第3話 初めての戦闘

―ギルド 飲食店テーブル―


「えっと……もう落ち着いたかしら?」

「ああ。取り乱してすまん」


目の前に二次元嫁が現れた喜びから発狂した俺はひとしきり叫んだあと、居合わせた屈強な冒険者に取り押さえられる直前でようやく正気を取り戻した。

で、現在は無事に魔法使いのセレスタとパーティを組み、ギルドのテーブルに向かい合って座っている。

今現在、ギルドには結構な数の人がいるのだが、俺たちの周りだけ人が離れて無人状態になっていた。みんな遠巻きにこちらを警戒している。


「やっちまった……」


両手で顔を覆う俺。時間が経って冷静になったことで羞恥心が湧き上がってきた。辛い。


「ああ、周りの人たちはあなたが来る前からこうだったわ」


うなだれる俺を見たセレスタが突然そんなことを言ってきた。


「え?」

「ここは冒険者ギルドの酒場よ。酔っぱらった荒くれ者がしょっちゅう喧嘩してるし、大声で騒いだくらいじゃここまで露骨に避けられたりしないわ。この距離感は私のせいだから気にしないで」

「え!?」


どういうことだ、という顔になった俺を見てセレスタは説明を続ける。


「まず、私は女神アイナ様のお告げを受けてここに来たわ」

「あ、やっぱりそうなの?」

「ええ。あなたに協力しろって」

「ありがとう女神!……俺の名前もその時聞いたんだな。張り紙に書いてあったやつ」

「あ!そうよ!どうしてアレ読んだとたんに帰ろうとしたの?歓迎するってちゃんと書いておいたのに……」


テーブルに身を乗り出してそんなことを聞いてくるセレスタ。


「女神がパーティメンバーまで用意しといてくれてるとは思ってなかったんだよ。それ前提で考えてみろ。初めて来た街でいきなり自分の名前貼りだされてたら怖いだろ」

「ああ……反応から察してはいたけど、聞いてなかったんだ?」

「聞いてたら到着次第ここに全力疾走してた」

「そ、そう……女神様、意外とうっかりさんなのかしら……あ、それでね?まずはあなたが来る前にあと2人くらいパーティメンバーを集めておこうと思って、そこらで勧誘したのよ」

「ほう、それで?」

「気づいたら誰も私に近寄らなくなっていたわ」

「おい何があった!」


ただ普通にパーティに勧誘されただけでここまで警戒するような奴らが冒険者をやっているわけがない。仕事にならん。となると当然セレスタが普通じゃない勧誘をやったということになる。


「『今、この世界には滅びの危機が迫っています。でも大丈夫。この危機を掃うべく、異世界の勇者がやって来るという女神様のお告げがありました。あなたもこのパーティに参加して勇者と一緒に世界を救いませんか?』って言って勧誘したの」

