第3話「メイドロボは家電なんかじゃない。もっと、その、大切な……」
15 教室
放課後。生徒達がランドセルを背負って次々に帰り出している。
まだ帰る用意の終わっていない金光の席に集まって話している郁乃武、金光、ブタキム。
金光「(教科書を詰め終えて)悪いね、行こうか。(窓の外をちら、と見て)待たせてるだろうしな」
郁乃武「うん、そうだね」
郁乃武、安全棒に凭れて窓から校庭を見る。
校門の近くでアルファがロヴィーサと談笑しているのを見つける。
自然と顔がほころぶ郁乃武。
対照的に珍しく浮かない様子のブタキム。
郁乃武もすぐ異変に気が付く。
郁乃武「ん?(首を傾げて)ブタキム、何かフミエが来てないけど」
ランドセルを背負った金光が、郁乃武の隣について校庭を見る。
郁乃武「え?(身を乗り出し、校庭を探す)あ、本当だ。居ない」
金光「いっつも目立ってるからなあ、一発で判る筈なんだけど。(ブタキムの方を向いて)ブタキム、何かあったのか?」
ブタキム「……(気付いて)あ、うん。フミエさん、検査に出してるから」
金光「定期検査?」
ブタキム「(首を横に振って)最近調子が悪かったから、本格的なオーバーホールに出そうって事になって。明日結果が出るんだけど……どうかな。型が古いしね、フミエさん」
笑ってみせるが、どこか悲観的なブタキム。
複雑な面持ちの金光。
郁乃武、それを見てブタキムの下へ駆け寄り、肩を叩く。
郁乃武「大丈夫だよ、多分」
ブタキム「……ありがとう、いっちゃん」
16 学校からの帰り道
昼過ぎの住宅街。
揺れる風鈴。
梅雨も明け、夏が近い。少しではあるが蝉の声が響く。
郁乃武とアルファ、並んで歩く。ランドセルは結局、郁乃武が自分で背負っている。両手を頭の後ろで組み、考え事をしている。
アルファ「(眩しい日差しを手で遮って)太陽があんなに高いなんて、もう夏が近いんですね」
郁乃武「……(気付いて)ん、ああ。そうだね」
アルファ「これからもっと暑くなりますよね。日焼け、気を付けないと」
郁乃武「……そうだね。って、何でアルファが日焼けを気にするの?」
アルファ「え? ……(思い出し)あ、あはは。本の表紙だって、長い間陽に当ててると焼けちゃうじゃないですか。それと同じですよ。同じ」
郁乃武「(気の無い様子で)ふーん……」
アルファ「(郁乃武の表情が優れないのに気付いて)どうされましたか、郁乃武お坊ちゃま?」
郁乃武「(口を尖らせて)……前から言おうと思ってたけど、まずそのお坊ちゃま、ての止めようよ。そんな歳でもないよ、俺」
アルファ「では、何とお呼びすればよろしいでしょう?」
郁乃武「んー……(考える)いっちゃん? ……いや、やっぱり郁乃武さん、くらいでいいよ」
アルファ「はい、郁乃武さん。何かお困り事はございませんか?」
郁乃武「(それはそれで恥ずかしく、顔を赤くする)……いや、ブタキムの家のフミエの話なんだけどさ」
アルファ「そう言えば、今日はお迎えにいらっしゃってなかったですね」
郁乃武「何か、調子悪いんだって。確かに見るからにボロそうな感じだったけど、ブタキムの事考えると治って欲しいよなあ」
アルファ「……それはブタキムさんも、心配で気が気でなかったでしょうね……」
郁乃武「でも本人も言ってたけど、やっぱり古いんだよなあ。古いとパーツも少ないだろうし、メーカーが今も作ってるかどうか……」
アルファ「(郁乃武の方を向いて)大丈夫ですよ! ロヴィーサさんにお聞きしたんですけど、メモリはそのままにボディだけを交換する事が出来るらしいです。だから、きっとフミエさんも大丈夫ですよ……」
郁乃武「(力無く頷いて)うん……(アルファを見て)アルファは、大丈夫だよね? 今、どこも悪くないよね?」
アルファ「はい。大丈夫ですよ」
力こぶを作ってみせるアルファ。
郁乃武、少し笑う。
郁乃武「そっか、良かった。どこか悪くなったら、すぐに言ってよ。修理のお店にでも何でも、俺が絶対連れて行くから」
アルファ「(目を細めて)……ありがとうございます、郁乃武さん」
17 教室
朝。
生徒達はまだ席に着かず、友達同士で話したり、教室の後ろの方でふざけあったりしている。
郁乃武と金光、ブタキムの近くのまだ来てない生徒の席を勝手に陣取り、三人集まって座る。
郁乃武「(大声で)ええっ! ダメだったってどういう事だよ!」
郁乃武の大声に教室中の視線が集まる。
慌てて郁乃武の口を塞ぐ金光。
