改訂『ひきぬけん』

ここは一編さんの頭の中の舞台。一編さんは王子の役に扮している。

 検閲さんも渋々ながら世話係の役を演じてくれるようだ。

 舞台上のセットはまるで執筆空間と変わっていないが、一編さんは机をひっくり返し、舞台中央に置いた。検閲さんは長剣を抜き、机の上から刺し込んだ。幕が上がる。

 改訂版『ひきぬけん』脳内上演。


「ん?何だあそこに何かあるな。石に刺さっているぞ。変だ。変」

「変ではありません、剣です。あれは『アーサー王物語に出てくる抜いたら王になれる伝説の不思議な剣』ですね。選ばれた人しか抜けませんが、抜いたら王になれるんですよ」

「おお、そりゃ良い。親父は我輩に王位を継がせる気は全く無いらしいからな」

「ええ、王子は馬鹿ですから・・・『馬鹿って人を侮辱してますよね。検閲します』」

 世話係は検閲さんに戻り、短剣を抜いて執筆空間の机に向かい振り下ろそうとする。

「『いや、まあそこは世話係のご愛嬌ということでどうか一つ』」

 一編さんも慌てて執筆空間に戻る。

「『・・・まあ、仕方ありません。今回だけですよ。』ええ、王子は馬鹿ですからね」

 何とか×印は免れたようである。二人とも脳内舞台に戻る。

「馬鹿とは何だ?・・・馬の肉も鹿の肉も旨いからな、俺も旨いということか」

「おっとお・・・?何故その思考に?何故馬鹿の意味も分からないのに漢字は馬と鹿だと分かった?」

「よし、抜いて王になってやる」


 抜けない。ちょっと頑張る。抜けない。


「よし、鍛冶屋のおっちゃんを呼ぶぞ」

「もうちょっと頑張りましょうよ」

「お願い。我輩馬鹿だから。ちょっと齧ってもいいから。美味しいから」

「間違って覚えてるんだよなあ・・・」

 世話係、携帯電話を取り出し、かける。

「あーおっちゃん、ちょっと石に刺さった剣が抜けないんですけど、どうしたら良いです?・・・そうです、『アーサー王物語に出てくる抜いたら王になれる伝説の不思議な剣』です。・・・あれまあそれはそれは。助かります」

 パタン、と携帯が折れる。

「もうそこまで来ているそうで。準備が良いんだからいっつも」

「それ、準備の問題なのか・・・?ストーカーとかじゃ無いよね?」

 噂をすれば影、では無く、噂をする前から影。怖いものではあるが、鍛冶屋のおっちゃん(妙齢)が舞台袖から出てきたようである。ちなみにこの空間内にキャストは二名しかいないため、おっちゃんは完全に透明人間である。二人の想像で何とか形がぼやけているような。

「おっちゃん、どうもすみませんね。これがさっき話した『アーサー王物語に出てくる抜いたら王になれる伝説の不思議な剣』です」

「言いにくいなら略せば」

「抜けそうです?」


 鍛冶屋、剣を抜こうと頑張ってるらしい。


「あ、さすがおっちゃん。そんな物まで持ってきているとは、さすが準備が良いですね。・・・あ、駄目でしたか。おおそれ使った事ありますよ。あれ、うーん。何でしょうね深いんですかね」

「えーとね、世話係くん。我輩には何をしているかさっぱり分からんのだが」

 どうやら見えているのは世話係のみであるのかもしれない。

「素人目には分からないのも当然です。もう、見えてないのと同じです。あーやっぱり手強いですね。ええ!そんな物まで取り出しちゃってまあ。気を付けて下さいね。剣まで粉々に吹き飛ばしたら元も子もないですから」

「えちょっと待ってえ?え、何、粉々にしちゃうの?もう、爆弾なの?」

「仕方ありません。ここまで頑張ったのにスンとも言いませんから」

「我輩にはその頑張りが見えないのでいまいちこう、・・・・・疎外感なのだが・・・いや、いやもうよい。腰の悪いおっちゃんに無理をさせちゃいかん、から、な」

「あら?王子優しいところあるじゃないですか。馬の旨みアップじゃないです?」

「お?おう・・・ま、まあ、壊されるといかんしな!それにこれは、我輩自身が抜かねば、王になれないのだろう?」

「あ、そこに気付くとは・・・ちっ。」

「ええ!ええええ今舌打ちした?あーもうはなから我輩に王位はやらんと。そういうこと。・・・ええい!意地でも抜いてくれるわ!」


 王子、頑張るがやっぱり抜けない。疲れてへたり込む。


「ああー疲れたー・・・」

「王子普段運動しないから。あ、王子冠落ちましたよ」

「落ちてない!これはどんなに振り回しても落ちない、オッチョコチョイ王子専用の特別な冠だ!あと気を抜いてると見えない特別製だ!あー振り回してたら余計・・・疲れた・・・」

