第6話 歌姫の闘い

 女性は、茶髪の髪が肩にかかるくらいのセミショート、体の起伏は薄く、身長も女性にしてはそこそこだが、その声だけは透き通った美しい声で気を抜くと聞き惚れてしまいそうなほどだった。だが、今は緊迫した状況だ。そんなわけにもいかない。


「私達が警備員ですが、あなた何者ですか? 例の賊ですか? 状況を説明してください」


「それは良かったのですよ。この男を引き取って欲しかったのですよ」


 まだまだ状況が呑み込めない。


「それはいいですがあなたは?」


「ええ? 私を知らないのですか? 今日のライブステージのメインである、サーシャ・アーネローゼなのですよ」


「ええ! あなたがサーシャさん!?」


 驚くのはセシリアだ。彼女はサーシャという人物について知っているようだ。


「聞いたことがあるの、田舎村の出身でありながらその歌声は大陸一と言われる歌姫が存在すると、その歌姫の名前がサーシャ・アーネローゼ」


「大陸一の歌姫なんてお恥ずかしいのです。ですが私がそのサーシャなのですよ」


「それで、今の状況は何なのですか?」

bbb

「それが私がこのステージで歌声を披露していたら、途中でこの倒れている男が乱入してしまいまして、何事かと思ったら私に刃物を突き付けてきましたのであまりに無礼なこの男をぼこぼこにしてしまいました」


「お、おう……」


 自然な感じに話しているが内容は恐ろしい。つまり、賊が突如襲ってきたのを返り討ちにしたということだ。先ほど、セシリアが賊に苦労させられたばかりなのでとてもじゃないが信じられないことであった。

 だが、事実として男は気絶して倒れているし、サーシャの方はこれと言って目立った外傷はない。ぼこぼこにしたというのは本当のことだろう。一応念のため観客のほうにも確認をとってみたが、どうやら事実らしい。


「大陸一の歌姫はかなりの武闘派だったのか……」


 この世界には武闘派しか存在しないのだろうか?



※     ※     ※     ※     ※     ※     ※     ※



 話は三十分前に遡る。


 サーシャが歌を披露している最中のことだった。突如、男が一人ステージ上に乱入してきたのだ。もちろん、サーシャは混乱した。だが、このせっかくのライブをぶち壊すわけにもいかない。アドリブでその男にハモリを誘ってみた。


「――――――」


 だが、男は無反応。どうしたものだろうか? そう思っていた矢先、突如服の下から短刀を取り出し、サーシャの首に押し当ててきた。そのまま男は背後に回り、短刀はサーシャの首に固定したまま、あっさりと人質という形になってしまった。


 歌は中断され、会場内は騒然とし、次に絶叫が響き、混乱が起こる。


「全員動くな! 誰一人としてこの場から立ち去るんじゃねえ! さもなければこの女を殺す」


「くっ……」


 より一層、首元に押し付けられる短刀が今にも赤い筋をつけそうであった。


 会場内はピタリと騒ぎが収まり、その場にいた誰もが動けず、硬直していた。


「ようし、そうだ。そのままじっとしていろ。そうすりゃ、今のところは手荒な真似はしねえ」


「もう既にこの状況が手荒じゃないですか?」


「あ? 言葉には気を付けねえと、大事な喉が傷物になっちまうぞ?」


 男はサーシャに顔を近づけ、そう警告した。声色や表情から言っておそらくこの男は脅しではなく本当にやるだろう。そう、サーシャは感じ取った。よく見ると、この男、なかなかに身長がでかいサーシャよりも頭二つ分くらいの身長差だ。とりわけ、サーシャの身長が低いというわけでもないが、この男は特にでかい。おそらく、腕っぷしじゃ到底敵わないだろう。


