視線が刺々しく突き刺さった。
まるでラブコメの主人公にでもなったような気分だが、主人公でないフレイにはこういうとき、どんな風に振る舞うのが正解なのかサッパリである。彼女いない歴イコール年齢からいきなり婿入りとなった身には、色々と手に余る状況だ。
肌色成分過多な世界で右往左往する主人公を傍観者の立場で笑っていたあの頃の自分に、なんだか無性に帰りたくなる。
「なんですか、急に遠くを見るような目なんてして。私たちにサンドされた幸せのあまり昇天しそうなんですか?」
「遠くを見るっつーか、ちょっと遠くに行きたい気分になったもんで」
「……もしかして、ここでの暮らしに不満がありますか? 北の王都に比べれば、確かに不便な生活かもしれませんけど」
どこか不安そうな声で、ミクスは上目遣いにそんなことを尋ねてきた。
あざとい仕草に結局はドギマギしつつ、思いもよらぬ問いかけにフレイは苦笑する。
「まさか。いい村だよ、ここは。モンスターを狩る暮らしは危険があっても俺の性にあってるし、モンスターの特性を活かした道具や設備のおかげで、生活も言うほど不便じゃねえ。それに王都の空気は俺にはなんだか冷たくて、好きになれなかったしな」
魔導科学で発展したマーデガイン王国は、身分による生活環境の格差が非常に激しい。
村人たちが劣悪な環境下での暮らしを強いられる一方、王都の暮らしは煌びやかで華やかだ。
魔導照明では夜も真昼のように明るく、身分が高いほど高性能かつ便利な魔導機に囲まれ、上級貴族や王族に至っては地球の現代社会と大差ない文明レベルだ。違いなど、電化製品が魔導機に置き換わっているくらいのものだ。
一時期は貴族の屋敷で暮らしていたフレイも、便利な生活であったことは否定しない。
しかし同時にフレイは、地球の都会で暮らしたときと、同じ息苦しさも王都に感じていた。別に都会を悪く言うつもりはない。漫画もゲームも好きだし、便利な生活は快適だった。ただ、都会での自分はどこまでも異物で、孤独だったのだ。
だから居心地なら、フレイは断然この村の方が良いし好きだ。
祖父と一緒に過ごした、今はもうないあの山と同じ匂いがする、この村が。
「王都で思い出したんだけど、ミクスはなんでまた荒野を越えて王国にまで婿探しに? 《影の水路》を使えば荒野を越えるのに問題がないのは、俺も一度通ったからわかるけど……」
「こちらにいい男がいなかったのもありますけど、魔導科学で発展したという王国に興味があったもので。まあ辺境の村では魔導科学なんて《工場》くらいしかそれらしいものがなく、関所が厳重で内地には侵入できませんでした」
「村人は内地入りを厳しく禁止されてるからな。内地に入っちまえば、割と自由に行き来できるんだけど」
フレイが村を飛び出した際は、内地から魔物退治にやって来た《師匠》に拾われたおかげで事なきを得た。
村人という消耗品を守るため、魔物の駆除に内地から傭兵などが出向くことは稀にある話だ。……本当に、領主が気まぐれを起こす程度の稀な話だが。
「なにぶん思いつきの小旅行で、王国の服装も用意がありませんでしたから、しょうがなく早々に帰ろうとしたところをガラの悪い輩に絡まれて――」
「そこに俺が出くわしたってわけか」
「フレイとの出会いがなければ、終始散々な旅でしたよ。まあ、そういうのも旅の醍醐味といったところですけど」
またあざとい微笑みを投げかけてくるミクスだが、その笑みがふっと自然なものに変わった。
「でも、そうですね。私もなんだかんだ、この村が気に入っています。これまで帝国の色々な場所を旅して、目を奪われる素敵な光景も、胸が躍る新鮮な体験もたくさん味わってきました。小舟で行き来する水路上の街、そこら中で音楽が奏でられる芸術の街、巨大な地下遺跡を発掘する冒険者の街……」
