第04話:家族へのご挨拶は誰だって緊張する

「いやあ、まさかミクスが本当に婿を連れて戻ってくるとはな」

「あのやんちゃだった、というか今も色々とやんちゃなミーちゃんも嫁入りか……くぅっ」

「賭けはカヤ婆の一人勝ちになってもうたが、これでワシらも一安心じゃわい!」

「「「ハッハッハッハッハ!」」」

「は、はあ……」

「全く。他人の婿探しで賭けをしますか、普通」


 厳つい男三人の豪快な笑い声に、フレイは縮こまり、ミクスは呆れたように首を振った。

 森に入って再び《影の水路》を通り、半日かけてたどり着いたのは山の麓に位置する村。

 他と統一する形で村と呼ばれてはいるが、その規模は小都市に匹敵するほどで、家もしっかりした木造建築かつ個室付きが標準。

 質素ながら文明的に発展した技術がそこかしこに見受けられ、フレイの目には前世の幼少期を過ごした田舎風景が重なった。


 ここは《ダークの民》の一部族、キマイラ族が暮らす集落だ。フレイは現在、族長の家でミクスの花婿として紹介されているところである。

 両親は数年前に亡くなったそうで、村の代表格にしてミクスが特に世話になったという三人に引き合わされていた。


「お前にも一生を添い遂げる相手との巡り合いが訪れて、なによりだな」

「当然でしょう。私の頭脳と機転を持ってすれば、運命の出会いの一つや二つ」


 穏やかな物腰の中にも、一族をまとめる者の貫禄が滲み出る族長。


「本当になによりだよ……これでこの子も少しは落ち着いてくれるといいんだけど」

「人を暴れん坊みたいに言わないでください。私は元々クールなレディですから」


 幸薄さと影の薄さでいかにも苦労人っぽい、村と村の治安を守る守備隊の隊長。


「いやいや、むしろこれからが張り切りどきじゃろうよ! 特に夜とか、カカカ!」

「最低です。もう一度言いますよ、最低です」


 知識や経験と一緒に、スケベ心まで年季の入った皺に刻み込まれたらしい相談役。


 三者三様の態度を取りつつも、ミクスをそれこそ娘のように大事に思っているのが、会って一時間も経たないフレイでもよくわかった。

 わかるだけに、さっきから胃が痛い。

 恋人の父親に挨拶する心境とは、まさにこういうものなのだろうか?

 こちらの温暖な気候に合わせた薄手の服を用意して貰ったのだが、緊張で汗が止まらない。口の中もカラカラに乾いて、舌が喉に張り付きそうだ。というか、つい昨日まで浮いた話もなかった自分が、どうしてこんな状況に立たされているのか。

 横目で隣に視線をやれば、ミクスから小悪魔の微笑みを添えた流し目が返ってくる。

 あっさりと撃ち抜かれて高鳴る胸を懸命に沈めながら、フレイは堪らず天井を仰いだ。


(この美少女が俺のお嫁さん? オヨメサン? OYOMESAN? なにがどうしてそうなったの? どこにフラグがあってルート確定したの? タナボタってレベルじゃないんだけど!?)


 川をイカダで下ったら滝壺に落ちた並の急展開に全くついていけない。

 頭が疑問符で埋め尽くされたフレイを余所に、族長たちは和やかに話を進めていく。


「しかし、さっきから婿殿が随分と静かだな?」

「北の王国出身だそうだからのう。ワシらに取って食われるのではと思ってるんじゃ?」

「特に爺さんなんか、《アバレヒヒ》みたいな顔してるからねえ」

「ハハハ! それは怖がるのも無理はない!」

「なんじゃとー!」

「あ、いえ。ミクスさ……ミクスから一応、聞いてはいたんですけど。思った以上にその、普通の人たちだなー、と」


 さん付けしようとしたら横から鋭利な視線が突き刺さり、慌てて訂正する。

 王国では邪悪の化身だ、異形の怪人だと噂される魔族こと《ダークの民》。

 しかしてその実態は王国民となんら変わらぬ同じ人間。複数の部族から構成され、《ネビュラの森》に棲む強靭な生物《モンスター》の狩りを生業とする狩猟民族だ。

 狩人らしくモンスターの素材を用いた衣装は、やはりと言うべきか布面積が少ない。男だと上半身はほぼ裸だ。代わりに腕輪や首飾りなどの装飾品を多く身につけている。惜しみなく晒された肉体は屈強かつ無駄がなく、日に焼けた褐色の肌は健全な生気に満ち満ちていた。

