幕間:勇者は舞台裏で役に溺れる
勇者ショータは大変にご機嫌斜めだった。
十代前半特有の幼さが残る整った顔を、不愉快を隠そうともせず盛大に歪める。
ベッドに腰かけた自分の前で跪く、血と埃でボロボロに薄汚れた礼服の男。
その頭をグリグリ踏みつけながら、重ねて問うた。
「『逃げられた』って? お前ら、いい歳した大人のくせして、ドブネズミ一匹捕まえることもできないわけ? マジ使えねーな。お前、女神に仕える神官なんだろ? だったら女神が遣わした勇者である俺の要望に応えるのは当然の義務だよね? それができない役立たずのゴミに生きてる価値あるの?」
「も、申し訳ありま、せ――」
音もなく、男の身体が真ん中から二つに割れた。
遅れて血と中身が零れ落ち、磨かれた大理石の床を真っ赤に染める。
漂う刺激臭に、ショータは鼻を指で押さえた。
「うっわきたねっ。ゴミヤローは死んだ後の匂いも最悪だな!」
いつ手にしたのか、ショータは一振りの剣を握っていた。
神殿の彫刻を思わせる装飾が施された柄。そこから伸びる刀身は鋼でなく、光の粒子が高密度で集束・循環して剣を形成したものだ。
剣先から光を放出――つまりは光線で、死体を念入りに塵も残さず燃やして消し飛ばす。
臓物やら脳漿やらを眺めても、見苦しいモノへの不快感を除いて、別段ショータに思うところはなかった。こういうのは元いた世界にあった、十八禁指定のテレビゲームで見慣れている。むしろ爽快なくらいだ。
なにせ元いた世界で夢想した通りに、ムカつくヤツをぶち殺せるのだから。
とはいえ、要求が叶えられなかったことへの苛立ちは払拭されないまま。
(あー、くそが。やっぱ現実は漫画みたいにいかねーよなー)
ショータはベッドに身体を横たえる。
常に最適の温度・湿度を保つ空調機器。
冷蔵庫にはキンキンに冷えたジュース。
キングサイズのベッド正面は壁一面の大型映像装置。
王国でも最新鋭の魔導具が完備された部屋は、まあまあ快適だ。
しかし設備が充実している一方で、人材は最悪と言っていい。
使えない神官。使えない召使い。使えない王様。
どいつもこいつも、おつかい一つこなせないような役立たずばかりだ。
(ま、秘めたる才能に目覚めた僕に比べりゃ、僕以外は全員無能のゴミだし? 僕の超一流基準の要求についてこれないのも、仕方のない話かもだけどなっ)
光の剣と右腕を包む白銀の手甲――女神より与えられた《神器》を眺めながら、ショータはニヤニヤと笑う。
全く、かつての世界は酷かった。
スポーツ、ダンス、ゲーム……自分はなにをやっても優秀な成績を出してのけたが、決して一番にはなれなかった。優秀な自分を差し置いて、情熱だ友情だなどと戯言をほざくゴミどもが分不相応に称賛を浴びる。なんて理不尽な、設計ミスのポンコツ世界だったことか。
周囲は『努力が足りない』などと知った風な口を叩いたが、努力なんて汗臭くて惨めな真似は、才能のないクズが叶いもしない夢に縋りついてみっともなくやることだ。
自分が結果を出せなかったのは、手をつけたモノが自分の才能に合わない、それだけ自分に相応しくない低レベルのお遊びだったからに過ぎない。
そうして自分の才能を発揮できる場を探し求め、ついにショータは見つけた。
(女神に誘われ、人類を救うべく剣と魔法の異世界に降り立った勇者……これこそ僕に相応しい舞台にして役目だ。そうさ、なにもかも生まれた世界がクソだったのがいけなかったんだ。ここが僕の本来いるべき世界。僕が主人公の世界!)
勇者の自分に誰もが傅き、媚びへつらい、言いなりになる。
逆らう者、口答えする者などいないし、存在してはならない。
最初は王道マンガの雑魚敵がごとく、身の程を弁えない馬鹿もいたが、片っ端から退治してやった。ああいうヤツを十人や百人殺したって、咎められることはない。
当然である。自分は世界を救う勇者、物語の主人公であり、主役に逆らう端役のゴミは死んで罰せられるべきなのだ。
だからこそ、脇役の分際で自分を殴ったあの男は万死に値する。
(あのクソモブ顔野郎……美少女だけのハーレムパーティにしたかったところを、寛大な慈悲で荷物持ちに抜擢してやった恩も忘れやがって! 僕はちょっとキャバクラ的な酒場でナンパしただけじゃねーかよ! 僕がモテモテなのを僻んで暴力なんか振りかざしてきやがって、童貞野郎が!)
痣一つできなかったが、この世界で初めて痛みを味わわされた頬を押さえて、ショータは憎々しげに天井を睨みつける。
(ナンパした小娘も小娘だ! みすぼらしい水商売女に、この僕が相手をしてやろうっていうんだぞ! 歓喜に泣きじゃくって感謝するのが当然なのに! なんだ、あの反抗的な態度は!? これだから教育のなってない下民女は!)
荷物持ち男に殴られたいざこざの間に、結局逃げられた少女を思い出して、ますます憤懣やるかたない。
(ま、ゴミ神官どもの話によれば、あの野郎は魔族と通じていたらしいからな。丁度いい。勇者の使命としてバケモノ退治のついでに、あいつにも僕に刃向かった報いを与えてやる。――おっと、その前に)
コンコン、とドアをノックする音。
「失礼します」
入ってきたのはいずれも見目麗しく、それでいて特徴の多種多様な女性たち。
全員、露出が多い上に生地の透けた扇情的な夜着を纏っている。
「我らが勇者様。どうぞ今宵も、私たちで存分にお楽しみくださいませ……っ」
代表らしき黒髪ロング巨乳の女性が、しずしずと床に両手をついてお辞儀する。
その声は強張り、身体は猛獣の檻に放り投げられたかのごとく震えていた。他の女たちも多かれ少なかれ同じような反応を示すが、ショータは気にも留めない。
(やっぱハーレムは男の夢、主人公の特権だし? 無能なクズどもに代わって世界を救ってやるんだから、これくらいの役得は当然だよな~♪)
女の味に溺れ切ったショータは、滴る涎を拭おうともせず舌なめずりした。
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