第2話「あなたは、メイドロボというものについてどうお考えですか」

8  駒木家・居間

   翌日。昼前。

   食卓に頬杖をついて独りテレビのバラエティ番組を観ている母親。

父親「(扉を開けて)おはよう」

   まだパジャマ姿の父親が居間に入って来る。

母親「(視線はテレビから離さないまま)おはよう。もう十時だけどね」

   父親、母親の向かい側の席に着くと辺りをきょろきょろと見回す。

   母親、それを意にも介さずテレビ番組にあははと笑う。

父親「郁乃武とトモ……あ、いや。アルファは?」

母親「二人なら外に遊びに行ったけど」

父親「随分早いな。昼飯くらい、食ってから行けばいいのに」

母親「まあ、少しでも早く見せびらかしたかったんじゃない? 金光君や木村君と遊ぶって言ってたし」

父親「(後頭部を掻きながら)……バレないかな」

母親「そんな心配しなくても大丈夫でしょ。少なくとも、郁乃武に関しては」

父親「(掻き終えた手を見つめて)でも、多分その友達も連れて来るんだよな?」

母親「(父親の方を向いて)あーもう! あんま細かい事ばっか心配してると、ハゲるわよ」

父親「……」

   父親、手を真顔で見つめたまま動かない。

   指と指の間には大量の抜け毛。


9  近所の公園

   集合場所としてよく使われている公園。

   三人にそれぞれのメイドロボが付いて、計六人が集まっている。

   郁乃武とアルファ、金光、ロヴィーサ、ブタキム、フミエの前に立つ。

   金光はサッカーボールを小脇に抱えている。

郁乃武「紹介するよ。これがうちに来たメイドロボの、アルファ」

アルファ「(お辞儀して)はじめまして、アルファと申します」

   目を丸くしてその場に立ち尽くす金光。傍らにはロヴィーサが凛とすまして立っているが、その視線は正面のアルファに注がれている。

   一方いつもと変わらず、落ち着いた様子のブタキム。そしてその隣にはフミエがピコピコと電子音を鳴らしながら佇んでいる。

金光「……最新型って、ここまで進んでるのか。本当に人間みたいだ」

   ロヴィーサ、金光の言葉に表情を硬くすると自ら一歩前へ進み出る。

金光「ロヴィーサ?」

ロヴィーサ「(深々と一礼する)はじめまして、アルファさん。私、金光家のナースを務めさせて頂いております、ロヴィーサと申します。以後、お見知り置きを」

アルファ「はい。はじめまして、ロヴィーサさん。(お辞儀する)ナースという事は……(笑顔で)看護婦さんなんですね」

金光「……いや、ナースってのは乳母の事で、子供の世話をするメイドだけど」

   あら、とごまかして笑うアルファ。

ブタキム「(上着のポケットに手を突っ込んで)凄いねえ、最近のメイドロボは」

フミエ「ハジメマシテ、フミエイイマス。コンゴトモ、ヨロシク」

   足に装備されたローラーで、アルファの前へ移動するフミエ。

   アルファが身長差に合わせて少し屈み、突き出された手を握る。

アルファ「(握手した手を軽く上下させて)フミエさんね。御丁寧にどうも」

金光「しっかしすげーなあ。想像以上だよ。うちのロヴィーサのボディだってまだ全然型落ちしてないのに、もうこんな凄いの出てるのか」

郁乃武「へへ、すげーだろ」

金光「アルファは一体どこのメーカーなの?」

郁乃武「よくわかんない。何か、秘密なんだって」

金光「(アルファをしげしげと眺めながら)秘密か、確かにそうかもな。どう見ても一世代は先に行っちゃってるもんなあ。特に質感とか」

   ロヴィーサ、感心しきりの金光の様子を寂しそうに一瞥する。

ブタキム「今日は河川敷のゴールでPKでもしようよ」

郁乃武「お、いいねいいね。おい金光、今日こそ負けないからな!」