 しかし、だからこそこの男をここで見過ごすわけにもいかない。そうサーシャに決意させた。


「傷物にされてしまうのは困ってしまうのですよ。この歌声はもう私一人のものではないのですよ」


「だったら、このまま大人しくしておけガキ」


 尚も言葉で威圧する。だが、サーシャには何も臆する必要はない。もう決意したのだ。


「申し訳ないけど、そういうわけにもいかないのですよ。あなたを見過ごすことはできないのですよ」


「なら、死んでみ――――」


 男が言い終わる前に突如として、男が床に倒れこんでしまった。


「私はあなたを許すつもりはないのですよ。私のライブをぶち壊した罪を償わせてやるのですよ」


「てめえ……何をしやがった……?」


 男はゆっくりと立ち上がり、サーシャを睨む。サーシャは数歩後ろへ下がり、それに返答する。


「何も難しいことはしていないのですよ。自衛の手段くらいは持っているのですよ」


「ふん、まあいい。てめえが少しはできるのは今ので分かった。錬金術……には見えねえなあ。魔導師か、それも習得者の少ない煌系統の魔法の使い手とみるが」


 男がそう分析すると、サーシャは両手を合わせて笑顔になる。


「随分とお詳しいのですね。あなたも魔導師なのですか?」


「うちの一団は魔導師やら錬金術師やらが多くてね。その手の話には明るいんだよ」


「知識があるというのは素晴らしいのですよ。ですから――」


 一呼吸置く。


「容赦はしないのですよ!」


 サーシャが言うや突如、歌声を響かせた。すると、男はその場から数メートル後ろを押し込まれた。見れば男は体の前で腕を交差しいかにも防御をしているかのような仕草だ。いや、実際に防御しているのだ。


「中々やりますのですね」


「てめえ、なるほど。煌系統の魔法の発展系の風系統の亜種、その声を響かせることで攻撃をする音波魔法だな?」


「あらら? いきなりバレてしまったのですか? ならばどんどん行くのですよ」


 すうっと息を吸う。そして、歌声を響かせる。


「――――――――」


 響くサーシャの歌声。相対している男はそれに合わせて、回避の行動を取る。目に見えないが時折、ステージ後方のカーテンが不自然に揺れるため確かに攻撃を行っているのがわかる。だが、それとは別にサーシャに違和感を感じさせていた。


「――――――――」


「確かに、厄介な攻撃ではあるが対策できないわけじゃない」


 男はサーシャの音波による攻撃を一つ一つ避け、サーシャの眼前まで迫ってきた。サーシャは慌てて後ろへ回避行動を取る。


「どうして当たらないのですか?」


「てめえの攻撃は見えている」


 殴られる。そう思い思わず目を閉じてしまった。だが、いつまでも殴られる衝撃が来なかった。サーシャは恐る恐る目を開けるとそこには先ほどと同じように立っている男が居た。サーシャは先ほどとは別の奇妙な違和感を得た。サーシャが目を閉じ開けるまでのこの間は数瞬ではあったものの攻撃を行えない時間でもない。何故、男は攻撃してこなかったのだろうか? 今更この状況において女は殴れないとか軟やわなことは言わないはずだ。

 理由があるはずだ。サーシャは分からないときはまっすぐ本人に問い詰めればいいと自負している。だからすぐさまに問いかけるため声を発しようとした。


「ぁ……」


 だが、ほとんど言葉にならず声は生まれなかった。そこでサーシャはハッとした。この男は攻撃をしていなかったのではなかった。ちゃんと攻撃を行っていたのだ。何かしらの方法でサーシャの声を封じてきていたのだ。サーシャは驚いたように男の方を向く。その表情を見て、男は察したように語りだす。


「何故? って顔してるな。いいぜ、教えてやる。俺はお前の声を封じさせてもらった。これでも、俺は絶系統の魔法を使う魔導師でな? 知っての通り、絶系統は煌系統と同じく空間そのものを左右する魔法だ。だが煌系統の魔法がアッパー系の魔法だとすれば、絶系統の魔法ってのはダウナー系の魔法相手に対していろいろ干渉する魔法が主だ。今、てめえの声を封じているのも絶系統の魔法の一種でな」