指折り数えながら、旅の思い出を噛み締めるようにミクスは瞳を閉じる。
キマイラ族には行商や帝国にも各地に生息するモンスターを狩りながら旅する者もいて、ミクスもその一人だという。
世界中の情報もパソコン一つで、とはいかない世界だ。見聞を広めると共に新しい情報を一族へ持ち帰る、その役目には大きな意味がある。
「それでもふとしたとき、ここに帰ってきたくて堪らなくなることがあるんです。帰巣本能なのでしょうか。やっぱり生まれ育った故郷というのは、他のどことも違うみたいですね」
村の喧騒に目をやりながら語るミクスの瞳は、前世の祖父と同じ色の慈しみを宿していた。
自分が生まれ育った地の自然を、風と水と緑を愛する人の目だ。
――それはフレイもよく知っていたはずの感覚だが、今はもうすっかり思い出せなくなってしまっていた。
「そういうもん、か。俺にはちょっとわからねえや」
「だったら、フレイにもこれからわかりますよ。ここはもう、貴方の故郷にもなるんですから。フレイには当然、私の旅にも付き合ってもらいますよ。色々なところで連れ回す予定ですから、覚悟してくださいね?」
「あ、今度はあたしも連れてってよ。ミクスがいないとやっぱり退屈でさー」
「リオと一緒だとトラブルが倍増しになりそうですけど……フレイが加わる時点でそれは今更でしょうね。リオが好きそうな場所なら――」
ミクスとリオは楽しそうに未来図を広げる。
まだ結婚なんて実感を持てないフレイだが、二人の話を聞いているとなんだか胸がわくわくしてきた。
三人肩を並べて歩く旅路は、夢想するだけでも本当に楽しそうで……
――お前にそんな資格があるのか?
その夢想を、心臓を貫く冷たい針が粉々に砕いた。
フレイが急に足を止めたため、ミクスとリオの腕がフレイの両腕から外れる。
二人が怪訝そうにこちらを振り返った。
「どうかしましたか? フレイ」
「どうかしたー?」
「えっと、その…………俺に、ここの一員になる資格があるのかな、なんて」
酷く弱気な言葉を零すフレイに、ミクスが呆れた顔で唇を尖らせた。
「なにを言ってるんですか。少しくらい自信を持ちなさい。貴方はそれだけのことを成し遂げたんですから」
「そうそう! なんたってドラゴンを狩ったんだからね!」
「でもディノガーってドラゴンとしては下位なんだろ? ドラグ族がいるんだし、ここまで騒ぎ立てるほどのことでもないんじゃ……」
「そういえば、フレイにはまだ説明していませんでしたね。ドラグ族は生まれつき半人半竜の姿に変異できる、ダークの民の中でも特殊な部族なんです。言い伝えによれば、龍帝より真言を授かった祖先の直系に当たる一族なんだとか」
「ご先祖様が龍帝の《ドラゴンソウル》をほんの欠片だけもらってて、それが一族全員に代々伝わるほど強力だったんだって」
「つまり、ドラグ族は実際にドラゴンを狩ったことがない?」
「それでもダークの民で最強の部族なのは事実ですけどね。そんなドラグ族でも、かつてディノガーと戦った際には多くの犠牲が出たそうです。それだけ竜種は強大なモンスターであり、それを単身で討伐したフレイの武勇は偉大なんですよ」
なるほど。ドラグ族からすれば一族の面子と尊厳を、それも余所者に潰されたわけだ。
族長会議の際、ドラグ族の族長から親の仇でも見るような目をされたのも合点がいった。わかったらわかったで、ますます胃の痛くなる話だが。
――その武勇に後ろ暗いところがあるのだから、尚更に。
「だけどアレはとても、俺の実力でやったなんて言えることじゃ……」