郁乃武「(金光の手をはねのけて)だって、メモリさえ無事なら違うボディに載せ替えする事だって出来るんだろ? それなら問題ない筈じゃん!」
ブタキム「(俯いて)……そうなんだけど、やっぱり古過ぎるんだって。規格が今のタイプと合わないから、買った方が安いって言われちゃった」
郁乃武「そんなモノみたいな言い方……何だよそれ!(興奮で立ち上がる)」
金光「(郁乃武のシャツを下に引っ張って)落ち着けよいっちゃん。ブタキムだって、そう思ってるんだから」
ブタキム、寂しそうに笑う。
郁乃武、金光に促されてひとまず座る。
金光「……フミエは、一応こっちに戻って来たのか?」
ブタキム「(頷いて)……うん。かさばるしいいパーツ無いから、向こうでのリサイクルも拒否されちゃったみたい。そこはかえって助かったよ。……でも、もう粗大ゴミのシール貼られてた」
郁乃武「(机を叩いて)そんでいいのかよ。フミエじゃなきゃ、ブタキムはダメなんだろ? それを金の問題とすり替えるなんて、どうかしてる!」
ブタキム「そりゃ悔しいよ。けど、そのお金だって僕が出す訳じゃない。しょうがないよ。……はは。いっちゃんが言いたい事全部言っちゃったから、もう僕が言う分がないじゃないか。(涙声で)……ありがとう」
感極まって泣き出すブタキム。声を押し殺そうとするが、上手くいかない。
教室中の視線がブタキムに向けられる。
金光「ブタキム……」
郁乃武「……金光、粗大ゴミって回収までどれくらいかかるんだ?」
握り拳を震わせる郁乃武。
金光「(郁乃武を見て)……どれだけ早くても一週間はかかると思うけど。どうすんだよ、いっちゃん」
郁乃武「わかんない。でも、やれる事があるのにしないなんて、おかしいだろ」
金光、郁乃武の横顔を見て黙って頷く。
18 木村家・外観
瓦屋根の、昔からの家。
軒先で座らされているフミエ。
覗き込むようにその周りに立つアルファ、金光、ロヴィーサ。
年季の入ったキズだらけのボディには、粗大ゴミ回収用のシール。
郁乃武、借りて来た大型の台車をガラガラと引いてくる。
四人がかりで台車にフミエを載せると、金光が手にしたロープでぐるぐるとボディと荷台とを括りつける。
金光「(汗を拭いて)ふう。これで動いても落ちないだろ」
郁乃武「ああ。それにしても(木村家の二階窓を見上げて)何でブタキムが出て来ないんだよ。学校であんなに泣いてたくせに」
金光「そう言うなよ。これはあくまで、俺たちのおせっかいなんだから。……それに、(郁乃武の顔を見つめて)正直な話、可能性は低いぞ」
郁乃武「(上を向いたまま)……そりゃ、でかいとこならな。もっと小さなとこならこの辺にだっていっぱいあるし、まだわかんないよ。……行こうぜ」
郁乃武、台車を押そうとするが、重くて思う様に動かない。
諦めず力を込めていると、ロヴィーサが取っ手に手をかける。
ロヴィーサ「ここはお任せ下さい、郁乃武様」
軽々と台車を押して行くロヴィーサ。
郁乃武、そんなバカなとしばらく目を丸くしていたが、嬉しそうに笑い、その後を追いかける。
ブタキム、二階の窓からこっそりと、街へ向かい歩き出す四人を覗いている。
やり切れない表情。
19 街中
修理屋を探し街を回るが、フミエを安く直せる所は一向に見つからない。
価格のメモを取ってあいみつをかけようにも、ケタが違う。
次第に不安になるアルファ、金光、ロヴィーサ。
そんな中、郁乃武だけは最後まで諦めようとしない。
20 公園
9とは違う公園。
夕暮れ時。遊具も何も無い、広場とベンチ、噴水だけの公園。
並んでベンチに座る金光、郁乃武、アルファ。その傍らに立つロヴィーサ。
全員肩を落とし、意気消沈している。
アルファ「いい修理屋さん、見つかりませんでしたね……」
ロヴィーサ「……町内の店舗は全て確認しましたが、どこも購入した方が早いの一点張りなんて……(悔しそうに)それでも、技術者ですか」
フミエのボディに、夕陽が反射して輝く。
溜息しか出ない四人。
金光「(呟く様に)……別の方法を考えといた方がいいのかもな」
アルファ「(郁乃武の上に身を乗り出して)何ですか? 別の方法って!」
金光、アルファの様子に、ふと笑ってしまう。
金光「(正面に向き直って)……葬式、とか……」
アルファ、しゅんとして座り直す。
ロヴィーサ、悲しそうな顔をする。
郁乃武は腕を組んだまま黙っている。
ロヴィーサ「坊ちゃま……」
金光「(ロヴィーサを申し訳無さそうに見る)……ブタキムがついて来なかったのも、きっと頑張って忘れようとしてたからじゃないかな。それなら最後にきちんとしたお別れをやって、どこかお寺に供養してもらおうよ」