金光「へっ、お前のヘナチョコシュートなんかまた簡単に止めてやるよ」

郁乃武「早く行こうぜ、向こうまで競走な!(言い終わる前に走り出す)」

金光「あっ、おい! それ反則だろ!」

   金光、郁乃武を追って河川敷まで走り出す。

   アルファが止めようとするが、時既に遅く、遠くに消えてしまう二人。

ブタキム「(アルファの隣に立って)大丈夫だよ、河川敷まではそんなに離れてないし、車も少ないから。僕らはゆっくり行こう」

   ブタキム、上着のポケットに手を突っ込んだまま後を追って歩き出す。

アルファ「そうなんですか?」

フミエ「ダイジョブ、モーマンタイ」

   フミエ、ブタキムに付いて走り出す。

   取り残されるアルファとロヴィーサ。

アルファ「じゃあ、私達も行きましょうか。道わからないですけど、お二人についていけば大丈夫ですよね?」

ロヴィーサ「……はい」

   先に行くアルファの後ろ姿をじっと見つめるロヴィーサ。


10 河川敷

   河川敷の広場。特に遊具はないがサッカーゴールがある。

   郁乃武の蹴ったボールをキーパー役の金光が受け止める。

郁乃武「(大げさに頭を抱えて)あーっ! 今の絶対入ったと思ったのに!」

金光「(ボールを脇に抱えて)あの真正面が? よく言うぜ!」

郁乃武「そんな事ねーよ、(手でボールの軌道を必死に説明しながら)回転かけたもん、回転!」

金光「(笑って)素人が簡単にコース変えられたら苦労しねーよ。ほら、交代だ」

   金光、ボールを持ったまま小走りにゴールを離れる。

   郁乃武が入れ替わりに「ちぇ」と舌打ちしてゴール側へ走る。

   ブタキム、地面に書かれたPKの得失表に木の棒で×を一つ描き込む。

   アルファ、ロヴィーサ、フミエの三体が少し離れたところに整列して、その様子を見ている。

金光「(ボールの後方について郁乃武を指差す)いっちゃん、これ止められなかったら俺の勝ちだぞ、せいぜい気合入れとけよ!」

郁乃武、ゴール前で身構える。

金光「(助走をつけて)そりゃっ!(ボールを蹴る)」

郁乃武、ボール目掛けて横に飛ぶも、届かずそのままゴール。

金光「(ガッツポーズ)よっしゃ! ま、こんなもんだな!」

郁乃武「(起き上がって泥をはたく)くっそ……あと少しだったのに」

金光「いいや、まだまだだね。おーい、ブタキム、待たせたな。やろうぜ」

ブタキム「うん、いいよ。じゃあいっちゃん、こっち代わりに頼むね」

   走り寄って来たブタキムが木の棒を郁乃武に渡す。

   郁乃武、渋々それを受け取るとゴール前を去り、地面に木の棒で枠を描いてその前に膝を抱えて座る。

   アルファ、遠くからそんな様子を微笑ましく見ている。

   するとロヴィーサが横から不意にアルファの胸を触る。

アルファ「(頬を染めて)あっ……! って、いきなり何するんですか!」

   一歩下がって両手で胸を守るアルファ。

ロヴィーサ「(心外そうに)あ、いや。失礼しました。最新型の素材は一体どうなっているのかと思って。思いの外やわらかい……その方が剛性はあるか」

   手をじっと見つめるロヴィーサ。感覚を思い出す様に、掌を軽く握ったり開いたりを繰り返している。

   アルファ、自分がメイドロボだった事を思い出し頭を掻く。

アルファ「(空笑いして)あ、あはは……お褒めに預かり、光栄です。そ、それにしても楽しそうですね、皆さん」

ロヴィーサ「(サッカーをしている三人を見て)そうですね。特に坊ちゃまはサッカーが大好きですから」

アルファ「好きこそ物の上手なれ、ですね」

ロヴィーサ「(少し微笑んで)ええ、全くです。ところでアルファさん」