 王子はどうやら冠を落ちない自慢をしているのかヘッドバンキングを行っていたようで。それもまあ衣装も小道具も無い為に想像で補っている冠ではあるが。

「オッチョコチョイも多分褒め言葉として覚えてるな王子・・・仕方ありません。水買ってきますね」


 世話係、一旦舞台袖にはける。王子は疲れからか嘔吐いている。世話係は、今度は子供に扮して戻ってくる。


「あれ、王子じゃーん。何座り込んでんの?」

「何だクソガキ。何しに来た」

 王子にはくそがきに見えている。

「ただの通りすがりだよ~。あれ、剣じゃーん。かっけー」

 割と忠実に演じる世話係。声も裏声を出せば声変わりの前の状態に戻すことが出来るのでしょうきっと。

「やめておけ。我輩のようにばてる前に、抜くのはあきらめるんだな」

「王子これ抜けなかったの?だっせー!よっと」


 子供、剣を容易く抜く。


「えええええええあああああああああああ!!!」

「あーれ、意外と軽いなこれ」

「はああー。馬や鹿よりも美味しい我輩が・・・子供に美味しい所だけ持っていかれるとは・・・」

 馬鹿なりに美味いこと言ったと思っているのか、地面に向いた顔には微笑が浮かんでいた。

「ねえ、王子」

「ひっ!やめて、切らないでえ!ぜっ、全然美味しくないから!馬とか鹿とかより美味しいことなんてないから!」

 美味いこと言ったとか思ってないから!と続けようとしたが子供は切るのが早い。

「え?食べねーよそんな不健康な体絶対不味いわ」

「う、運動してなくて良かったー」

 複雑な表情を浮かべる王子。

「じゃなくて、ええ?運動してないの?いやさ、俺剣とか使った事ないから振り方分かんなくてさ。教えてもらおっかなーと思ったんだけど。やっぱ王子じゃ無理か」

「む、無理なもんか!これでも一通りは習ったんだぞ!まあ、筋が悪いってその後一切教えてもらえなくなったが・・・」

「・・・哀しい話だね。ま、いいや。覚えてるとこだけでいいからさ、稽古つけてよ」

「お、おう!我輩に任せろ!あー・・・た、但し!こ、子供のお前が怪我をするといけないからな。お互い甲冑をつけての、稽古だ!」

「ああ分かったよ、王子がビビリなのは。もうそれでいいからさ、さっさと行こうぜ」

「ビっ、ビビリじゃないからな!おう、付いて来い」


 王子と子供、ハケる。


「おい、世話係!水をくれ!もうへとへとだ!帰るぞ!」

 舞台上には誰もいないが、袖から声だけ聞こえてきている。

「あっはい。あれ?結局抜けなかったんですか?てあ。てことは・・・その子が次期お・・・」

「あー!言わんで良い!」

「え?何々?」

「ん?何でもないぞ?ガキは稽古のことだけ考えていれば良い!それとガキ、我輩はビビリでは無いからな!二回言ったぞ!」

 割と器用に演じ分ける世話係、もとい検閲さん。

 幕が下りる。

 客席に何人座っているのか、そもそも何人座れるのか分からないが、どこからか拍手が聞こえているようである。


 二人は机と剣を元に戻しながら、執筆空間へと意識を戻す。


「どうよ。ハートフルな物語になっただろ?」

 自信たっぷりである。

「うーん・・・王子も世話係も子供も、皆口が悪すぎます・・・それに爆弾然り子供の剣の稽古然り・・・危険すぎます」

「おいおいおいおいどれだけ規制したら気が済むんだよ」

 自信があった分怒ります。

「私は一編先生の事を思って・・・!」

「あーはいはい分かりましたよ。かーきーなーおーしーまーすー」


 検閲さん、検閲執行。一編さん、机に向かってカリカリ。

 光は尚も検閲さんの眼鏡を光らせているが、一編さんの目は細まることなく机に向かっている。

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