郁乃武「まだダメだ」
三人、郁乃武を見る。
アルファ「郁乃武さん……」
郁乃武「まだ初日だろ。次の土日だってある。それから考えればいい」
金光「(少し声を荒げて)だから、一週間経ったらボディ自体持ってかれちゃうんだぞ? そしたら、まともな葬式すら出来なくなっちまうだろ」
郁乃武「(動じず、正面を見たまま)だとしても、数日ある。まだ町内の店を回って来ただけだ。(金光の顔を見る)明日、学校でも聞いてみようよ」
金光「……」
金光、顔はまだ不服そうだが黙ってしまう。
ロヴィーサ、静かに微笑む。
郁乃武「(立ち上がって)じゃあ、今日は解散だな。俺、帰ったらネットもちょっと調べとくよ。そっちも明日、また報告するから」
金光「……わかった。一応、俺も調べておく」
郁乃武「じゃあな。金光、ロヴィーサ。(手を差し伸べて)行こっか、アルファ」
アルファ、郁乃武の手を握り立ち上がると、金光とロヴィーサに一礼して、先を行く郁乃武の後に続いて歩き出す。
手を挙げて挨拶する金光。一息ついて、立ち上がる。
金光「……あいつ、バカだろ? ……俺もだけど」
ロヴィーサ「(真顔で)……バカとは、素晴らしいものなのですね。言語ライブラリーをその様に更新させて頂きました」
金光、笑う。
金光とロヴィーサ、郁乃武と真逆の方に家路を歩き出す。
21 学校
学校でクラスメイトに話を聞いて回る郁乃武と金光。だが有益な情報は全く得られない。
ブタキム、必死で聞き込みを続ける二人を遠くから独り見つめている。
非情にもめくれていく教室のカレンダー。
22 メイドロボショップ
見た目からかなりいかがわしい店。
郁乃武と金光を先頭に、真っ黒な暖簾をくぐる。
想像以上に濃い店内。着せ替え用の服から、怪しげな基盤やジャンクパーツに至るまで、取り扱っている物は流石に多い。しかし腕や足といったパーツまで無造作に置いてあり、不気味。
郁乃武と金光、喉を鳴らして恐る恐る店内深くへと分け入っていく。
機械音声「(萌え系の声で)いらっしゃいませ、ご主人様」
声に驚いた郁乃武と金光、後ずさる。
ロヴィーサ、動じる事無く台車を押して先行する。
ロヴィーサ「(入り口脇にある大型ポップを指差し)前を通ると自動的に音声が流れる様になっている様ですね。……どうかされましたか? さあ、行きましょう」
郁乃武「(たじろぎながらも、勇気を出して)……お、おう!」
ロヴィーサを先頭に、店内を歩く。
郁乃武と金光、周りを一々警戒しながら進む。
アルファ、一番後ろについて店内をきょろきょろと見回している。
店内の客の視線が場違いな四人に注がれる。
その中にはジャンクパーツを漁っている永瀬(二十三歳)の姿もある。
カウンターに立つ男性店員(三十代)。
店員「い、いらっしゃいませ(一礼する)」
ロヴィーサ「ご丁寧に、どうもありがとうございます。(一礼する)こちらでメイドロボの修理をされていると聞いて、お伺いしたのですけれども」
店員「え、ええ。やらせて頂いてますが。本日はどういった感じに」
店員、眉をしかめてロヴィーサを舐める様に全身見る。
金光、店員に食って掛かろうとするが後ろから「まあまあ」と郁乃武とアルファに押さえつけられる。
ロヴィーサ「(微笑んで)ごめんなさい。今日は私ではなくて(台車の上のフミエを見る)こちらの方の修理をお願い致したいんですけれども」
店員「(フミエを見て、ちょっとがっかりして)ああ、そっちですか。こりゃまた、凄い昔のタイプですねー。はは、まるでアンティークだ。(郁乃武に)ちょっと詳しく見せてもらってもいいかな?」
郁乃武「(渋々)……どうぞ」
カウンターから面倒臭そうに出て来る店員。
ロープを解くアルファと金光。
店員「(台車の前に膝を着き)失礼しまーす」
フミエのボディを調べだす店員。腕、足、モニター。ボディ側面。
店員「(粗大ゴミシールに気付く)何だこりゃ」
金光「あ、いいんです。それは気にしないで下さい」
店員、訝しげな表情をするが、渋々他の部分もチェックする。
店員「(チェックしながら)どうされたんですか、このメイドロボ」
郁乃武「友達の家のメイドロボなんです。ボディが壊れてしまったので、メモリだけでもちゃんと動くボディに入れ替えられないかと思って」
店員「(作業しながら)ふーん。ま、メモリ部分はパーツの中でも高いからねえ」
一々棘のある店員の言葉に、煮え切らない郁乃武と金光。