アルファ「はい?」

ロヴィーサ「あなたは、メイドロボというものについてどうお考えですか」

   アルファ、しばし真剣に考える。

アルファ「え、えーっと……メイドの、ロボットですよね」

ロヴィーサ「(無表情で)……」

アルファ「(恐る恐る表情をうかがって)……ダメ、ですか?」

ロヴィーサ「(首を振って)いいえ。その通りです。ロボット……工業製品である以上、あなたの様に最新型というものは次から次へと出て来ます」

   ロヴィーサ、アルファを見る。

ロヴィーサ「最近でこそ学習型AIの機能向上により、メモリを引き継いでボディだけを更新するというのも珍しく無い様ですが、以前は古くなれば新型に買い換える、という考え方が当たり前でした」

   ロヴィーサ、フミエを見る。

フミエ「ナンダコノヤロー、タココラ!」

ロヴィーサ「(アルファに向き直って)そんな中でも、私達はメイドロボは最後まで変わらずに真心を込めてご奉仕しなければなりません。もしもご主人様のお気持ちが移ろおうとも。……私はナースとして、様々なメイドロボの行く末を見て来ました。今は解らないでしょうけれども、アルファさんにもいつかこの気持ちを理解される日が来るでしょう」

アルファ「ロヴィーサさん……」

   ロヴィーサの横顔。

   寂しそうな顔のアルファ。

郁乃武(OFF)「ねー、アルファ! ちょっとこっち来て!」

ロヴィーサ「(アルファを見て)郁乃武様がお呼びですよ」

アルファ「……あ、はい!」

   アルファ、郁乃武の下へ駆け寄る。

アルファ「どうされました、ご主人様?」

郁乃武「アルファってサッカー出来る? 人数いないから、PKだけど」

アルファ「さ、サッカー……ですか」

郁乃武「金光がどうしても最新型の運動性能が見たいって言うからさー。まあいっつも三人でやってても飽きるし、見てるだけなのも暇かなと思って」

   郁乃武、ゴールを指差す。

   アルファ、ゴールを見る。

   ゴール前では既に金光がアップを始めている。

アルファ「どうでしょう、あまり自信は無いですけど……」

郁乃武「じゃあとりあえず一回やってみてよ。金光がキーパーやるから」

ロヴィーサ「郁乃武様」

   気付けばロヴィーサもこちらに来ている。

郁乃武「あ、ロヴィーサも一緒にやる?」

ロヴィーサ「その事についてなのですが、私達メイドロボはサッカー、とりわけPKについてはどうしても不得手になります」

郁乃武「ふえて、って?」

アルファ「(郁乃武に耳打ちして)苦手、という意味ですよ」

郁乃武「(へえ、と頷く)何で? ボール蹴るだけだよ? 足あるじゃん」

ブタキム「(急に出て来て)ロボット三原則の事を言ってるんじゃないのかな」

郁乃武「わ、なんだよブタキム、驚かすなよ! ……で、何。その三原則って」

ブタキム「細かい説明は省くけど、つまりメイドロボは人間に向けてシュートする事が出来ないんだよ。危ないから」

ロヴィーサ「解説ありがとうございます、木村様。仰る通り、人間に対して危害を加えかねない行動に関しましては基本的に制限されておりますので、大変恐縮ですが謹んでお断りさせて頂かざるを得ません」

郁乃武「そうなの、アルファ?」

アルファ「(ぎくっとして)……あ、はい。ロヴィーサさんがおっしゃるなら、そういう事に……」

   ほっと胸を撫で下ろすアルファ。

郁乃武「(つまらなさそうに)なーんだ。べっつにそれくらい危なくないのに」

ロヴィーサ(OFF)「ですが」

郁乃武「ん?」

ロヴィーサ「ボールを受ける側のキーパーなら可能です。(アルファの正面に立ち)アルファさん。折角の郁乃武様のお申し出ですので参加させて頂こうと思うのですが、勝負して頂けますか」