「そ り ゃ こ う な る わ ! 」

「全部本当のことなのに……」


話していてその時ドン引きされたことでも思い出したのか、どんよりと落ち込むセレスタ。

本当だからこそ演技臭さゼロで淀みなく堂々と今の台詞を言い放ったのだろう。完全に危ない人である。

登場したゲーム中の描写からすでに疑惑はあったのだが、この子はアホなんじゃないだろうか。


「目に見えた被害もないのに滅びの危機だとか言っても誰も信じねぇよ」

「……悲しいけどこの結果を見るに、そうみたいね」

「罰ゲームで言わされた冗談だとか何とか適当に言って来いよ。このままじゃ誰も口きいてくれないぞ?」

「……そうする」


俺の提案に素直に応じ、席を立って周りの冒険者たちのもとへ歩いていくセレスタ。


「えっと皆さん……さっきの勧誘は……」


冒険者たちは近寄ってくるセレスタと同じ速度で離れて距離を保とうとする。数人は背を向けて足早に去り始めた。


「ああっ! 待って!」


走って追いかけ始めたセレスタだが、そこは後衛職の魔法使い。とても足が遅い。


「……………………」


最後には誰にも追いつけずその場に座り込んで静かに泣き始めた。

……周りへの説明は俺がするとしよう。


そして10分後。


「さて、パーティメンバーは明日にでも探すとして、女神様から”今日のうちにやっておけ”と告げられたことなんだけど……」


無事、周りの冒険者との物理的な距離が縮まり、何事もなかったかのように本題に入るセレスタ。立ち直りが早い。


「まずあなたに与えられたスキルの確認。これは実際に戦ってみるのが早いわね。ちょうど雑魚モンスターの討伐依頼があったから受けておいたわ」

「ほう、雑魚モンスター……」


これは俺も考えていたことだ。なのでさっきも受付に手ごろな討伐クエストがないかと……


「あれ? でもさっき受付で聞いたら凶暴で危険なのしか残ってないとか言ってたような……」


そもそも俺がメンバーの募集をかけているパーティを探していたのも受付でそう言われたからだった。


「……んん?」


俺が首をかしげているとセレスタがふと何かに気づいたような顔になり


「……多分、初期レベルの職無しにとっては危険ってことじゃないかしら」

「なるほど、この話はもうやめよう」


……せめてもらったスキルは強力であってくれ。まあ10秒で使えなくなると既に聞かされているわけだが、その10秒間であげられる成果に期待しよう。

不安その他のマイナス感情を追い払うように頭を振ると俺は記念すべき初クエストに出発するため張り切って立ち上がった。


―街近くの平原―


「助けTEEEEEEEE!」

「勇護ー! 大丈夫よー! 私、回復魔法は得意なの! 怪我したらすぐに治してあげるわ! だから勇気を出して!」


セレスタの声を背に受けながら全力で走る。

俺自身が雑魚である事は分かっているが、まあそれでもやる以上は思いきって立ち向かってみようと思っていた。でもこれは流石に怖すぎる。チラリと振り返ると、俺の後ろには洒落にならない数のモンスターが。


こいつらの名は"ウォーキングウィード"というそうだ。根の代わりに足の生えた雑草のような姿をしていて妙にスタイリッシュかつセクシーな足運びで優雅に歩行している。ものすごくキモい。

ちなみに普段は地面に正座して大きな雑草のフリをしていて、通りかかった人をおもむろに蹴ってくる。蹴る力は以外に強く、運が悪いと骨折することもあるんだとか。迷惑この上ない。ちなみにこいつはゲームに出てきた覚えがない。出てたら一生忘れねーぞこんなやつ。


「勇護! スキルよスキル! 女神パワーで一気にやっつけるの!」

「使い方が分からないんだよー! なんか聞いてないのかー!?」

「あ、ちょっと待って! いまお告げが……懐に説明書を送ったって! それ読んで!」


言われて懐を探ってみると確かに新たな紙切れが入っている。便利なことができるな女神。再び後ろを振り返るとウォーキングウィードどもとの距離が結構稼げていた。奴ら、あまり足は早くないようだ。読みながら走って転ぶのも嫌なので一旦立ち止まって読むことにしよう。


「なになに? "まず服を脱ぎます" ……はぁ!?」


マジかよ、何だこのクソスキル! 10秒しか持たないくせに発動にまでこんな手間がかかるのか!しかもセレスタの前で脱げと!?


本気出すとき全裸になる勇者とか嫌すぎるだろ。

……しかし俺がそんな反応を示している間にも雑草どもがワラワラと近づいてきている。逃げ帰れば依頼失敗。立ち向かったところで素の実力で撃退するのは無理だ。恥ずかしいが、集団で蹴られたくなければやるしかない。

俺は意を決して服の裾をつかむと――――


「あっ、またお告げが……送る紙間違えたって!」


紙を全力で地面に叩きつけた。


真面目にやれ女神!と言おうとしたその瞬間、突如として眼前……ウォーキングウィードどものいる方に向かって暴風が吹き荒れる。その発生源は俺の足元。つまりいま叩きつけた紙が暴風を巻き起こしたのだ。そして、どうやら女神にもらったスキルが発動したらしい事が五感以外の何か特別な感覚で伝わってきた。


ただの紙切れが起こしたにすぎないずのその風は地面を深く抉り、ウォーキングウィードの群れを空高く舞い上げた。さらに風の刃のようなものまで発生して舞い上げたウォーキングウィードを切り刻んでいく。


「すげえ……」


スキルによる、想像を遥かに越える効果を目にした俺はただ立ち尽くし、スキルの効果が切れて風がやむまでの間、その光景をじっと見つめていた。


「これなら、俺でもやっていけるかも知れな……」

「勇護! 後ろ!」

「!?ッェァァア!」


そして俺の後ろに回っていたため風に巻き込まれなかった1体のウォーキングウィードに綺麗なフォームで尻を蹴りあげられる。

剣で斬りかかったところ華麗なカウンターキックで返り討ちにあったためセレスタが魔法で冷気を放射して倒してくれた。


ークエスト"草狩り"達成! ウォーキングウィード23体討伐!ー


ちなみに本物の説明書には”武器を握って気合を入れる”とだけ書かれていた。口頭でセレスタに伝えれば済んだだろコレ。

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