第2話 宿屋での一幕

 その後、セシリア一行はセシリアの宿まで三十分ちょっと掛けて戻っていた。宿にたどり着いた時、まず外側から見た感想は飛鳥、弥生、和弥の三人ともに「でかい……」の一言だった。


 宿屋というだけあって当然といえば当然だがホテルほど大きくはないが、飛鳥達がイメージする宿屋の印象よりかははるかに大きいことが伺えた。おそらく三階建てのそれぞれ各階の天井に位置するところから飛び出している立派な瓦屋根状に積まれた石垣屋根。そして、横にはぐっと広く他の商店より明らかに5倍以上は広かった。中に入ると、開放感溢れるロビーが広がり、目の前一番奥に受付、受付の両隣の奥には螺旋状の階段が伸びていて、入り口の脇のほうにはソファーやロッカー、小さな売店などが展開されていた。


 中ではセシリアが宿屋に入ると、中で作業していた従業員が一斉にセシリアに向けて頭を下げた。それをセシリアは手で制止させる。そして、セシリアは事の顛末を受付嬢に報告していた。報告が終わると受付嬢もホッとしたような安堵の顔を浮かべていた。やはり、警護隊に引き渡した男達のことが気になっていたのだろう。そして、安堵の顔を浮かべた受付嬢は急に顔を変え、今度は怒りの顔へと変化していた。


「セシリア様? 今回は親切な方の助力もありまして事なきを得ましたが、毎度言っていますが、無茶はあまりなさらないでください。こちらが心配でストレスで倒れてしまいます」


「無茶っていうけどね? あいつら、悪者だよ? しかも、無賃宿泊者。見逃しておいたらこの宿のメンツに関わる。それにこの宿の裏の名、知らないわけじゃないでしょ?」


 負けじとセシリアも大きな胸を張り、反論する。怒りの表情を見せていた受付嬢もいくらからは表情が緩和していた。


「分かっています。それでも、私たちの静止も聞かず無鉄砲に飛び出して言っては困ります。――――私達が秘密裏に処理することも可能でしたのに」


「あなた達のそういうところが私がつっ走らざるを得ない理由になってるんだけどね!?」


 何か聞いちゃいけないような言葉が聞こえた気がしたが飛鳥達は本能的に聞かなかったことにした。この宿本当に大丈夫だろうか? しかし、そんな心配を他所にセシリアは振り返って入り口付近で待機していた飛鳥達に近寄ってきた。


「ごめんね。待たせたでしょ?」


「いやいや、大丈夫だよ。問題ないよ」


「それはよかった。それじゃ、こっち来て、しばらくしたらお父さんが帰ってくるころだし、お礼はその時するね。うちのお父さん、この宿屋の経営者なんだ」


 そう言って三人を受け付けのところまで手招きする。受付まで来ると、先ほどの怒りの表情や黒い発言をしていた受付嬢がこちらに営業スマイルを見せた。


「この度はこの宿にあだなす愚か者……宿代泥棒のチンピラを捕らえてくださいまして誠にありがとうございます。その節では旦那様から感謝の言葉とお礼がご用意されると思いますので空き部屋をお貸しいたします。そちらでしばしお待ちくださいませ」


「い、いえいえこちらは襲い掛かられたのをぶっ飛ばしただけですので……」


「だからそれぶっ飛ばしたの私だけどね」


 時々、言葉の節々におっかない言葉を滲ませる受付嬢に軽く引きながらも一応の社交辞令的な返答をした。先ほどのこの宿の裏の名がどうという話と合わせてこの受付嬢とはなるべく関わるのはやめたほうがいいと直感的にその場の飛鳥達三人は判断した。


 三人が内心でそんな思案をしていると、セシリアから声を掛けられる。


「じゃあ、部屋に案内するね。今空き部屋少ないから、あなたたちは二○四号室に三人一部屋で使ってもらうね。じゃあ、こっち来て」


 そう言うとセシリア受付から向かって右側の螺旋階段に歩き出し、手招きをした。飛鳥達も黙ってそれについていく。二〇四号室いうことは二階の部屋だろう。三人はそう判断し、階段を昇って二階通路を歩きだしていた。一人を除いては。


「おい、弥生どこ行くんだよ? セシリアはこっちに案内してるぞ? ボケっとするな」


 そう、弥生だけもう一つ上の階に行こうとしていた。それを呆れた様子で注意する飛鳥、これには和弥も「珍しいね弥生がそんなミスするなんて」と苦笑いをしていた。だが、一人だけ大きく目を見開いて口をパクパクさせていた。


