絶対王者

「なっ、なんと。最下位に落ちたと誰もが思った、デビット選手! 風を切り裂くように轟音を立て、これが王者の意地だとでも言いたげに、目の前の豚たちを捉える!」


 短い跳躍を繰り返しながら、飛魚トビウオのように、あるいは海豚イルカのように、ただ一点だけを見つめ、猛然と疾駆しっくする。力強く踏み込む度に大地が震えた。


 最初に捉えたのは扇型をした耳に、潰れた鼻が特徴のヨウク。黒い体躯をしたデビットが唸り声をあげながら、ヨウク目掛けて突進する。


 ヨウクは後方から迫り来る死の肉弾戦車に全く気付いていない。

 そして再び、威嚇するように咆哮した直後、最初の事件は起きた。


「ブビッ」


 跳ねながら駆けるデビットに踏み潰されたヨウクの断末魔は、賑やかだったレースを寸刻、静寂へと導いた。


 しかしそんな静寂すらもデビットは意に介さない。もはや原型を留めていない肉塊を踏み台にして、四匹の豚を追う。

 肉塊の足元やその周り、コースを囲う柵などにも夥しい量の赤黒い血と、彼の内側から出たであろう内容物がぶちまけられていた。


 あまりの凄惨な場景に、司会者もしばらくは氷彫刻のように硬直していたが、水色の作業服を着た二人の救護班がヨウクを救出するのを皮切りに、気を取り直し実況を再開する。


「あっ、あ、あまりの状況に私も実況を忘れて硬直してしまいました。じょ、状況を説明いたしますと、最後方にいたはずのデビット選手がヨウク選手を、ふ、踏み潰してしまったようです」


 心を落ち着かせるように三度、深呼吸してから。


「デビット選手は速度を落とすことなく、振り返りもせずに、次に狙うはお前らだとでも言いたげに猛追は続きます」


 ピンキーは既に第三コーナーへ到達。その二豚身後ろを四匹の豚が横並びで走っていた。


 外側から順に黒と白の縞模様が特徴のハンプ、垂れ耳と太い後肢が特徴の白豚のランド、全身赤毛で覆われている半垂耳のロック、そして顎まで垂れた大きな耳と皺で隠れた目が特徴の灰色豚のメイ。


 四匹の豚はピンキーの後を追いかける金魚の糞のごとく、一寸の狂いもなく第三コーナーを曲がり、最終コーナーへと到達した。

 レースの最後にして最大の盛り上がり所、ゴールまでの直線。


 しかしやはり、事件は起こった。起こってしまった。

 轟音、衝撃。四匹の豚の、死の四重奏カルテットがドーム内に響き渡る。


 ヨウクのような惨劇は避けられたが、四匹の豚たちは場外に吹っ飛ばされ、ぴくりとも動かない。


「おーっと、デビット選手。またもその巨体で他の選手をはね飛ばし、留まることなくピンキー選手を追いかける」


 そして――爛々と輝いた赤い瞳は真っ直ぐに、自らの敵と見据えた対象を、その目で捉えた。


「グゥウウウオオオオ」


 獲物を見つけた猛獣の如き咆哮をあげると、先頭を走っていたピンキーに向かって突進していく。

 唸り声をあげながら突進してくるその黒い体躯の怪物に、前だけを向いて走っていたピンキーは為す術がなかった。


 デビットと重なり合った瞬間、デビットとピンキー、二匹の豚はゴロゴロと転がり、柵を飛び越え、場外へ。


 デビットは自分の障害物である豚を全て消し去ったのである。


「えっせ! ほいせ! ブヒッブヒッ」


 そう。ただ一匹の豚を除いて。

 何を隠そう、それは主豚公のポークであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る