アルファ「ええ?」


11 河川敷

   ボールを置いて、助走位置に立つ金光。

   ゴール前にはロヴィーサが微動だにせず立っている。

   その様子を遠くから見守っている郁乃武、隣には心配そうに胸に手を当てているアルファ。そして電子音を鳴らすフミエ。

   ブタキムは一人離れてしゃがみ、地面に新しい得失枠を描いている。

ブタキム「(立ち上がって)では、これよりロヴィーサ対アルファのキーパー勝負を始めたいと思います。僕やいっちゃんでは勝負に相応しいちゃんとしたシュートが撃てるかどうか怪しいので、キッカーは金光君にお願いしたいと思います」

   爪先をとんとん、と後ろに立てて準備する金光。

   手袋を直すロヴィーサ。

郁乃武「(手をメガホンにして)やるなら全力でやれよ! 自分のメイドロボだからって手加減すんなよ金光!」

アルファ「(慌てて郁乃武の口を塞いで)だ、ダメですよそんなけしかける様な事言っちゃ! まともに当たったら壊れちゃいますよ、ロヴィーサさんが壊れちゃいますっ! それに私も!」

金光「(郁乃武の方を向いて、大声で)うるせーな、言われなくてもんな事しねーよ! 二回とも全力で蹴ってやるから安心しろ」

アルファ「ええーっ!」

ロヴィーサ「(アルファをちらっと見て)お気遣い無く、アルファさん。あなたほどではないにしても、私とてそう簡単に壊れる様な構造はしていません」

   ロヴィーサ、身構える。

ロヴィーサ「どうぞ、お坊ちゃま」

   金光、黙ってもう一度爪先を立てる。

ブタキム「まずはロヴィーサの一球目。お願いします」

   ブタキムの言葉を合図に、ボールへ向けて走り出す金光。

   黙って見守る郁乃武、ブタキム、フミエ。

   独り半泣きのアルファ。

金光「ふっ!」

   蹴られたボールは勢い良く飛び出したが、そのコースは真正面を大幅に外れて斜め上を狙っている。

郁乃武「ええっ! あれじゃゴールポストどころかネットにも入らねえよ!」

   ロヴィーサ、ゴールには到底入りそうにもないボールだが、それでも走って追いかけ、人間離れしたジャンプをして受け止める。

ブタキム「お見事」

   見ていた一同、思わず拍手する。

   ロヴィーサ、郁乃武たちに向けてボールを持ったまま一礼する。

郁乃武「どうしたんだよ金光! らしくねえなあ」

金光「(両手を合わせて)悪い、力入れたら逆にコースが狂っちまった」

   ロヴィーサ、金光に近づいてボールを手渡す。

ロヴィーサ「(微笑んで)……お気遣い、ありがとうございます」

   恭しく一礼してみせるロヴィーサ。

   金光は応えない。

アルファ「(目を細めて)ロヴィーサさん……」

郁乃武「でもすげーよなあ、ロヴィーサ。流石は出回ってる中での最新型メイドロボだな。……って事は、アルファならもっと簡単に止めれるよね?」

アルファ「えっ、ええ?」

ブタキム「(遠くから呼びかける)じゃあ次ー、アルファさんの番ねー」

   郁乃武、アルファの手を掴む。

郁乃武「(アルファを引っ張りながら、目を輝かせて)いくぞ、アルファ! お前の力、見せてやれ!」

アルファ「(引っ張られ)えっ、そ、そんな力なんて無いです! 無いですよ!」

郁乃武「もう、いいよそういうの。ロヴィーサより凄いに決まってんだから!」

アルファ「だ、ダメですよ坊ちゃま! 坊ちゃまー!」

   懇願むなしくゴール前に立たされてしまうアルファ。

   その姿はロヴィーサと対照的に弱々しく、目には涙を浮かべている。

   不安げにアルファを見る金光、ロヴィーサ。そしてブタキム。

   独りだけ自信満々に腕を組んで金光の隣に立つ郁乃武。

郁乃武「(金光の肩に手を置き)さあ、やってくれ!」

金光「……いいのか?」

郁乃武「(大きく頷いて)全力だからな!」

   金光の傍を走って離れる郁乃武。

   期待してシュートを待っている郁乃武の隣に立つロヴィーサ。

   ロヴィーサの哀願するような表情。

   金光、それを見てこっそり頷くと、ゴールのある正面を向く。

   一応構えてこそいるが、アルファの足は情けなく内股になっている。

   金光、助走をつけてボールを蹴る。

アルファ「ひいいいいいいっ!」

   アルファ、必死に止めようととりあえずジャンプしてみせるが、怖さのあまり目は閉じてしまっている。

   ボールはロヴィーサの時と同じく斜め上を狙って逸れていったが、アルファはボールと真逆に向かって飛ぼうとした挙句、スカートの裾に足を引っ掛けて胸から地面に倒れ込んでしまう。

   ボールはゴールポストギリギリでゴールへ入り、ネットを揺らす。

   倒れたまま動かないアルファ。

   言葉も出ない一同。

   その中でも一際唖然とする郁乃武。


12 帰り道

   夕方。住宅街の路地。並んで歩く6人。

   その中でも郁乃武とアルファは目に見えて土で汚れている。

   ボールを抱えている金光。

郁乃武「(笑いながら)それにしてもアルファにはびっくりだったよなー。こうロヴィーサみたいに凄いジャンプしてキャッチするのかと思ったら、思いっ切り反対側に飛んで、しかもコケるなんてさ」