 王国の人間とは大きく異なる風貌だが、逆に言ってしまえばそれだけの話。角や牙が生えているわけでもなければ、顔や下半身が獣のソレだったりもしない。

 しかし、彼らが王国から魔族と呼ばれているのには相応の理由があった。


「ふむ? 普通ではお気に召さなかったかな?」

「なんじゃ、怪物のような姿でも想像しておったのかのう?」

「例えば、こんな姿とか――」


 悪巧みでもするようにニンマリ笑い、族長たちは羽織っていた毛皮のマントに手をかける。

 フードを被ると、それぞれオオカミ、シカ、イノシシの頭が三人の顔を上顎まで覆った。

 あたかも、三人が半獣半人となったように見える。

 ――そして次の瞬間、それは「ように」どころの話ではなくなった。


「「「【グワオオオオオオオオッ!】」」」


 猛々しい咆哮と共に、《闇》のオーラが三人を包み込んだ。

 ミクスのときと同じ黒い紋様が全身に広がり、鍛えられた筋肉が一回り膨れ上がる。

 同時に、毛皮のマントが吸いつくように背中と同化を始めた。露出した腕や足にまで見る間に硬い獣毛が生えてきて、指から元は腕輪だった獣の爪が伸びる。頭もフードと融合し、合わせて骨格が変形するメキメキビキビキと軋むような音を立てて、顔は獣そのものに。

 そうして三人の姿は、真に完全な半人半獣へと変貌を遂げた。


「ゴアアアア!」

「ブルルルル!」

「ピピィィ!」


 イスを蹴飛ばしてテーブルの上に飛び乗り、鼻息荒く威嚇してくる三人。

 フレイの本能が原始的な恐怖を訴える。

 鼻を突く獣臭。燃えるような眼光。毛皮越しにも伝わる筋肉と血流の脈動。

 単なる被り物や着ぐるみ、かつていた世界のどれほど精密な「シージー」も及ばない、圧倒的なリアルの存在感。

 本物だけが許された迫力を前に、


「ほあー……」

「三人とも、テーブルが汚れるのでさっさと下りてください」


 フレイは感嘆の声を漏らし、隣でミクスが白けたようにため息をついた。


「……なんじゃい、リアクションうっすいのう。ワシらが恥ずかしい人みたいではないか」

「ううむ。王国軍の生き残りにやったときは大受けだったんだがな。恐怖的な意味で」

「やっぱりシカは駄目か。草食じゃ駄目なのかっ」


 スゴスゴと席に戻って、拗ねたり唸ったり落ち込んだりする三人。

 獣の顔なのに不思議と表情豊かで、人間臭い愛嬌が感じられた。

 先程までホラーの住人だったのが、今はなんだか子供向けの絵本に出てきそうなキャラクターになっている。尤もこの世界……少なくとも人間領に、動物が二足歩行で主役をやる絵本は一冊も存在しないが。

 なんとも気まずい空気に、フレイは慌ててフォローを入れる。


「えっと、すいません。皆さんの魔ほ……魔術については、ミクスからあらかじめ聞いてたもので。身につけたモンスターの毛皮や牙を媒介に、そのモンスターが持つ能力を引き出し発揮できる魔術……なんですよね?」


 これは地球で言うところの、俗に「類感魔術」と呼ばれる呪いの一種だ。

 毛皮を纏ったり化粧を施したりして獣の姿を真似ることで、獣の力にあやかるという儀式。

『類似したモノ同士は互いに影響を及ぼし合う』という法則で成り立ち、人形を呪う相手に見立てる「呪いの藁人形」もわかりやすい例の一つか。地球でも古来より様々な地域・文化で用いられた、由緒正しい正統派の魔術である。


 そして《ダークの民》は魔術によって、本当に「あやかる」ことが可能なのだ。

 身に纏った毛皮や爪牙と肉体を融合させ、その獣の力を引き出す。それがダークの民が操る闇の魔術。ミクスも異形化させた右腕に、鱗付きの皮と牙で作った腕輪を巻いていた。

 半人半獣に変異したその姿は、なるほど魔族と呼ぶに相応しい異形だろう。

 しかしそれは、少なくともフレイにとって決して忌避すべきものではなかった。


「恐ろしくはありますけど、それって強い動物に対しては当たり前の感情で、俺にとっては懐かしくもあるんです。動物たちと向き合う機会がなくなって、結構な時間が経ったから」

