神龍王国と螺旋の時
@akatsukiyayoi
第一章 終わりの始まり
第1話 突然の異世界召喚
非常にまずいことになった。
「どうすんだよ、これ。知らない土地で無一文。このままじゃ数日でのたれ死ぬぞ」
「そんなことは分かってる! お金も稼ぎたいけどまずは情報を整理しなきゃダメでしょ!? わからないことが多すぎるんだから」
「まあまあ、なるようになるんだから落ち着いていこうよ二人とも」
「お気楽主義者は黙ってろ!!」
「お気楽主義者は黙ってなさい!!」
一人の男の発言を二人がピシャリと遮る。
この正真正銘のお気楽主義者、この男の名は西島和弥にしじまかずや。金色の髪を肩まで伸ばしている一見不良に見えるただのぼんやりとしたお気楽主義者である。西島和弥はそんな二人の拒絶に嘆息し、目を閉じ首だけ曲げて下を向いた。
「お気楽主義者とは酷いな。俺はただ無駄に楽観視してるわけじゃない。ただ無策に走り回るよりは気持ちを落ち着かせてゆっくり回るほうがいいよ。世の中なるようになるよう出来ているんだし。それとも? 飛鳥は本当にこのまま餓死でもすると思っているの?」
飛鳥と呼ばれた男、彼の名前は霧島飛鳥きりしまあすか。黒髪のボサボサ頭で、基本的には何事にも前向きな性格だが、今回の一大事にはさすがに焦っている。
「いや、さすがに今回は冗談抜きでやばいっての。これ、あれだぞ? 異世界転生かもしれないぞ最悪の場合。というか絶対そうだろ。弥生の家で談笑してただけで急に目の前が暗くなったと思ったら、いきなりこんな見ず知らずの土地に急に立ち尽くしているし、見たことない文字とか見たことない街並みとか並んでるし。弥生もそう思うだろ?」
「確かに。今回ばかりはさすがに楽観なんかしてられないわ。こんな見知らぬ土地に放り出されて無一文とかシャレになんないわ。自殺行為」
弥生と呼ばれた女は苛立ち気味に焦りを言葉に滲ませた。彼女の名は霧雨弥生きりさめやよい。そこそこ身長が高く、茶髪の長髪をポニーテールにまとめている。
「でも具体的には、なにすべきかわかんないんだろう? だったら、気楽にまずは町でも見て回ったほうがいいよ」
そう提案したのはやはり西島和弥だ。彼はそういうと返事を待たずに歩き出していった。それを見た二人はお互いに顔を見合わせ嘆息し結局後ろからついて行くことにした。
※ ※ ※ ※ ※
それから一時間ほど三人は街並みを見て回った。三人の見て回ったところははるか遠くに巨大な城がそびえたつおそらくは城下町、遠くにそびえ建つ城に延びるかのようにして出来ている広く長い道路の端々に小さな個人店が立ち並びその間を時折小さな抜け道のような細い通路が路地裏として伸びている。城へと延びる道路は馬車や通行人が個人店に挟まれたその狭い道路を行き来していた。運がいいことに今の時間帯はそこまで道も混雑しておらず、移動には困らなかった。
「で? なにか情報は見つかった? これと言って有益な情報はなかったように思えるけど?」
三人は一先ずの情報収集を終え、とある一角の路地裏で壁にもたれかかり脱力感と闘っていた。
「分かったのは通貨が違うこと、文字が違うこと、ただ言語は通じるな。いや、理解できていると言ったほうがいいのかもしれないけどな」
そう言って、分かったことを飛鳥が羅列する。本当に、有益な情報は何一つ見つからず絶望的な状況は変わらず一転していなかった。
「全く、中途半端に都合が良い設定なんだから困っちゃうわ。どうせならお金も共通だったよかったのに」
「まあ、そんな都合よくは行かないってことでしょう」
「あんたのその究極の楽観思考はどこから来るのか本当謎ね。十年以上の付き合いだけど未だに理解が出来ないわ」
弥生が再び嘆息。それに飛鳥も同意した。
「確かに、和弥は幼稚園のころからこんな感じだったよな。俺たちも全然変わらないな」