「そんな……あなた達、この宿に泊まったことがあるの? 態度からして初めてのお客さんだと思ってたけど……? なんで二〇四号室が三階にあるって分かったの?」


 そう口にしたのはセシリアだ。それもそのはず、一般的に部屋番号というのは階とその階の何番目の部屋かで部屋番号が割り振られている。二〇四号室なら二階の四番目の部屋と考えるのはごく自然であるのだ。結果的に見れば、二〇四号室は三階にあったのだが、むしろ問題なのは言われもしないで三階にあることを見抜いた弥生の方である。弥生本人もかなり当惑した様子だ。無意識のうちに昇っていたようだ。


「あれ? なんで三階に行こうとしたんだろう……? 自分でもよく分からないわ。少しぼんやりとしすぎてたみたい。和弥みたいだわ」


「待ってくれよ弥生。それじゃまるで俺がいつもぼんやりしてるみたいじゃないか」


「和弥は正真正銘、普段からぼんやりとしているだろうに。このお気楽主義者め」


 和弥の抗議に飛鳥が否定した。それでも、和弥は何か言いたげであったが飛鳥は無視した。そんな三人のやり取りの間少し呆然としていたセシリアが気を取り直して弥生側の階段に歩き直した。


「ま、まあ見破られたのなら仕方ないかな。本当は向こう側の階段から昇って実は三階なんです!びっくりー!ってやりたかったのに残念。仕方ないから普通に案内しますよ」


 そう言って四人揃って三階に昇った。途中、セシリアが弥生を抜き先頭に立ち誘導した。部屋に到着すると、また驚き。部屋は三階の六番目。つまり、順番もむちゃくちゃなのだ。この宿屋を造った人は何を考えているのだろうか。


「では、この部屋でしばらくくつろいでおいてください」


 部屋のドアを開け、中へ誘導するように手を折り曲げるように指先を部屋の中へと向けた。


 飛鳥達三人は部屋の中に入ると部屋を閉じて外に出ようとしたセシリアに声を掛ける。


「セシリアも一緒に入れよ。少しこの世界というかこの街について聞きたいことがある。ちょっとくらいいいっしょ?」


 飛鳥がそう提案した。だが、隣に立っていた弥生はジト目で横の飛鳥を見た。


「なに? 飛鳥はああいうのが好みなの? 胸が大きいから?」


 そう言うと、飛鳥はわずかに顔を赤くしたがすぐに元の表情に戻る。一つ、口にこぶしを当てわざとらしく咳をして、弥生の言葉を訂正する。


「違うわ。俺の好みとは違う! 俺はこう……」


「はいはい」


「全部聞こえてるけどね? まあいいわ。あなた達どこから来たのか知らないけど本当に何も知らなさそうね。何から聞きたい?」


 セシリアのツッコミで会話に落ちがつく。そして、セシリアの同伴もとい同行も決まった。


 それから、部屋に入り、それぞれベッドや床の座布団、各々好き勝手に腰を下ろした。そして、この世界のことをセシリアが一つ一つ語ってくれた。


 この国は中央の巨大な城を中心に円形に広がっておりその周りを海が囲う。さらに外をまた円形の大地が覆っているという。


「この国の名前は神龍王国。千年前、神龍と千年前の城の王様の盟約により、この国は龍に守られ安泰を約束されている。そう言われているわ」


「その割には細かいところでチンピラがうろちょろしているようだが」


「細かいところまでは手が回らないのよ。多分」


 飛鳥のツッコミにテキトウに誤魔化しを入れ、話を先に進める。


「えっと、それでね? その盟約により、国の安泰を約束する代わりにこの国では神龍を崇め讃えなければいけない。この国が神龍の名を関するのもそのため」


「次に通貨だけど……」


 この国には4種類の通貨が存在する。一番最小単位の通貨は銅貨、そして順に銀貨、金貨、白貨。桜花から順に10枚ごとに一つ上の通貨単位と同等の価値となる。


「文字については後回し、どうせ読めないんでしょう? 何故か言葉は通じているようだけど」


「悪い。全く読めない」


 そう答えるのは飛鳥だ。少し申し訳なさそうにしているが、セシリアは笑って受け流す。


「あはは、いいのいいの。あなた達の素性については今はとやかく追求しないわ。悪い人達じゃなさそうだしね。でも、珍しい服装よねそれ」


 セシリアは三人を順番に見た。服装自体は当然元の世界のものであるため、ここでは珍しくも見えるのだろう。ちなみに、飛鳥は灰色の袖を捲ったパーカーのにジーンズ、弥生はTシャツにジーンズ、和弥は上下ジャージだ。セシリアはおそらくこの宿屋の従業員用の制服だろうか? 生地は分からないが黒のパンツスーツに白いワイシャツのようなものを着ている。