アルファ「(顔を赤らめて)ご、ごめんなさい……」

フミエ「ゲンキダセダセ、ゲンキダセ」

ブタキム「しょうがないよ。PKは普通キッカーの方が有利なんだから」

ロヴィーサ「(アルファの顔を覗き込んで)……アルファさん、大丈夫ですか?」

アルファ「あ、はい。結局、自分で転んだだけですから。これくらい平気です」

   ガッツポーズをしてみせるアルファ。

金光「(お手上げのポーズで)アルファを責める前に、いっちゃんが練習しろよ。そんなんじゃ中学入った時、レギュラー取れないぞ。ただでさえ背が足りてないのに」

郁乃武「(むっとして)背はこれから一気に伸びるんだよ!」

金光「背だけじゃなくって練習もだって。いつでもボール持って練習しなきゃ」

   金光、手にしていたボールを足元へ放り投げ、歩きながら蹴る。

ロヴィーサ「……坊ちゃま、公道でのボール遊びは道路交通法第十四条に抵触しますので、お控え下さる様お願い致します」

金光「(ボールを蹴りながら)大丈夫だよ。この辺車少ないし。ちょっとくらい障害物あった方がボール捌きの練習になるんだ。……って、おっと」

   足下からこぼれ落ちて前へ転がっていくボール。

   金光がそれを夢中で追いかける内に、車道へ出てしまう。

   そこに迫り来るトラック。金光は竦んでしまって動けない。

ロヴィーサ「危ない!(体に電流走る)あっ、くっ……しまった、三原則が」

   ロヴィーサ、反射的に飛び出そうとするが、三原則のせいで金光を突き飛ばして助けようと考えると体が自動的にロックされてしまう。

   クラクションと共にいよいよ迫るトラック。

   あわやというところでアルファが道路へ飛び込み、金光に体当たりして道路の反対側へと一緒に倒れ込む。

郁乃武「アルファ!」

ロヴィーサ「坊ちゃま!」

   転がっていくボール。

   クラクションを残して走り去るトラック。

   覆い被さったアルファの感触に顔を赤らめる金光。

   二人は体を何とか起こし、その場に座り込む。急いで駆け寄る四人。

ブタキム「良かった、大丈夫みたいだ……」

   四人が胸を撫で下ろした瞬間、アルファが金光の頬をはたく。

   目を丸くする五人。一人眉を吊り上げるアルファ。

アルファ「危ないって、ロヴィーサさんも注意してたでしょ! ボールはなんとでもなるけど、君の命だけは取り返しがつかないんだから!」

   赤くなった頬を片手で抑えて呆然とする金光。

金光「ご……ごめん、なさい」

アルファ「もしあなたに何かあった時の御両親のお気持ちや、ロヴィーサさんがどうなるかを考えたら、そんな軽はずみな事は出来ない筈です! わかりましたか!」

   金光、言われるがままに二度頷く。

   それを見たアルファが漸く微笑む。