「あの、いい感じの雰囲気出そうとしてるけど現在進行形で状況がやばいのは変わってないからね?」
一瞬現実逃避しかけた飛鳥をきっぱりと弥生が現実を突き付けてきた。それを聞いて、飛鳥は「分かっている」と言いたげな様子で目を伏せ、渋い顔をした。
「でも、実際どうしよう。このままじゃ、本当に餓死しちゃうわよ」
「うーん、ゲームとかなら都合よく王様に呼ばれてお小遣いもらえたり、酒場やギルドでクエスト受けてお金稼いだりするけど、現実だからなあ」
和弥はのんびりとゲームの例を挙げた。本人はテキトウに流すつもりの話ではあったが二人の反応は意外にも肯定だった。
「確かにそろそろ働き口見つけないと本当にやばいな。幸いなことに言葉は通じるようだし、ここは店も多いし、どこか雇ってくれないかな」
「どうかしらね、ここら辺は個人店が多いし誰かを雇う余裕なんてあるのかしらね? あの大きな城に近づけば少しは話も変わるかもしれないけれど」
「やっぱり難しいか……。いっそのこと本当に城に近づいてみるか?」
「最悪、そうした方がいいわね」
そう言って、飛鳥と弥生の間である程度の方針が決まった。まずは城に近付いてみる、その道中で三人雇ってくれそうなところを探す。二人の話に和弥が入っていないのはご愛敬だ。
決まった方針に従い、まずはこの路地裏を出て城の方向に向かおうと歩き出したその時だった。
「誰かー!! そこの男達捕まえてー!!」
突如、女性の叫び声が聞こえた。
そして、叫び声とともにこちらの路地裏に入り込んでくる三人の男達が駆け込んできた。そしてそのすぐ後ろを女の子が追いかけてやってきた。
「なんだこいつら……?」
「そこどけ! ガキ共!!」
走りこんでくる男たちのうちの先頭の男がこちらに言葉を浴びせてきた。そして近づいて来るや否や、こぶしを握りこちらを殴り飛ばそうとしてきた。ちょうど、先に歩き出していた弥生が一番先頭に立っていたため、弥生が殴られそうになってしまった。
「どけー!」
男は威勢よくこぶしを振るってきた。だが弥生はその場から動こうとしない。
「やれやれ……」
そう言うと、弥生は後ろに回り込むようにして男の拳を身を翻して軽々避け、男の腹に強烈な蹴りを入れた。
男は強烈な蹴りにひざまづき、腹を抑え込んだ。
「なっ!? てめえ!! よくもやりやがったな!!」
後ろの二人組がすかさず、弥生に襲い掛かった。だが、しかし結果は明らかだった。後ろの二人組も弥生にあっさりと膝をつけさせられてしまった。その様子に、飛鳥と和弥は「おー」と感嘆の言葉を漏らした。
「さすが武闘派の弥生。こんなみるからにチンピラっぽいのは瞬殺か」
そう漏らしたのは飛鳥だ。
「あんた達は暴漢三人を前にして女の子に全投げして何も思わないの?」
後ろを振り返り、そう問い詰めてきた。だが、生憎と何も思わないのがこの飛鳥と和弥の二人である。
「別に? だってこの中で一番の武闘派は弥生だし、俺たち二人もそこそこには鍛えてるけど、弥生ほどゴリラじゃない。加えて弥生がたまたま先頭に立ってたし、弥生が処理するのは必然の流れだろ? 時間も掛からなくていい」
「そうだねえ」
飛鳥の言葉に和弥が頷く。それを見た弥生は自分の額に手を当て目を閉じ、頭を少し振って嘆息した。
「女の子にゴリラって酷くない? それに私はあの糞親父に一発ぶちかましてやろうと思って鍛えてただけよ」
「ああ、あの親父さんか」
「まあ、あの糞親父のことはどうでもいいわよ。それより、こいつらどうするのよ? 完全にのびちゃってるけど」
そんなことを話し合っているうちに向こうのほうから一人の少女が駆け寄ってきた。先ほどの少女だ。少女は、薄青の髪を腰あたりまで伸ばしていて、体は女性らしい起伏に富んだスタイルだ。見た目は飛鳥達と同年代のようにも見える。