あの戦いとは呼べない一方的な蹂躙劇の間も、フレイの意識はあった。
だから自覚している。自分の中で産声を上げた、あの生ける炎の存在を。
おそらくはアレこそが、ミクスの語った《ビーストソウル》なのだろう。
しかし姿にせよ力にせよ、アレはモンスターの範疇を遥かに逸脱していた。
なにより獣の凶暴さとは異なる、むしろ人間に近しい邪悪性。長年自分を苛んできた「ブツン」の元凶も、この邪悪なソウルに違いない。
こんなモノの力で得た勝利、誇るべきではないとフレイは自分に言い聞かせた。
「尻込みする気持ちはわかりますが、貴方に宿るそれは、紛れもなく貴方の力であり一部です。内なる力を引き出せたのなら、次にフレイが成すべきは己の意志でしっかりと力の手綱を握ること。それができたとき、貴方は真に《ダーク》の担い手となるんです」
「でも、一筋縄じゃあいかなそうだよねー。フレイに宿ってるソウル、相当なじゃじゃ馬みたいだし」
「じゃじゃ馬どころの話じゃねえだろ、アレは……」
ミクスとリオはなんてことないように言ってくれるが、これはもっと深刻な話だ。
フレイもソウルの力を操るため、変異の訓練は続けている。しかし力を引き出そうとするだけで、油に火を点けたかのように暴発を起こすのだ。一気に腕が黒殻を纏う炎に変じ、血色の赫炎があらぬ方向に噴き出してしまう。
村から離れた森の中でやっているので、今のところ人的被害は出していないものの、消し炭になった鉱石樹は三桁にも達しかねない勢いである。
高い耐火性を持つはずの鉱石樹がボロ炭、酷いときは蒸発するレベルの火力だ。人間を巻き添えにしたらどうなるか、考えるのも恐ろしい。いっそ封印してしまうべきだとも思うが、そうするためにも結局は、この邪悪なソウルを御することが必要になる。
(これが物語の主人公なら毅然と跳ね除けて、克服からの覚醒イベントが起こるものなんだろうけど……)
あるいは強大すぎる邪悪な力に蝕まれ、苦痛や代償に苛まれながら戦い続けるのも、悲劇の運命を背負った主人公にはよくある話だ。
しかしフレイに宿る邪悪な力は、今のところなんの苦痛も代償も強いては来なかった。
むしろその逆――気持ちいいのだ。
身体を駆け巡る力の全能感。精神を高ぶらせる激しい破壊衝動。
それに身も心も委ねて圧倒的な暴威を振るい、強者気取りの愚か者どもを徹底的に痛めつけ、恐怖と絶望に震え上がらせる、あの絶頂を覚えるほどの快感!
力を引き出そうと邪悪なソウルに触れる度に、またあの快感を味わいたい、破壊の限りを尽くしたいという欲求に取り憑かれてしまうのだ。
その麻薬じみた誘惑に、フレイは抵抗することさえ未だままならずにいる。
(邪悪な誘惑に抗えるだけの、正義だとか信念だとか……そういうものが俺にはなにもない)
つくづく自分が主人公には程遠い、取るに足らぬ存在なのだと思い知らされる。
否、取るに足らぬどころか自分は――
「フレイ?」
「どしたの?」
不意に前方からミクスとリオに声をかけられ、自分が足を止めていたことに気づく。
真っ直ぐこちらへ向けられた二人の瞳に、フレイは危うく悲鳴を上げそうになった。
まさか、気づかれたのか? と。
「え、あ、えっと」
「…………」
誤魔化さなければと気持ちばかり焦って、その場で立ち尽くすフレイの強張った表情を、どう解釈したのか。
ミクスは口を開いて何事か言いかけたが、それは結局形にならないまま終わった。
「やあ、《竜狩り》殿と奥方。おっと失礼、式は来週だったかな?」
「いえいえ、もう二人は夫婦も同然でしょ。だってこんなにお似合いなんだもの」
「全くその通り! ミクスも良い旦那を見つけてきたもんだよ!」