アルファ「でも、ケガが無くって本当に良かった。ボール、取って来ますね」

   先に立ち上がり、転がっているボールを小走りに取りに行くアルファ。

   しばらく言葉が出ない一同。

ブタキム「……いっちゃんちのメイドロボって、凄いね」

郁乃武「(頷いて)う、うん……」

アルファ「(戻って来て金光に差し出す)はい、ボールです」

金光「は、はい……」

   ボールを受け取って何とかその場に立ち上がる金光。

   陰で唇を噛み、独り拳を握るロヴィーサ。


13 帰り道・河川敷上の道

   それぞれの家路に別れた後。

   回り道して、河川敷上の道を歩く金光とロヴィーサ。

   ロヴィーサは金光の少し後ろを歩いている。

ロヴィーサ「(遠慮がちに)……坊ちゃま、そろそろお戻りにならないと。旦那様と奥様が心配されます」

金光「……ああ」

   しばらく歩く二人。

ロヴィーサ「……先程は、大変申し訳ございませんでした」

   金光、後ろ姿のまま黙っている。

ロヴィーサ「(俯き加減に)本来なら私がお止めするべきところを、アルファさんに頼る形となってしまいました。金光家を預かるメイドとしてあるまじき失態です。……ご処分を、お願い致します」

金光「何でだよ。別にロヴィーサは悪くないだろ」

ロヴィーサ「いえ……ですが」

   ロヴィーサ、立ち止まる。

   金光も足を止め、振り返る。

ロヴィーサ「(正面を向いて)……ですが、結局何も出来ませんでした。お坊ちゃまを突き飛ばして助けるという手段も、旧型の私にはまだ許可されていません。それと、最後のあの、アルファさんがお坊ちゃまのお顔をはたいた事だって……」

金光「……あれは、止めなくてもいいんだって」

ロヴィーサ「それは存じております。むしろ、とても素晴らしい事でしょう。でも、私にはやはり出来ません。……彼女が本当の最新型である所以が、よく理解出来ました。私の顔を立てる為に、あんな滑稽な真似までして。……私にも、お暇を頂く時が来たのかも知れません」

金光「そんな事ない!」

   きっぱりと言い放って、ロヴィーサを睨む様に見つめる金光。

   その目には涙を溜めている。

ロヴィーサ「(驚いて)ぼ、坊ちゃま……?」

金光「勝負も、ロヴィーサの勝ちだったじゃないか。だってわざと外したの知ってて取ってくれたんだろ。そこまで解っててくれたんだろ。そうだよ、俺だって、ロヴィーサに向けてボールなんか蹴れないんだから」

   金光、ボールを持ったままロヴィーサに近付いて、顔をエプロンに埋める。

金光「最新型だからとか、そんな事全然関係ない。ロヴィーサはロヴィーサじゃなきゃ意味が無いんだから。……ただ、ちょっとびっくりしただけなんだ。それ以上の事なんて、考えてない。考えてないぞ」