「彼、実家が狩人をやっていたそうなんです。それで自分も狩りの手ほどきを受けていたとか」


 ミクスの補足に、フレイも頷いて肯定を返す。

 ――正しくはが狩人だったのだが。

 チリッと胸の奥底を焦がす痛み。連鎖的に湧き出すドス黒い感情を噛み殺す。

 族長たちがなにか思わせぶりに目配せするが、すぐ何事もなかったように、獣の顔で器用に朗らかな笑みを浮かべた。


「へえ、それはいい。尚のこと、うちの婿にピッタリだね」

「恐れども怯まず。恐怖を知らなければ危険を避けられないが、怯えるあまり足が竦めば狩られるがままとなる。狩人の、そして戦士の気構えをよく心得ているようだ」

「今から孫の顔が楽しみじゃのう! どうもここ数年はなかなか子宝に恵まれんという話を聞くし、ミクスとたっぷり励んで強い子を産んでもらわねばな! カカカ!」


 なにが琴線に触れたのか、三人から絶賛される。

 こうも手放しに褒められたのは、それこそ前世の祖父と過ごした幼少期以来だ。

 ミクスとの結婚についても心から祝福してくれているのが、三人の軽い口調とは裏腹の慈愛に満ちた眼差しから伝わってくる。

 むず痒くてどんな顔をすればわからない中、ふとフレイは今更ながら、この歓迎ムードに疑問を覚えた。

 恐る恐る手を上げて、狼頭の族長に尋ねる。


「あの、そもそもいいんですか? 俺みたいな余所者を婿として迎え入れるなんて。ましてや、俺は王国の人間なのに」

「ん? ……ああ、なるほど。そういう閉鎖的な部族も、確かに森にはいるがな」

「ワシら《キマイラ族》は、ダークの民の中でも特に外との交流が深い部族じゃからのう。どこの生まれかなどで、いちいち騒ぎ立てる狭量な者はここにおらぬよ」


 村の相談役といった風格を漂わす、猪頭の相談役が語るにはこうだ。

 ここ《ネビュラの森》は王国とほぼ同じ面積の広大な敷地を誇り、それぞれの部族が森を切り開いて、海に浮かぶ群島のように村を形成してる。

 基本的に部族は、それぞれ同じ種のモンスターの力を宿す者の集まりだ。例えばオオカミ系のライカン族、イノシシ系のオーク族、シカ系のケルウス族といった具合に。これはダークの民それぞれで、「強さの象徴」として一番に信奉する種族の違いから生じたものらしい。

 部族間のライバル意識や縄張り争いがあり、フレイが持っていたイメージ通りに閉鎖的な環境の村もあるのだとか。

 そんな中で例外的に、様々な姿と力の持ち主が混在するのが、ここ《キマイラ族》と呼ばれる部族だ。元は他の部族から弾かれたワケアリやはぐれ者の集まりだが、今では各部族を統率する半人半竜の《ドラグ族》にも劣らぬ重要な立ち位置にいるらしい。

 その背景には白い山脈を越えた先、島の更に南にある《帝国》との交流があった。……島の南部は邪悪な魔族が住む魔境と信じている王国にとって、帝国の存在は驚愕の事実だろう。


 険しい山が間にあるため、帝国とダークの民に大きな争いはなく、細い抜け道を取ってきた行商との交易が以前から行われていた。しかし閉鎖的が故の無知に付け込まれ、不平等な取引を強いられることも少なくなかった。

 そこでキマイラ族は帝国に若手を送って見聞を広めさせ、帝国から多くの知識や技術を取り入れることで力をつけた。帝国もダークの民が狩るモンスターの素材や《ネビュラの森》独自の食材・薬草などを目当てに、積極的に自国の知識と技術を輸出した。

 やがてキマイラ族は近代化の先駆けとして、他の部族からも重要視される存在に。

 ドラグ族が中心地の王都だとすれば、キマイラ族は帝国との流通を繋ぐ交易都市の位置付けとなったのだ。

 そういった歴史を経て、ダークの民は狩猟民族の慣習と誇りをそのままに、文明的な発展を遂げている。外の人間を花婿や花嫁という形で一族に迎え入れるのも、常に新しい風を村に吹き込む一環なのだそうだ。


「まあ、そういうわけで、ワシらとしてはなんの問題もないんじゃがな」

「そういえば一人いるねえ。誰よりも騒ぎそうなヤツが」

「そもそも、ミクスが婿探しの旅に出たのはあいつが原因だったか」


 族長たちが頭痛を堪えるように、眉間にしわの寄った顔を見合わせる。

 ミクスまで苦々しい顔をするので、なんの話だろうかとフレイは首を傾げた。


「ちょっ……今は族長たち……!」

「黙れこの……ごときが邪魔……!」


 そこへ噂をすればなんとやら、か。

 ドアの外からドタドタと荒い足音が近づいてきたのも束の間、特大の轟音と共にドアが吹き飛んだ。蝶番が外れ、稽古で言う試し割りのごとく二つに割れたドアの残骸が床に転がる。

 そして、それを踏み砕きながら押し入ってきた大きな影。


「ミクスゥゥ! どういうつもりだ、てめええええ!」

「バルゴス……貴方はドアがノックするものか壊すものかも区別できないんですか?」

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