「だろうねえ。そのうち、安定した金が手に入ったら服も買おうと思うよ。……買う気があったら」


「あんた、それ最初から買う気ないでしょ。大体ジャージ姿なのがもう駄目酷い。こんなのが幼馴染だと思われると私の品性も疑われるからやめてほしいわ」


「な……! ジャージほど機動性、俊敏性、耐久力、全ての理に適った最高の装備はない!」


「最高なのはあんたの頭の中よ」


 そんなやり取りをしていると正面のセシリアが口に手を当て唐突に笑い声を必死に抑えようとしている。その様子に少しばかり哀しげな雰囲気も醸し出している。


「ぷぷっ……。仲いいんですね皆さん。羨ましいです。私はずっとここで働いていたから、友達とかいなかったから少し羨ましいかな」


「何言ってるの? 私達もう知り合ってるわけだしもう友達でしょ? なんて図々しいことも無責任なことも言わないけどこれから友達になることはできるでしょ?」


「ありがとう、嬉しい」


 そう言ってにっこりと笑う弥生。それに笑顔で答えるセシリア。


 その時、不意にドアはノックされた。そして、ドアの向こうから声が届く。


「皆様、旦那様がお帰りになられました」


 話しているうちにセシリアの父親が戻ってきていたようだ。四人は一斉に立ち上がり、部屋を順番に出た。そこで待ち構えていた先ほどの腹黒い受付嬢に案内されるように一階ロビーまで降りて行った。

 そこには、受付のところに大柄の男が一人立っていた。


「あ! お父さん! お帰りー!」


 セシリアが手を大きく挙げ、受付の大柄な男のほうへと近寄って行った。大柄の男も声に反応してセシリアの方へと顔を向けた。


「おう、セシリアか。で? 件の少年達は?」


 大柄の男は辺りを見回しながらセシリアに尋ねた。


「それはあそこ、階段のところにいる人達がそう。皆いい人達だったよ」


「そうかそうか。では、話をするとしようか」


 大柄の男はそばまで来たセシリアの頭を軽く撫で、飛鳥達の方へと向き直した。こうして、大柄の男、宿屋の経営者にしてセシリアの父親との対話が開始された。



※          ※          ※          ※          ※



「さて、君らのしてくれたことは少ないがその功績は大きい。君たちがやっつけたチンピラ達はこの辺りでもどうも有名な奴らみたいで調べたらすぐに情報が見つかったよ。各地で無賃宿泊や泥棒、などの悪行を繰り返していたらしい。私の宿も今回で二回目だ。前回のツケのにしてある分もまとめて払わせてやろうかと思ったら今回もまた同じことを繰り返そうとしたみたいだね。逃げ足だけは速いようだから中々捕まえることは出来なかったようだが君達がたまたま捕らえてくれた。これで救われた宿屋や店や人は多いだろう。代表として礼を言う。ありがとう」


 ロビーの脇、いくつか並べられたソファーに飛鳥、弥生、和弥、セシリアがそれぞれ腰かけ、その向かい側のソファーにセシリアの父親が腰かけている。セシリアの父親は大柄なだけあって座高も高い。こうしてソファーに座って向かい合っても一定の威圧感が存在している。

 その大男が飛鳥達に礼を述べる。そして返事を待たずして更に言葉を続ける。


「そして、ついては君達に感謝の意を込めて何かお礼がしたい。何か望みはあるかな?」


「あの、お礼をしてくださるのはありがたいんですけど、なぜそのチンピラ達は一度無賃宿泊してるのに二回も泊めたんですか? 普通に二回目やってきた時点で警護隊に突き出せばよかったのでは?」


 もっともらしい質問を明日香が投げつける。それに対して、セシリアの父親は顎に手を当て少し考えてから返答をした。


「いやなに、別に二回目で一回目の分の宿代も払えばそれでよし。もし払えないのなら、それ相応の代償を払ってもらうだけのこと。逃げようがこの宿屋から逃れることなど不可能。むしろ、素直に警護隊に突き出された程度で済んだことを感謝するべきなのだ」


 その言葉に飛鳥達三人は露骨に複雑そうな嫌な顔をして、セシリアは苦笑いをしていた。


「さっきの受付の人といい、そこら辺のことをあまり突っ込むと怖いので無視するして、そうですね願いですか……。それじゃあ……」


「なんでも言ってくれたまえ」



「俺たちをここでしばらく働かせてください。生活費が必要なので」



 その言葉にセシリアの父親は一瞬言葉を失い、ポカンとしたがすぐに元の顔に戻った。


「まあ、いいだろう。しばらくは雇ってあげよう。ついでと言っては何だがこの宿屋の一角の部屋も貸し出してあげよう。宿代として給料から少し引かせてもらうが構わないだろう?」


「はい! ありがとうございます!」


 三人が声をそろえてお礼をして頭を下げる。


「では、これからよろしく。私の名はジャック・ホーネストだ」


 そう言って、ジャックは握手を求めてきた。三人は握手をしてそれぞれが名前を名乗った。


 これにより、宿屋でしばらく働くこととなった。これで当初の目的であった、働き口を見つけることは一先ず完了したのだった。

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