『鹿の角』

 一編さんは机に向かって、紙に向かってカリカリと何やら書いている。

 変わらず検閲さんは文字を目で追い、検閲対象を探している。


「先生、検閲対象くらい考えながら書いてくださいね。今までに何作書いたと思ってるんですか」

「お前の検閲対象増えてるんだよ。それに覚えてないよ何作書いたかなんて。短いのしか書いてないし」

「そりゃ、先生はショートショートショート作家なんですから、当たり前です」

「だから、何度も言うけど何だよそれ。長いんだよ。ショートなのに長いんだよ。名称が。短編作家か掌編作家で良いじゃねえか。はい出来た」

「駄目です」


 検閲さんは検閲した。


「短編は確かに短く編むと書きますが80ページの物も短編と呼ばれますから範囲が広過ぎます。ショートショートは短編より短いとされていますが先生の作品はショートショートにしても短過ぎます。そして更に短いとされる、掌に編むと書く掌編と呼ぶには先生品は掌に収まりきりませんので」

 

 熱く語る検閲さん。唾が飛び散っているが、一編さんは原稿を持ち上げ濡れない様に避難させていた。


「先生品て略さないでくれ。生鮮食品みたいだから」

 一編さんは再び書けた原稿を渡した。

 

「ん?」

「ん?いやいやいやそれらだってさ、定義は曖昧なんだからさ」


 言葉にひっかかりを感じた検閲さんだったが熱弁は一時中断されただけであって検閲さんの中で終わらせる理由など何も無かった。


「何より!先生は短編三原則『新鮮なアイディア』『完全なプロット』『意外な結末』の3つを満たそうという気がありません」

「そりゃ悪かったね」

「いいえ何も悪くありません。先生は今までに無い新たなジャンルを生み出したのです。言うならば一編先生はショートショートショート作家のパイオニアなのです」

「良い様に言ってくれるのは悪い気しないんだけどさ、俺の前にもうそういう作家いたんじゃないのかな?」


 検閲さんは眼鏡のブリッジを上げる。


「少なくとも私が読んだ書物にはそれに該当する物はありませんでした」

「じゃあ、ネットは?」


 検閲さんはもう一度ブリッジに手をかけ、動かなくなった。


「あっ、あったんだなネットには!」

「先生がネットの事を覚えているとは不覚です。私が全て検閲したというのに」

 一編さんは声を荒げて棚のパソコンを指差して唾を飛ばす。

「あれは検閲ではなく没収だ。検閲さんの検閲は作品内に留まらないから性質が悪いんだよ。ほんとに俺の事応援してるわけ?」

「もちろんです。だからこそ害悪なものを書かないように害悪なものに触れないように私が検閲しているのです。それでこそ一編先生はショートショートショート作家のパイオニア的な存在になり得るのです」

「的って言ったな?今的って言葉で濁したな?て良いんだよそんなことはどっちでも!」

「まあとどのつまりは、先生は特別な存在である、ということだけ理解して頂ければ。そうすれば先生のことは短短短編作家ということで落ち着かせます」

「面倒臭いなあ!はいはい。それももうどっちでも良いです。はい出来ました」

「さすが先生です。仕事が速い。短縮短短短編作家だ。略して短短短短」

「読んで」


 渡した。


「『鹿の角』。とある地で、猟師が鹿を捕らえて、角を折ろうとしていた。そこにとある少年が通りかかり、これはいけない、と思い声をかけた。・・・


 二人の視界は少し歪んで、脳内舞台へと切り替わる。

 検閲さんは猟師になり、机の脚を折ろうとしている。一編さん、少年になる。


「ちょっとそこのおっちゃん!やめてよ!何で角を折ろうとしているの?鹿さんが可哀相だよ!」

「おやおや。小さい子が、こんな所に一人とは。迷子かい?これはねえ、鹿さんの為なんだよ」

「どうして?どうしてそんな痛そうな事が鹿さんの為になるの?」

「それはね」


 猟師の、いや検閲さんの眼鏡が光る。


「かくかくしかじかだよ」

「・・・なあんだ!かくかくしかじかだったのかあ!」

「鹿の角、だけにね」


 二人、大笑いしながら脳内舞台の片付けを行う。執筆空間へと戻り、検閲さんは続きを読んでいる。


「・・・こうして、少年は猟師と同じように、鹿の角を折って回りましたとさ。めでたしめでたし。】ちょっとおおおおお!」


 怒る検閲さん。レアかも知れない。


「え?何?分かんなかったの?理由」

「何ですかそのドヤ顔は!わ、分かってますよ鹿の角を折る理由くらい!」

 一編さんはまだ笑っている。

「そうかなあ。これちょっと国のお偉いさんに見てもらってよ。絶対『ああ、あ、あれのことか!ほ、ほお~、い一編さんも中々、含蓄のある話を書くじゃないかねえ、うんうん』とか言うから!」

「ちょっと!」


 検閲さんの眼が光った。


「お国を悪く言うのは止めて下さい。立場上あなたを斬らなければならなくなります。それ以上言うならば、このロングソードを抜きますよ」


 空気は一瞬にして凍りついた。検閲さんは腰の剣の柄に手をかけ、敵を見る眼で一編さんを射抜いている。

 何秒の時間が奪われたか分からないが、怒号により振動が加わった紙が一枚はらりと棚から落ちるまでに、そんなに時間はかからなかったはずだ。


「冗談だよ冗談。悪かった悪かった。ちょっと試しただけだよ。お前にも分からないことはあるんだな」


 空気が溶け始めた。


「・・・分かりますよ。私はただ、こんな手抜きの作品で先生の名を貶めたくないだけです」

「てっ・・・!」

「それとも、よもや先生の方が分かっていらっしゃらないから、物知りな私に正解を言わせる算段で見せたのですか」

「違うよ。分かってるよ。分かったよ。書き直します。ちゃんと斯く斯く然々の部分を略さず描きます。手抜きだとも思われたくないしな」


 すっかり元の温度に戻ったようで、一編さんがペンを走らせる速度に変わりは無かった。


「それと、冗談でも二度とあのようなことを言うのは止めて頂きたい」


 空気は戻っても、奪われた時間が元に戻るわけではない。


「はいはい。検閲さんはお国の人間なんだもんな」

 書きながら、言う。

「検閲さん、あんた自身は、何も疑問に感じないのか?」

「・・・というと」

「だから規制だよ。検閲対象が増えすぎてやしないかと、お前自身は思わないのか?」

「・・・国は民の声を聞く義務があります。民が害悪と思うものは、排除してしかるべきです」

「・・・ま検閲さんはそう言うか。・・・果たして、それだけなのかね」

「と言うと」

「はい出来た」


 検閲さんは一編さんの眼の中を覗こうとするが、出された紙きれの前に諦め、原稿を受け取り、読む。


「や、やあーっぱりこの理由でしたか!鹿の角は!やはりやはり!」

 一編さんは眼を細め、狭い瞼の間で瞳を検閲さんに向けた。が、すぐに机へと戻す。

「・・・はい、次書きまーす」


 一編さんの執筆速度は変わらない。

 検閲さんの検閲体勢も変わらない。

 二人の関係は、変わらない・・・?

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