立ち止まった三人を囲うように、村の人々が集まってきたからだ。
中には交易でやってきた商人もいて、皆一様にフレイとミクスの婚礼を祝福してくれる。
が、皆にこやかに笑いながら、その実目が全く笑っていなかった。
(……やっべえ)
フレイの顔が、先程までとは一八〇度近く方向性の違う危機感で強張る。
「ところで良い旦那の《竜狩り》さんよ。お前さんの嫁がうちの店で食っていったツケが、また七万ゴルドほど溜まっててだな?」
「俺もあんたの嫁さんに高価な魔術道具の代金を滞納されてて……」
「私も『ちょっと借りますね。墓場まで』って持ち出された魔術書が――」
しかし時既に遅く、フレイたち三人は完全に包囲されていた。
皆は依然慈愛の笑みを浮かべているが、その背後にゴゴゴと地響きめいた擬音が見える。
「うちは言いくるめで安く買い叩かれた南部の高級商品が……」
「僕は泉の覗き見を告げ口されて告白を台無しにされた慰謝料が……」
「儂は悪戯を叱ろうと追いかけ回したときのギックリ腰が……」
フレイがキマイラ族の村にやって来てから、約一ヶ月。
ここでの暮らしにも大分溶け込み、将来の伴侶であるミクスとも多くの時間を共にした。
一緒の時間を重ねることで互いを知り合えば、出会ったばかりの頃には知り得なかった一面も自然と見えてくるものだ。
たとえばそう――幼少から悪名轟く、彼女の意外な問題児ぶりとか。
「ミクス……。これ、どうする気だよ」
「フッ。任せてください、私だっていつまでも子供ではありませんから」
ミクスは自信満々の態度で前に進み出るが、正直嫌な予感しかしない。
「さあさあ。少ないですが、まずはこれをお納めくださいな」
「なんだ、随分と素直だな。やっぱり流石のお前も旦那の前じゃ……」
「あ、馬鹿! それは――!」
これ見よがしに掲げられたミクスの手に、周囲の目が吸い寄せられる。
目敏く勘付いた者が声を上げるも、手遅れだった。
ミクスが手にしていた丸い物体が弾け、中からブワッと赤い煙が周囲に広がる。
途端に、周りのそこかしこから悲鳴が上がった。
「うぎゃー!? 痛い痛い痛い!」
「目にしみるぅぅ! それに鼻にもおおおお!」
「ククク。また見事に引っかかりましたね。この《激辛煙幕玉》は、強烈な辛味成分を含んだ煙で目と鼻を潰します。しかも煙が空気より軽いため下までは及ばず、地面に伏せればその場で使おうと自分は無傷でいられるんですよ。では、アデュー」
「やると思った! 絶対やると思った! この二週間で俺もすっかり学習したよ、ちくしょーめええええ!」
「ま、学習してたおかげでこうしてあたしらは躱せたんだけどねー」
包囲網を下から這い出て、フレイたちは一斉に遁走する。
しかし相手も、伊達にこの小悪魔の皮を被った悪魔と長い付き合いではない。
間一髪煙から逃れた数名が、それでも涙目と鼻声になりつつなお追いかけてきた。
「待てー! 金返せー!」
「今まで俺らが受けた被害、まとめて弁償しろー!」
「やれやれ、心の狭い人たちですね。昔のことをいつまでもネチネチと」
「現在進行形で悪事続けてるヤツが言えた台詞じゃねえからな、それ! つーかそのとばっちり受けてる俺になにか言うことは!?」
「サーセン」
「超テキトー!」
「あはは! ミクスが婿探しの旅に出ちゃってたから、この感じ久しぶりー!」
「懐かしくなるレベルの日常茶飯事なのかよ!?」
そう言いつつも一連の流れに慣れてきている辺り、これもすっかり日常の一部と感じ始めているフレイの今日この頃であった。
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