その様子を心配そうに見守るアルファとロヴィーサ。
店員、最後にフミエの胴体にある蓋を閉めると、頭を掻く。
郁乃武「……どう、ですか」
店員、小指で耳の穴をほじって息をかける。
店員「まあ、子供が考えそうな事だけど。無理だな」
金光「……何がですか」
店員「(フミエのボディを叩いて)これ友達のとか言ってたけど、嘘だな。どっかのゴミ捨て場から拾って来たんだろ?」
店員、にやっと笑う。
郁乃武、店員に殴り掛かりそうになるが、アルファに二の腕を掴まれる。
それでも強引に振り解こうとアルファの顔を振り返るが、アルファは首を横に振って頑なに制止する。
店員「(立ち上がり、カウンターに凭れ掛かる)まあね。メモリは消せばいいし、見てくれ良けりゃ売って小遣いの足しにでもとか考えたんだろうけど、無理無理。規格違うの移植しようと思ったら、ちょっと型落ちした新品くらい普通に買えちゃうからね?」
金光「……知ってます、それくらい」
店員「(怪訝そうに)じゃあ何でうちに持って来たかなあ。あ、当然だけど、そのままじゃ売れないよ? それ、前の持ち主が相当使い込んでたみたいだし。拾って来るならもっといいの選べば、まだ可能性あったのにねえ」
わなわなと握り拳を震わせ、歯を食いしばって耐える金光。
店員「最近の子供はいやらしいな。そいつだって、きっと長い事ご主人様の為に働いて働いて、働き通して、それで捨てられたんだろうに。それを遊ぶ金欲しさに拾って来たりして。メイドロボ好きとして言っとくぜ。恥ずかしくないのか? お前ら」
郁乃武「(大声で叫び出す)いやらしいのはどっちだ!」
店内の客の視線が郁乃武に一斉に集まる。
ざわめき出す店内に、店員が慌てる。
郁乃武「(目を見開いて)お前こそどうなんだ! アンティークだとか、メモリは高く売れる、消せばいいだとか! モノとカネでしかメイドロボを見てないじゃないか!」
ロヴィーサ「郁乃武様……」
郁乃武「それに、見てくれだって本当はどうだっていいんだ! こいつはアンティークでも粗大ゴミでもメイドロボでもない、ブタキムの家のフミエだ! ……カネとか、古いだとか、そんな理由でお前はその大好きなメイドロボを見捨てるのかよ! バカ野郎! 死んじまえ!」
客がじとっと店員を睨む。
店員、手と首を横に振って違う、と必死に主張する。
遠くから嬉しそうに郁乃武を見つめる永瀬。
郁乃武、アルファの手を改めて振り解くと、壁の棚に手を引っ掛けて商品を落としながら入り口に向けて走り去る。
店員「あーっ! 何しやがる!」
金光、意を決して同じ事をしながら走り去る。
アルファ「郁乃武さん! 金光君!(追いかけて走りかける)……あっ!」
アルファ、ロングスカートの裾につまづいて派手に転ぶ。
展示してあったマネキンやメイドロボが将棋倒しになり、店内が輪をかけてめちゃくちゃになる。アルファはしばらく考えるが、立ち上がってその場を逃げ出す。
大惨事に、唖然とする他無い店員。
ロヴィーサ、冷たい視線で店員を一瞥した後、無言で台車を押して去る。
永瀬「くくく……(笑いをこらえ切れずに)あっはっはっははははは!」
店員、固まったまま動けない。
永瀬の笑い声だけが店内に響きわたる中、他の客もぞろぞろと店を出て行く。
永瀬、ひとしきり笑い終えると店の外へと駆けて行く。
散らかって埃の舞う中、独り残されてひざを折る店員。
23 公園
20と同じ公園。夕暮れ時。
ベンチに座る郁乃武とアルファ。郁乃武はベンチの上で膝を抱えている。
隣には金光とロヴィーサが立っている。
動かないフミエ。
落ち込む郁乃武を前に、誰も慰めの言葉をかけてやれない。
金光「……悪い。今日塾だから、そろそろ帰らないと」
郁乃武「(俯いたまま)うん。こっちこそ悪かったな、あんな変なところに付き合ってもらっちゃって」
金光「いいんだ。俺はスッとしたよ。なあ、ロヴィーサ」
ロヴィーサ「はい。郁乃武様が私の……いえ、私達の意見を代弁して下さった事、心よりお礼申し上げます」
郁乃武、深々とお辞儀するロヴィーサにも首を横に振る事しかしない。
金光「……なあ、お前はよくやったよ。ブタキムの奴に今日の話なんかしたら、きっとまた教室で泣いちまうぜ」
郁乃武「……ああ。でも、フミエは戻って来なかったよ」
金光「今度こそ、しょうがねえよ。明日、ブタキムに謝ろうぜ。じゃあな」
ロヴィーサ「……失礼します。……その、あまり気を落とされないよう。同じメイドロボとして、きっとフミエさんも郁乃武様を責めたりは決してしないと思いますから」
