『殺人小説』

「ああああああああ駄目だ駄目だ駄目だ!また、また死んでる!」

 一編さんは机の上を見ながら頭を抱えていた。

「そう、か」

 対する検閲さんは、顎に手を添えて考え込んでいる。


「どうしたら良いんだ!何度書き直しても何度書き直しても書き直しても書き直しても書き直してもだ!」

 机の上を見ながらも眼の焦点が合っていない。

「それは・・・」

「今度はガヌロンと一切接触しないように綿密にプロットを立てた!事実うまくいっている!なのに!何故今度はオリヴィエに殺される!?」

 怒り唾を飛ばし散らしながらも吐き出す言葉はどこに向かっている物か分からない。

「それはね、深層心理の君が望んでいるからだ」

 ピクリと反応する。

「滅多な事を言うな藪医者め。深層心理の僕が・・・ああ、そういうことか」


 急に落ち着き出す一編さん。


「そういうことだ。もう一人の君の方。思い出したかい?」

 検閲さんは、あくまで一編さんを刺激しすぎないように導いていく。

「ああそうだった。僕は僕の中にいる俺と決着を付ける為に書いているんだったな」 

「そうだ。いい調子だ。一度原点に戻ろう。君はどうしてもう一人の君と決着を付けたいんだったかな?」

「ああ、それはだな、そいつが、僕の中にいる俺が、勝手に人を殺すからだ」

「その通り。但し、未だ現実には至っていない。だから具現する前に、抑え込みたいということだったね」

「あああ、もう僕は駄目だ。何度言い聞かせても、何度やり直そうとしても俺は殺す。もうこれは脅迫なんだ。僕に殺し以外は無いんだと僕に俺が教唆してるんだああああああああ!」


 一編さんは悲観し、落胆し、顔に手を当てては頭に手を置き換え更には机の上の紙を手に取り、クシャクシャと握っては、最後には上空にばら撒いた。


「いいや駄目なんかじゃない。その為の作業だ。いいかい、君はもう一人の君を無理に抑え付けてはいけない。確かに君自身は人を殺してはいけない。だからこそもう一人の君に殺させるんだ、君の頭の中で。君の書く物語の中で。君が思い描いた物語は、消して消えなどしないのだから」


 検閲さんはいつの間にか紙を読んでいる。一編さん、カリカリと書いている。


「先生。これって、私を試してます?」


 どうやら先ほどまでの一編さんと検閲さんは脳内舞台に居た二人のようである。

 執筆空間へと戻った検閲さんは少し、いや大分訝しげな表情を浮かべている。


「別に。それは読者の解釈に委ねます」

 一編さんは一編さんで言葉の温度が下がっており、検閲さんのことなど眼中どころか頭に無い、といった風だ。

「最近の先生の作品、段々と実験的になってませんか?」

 ピクリと反応する。

「というと?」

「殺人の要素、説明を省く要素、ブラックユーモア、作中作の要素・・・まるで何が検閲対象で、どれが検閲対象外か探りを入れているように感じます」

 再び書き出す一編さん。

「・・・考えすぎじゃね?」

「それに、もう一つ気になることがあります。最近の先生の作品は、完結しないことが多くなってきている」

「それこそ解釈次第だろ」

「先生、ひょっとして、ロングが書きたいんじゃないですか?」

 一編さんはここで初めて検閲さんを見た。

「・・・だったら?」

「いけませんよ。ロングも検閲対象です」

 書き戻る一編さん。

「そうじゃないかと思った。・・・何故だ?」

「民が長々と読むことに耐えられなくなったからです。世間はもう、ショートショートショートしか読みません」

「お国の人が、じゃなくて?あごめーん今のは書いてる台詞読んだだけー」

「ならそれも検閲対象です」

 検閲さんは検閲した。

「人殺すのも検閲国の悪口も検閲ロングも検閲検閲検閲検閲って。何だ検閲って」

 一編さんは書くことを止めた。

「検閲とは守ることです。その作品を見て殺人に興味を持つことを防ぐ。国に不満を抱き反乱分子として粛清されることから守る。気忙しい社会の中でロングを読む時間を他の時間に使い、閃きや幸福を得るまでの無駄に長い時間を過ごすことから守る」

「それ、本気で言ってる?」

 再び検閲さんを見る。

「でなければ剣など持つ意味がありません」

「・・・お国への忠誠心は大したもんだ。よくもまああらゆる検閲対象を細かい所まで覚えているもんだな。ところで検閲さん、自分の事に関してはどうなんだ。検閲さんはどう感じてた?検閲さんはいつから検閲さんになった?俺たちが俺たちになったのはどうしてだ?お前が俺のことを先生だなんて呼ぶようになったのはいつからだ?・・・覚えているか?『パン』」

「・・・パン?」

 検閲さんは眉を顰めた。


 一編さん、沢山散らばっている紙の一枚を手に取り、検閲さんの目の前に突き出す。

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