1日10秒しか勇者になれない俺が魔王の命助けに異世界まで行く羽目に。

コケシK9

第1話 よくある?異世界行き





―魔王城 玉座―




「ついにたどり着いたぞ。覚悟はできてるか! 魔王ッ!」




勇者はそう叫び武器を構える。

魔王の強力な魔法障壁を突破できる、

あらゆるものを破壊する伝説の武具、魔剣「ブレークソード」を。



「……来たか」




魔王と呼ばれた巨漢がそう言って玉座から立ち上がる。

数秒のにらみ合いののち、勇者が動いた。




「でぇええええええああああああッ!!」




咆哮とともに勇者の魔剣が振り下ろされる。




その魔剣の一閃に対して魔王は――――何もしなかった。


あっさりと真っ二つに分かれた魔王を見て勇者は立ち尽くす。




「どういうことだ……? 簡単すぎる……魔王がこんなに弱いはずは」




次の瞬間、地響きとともに魔王の亡骸から膨大な量の魔力が吹き出し、

勇者を飲み込んだ。


その次の瞬間には城全体を飲み込み、次はあたり一帯を……

飲み込んだものすべてを原子に砕きながら……

やがて世界のすべてを、星そのものを飲み込み―――




スタッフロールが流れ始めた。




「何このクソゲー」




自室にて、画面の前の俺はそうつぶやいた。

ラスボス戦がイベントだけで終わって謎のバッドエンドとか無いわ。


事前にネタバレにならない程度に聞いた話によるとこのゲーム、

"ブレークソード物語"はマルチエンディングではないらしい。


つまりどうあがいてもこんな終わり方をするということだ。馬鹿じゃねえの?


しかもラストダンジョン直前に仲間が敵の足止めという名目で一人ずつ、

最終的には全員離脱する。

ここは私に任せて!とかなんとかぬかして。


全員で囲んで殴った方が絶対早いし楽だろ、とツッコミながらも、

仕方なく勇者一人で苦労して進めた結果がこれである。


もう一度言おう。




「何このクソゲー」



ヒロインの一人が可愛かった以外は最悪だ。

クリアデータのセーブすらなくタイトルに戻った画面を恨めしそうに見つめる俺に、突然背後から声がかけられた。


「この結末が気に入らないかな?真上勇護まがみゆうごくん」


驚いて後ろを振り返ると、見知らぬ女性が立っていた。


身長は俺(170cm)よりちょっと低いくらいで、

位置を測って配置したみたいに整った顔、金色の瞳、

足首あたりまで伸びた長く白い髪。

どこか現実離れした容姿で、少なくとも俺にとっては美しく見える。


いや、そんなことより。


誰だ?なぜ俺の部屋にいる?目的は何だ?

そんな疑問が頭に浮かぶ。

それらを問いかける前に女性は自分から名乗りだした。



「私はアイナ。人間に伝わりやすい言い方をするなら――女神だ」

「救急車呼んだ方がいいですかね?黄色いやつ」

「うん、そこまでひどい反応されるとは思ってなかった」


不法侵入者が軽く傷ついたように複雑な表情を浮かべる。

そんな顔したいのはこっちなんだが。

人の家に勝手に上がり込んで女神自称するとか完全にイってる。

俺が警戒心丸出しの顔で見つめていると、


「この様子だと何言っても信じてもらえそうにないなぁ……なら実際に見せちゃうのが早いか。時間もないし。」


不審者はそう言って指をパチンと鳴らした。


すると俺の周りが真夜中のような暗闇に覆われる。

部屋の電気が消えたのかと思ったが今はまだ夕方だ。

薄暗いだろうが、窓からの光があるはずだ。だが周りは完全な闇。


しかし目の前の不審者だけはハッキリと見えている。


「なっ……」


うろたえていると足元にどこかの風景が映し出された。

例えるなら中世ヨーロッパのような、如何にもファンタジーといった風景だ。


「なんだよこれ……?」

「これはとある異世界の風景だよ。今から3年後、魔王の死によって滅ぶ運命のね」


魔王の死によって滅ぶ。その表現を聞いた俺はすぐに思い当たることがあった。


「まさかそれって……」

「そう。君がさっきまでやってたゲームと同じ世界だ。そして私が君のところに来た理由でもある。君にこの世界の滅びを……具体的には魔王の死を食い止めてほしい」


アイナと名乗った自称女神の不審者は真剣な顔でそんなことを言ってきた。


「何言ってんだ。ゲームと同じ世界なんて……」

「今時そういうテンプレな常識人アピールは展開が遅くなるだけだと思うよ?」

「常識人ぶって悪いか!こちとらただの高校生だ!」


ていうか展開って何だよ小説じゃあるまいし。


「まあ……悪いとは思わないよ。私の話が信じられないならそれでもいい。

とりあえず夢か何かだと思って話だけでも聞いてくれ」


言われてみれば確かにこの意味不明ぶりは夢っぽい。

とはいえ相手は真剣な顔なのでとりあえず話は聞くことにした。

俺が落ち着いたのを見て自称女神は最初から話し始める。


「勇護くん。まず、この風景は君がやっていたゲームと同じ世界のものだ。ゲームの中ってわけじゃない。あくまで同じ形、同じ環境を持ち、同じ生物が住んでいる世界だ。放っておけばゲームと同じ道をたどるだろう。エンディングから察しはついていると思うが、 魔王が勇者に討たれては困るんだ。世界が滅んでしまうからね」