立ち去る金光。ロヴィーサも軽く一礼すると、後について歩き出す。
アルファ、立ち上がって一礼して二人を見送ると、郁乃武の隣に戻る。
アルファ「……郁乃武さん、帰りましょうか」
郁乃武、黙ったまま首を横に振る。
アルファもそれ以上何も言えず、黙ってしまう。
途方にくれる二人。
永瀬「(遠くから)おーい! そこな二人!」
声に気付いて、遠くを見るアルファ。
郁乃武は動かない。
遠くから夕陽をバックに、こちらに走ってくる影がある。
永瀬「(走りながら)君達だろ! さっき、あの店で!」
二人の目前で膝に手をついて息を切らす永瀬。
なんとか呼吸を整えると、上体を起こす。
アルファ「(不安げに)あの……お店の方ですか?」
永瀬「(笑って)はは、違う違う。あの場で見ていた、それだけの者さ」
妙に声が大きい永瀬に、アルファはつい耳を押さえてしまう。
郁乃武、ようやく顔を起こすと本当に目と鼻の先に永瀬の顔があり、固まってしまう。
永瀬「おお、少年! さっきは一部始終、聞かせてもらったぞ! そして確かに受け取った! お前の熱い、ハートをっ!」
近くでも変わらず大きい声で話すので、郁乃武も耳を押さえる。
永瀬「はは、そんなに恥ずかしがらなくてもいい! それにしてもシケた店員だった。俺ももう、あんな店には行かん!(一歩下がって)……ところで」
永瀬、傍らのフミエに気付く。
永瀬「数日前から電気屋や修理屋を数多く当たっていたみたいだが、そこのメイドロボ君は一体どうしたんだ? 故障か?」
アルファ「え! 知ってらしたんですか?」
永瀬「(頭を掻いて)そりゃあ、あの大所帯ならなあ。おまけにデカい台車を押してるときたら、目立って当然だと思うが……」
アルファ、恥ずかしそうに苦笑いする。
郁乃武「……ボディが動かないんだって。友達のメイドロボなんだけど、古過ぎて修理出来ないんだ。メモリは無事だから、乗せ替えればまた動く筈なんだけど……でも、規格が合わないから高いって……」
永瀬「(腕を組んで)確かにな。メモリ移植も今の技術で十分に可能なのだが、あまりその考え方が普及していない事が問題で、結局は家電と同じで使い捨て、という感覚が蔓延している。由々しき状況だ」
郁乃武「……でも、メイドロボは家電なんかじゃない。もっと、その、大切な……。そんな簡単に捨てたり諦めたりだなんて、とても出来ないよ……」
アルファ、目を潤ませる。
膝に顔を埋める郁乃武の両肩に、永瀬がそっと手を置く。
郁乃武、永瀬の顔を見上げる。
永瀬「その通りだ。友達は元を取るだとか、そんなもんじゃない。何年一緒に居たって最高なんだ。俺も、そう思うぞ」
郁乃武、目の前の永瀬がいちいちあまりに恥ずかしくて俯いてしまう。
永瀬、その場で大きく一つ伸びをすると、夕陽を眺め出す。
永瀬「すがすがしいなあ。こんな気分になったのは、久し振りだ」
郁乃武、独りたそがれている永瀬の背中を黙ったままこっそりと指差す。
アルファ、顔は少し笑いながらも首を横に振る。
永瀬「(親指で自分を指し)そういう事だったら、俺に任せろ!」
郁乃武「えっ?」
アルファ「ええっ?」
永瀬「こう見えても大学院でロボット工学を学んでいてね。メイドロボの継続使用ってのが俺の研究テーマなんだ。今から俺の家に来ないか。きっと、何とかしてやれると思うぞ」
戸惑う郁乃武とアルファ。
郁乃武「えっ、でも、もうこんな時間だし……」
永瀬「(郁乃武がいい終わらない内に)よし、決まりだ! 早速行こう!」
アルファ「ええっ!」
永瀬は自らが台車の取っ手の真ん中を握ると、その両端を郁乃武とアルファに掴ませる。
永瀬「一人じゃいくらなんでも重いから、三人で助け合って押して行こう!」
永瀬、物凄い勢いで台車を押していく。二人が引き摺られる格好になるが、お構い無しにスピードを上げていく。
郁乃武「ちょっ、嘘だろおおおおお! これすごく重かったのに!」
アルファ「あっ、あの院生さん、お名前は?」
永瀬「俺か? 俺の名前は永瀬遊馬だ、覚えといてくれ!」
二人の絶叫と永瀬の笑い声を撒き散らしながら、砂煙を上げて住宅街の坂を爆走していく台車。
24 永瀬の下宿
すっかり夜。二階建ての古臭いアパート。
階段は錆で真っ赤、表の電灯も頼り無げにチラついている。
建物のボロさに、不安になってしまう郁乃武。
階段の入り口に、台車を横付けする永瀬。
永瀬「さあ、ここから階段を上るぞ! 俺の部屋は二階だ!」