「まあ、初歩的な呪いの一種だ。対象一人の喉元を封じ声を封じる呪い。絶系統の魔法としてはかなり低級の魔法だがてめえみたいな奴には十分有効だ」


 サーシャは黙って聞いている。元々黙っている他ないのだが。


「これで、てめえに攻撃手段はなくなった。じっくりと行かせてもらうぞ」


 迫る男、近付かれると同時に距離をとるサーシャ。


「ぁ…………!!」


 やはり声は出せない。そして、男に距離を詰められ、顔を拳で殴られ吹っ飛び、床に這いつくばってしまう。痛みがサーシャを襲うがそれでも声が出せず、無言で苦しむ。


「痛いか? 痛いよなあ? でも声が出せないんじゃ痛みを発散もできないよなあ?」


 なおも倒れこんだサーシャを執拗に蹴り続ける。その度に床を無惨に転がるサーシャ。


「どうする? 命乞いでもしてみるか? なあ? やってみろよ、ククク……」


 男は愉悦の声を漏らし、薄汚く下品に笑い声を漏らす。


「ぁ…………」


「なんだよ? 聞こえねえよ。あっ、そうか。声出せないんだったなあ。それじゃあ命乞いは難しいよなあ? どうすっかなあ? そうだ、服脱いで全裸で土下座でもしてみるかあ? そうだ、やってみろよ。俺に逆らったことを後悔するんだな」


「ぁ…………」


 男は面白可笑しくいつまでも笑っている。相手の攻撃を封じて勝利を確信し、ほくそ笑んでいる。



 だが思い込み、それが一番怖いのだ。勝ちが確定したわけでもなく、あくまでも濃厚、そのような段階で確信してしまうのは油断の以外の何物でもない。そして、それが敗北を招くのだ。


「あ…………っ…………!」


「ああ? どうしたあ? 早く全裸土下座してみろよ――――てめえ、そんなもん拾ってどうする。てめえにはもう声は出せねえんだぞ」


 サーシャは意識が朦朧とする中、傍に落ちていたマイクを拾い上げる、それを片手で握り、もう片方の手を観客の方へ向ける。そして、マイクを天井へと思い切り放り投げた。ステージ上の天井はそこまで高くはなく、サーシャの腕力でも十分にぶつけることができる。

 さらに同時に観客へ向けた手を翻し、コールを誘うように大きな弧を描くようにして引き寄せたその瞬間、観客から怒号のような強烈な歓声が響き渡った。そして、頭上ではマイクが天井に当たりカツンと小さくも高い音を響かせた。


「ッ……!! うるせえな……なにをし……ウボォア……」


 突然の観客からの大声の歓声による叫びに一瞬戸惑うが、戸惑いが冷め切る前にさらに男にとって予想外の事態が発生する。


 突如、ヒュウッ!っと音がして直後に男が床に叩き付けられ、その後は横に大きく吹き飛ばされ、地面に這いつくばるような形でぐったりと倒れこむ。その後、すぐに意識をかろうじて取り戻しゆっくりとサーシャの顔を見上げ睨み付ける。


「声は出せてないはず……何故……ありえな……」


 言い切る直前で意識が切れる。またしても、特大の声による音波攻撃が入った。少しばかり過剰攻撃のようにも見えるが状況が状況なだけに仕方がないだろう。


「…………ぁ、あーー。ふう、声が戻りましたよ」


「あなたの敗因は私の能力を見誤ったことですよ。私たちの声が一つだけだと思い込んだことですよ」


 今はもう意識のないその男に話しかけるが当然、返答はない。


「久しぶりの運動で少し疲れたのですよ」




 それから十分後に飛鳥達がここに辿り着くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神龍王国と螺旋の時 @akatsukiyayoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