「ああ、そこが気になってたんだけど……魔王が死んだあと、なんであんなことになったんだ?」




ついさっき見たエンディングを思い出す。

真っ二つになった魔王の亡骸から 膨大な量の魔力が吹き出し、すべてを滅ぼしてしまった。




「世界が滅んだこと自体は世界樹の暴走が原因だよ」

「世界樹? ゲームにそんなの出てきたか?」


記憶をたどってみるがそんなものは登場しなかったはずだ。



「ゲームとしては裏設定とでもいうべきかな。魔王城の玉座の位置に世界樹に続く次元の裂け目があるんだけど、その世界樹は無限に近い魔力を持っていて、それをあの世界に大気中のマナとして供給していたんだ。でもある時から供給量が異常に増えだしてね。放っておけば魔力耐性の低い生物のほとんどは死滅してしまう。

魔王はそれを止めるために自分を蓋代わりにして世界樹に封印を施していたんだ。で、それを勇者が破っちゃって、せき止められていた魔力が一気に吹き出して暴走。あとはエンディングの通りさ」


長い説明どうも。


「イベントで魔王があっさりやられたのは流れ込んでくる魔力量の調整で手いっぱいだったってことか」

「そういうこと」


なるほど、あのエンディングの意味は分かった。

魔王、意外といいやつだったんだな。


で、本題だ。


「さっき俺に魔王の死を食い止めろって言ってたな」

「言ったね」

「勇者倒せってことか?一般人には無理だろ」


「いや、勇者を倒しても意味はない。弱りきった魔王の障壁程度、魔剣なしで突破できるし、ほかの誰かにやられて終わりだ」

「じゃあどうするんだ?」


「敵対する者が魔王城にたどり着く前に魔族と人間の争いそのものを止めるしかない」

「そんなことどうやって?勇者倒すより難しくないか?」

「この世界が滅ぶのは3年後と言ったろう? まだ人間対魔族の全面戦争にまでは至っていない。そうなるように裏で暗躍していた連中がいるはずなんだ。君にはその特定と活動の邪魔を頼みたい」


この自称女神が俺にやらせたいことはわかった。

しかしだ。


「そんな物騒なことはやれる自信がないし、ゲームと同じ世界なら野良モンスターとかもうろついてんだろ? 俺なんか到着するなりすぐ死んで終わりじゃねえの?」


自慢じゃないが俺は喧嘩で勝ったことが一度もない。

まあ最近は喧嘩自体していないので今の自分がどれくらい強いかはわからないが。

そんな俺の方を見て自称女神は続ける。


「そこは心配ない。最初は町に転移してもらうからね。いきなり準備もなしにモンスターと対峙することはないさ。それと、この世界へ行ってくれるなら勇者としての強力なスキルを授けよう」


勇者としてのスキル。その響きにはちょっと心から沸き上がるものがある。


「マジで? どんなの?」


「その手で握ったものの持つ性能を、限界を超えて強化するスキルだ。錆びた安物の剣すら魔剣を凌駕するほどにね。ついでにそれらを扱えるよう、君の身体能力も、必要なら魔力も、あらゆるステータスが大幅に向上する。まさに無敵の勇者になれるわけだ」

「すげえなそれ!」


テンション上がってきた!そんな力があるなら、ファンタジーな世界でもやっていけそうな気がする!

正直そういう世界へのあこがれもあるので、この話に乗ってもいいのではないかと……

「ただし使えるのは1日1回、効果時間は10秒だ」


「あ、用事思い出したんで、帰りますね?」

「ここが君の家だ」

「……そうだった」


ちょっと燃えかけていた心が急激に冷めた。とっとと別のゲームがやりたい。


……ていうかそもそも、なんで俺なんだ?

こんな貧弱なゲーマーじゃなくて、もっと向いてるやつがいるんじゃないかと思う。

俺がその疑問を投げかけると、


「ああ、実はこのスキルは誰にでも譲渡できるわけじゃなくてね。ある程度適性があってちょうど今から死ぬ人間が君しかいなかったんだ」

「……は?」


こいつとんでもないこと言わなかったか?

俺が今から死ぬ?


「ああ、そうだ。君は今から死ぬ。景色が変わったように見えるだろうが、今も君は部屋の中だ。そして、今この家には強盗が入っている。もうすぐ部屋に押し入ってくるだろうね。ここで私が君を異世界に連れ出さない限り、確実に刺される。ついでに死体は隠されて君は行方不明と言うことになる」


そこまで言って自称女神は心の底から腹の立つ、

いやらしい笑みを浮かべて聞いてきた。


「どうせ行方不明になる人間なら、連れ出しても大した影響は出ないと言うわけさ。さて真上勇護くん。どうする?

『死ぬかもしれない』異世界へ、戦える力とともに行くか。

『今ここで死ぬ』か。選んでくれ」


なんて顔しやがる。仮に本当に女神だとしたら間違いなく邪神だ。


こいつの言っていることが本当なら……選ぶ余地などなかった。

ここで殺されたくないならモンスターどものひしめく世界で生きるしかない。

さっきこいつが言っていたように、夢であってくれと願う。


そして目の前の女神は、ダメ押しとばかりにこんなことを言ってきた。


「それにだ。君は確かゲームに登場した魔法使いの女の子を「俺の嫁」とか何とか言って会話もしたことないのに慕っていたね。ほっといたらあの子も死んじゃうよ?世界ごと滅んで。それにあっちに行けば多分会えるよ?ひょっとするとお近づきに……」


「行きましょう! よっしゃぁ待ってろ異世界ァア!!」


前言撤回。邪神とか思ってすいません。夢なら覚めるな!


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