永瀬、フミエを頭から引っ張る。郁乃武とアルファが下から押し上げる。
郁乃武「(フミエを押し上げながら)本当にっ!、こんなところでフミエが直せるのかよっ!」
アルファ「(フミエを押し上げながら)今は信じるしかっ! ありませんよっ!」
永瀬「もう少しだ! 頑張れ!」
何とか二階でフミエを台車に載せ直した三人。
息をつく暇も無く、永瀬の部屋の前まで押していく。
永瀬「(ドアを開けて照明を点ける)ここが俺の部屋だ! さあ、上がってくれ!」
郁乃武、うさんくさそうに部屋の中を覗く。
郁乃武「なっ、何これ!」
アルファ、郁乃武の叫びにつられ続いて中を覗き、自身も驚きのあまり口を手で塞ぐ。
部屋の中は外観から見た1DKの貧乏な学生住まいとは思えないほどに、所狭しと研究設備が突っ込まれている。
永瀬「どうだい、意外と凄いだろ? さ、場所塞ぎだ。入った入った」
郁乃武とアルファ、背中を叩かれ、促されるまま台車を玄関から研究室まで押し込むと、部屋の中を興味深く見回す。
郁乃武「(部屋を見回しながら)この部屋、どこで寝るの……?」
アルファ「(足元を見て)床、抜けたりしないんでしょうか……」
郁乃武、壁に埋め込まれたモニターに触れようとする。
永瀬「おっと、迂闊に触れてはダメだ。爆発するぞ」
反射的に手を引っ込める郁乃武。
郁乃武「ば、爆発?」
永瀬「冗談だよ、冗談。でも、触らないでおいてくれると嬉しいな」
郁乃武、眉をひそめる。
気にも留めず豪快に笑う永瀬。台車を押すと、作業台の横に付ける。
郁乃武、アルファ、遅れて作業台の前に立つ。
永瀬「(フミエの体に手を回し)よし、持ち上げるぞ」
力を込めて、作業台の上にフミエを何とか持ち上げる三人。
永瀬、作業台の照明を点ける。
フミエを心配そうに覗き込むアルファと郁乃武。
永瀬、マスクをして手袋をはめると、工具を両手いっぱいに持つ。
銀色に光る工具の数々に、おののいてしまう郁乃武とアルファ。
永瀬「開けるぜ、いいかな」
郁乃武、一瞬顔をしかめるが、頷いてみせる。
永瀬、確認して頷くとフミエをひっくり返し、ネジ止めしてある箇所を一つずつリューターで外していく。
響くドリル音の中、固唾をのんで見守る郁乃武。
全ての接合箇所を外し終えると、永瀬がボディに手を掛け、下半分を外す。
剥き出しになるフミエの中身。
一点を見つめたまま動かない郁乃武。
永瀬、手際良くメモリチップだけを外すと、机の上のタワー型PCに差し込み、中のフォルダを確認する。そのうちふむ、と大きく頷き、机の引き出しを開け、何かを取り出して戻って来る。
永瀬「大丈夫だ。多分、こいつで何とか出来ると思う」
手のひらを差し出す永瀬。注目する郁乃武とアルファ。
そこには、小さな電子基盤がビニール袋に詰められたまま載っている。
永瀬「これが俺の血と汗と涙と努力の結晶だ。……まあ、かいつまんで説明すると拡張チップだな。ここにメイドロボ君のメモリを乗せる事で、新しいボディとの互換性を簡単に持たせる事が出来る」
ボディ、という単語に俯く郁乃武。
永瀬、気付いて郁乃武の頭にぽん、と手を載せる。
永瀬「(笑って親指を立てる)心配するな、ボディは俺が調達するよ」
アルファ「ほ、本当ですか!」
永瀬「ああ、俺からのささやかなプレゼントだ。なあに、研究室に行けば使ってないボディくらい、いっぱい余ってる。一つくらい失敬したって問題ない……(頬を掻く)と思うが、多分……大丈夫だ!」
アルファ、心配になってしまって素直に喜べない。
郁乃武、黙って頭を下げる。
郁乃武「(頭を上げずに)……ありがとう」
永瀬「だから、子供が妙な気を使うなって。それに、俺も正直中身を開けて見るまではわからなかった。(フミエを見て)……相当大切にしてたみたいだな。メモリは熱に弱いから、ちょっとでも変にショートを起こしてたりしたら、肝心のデータが飛んでいた。つまり、その友達の思いが通じたんだ」
郁乃武、頭を上げて笑顔を見せる。
アルファ、胸の前で手を組んで喜ぶ。
永瀬「そういう事だ。ボディは大学に調達しに行かなければならないから、数日経ったらまた迎えに来てくれ」
郁乃武「うん!」
永瀬「(部屋の時計を見て)おっと、遅くまですまなかった。家まで送って行こう。ところで……まだ名前を聞いていなかったな。教えてくれないか」
郁乃武「い、郁乃武です。駒木郁乃武」
アルファ「トモ……(口を押さえて)あ、アルファです」
永瀬「よし、郁乃武君とアルファ君だな。時に郁乃武君、アルファ君は君のメイドロボ(顎に手を当てて考え込む)……だよな?」