ロヴィーサ「(金光の肩に手を回して)……はい。承知致しました」

金光「……何処にも行くなよ。古くてもいい、壊れても捨てさせやしないから」

ロヴィーサ「ありがとうございます、坊ちゃま」

   金光、ロヴィーサから離れ、涙をごしごしと袖で拭く。

   決まり悪くポケットに手を突っ込むと、ロヴィーサに背中を向ける。

金光「……帰るぞ、ロヴィーサ。父さんや母さんに何言われたって、気にするなよ。今日のは、僕が悪いんだからな」

ロヴィーサ「(微笑んで)はい、帰りましょう。……私は、幸せです」

金光「(恥ずかしそうに)……いいんだよ、そういうのは口に出さなくてもさ」

ロヴィーサ「(笑って)はい!」

   金光とロヴィーサ、手を繋いで、少し暗くなった帰り道を歩く。


13 駒木家、玄関

   駒木家外観。ごく普通の一軒家。

   すっかり辺りも薄暗くなって、電気が点いている。

郁乃武(OFF)「ただいまー!」

   玄関に立つ、泥だらけの郁乃武とアルファ。

   それを迎える、苦い顔の母親。

母親「……何やって来たの」

郁乃武「金光とブタキムと、サッカー!」

母親「……いや、何でアルファまで汚れてるの」

郁乃武「金光のところのロヴィーサと、PKで勝負したから」

   申し訳無さそうに笑うアルファ。

母親「(何か言う気力も無く)……そう、もうお風呂入っちゃいな。沸いてるよ」

郁乃武「そうする!」

   郁乃武、そう答えるやいなや靴を乱暴に脱ぎ捨てて風呂場へと走る。

   脱げてしまった靴下が片方、その場に残る。

   母親、それを摘み上げると溜息を付き、肩を落とす。

母親「あいつ、あれで本当に五年生なのか……」

アルファ「あはははは……」

母親「(アルファを見て)ごめんねー、うちの郁乃武バカだから。無理に付き合わなくても良かったのよ?」

アルファ「いいえ、いいんです。私も断われなかったんで……」

母親「(微笑んで)優しい子ね。でも、変な男には騙されちゃダメよ。それにしても……どうしよ、この服。メイド服の代えなんて考えてなかったしなー……」

   母親、腕を組んでうーん、と考える。

母親「……まあ、それは後々考えるとして。今日は悪いけど私の服で……」

父親(OFF)「ちょおっと待ったあああああああああ!」

母親「(声のした廊下の方を向いて)へっ?」

   父親、物凄い勢いで玄関まで走って来る。

父親「アルファ君、おかえりなさい!」

アルファ「あっ、はい。(お辞儀して)ただいま戻りました、ご主人様(微笑む)」

   花も咲き乱れる様な、アルファの満面の笑顔。

父親「はうっ!」

   父親、悦に入ってしまい、しばらく自分の肩を抱きしめたまま動かない。

母親「……もし、もーし(父親からの反応無し、指差して)ダメだ、こりゃ」

   困り顔で笑うアルファ。

父親「(動き出して)……ふぅ。ところで、メイド服がどう、とか聞こえたが」

母親「(数歩引いて)いや、言ってない。言ってても言ってない」

父親「(アルファを見て)おや、服が泥だらけだね。それじゃ衛生上良くないな。こりゃ、すぐにでも着替えないと」

アルファ「ええ。でもこんな服(ロングスカートの裾を持ち上げ)、普通ストックなんて無いですよね?」

父親「(眼鏡を怪しく光らせて)任せたまえ」


14 駒木家、父親の部屋

   母親とアルファが扉の前に立っている。

   母親の表情は嫌な予感しかせず、既に訝しげ。

   アルファは言われるがままにただ待っている。

   父親、扉を開け出て来る。

父親「入りたまえ」

母親「(警戒して動けない)……」

アルファ「お邪魔しまーす」

  母親とアルファ、恐る恐る父親の部屋に入る。

母親「(半歩下がって)げっ!」

  アルファ、部屋の中を興味深げに眺める。

  父親、二人の後ろから部屋に入って来る。

父親「どうかな、私のコレクションは」

