第2話 ギルドでの出会い

―中立の街 ラル・ニュート―



「一人で放り出されるとは……」


思わず愚痴のような言葉が口から漏れる。

あの自称女神、俺が異世界行きを承諾した瞬間に転送を始めやがった。

あいつの言葉を信じるなら強盗がすぐ傍まで迫っていたらしいので急ぐ必要があったのかもしれないが、おかげで何の準備もできないままの旅立ちとなった。

文句を言う間もなく意識を失い、気づいたらこの場所に立っていたというわけだ。


とりあえず辺りを見渡してみるとそこは見事にファンタジーな世界。耳が尖っていたり羽や角が生えた人間、つまり魔族がそこらじゅうを歩いている。

もちろん普通の人間もいる。まだ魔族と共生できているようだ。

街並みは石畳に石造りの建物。よくこういう街並みを中世ヨーロッパ風とか言うが俺は平成日本の街並みしかロクに見たことないのでそこはよくわからん。


次に視線を下に移して自分の姿を見てみる。

いつの間にか部屋着からこの街の雰囲気に合ったデザインの服に変わっている。布の生地はちょっと硬いが動きにくくはない程度だ。ついでに足には革のブーツ。

腰には両刃の剣がぶら下がっていた。懐を探ると金貨が数枚。初期装備というわけか。何も持たず部屋着のままでスタートとはならず、少しだけ安心した。


「さて、まずはどうしたものか……」


人間と魔族の戦争を起こしたがってるやつを特定してその目論見を邪魔するというのが俺のやることらしいが、具体的に何をどうすればいいやら。

所在なく懐の中身を確認していると1枚の紙が出てきた。

紙はどうやら自称女神からの指示のようだ。

”まずはギルドへ行って冒険者になりたまえ、はっはっは”

とだけ書かれている。なに文章で笑ってんだよ。


「……冒険者か」


腕さえよければギルドの冒険者は割のいい仕事だ。ゲームの主人公はそうだった。

一般人に害をなすモンスターの排除とか、何故か危険な場所にしか生えない謎の薬草を採取しに行くとか、そんな仕事を依頼に応じてこなす何でも屋で、普通の仕事では1か月働いてようやく得るような大金が1日で手に入ったりするらしい。

命がけであることを考えたらそれでも割に合わないのかもしれないが。


え?俺の腕?いいわけないだろ。平和な日本の一般人ですよ?

確かに転移の時チートスキルと思しきものはもらったけど、使えるのは1日10秒という話だし。


とは言え、ギルドでの仕事は経験しておいて損はないと思う。怪しい奴の情報を集めるにも街の人々から信用を得ておいた方がいいし、戦争派の連中を突き止めていざ邪魔しようとするならば当然荒事になるだろう。戦いなれておいた方がいい。ついでにここでやることが終わった後、別の場所に移りやすい仕事だ。

それと、なんだかんだ言ってこういうファンタジー世界で冒険するというのに少しあこがれていた。


「……やってみるか」


そう呟いて俺は歩き出した。


―冒険者ギルド 入り口―


「ここか」


十数分ほど歩きまわって見つけた大きな建物。

入り口に備え付けられた看板には大きく”冒険者ギルド”と書かれている……日本語で。うん、実にわかりやすい。異世界語で書かれてても読めないもんな。

それと、ここに来る途中に通りがかった人に道を聞いてみたが、日本語で話しかけてもちゃんと通じた。どうやらここでは日本語が標準語として使われているらしい。それとも意識を失った隙にこっそり頭をいじられて自動翻訳でもされているのだろうか?

……怖くなってきたのでそこは深く考えないことにしよう。とりあえず言葉が通じなかったり字が読めなくて困るということはなさそうだ。


ギルドの建物に入ると内部はゲームのイメージそのまま、入り口付近にはいくつかの受付が並び、奥の方は飲食店や酒場になっていた。

早速受付に向かう。


「すみません、冒険者の登録はここでできますか?」

「はい、こちらで受け付けております。ではまず、あちらの占い師に適正を調べてもらってください」


受付の人が指し示す方向を見ると水晶玉の前に座った、ものすごく占いが得意そうな雰囲気のある婆さんがいた。

フードをかぶっておりその隙間から鋭い眼光でこちらを見据えてくる。例のゲーム”ブレークソード物語”でもこんな感じの占い師にステータスを表示してもらっていた。なるほど確かにここはあのゲームと同じ世界らしい。

婆さんの前に立つと椅子に座るよう促される。俺が座ると早速何かを占いだした。


「さあ、水晶玉よ。暴き出せ。この者の素質、実力、適正、その星の導きを……」


婆さんの恰好としゃべり方がそれっぽくてなかなか雰囲気があり、思わず緊張する。この結果で俺の冒険者としての職業がどうなるか決まるのだ。せっかく初期装備で剣を持っているので剣士が良いかもしれないが、もし適性があるなら魔法も使ってみたい。