郁乃武「あ、はい。そうです。最新型を、モニターしてるんです」
永瀬「ふうむ……(アルファを色んな角度から見て)一応最新情報はくまなくチェックしてるつもりだったが、こんなタイプは見た事もないな。(郁乃武を見て)ちょっと触ってみていいか?」
アルファ「えっ!(反射的に身を守る)」
郁乃武「(慌てて)ぶ、分解とかしませんよねっ!」
永瀬「(親指を立てて)大丈夫、材質を見るだけだ」
郁乃武「(渋々)……じゃあ、どうぞ……」
アルファ「(郁乃武を見て)ええっ!」
永瀬「すまん、失礼する」
肩、腕、腰、髪とくまなくチェックを始める永瀬。
すっかり怯えてしまっているアルファ。
永瀬「(メモを取りながら)ふむ、かなり外装にも力を入れてるな。心なしか、いい匂いまでする。今までにないオプションだ」
永瀬、躊躇無く胸に手を伸ばす。
アルファ「(胸を触られて)ひぃっ!」
郁乃武「あ! あんまり変なとこ触らないで下さいよ!」
永瀬「いやあ、すまん。よく勘違いされるが、あくまで調査研究の為だ。悪気は無い。……だが、今までにないほどの柔らかい感触だ……(手を見る)」
指を動かし、感覚を再現しようとする永瀬。
アルファが呼吸を荒げ、顔を赤らめている。
永瀬、もう一度手を見る。
永瀬「(顔面蒼白になる)……まさか……」
永瀬、真っ白になりその場に昏倒する。
郁乃武「な、永瀬さんっ?」
仰向けに倒れたまま動かない永瀬。しかし表情はどことなく幸せそう。
郁乃武「ど、どうしよアルファ! 何があったんだろ?」
アルファ「(ぎこちなく笑って)き、きっと研究でお疲れなんですよ、寝かせておいてあげましょう。ほら、郁乃武さん、行きましょう?」
アルファ、郁乃武の手を引いて帰ろうとする。
郁乃武「ちょっ、アルファ手が痛いよ! 急にどうしたの、そんな慌てて!」
閉まるドア。独り残された永瀬。
照明に照らされた顔は、やはり嬉しそうに笑っている。
25 木村家・外観
数日後。昼。
玄関に立つ郁乃武、アルファ。
アルファは嬉しそうだが、郁乃武は神妙な面持ち。
隣には新しいボディに換装したフミエ。しかし見た目はさほど変わっておらず、色とモニターの配置が変わった程度。
ブタキム、戸も半開きのままで面食らっている。
ブタキム「フミエ……なの?」
フミエ「(微妙に前より流暢になっている)ソウデス、オボッチャマ」
ブタキム、戸を開けて出て来る。
ブタキム「(信じられず)いっちゃん……」
郁乃武「(ボディをばんばんと叩いて)間違いない。こいつは本物のフミエだ。俺たちが保証するよ」
フミエ「(郁乃武の方を向いて)ナニスンダ、バカヤロー」
ブタキム、その一言に思わずフミエに抱きつく。
その様子を微笑ましく見守る郁乃武とアルファ。
26 近所の公園
9と同じ公園。
ベンチに座る郁乃武とブタキム。
それぞれの主人の傍らに立つアルファとフミエ。
ブタキム「(俯き加減に)……本当は、もう諦めようと思ったんだ。フミエは元々おじいちゃんの家にあったメイドロボだから、多分次はもう買わないだろうし。(正面を見て)それならうちの最後のメイドロボとして、ずっと忘れないでいようって」
ブタキムの視線の先では、小さい子供がメイドロボに見守られながら楽しそうに遊んでいる。
ブタキム「(静かに笑って)でも、やっぱり無理だった。何かする度に、ここにフミエが居たらって、この一週間ずっとそんな事ばかり考えちゃったよ」
ブタキム、座ったまま郁乃武に向き直り、深く頭を下げる。
ブタキム「ごめん、いっちゃん。本当にありがとう。(頭を上げて)かかったお金は、少しずつでも絶対に返してくから」
フミエ「アリガト、イクノブ」
郁乃武「(手を目の前で振って)いや、いい。お金とかいいよ。っていうか、かかってないし。偶然知り合った大学院生が治してくれたんだ。本当だよ」
ブタキム「(心配そうに)……いっちゃん……」
アルファ「(ブタキムの顔を覗き込んで)本当ですよ、ブタキムさん。それに、その方もおっしゃってました。ここまで大切にされていなかったら、そもそも治せなかったって」
ブタキム「アルファさん……後でその人の住所、教えてください。今度、直接お礼を言いに行きます。(フミエを見て)一緒に」
アルファ「(微笑んで)私も、それがいいと思います」
郁乃武「あー……(申し訳無さそうに)その人基本、いい人なんだけど。ちょっと変というか、暑苦しいというか……それだけ、言っておくよ」