  明らかになった部屋の全貌。

  四方の壁という壁に、メイド服が隙間無くハンガーでかけてある。

母親「(部屋を見回して)う、ウソでしょ? 私今日もこの部屋掃除したのに……あんた、これ今まで何処に隠してたの!」

  父親、ニヒルに眼鏡を押し上げる。

父親「フフ、秘密だ。男には自分の世界の一つや二つあるもんだろ」

  アルファ、壁にかかった一着を手に取って早速胸に当ててみる。

アルファ「(振り向いて)凄いですね、これ! どこで買ったんですか?」

父親「全部手作りだよ。既製品なんてよっぽどの物でもない限りただのパーティー・グッズさ。こういうのは、自分で作るからこそとことん拘れる」

  母親、メイド服を一着一着手に取って細かく確認する。

母親「……これ、誰に着せるつもりだったの」

父親「え、そりゃあ、その……(明らかに今思いついて)君が着てくれないか

な、とか、思ったりして?」

母親「(わなわなと怒りに震えて)……どれ一つ取っても、あたしに合うサイズなんか無いじゃないの! 胸がキツ過ぎるわ、このロリコン!」

  メイド服を振り回して一方的に喧嘩を始める母親。

  頭を押さえて必死にガードしながら必死で謝る父親。

  そんな様子を見て苦笑する他ないアルファ。

郁乃武「(ドアを開けて)お母さん、お風呂入ったけど」

  パジャマ姿の郁乃武が部屋に入って来る。

  喧嘩の様子を見ても、平然としている。

郁乃武「(アルファに)またお父さんが何かやったの?」

アルファ「えーっと……そうですね。まあ、ちょっと。驚かないんですか?」

郁乃武「(両親を見て)いつもの事だからね。もう慣れた。そう言えばアルファは汚れたりしたらどうするの? 水は大丈夫?」

アルファ「はい。防水加工ですから。(笑って)今度お風呂でもご一緒しますか?」

  郁乃武、顔を赤らめる。

  父親、防戦一方の中でもその言葉を聞き逃さない。

父親「いかん、いかんぞアルファ君! 男女十一歳にして風呂を同じくせずだぞ! そんな羨ま、いや、素敵なイベントをホイホイ与えていたら息子の人生にとっても決して良くない。それならばいっそ私と……(母親にチョークスリーパーされる)ぐふっ!」

  父親、必死にタップする。

  母親「(父親のタップを無視し、締めながら)何を言ってるのかなー、この人は。ちょっといろいろ、徹底的に話し合う必要があるみたいね、あ・な・た?」

  郁乃武、父親を見て「あーあ」と残念そうな声を上げる。

郁乃武「(アルファの方を向いて上目遣いに、もじもじと)……父さんに言われたからじゃないけど、俺だってその、男だから。そういうの、今度から無しにしてくれないかな」

  アルファ、申し訳無さそうに笑って郁乃武の頭を撫でる。

アルファ「ごめんなさい、お坊ちゃま。私が軽率でしたね」

郁乃武「(少し不服そうに唇をへの字に曲げ)……まあ、いいけど。(コブラツイストに入った両親を背中越しに親指で指差し)父さんも母さんもしばらく続くだろうから、お風呂入っちゃいなよ」

アルファ「そうします。お風呂、失礼しますね」

アルファ、最初に持ったメイド服を手に部屋を後にする。

  郁乃武、両親の喧嘩をバックに見送るが、煮え切らない表情。

郁乃武M「メイドロボを作ってるところの皆さん、こんにちは。アルファが昨日来たばかりですが、早速色々な事がありました。とても楽しかったです。でもアルファは最新型の筈なのに、僕にはそうは思えません。友達の家のメイドロボの方がずっと凄く見えます。確かに見た目はまるで人間みたいですが、中身も人間みたいだから困ります。それにしても何で最近のメイドロボはみんな人間の、しかも女の形をしているのでしょうか。お父さんは嬉しそうですが、僕はもっとロボットみたいにすればいいと思います」

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