やがて婆さんが近くに置いてあったカードに手のひらをかざす。

すると表面に文字や俺の似顔絵が焼き付けられていく。すげえ。

その文字を見た婆さんがゆっくりと口を開く。


「ああ……まあ、なんじゃ……頑張れよ」

「ん? あ、はい」

「ホイ。これがお前さんのカードじゃ」


受け取ったカードを見る。

筋力だの敏捷だの、ステータスと思しき数字が並んでいるが、基準が全くわからん。だがあの態度でなんとなくわかる。これは悪い数値だ。


一応、近くにいた同じく駆け出し冒険者だという人たちにもカードを見せてもらった。その結果、なんとなくだったのが今度はハッキリわかった。


「俺のステータス、ゴミじゃん」


俺のステータスは知力だけ平均、それ以外は全部平均を下回っていた。

あらゆる職に適正ナシ。マジかよ。

まあ、今まで平和に暮らしていた一般人に務まるような仕事なら誰も金払って依頼なんかせず自分でやるだろうしな。


実力がこのザマとなると、冒険者としてやっていくにはやはり女神からもらったスキルが重要になるだろう。

腰にぶら下がった剣に目を向ける。初心者でも振り回せるように軽く作られているようで、その分攻撃力も低いはずだ……これが、10秒だけとはいえ伝説の魔剣より強くなるという。正直あの女神の邪悪な顔を思い出すとスキルのことも疑いたくなるが、コレは実際に戦闘をやってみないことにはわからないだろう。


というわけで、できるだけ弱そうなモンスターを討伐する依頼がないかと、登録完了の手続きのついでに受付で聞いてみたところ、


「実は最近野良モンスターが凶暴化してきていまして、討伐依頼の難易度も上がっていますので……経験を積みたいのでしたら、どなたかのパーティに参加し協力してクエストに挑む事を強くお勧めします。あちらの掲示板でメンバーを募集しているはずですよ……というか、本気で冒険者やる気ですか?」


とのことなので最後の一言はグッと受け止めつつ無視して掲示板の前にやってきた。いくつか張り紙がされており、パーティ、つまり共に行動する冒険者仲間の募集人数などが書き込まれている。


「募集職業:剣士に限る。こっちはアーチャー、あっちは魔法使い……」


危険な仕事も多い中、わざわざ職無しを迎え入れるパーティなんてそうそう無い。

どれもこれも俺では無理な条件の募集ばかりだ。

そんな中、一枚だけ”募集職業:問わず”とある張り紙を見つけた。


「ああ、良かった。一つもなかったらどうしようかと……ん?」


その紙をよく見ると、募集要項の下にこんなことが書かれている。


”真上勇護様歓迎”


「……どうやら俺が入れるパーティは無いみたいだな。また明日掲示板を見てみよう。あ、安い宿もしくは安全に野宿できるところでも無いか聞いてみないと」


そう言って俺はクールに踵を返して出口へ


「待って」


向かおうとして後ろから肩をつかまれた。


「……どうしてあの紙をしっかり読んだ上でそのまま帰ろうとしたのか理由を聞かせてくれる?私、何か間違ったかしら?」


背後から少女の声。どうやらあの怪文書を貼りだした人物のようだ。近くで見張ってやがったのか。声が若干震えており何故俺が帰ろうと……というか逃げようとしたのか本気で分からない様子だ。

むしろ何故帰らないと思ったのかをこちらから問いたい。ついさっき来たばかりなのに名前知られてるとか恐怖でしかないぞ。冒険者カードの名前欄は「ユーゴ」とだけ書かれている。さっき話したその辺の冒険者にもそう名乗った。だが苗字は口に出していないはずだ。超怖い。

……いや待て。動揺してすぐには考えつかなかったが、ひょっとして女神の回し者か?それなら名前を知ってるのも納得だ。そしてパーティメンバーまで用意してくれるとはアイツ結構面倒見が良い。

振り返って相手をよく見てみる。


「なあ、あんたもしかして……」


そこまで言って俺はいったん言葉を失う。

長い水色の髪、青の瞳、いかにも魔法使いですといったような黒いローブ。

そしてその顔を見て、俺は……


「結婚してください」

「えっ」


今の一言でさらに困惑する目の前の少女を俺は知っている。

名前はセレスタ。職業は魔法使い。

あの女神が俺に異世界行きを承諾させるための餌に使った、例のゲームで俺が一番気に入っていたキャラクターだ。この子が居なかったら俺はあのクソゲーを途中で叩き割っていただろう。


この興奮をどう表現するべきだろうか。いわゆる二次元嫁が目の前にいるのだ。VRとかそういうのじゃなく現実でだ!

学校で同じクラスのオタク仲間どもが聞いたら、さぞ悔しがるだろうな!

先ほどまで今後どうするかとか冒険者としてやっていけるかどうかとかゴチャゴチャ考えていたが、そんな悩みは消し飛んだ。俺は単純な男であった。


「フハハハハハハハハ!異 世 界 最 高 ォ!ありがとう女神!」


周りの冒険者達から不審者を見る目を向けられながら、俺は少しの間高らかに笑い続けた。

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