ブタキム「そうなの?」
アルファ、否定出来ず笑ってごまかす。
27 帰り道
夕方。
歩きながら話す郁乃武とアルファ。
郁乃武、時折不安げな表情でアルファを見つめるが、アルファは気付かない。
郁乃武も心配をかけまいとして、すぐに正面を向いてしまう。
人気の少ない道に差し掛かり、二人きりになる。
アルファ「良かったですね、ブタキムさん喜んでくれて」
郁乃武「(苦笑いして)でも、まさかほとんどそのままとは思わなかったな。もう少しアルファやロヴィーサみたいになって帰って来ると思ったのに」
アルファ「そこは、永瀬さんが気を使ってくれたのかも知れませんよ」
郁乃武「何で? 新しいボディに越した事は無いじゃん」
アルファ「……もし私が急にロヴィーサさんになって戻って来たら、郁乃武さんは私だってすぐに信じてくれますか?」
郁乃武「(腕を組み、考え込んで)そ、それは……」
アルファ「私達だって、フミエさんのボディの交換に最後の最後まで立ち会ったわけじゃないですから。ブタキムさんはもっと複雑な気分でしょう。それを少しでも和らげてくれる様に、考えてくださったんですよ。きっと」
郁乃武「……そっか」
それきりポケットに手を入れて、黙ってしまう郁乃武。
俯いたまま、アルファと視線を合わそうとしない。
郁乃武「(正面を向いたまま)アルファって、ここに来る前の記憶ってあるの?」
アルファ「えっ……(考え込んで)いえ。ございません」
郁乃武、再び黙ってしまう。
しばらく歩く二人。
郁乃武「(急に立ち止まって)アルファ!」
アルファ「(振り向いて)はい?」
郁乃武「このモニターが終わったら、アルファのメモリはどうなるの?」
郁乃武、いつになく真剣な表情でアルファを見つめる。
郁乃武「期間が過ぎたら、アルファは回収されちゃうんだよね? そうしたら……ここでの記憶をまた全部初期化するとか、そんな事、無いよね?」
アルファ「郁乃武さん……」
郁乃武「いつまでだって一緒に居たいけど、無理なのは俺にも解るよ。でも、それで記憶までなくなったら、いくらなんでも寂しいからさ……」
季節外れの冷たい風が吹く。
立場上何も言う事が出来ず、哀しげな顔のアルファ。
郁乃武「(訴えかける)俺は、絶対に覚えてるから。死ぬまで、いや死んでも、絶対アルファの事を忘れないって今約束するよ。さっきはあんな事言ったけど、もし見た目が変わってたって、絶対判る。本当だよ。だから、もしアルファが自分の事を忘れたって、俺が思い出させてあげるから」
アルファ「……大丈夫ですよ。私だって、郁乃武さんの事を忘れたりしません。いつか離ればなれになっても、ずっと覚えていますから」
無理をしていつも通りに微笑んでみせるアルファ。
差し伸べられるアルファの手。
郁乃武、無力感に独り拳を握っていたが、震えながら手を掴む。
手を繋いで帰る二人の影。
28 駒木家・郁乃武の寝室
深夜。
とっくに寝ている父親と母親。
寝室で机に向かい、手元を照らすライトだけを頼りに手紙を書く郁乃武。
郁乃武M「メイドロボを作っているところの皆さん、今日はお願いがあって書きました。もしアルファが戻っても記憶を消さないで欲しいのです。アルファはここに来る前の記憶がないと言いました。多分、うちに来る為に一度リセットしたのでしょう。それも、やめて下さい。正直うれしくありません。アルファがしてきた事や、これからする事が全て嘘になってしまうなんて、よくないと思います。お願いはもう一つあります。それは、全部終わった後でもし使わないのであれば、アルファのメモリを頂きたいのです。ボディも本当は欲しいのですが、最新型を買うお金がうちにはありません。でもメモリだけなら、何とかなるかも知れません。ボディはいつかお金を貯めて、僕が自分で買います。メモリのお金が足りない分も、頑張って払います。だから、アルファをどうか消さないでください」
郁乃武、椅子から立ち上がり大きく一つ伸びをすると、部屋を出て行く。
キッチンの電気を点け、冷蔵庫の中から麦茶を出し飲んでいると、和室の明かりが一筋漏れている事に気付く。
ふすまを微かに開けてこっそり中を覗いてみると、パジャマ姿のアルファが机の前に座って何かを書いている。真剣な様子。
郁乃武「(微笑んで)アルファ……」
郁乃武は自分と同じ事をしているのだと勘違いし、音を立てぬ様静かにふすまを閉じる。
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