「すいませーん! あなた達が捕まえてくれたんですか?」
そう言って、少女は足元に転がっている男達を指さした。
「そういえば、さっきもこのチンピラ達を追いかけまわして大声叫んでたな」
「そうなんですよ。私、この近くの宿屋で働いているんですけどこの人達、宿屋に泊まるだけ泊まって宿代払わないで無賃宿泊しようとして逃げたんですよ。それで、宿屋のプライドにも掛けて逃がすものかと追いかけていたんですけど、これが意外にも逃げ足が速くてなかなか追いつけなかったんですよ。私、脚力には自信があったんですけど、振り切られそうになったの初めてですよ」
少女は饒舌によく喋っていた。なかなかお喋りのようだった。
「ん? わざわざ君が追いかけなくても警察か何かに通報すれば勝手に捕まえてくれるんじゃないのかな?」
そう質問したのは和弥だ。それに少女は答える。
「警察? 聞いたことないけどもしかして、警護隊のこと? それなら警護隊に通報してからじゃ遅すぎるし、はっきり言ってそんなの待ってられない。でも、今回はあなたたちに助けられちゃった。ありがとうございました! 後は警護隊に連絡して引き渡すだけですね」
そう言うと、こちらに対して少女は頭を下げる。その動作に合わせてその豊満な胸が上下に揺れる。それを見た和弥は両手の掌をを突き出して、横に振った。
「い、いやいや、別に良いって向こうから襲い掛かってきたから返り討ちにしただけだし、まあ関わっちゃった以上その警護隊? に引き渡すまでは付き合うけどね」
「こいつらやっつけたの私だけどね」
「まあまあ」
そう言って和弥が弥生を宥める。
そして、三十分の後に警護隊が現れた。
先ほどの男達は無事警護隊に引き渡されていった。警護隊が連れていくのを見届けた後、少女は先ほどまで談笑していた飛鳥達から顔をそむけるように振り返り路地裏から出ていこうとした。が、数歩歩いて顔だけまた振り返った。
「それじゃ、ありがとう。またいつか縁があったら会えるでしょう。それまでまたいつか……」
「あっ、ちょっと……」
ちょっと待って。そう言おうとしたが言い終える前に少女は言葉を続ける。
「と言いたいところだけど、あなた達は無賃宿泊者を捕まえてくれた恩人だし、お礼がしたいからうちの宿に一度立ち寄ってもらえないかな? 時間ある?」
少女からの願ってもない提案、もちろん飛鳥達は現状時間が余りに余っているし、これから働き口も探さなければいけない。もしこの恩を盾に宿屋で下働きでもできれば御の字である。当然、飛鳥達は断る理由などない。
「時間なら充分にあるよ。むしろ連れて行ってくれ。見知らぬ土地で実は右も左も分からないんだ」
「あんた、ぶっちゃけすぎ……!」
弥生が安易な飛鳥の言葉を責める。わざわざ聞かれてもいないことをペラペラ喋らなくていい。そういうことだ。だが、嘘を付いているわけでもないし、自分達がここでは浮浪者なのはいずれすぐにでもばれる。わざわざ隠す必要はない。飛鳥はそういう考えだ。弥生はそれにしぶしぶ納得した。
「まあ、あんたが別にそれでいいならいいけどさ……」
「それとは別にところで……」
弥生は気持ちを切り替えて、飛鳥や和弥と並んで少女についていくことにした。だが、少女についていくその上で一つまだ確認しておくべきことがある。弥生は少女の方を顔を向け言葉を飛ばした。
「君さ、名前なんて言うの? そういえば今まで聞いてなかった」
その言葉に足を止め、少女は振り返る。
「私? 私の名前はセシリア、セシリア・ホーネストよ。これからよろしくね!」
そう言って、またセシリアと名乗った少女は大きく頭を下げた。
この出会いが飛鳥の弥生の和弥のそしてセシリアも無関係ではなくなる波乱の物語の幕開けとなるのだった。
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