ステップ・ガール

髙橋螢参郎

第1話「どうしてうちにはメイドロボがいないの?」

シナリオ『ステップ・ガール』


高橋 螢参郎


キャッチコピー

『どうしてうちにはメイドロボがいないの?(小5・男)』


主な登場人物


○郁乃武     十一歳

  本名は駒木郁乃武(こまきいくのぶ)。主人公。あだ名はいっちゃん。

○アルファ    十八歳

  駒木家にやって来たメイドロボ。だが本当は……。黒髪。



○父親     三十四歳

  本名は駒木愛佳(こまきまなよし)。郁乃武の父親。メイドロボ好きのオタク。頭髪が目に見えて薄くなっている。

○母親     三十四歳

  本名は駒木好美(こまきこのみ)。郁乃武の母親。眼鏡をかけている。



○金光      十一歳

  郁乃武の友達。家は金持ちで、何体もメイドロボがいる。

○ロヴィーサ   二十歳程度

  金光家の教育一切に携わる、ナース(乳母)メイドロボ。

○ブタキム    十一歳

  本名は木村。大きな体格と穏やかな性格で、家は普通。

○フミエ

  木村家のメイドロボ。旧型で冷蔵庫に手足が付いた様な外見。基本カタコトで話す。

○永瀬      二十三歳

  本名は永瀬遊馬(ながせゆうま)。ロボット工学を学ぶ大学院生。暑苦しい。



○メイドロボ屋の店員 三十代

  相手が子供だと舐めてかかる、ある種の典型的な大人。




1 小学校・教室

  五年生の教室。

  帰りの会も終わりに近い。

  先生の前で緊張感が漂っており、表立って話す生徒は居ないが、こっそり手紙を交換したりしている。

  下校時刻を知らせるチャイムが鳴る。

先生「じゃあ、みんな気をつけて帰る様に。さようなら」

生徒「(代表して)先生、さようなら」

生徒「(続いて)さようなら」

  その一言で子供達は時間を惜しむ様に、我先とランドセルを背負って校庭へと飛び出していく。

  友達同士で口々に放課後に遊ぶ約束を交わす。

  目指す校門には遠目に見て判るほどの人だかりが出来ている。

  正体は横一列にずらっと並んだメイドロボの数々。

  ほとんどが美少女の姿をしている。

メイドロボ一同「お帰りなさいませ、お坊ちゃま(お嬢様)」

  各々の家のメイドロボにランドセルを渡し、一緒に帰る子供達。

  主人公の郁乃武、友達の金光とブタキム(本名は木村)と、校庭を並んで話しながら歩いている。

金光「(手を頭の後ろで組んで)あー、話長いんだよな、先生。いっちゃん、ブタキム、さっさと行こうぜ。時間は待ってくれないんだからな」

郁乃武「本当そうだよな。こっちは少しでも早く遊びに行きたいってのに」  

ロヴィーサ(OFF)「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」

  金光、声に気付き前を見る。

  視線の先、校門の脇では、金光家のメイドロボのロヴィーサと木村家のフミエが並んで立っている。

  美少女然としたロヴィーサと、箱に手足が付いた様なフミエの対照的な姿。

  深々と頭を下げるロヴィーサ。

  構造上お辞儀が出来ないのでピコピコと電子音を鳴らすフミエ。

  金光、ロヴィーサの下へ一足先に駆け寄り、ランドセルを持たせる。

ブタキム「うん。いつものとこでいいよね、金光君」

  ブタキムはフミエの背中についたフックに、ランドセルの金具をかける。

  郁乃武はその様子を見て、自身の背負ったランドセルを振り向き一瞥してみる。溜息を付く郁乃武。

金光(OFF)「(遠くから)何やってんだよ、行こうぜ!」

  郁乃武、慌てて後を追いかける。

  タイトル。


2 駒木家・居間

  お世辞にもあまりお金持ちとは言い難い、生活感溢れる居間。時代は今より多少未来の筈だが、そんな様子を感じさせるものは一切無い。

  夕飯時、椅子の四つ並んだ食卓を親子三人で囲んでいる。母親(三十四歳)と郁乃武が隣に並び、反対側では母親の正面に父親(三十四歳)が独りで座る。隣は来客用の椅子で誰も座っていない。

  言葉少なく、それぞれ淡々と食事を続ける父親と母親。ただ息子だけが箸をかき込む様に動かして、一人先に食べ終え元気よく手を合わせる。

郁乃武「(妙にはきはきと)ごちそうさまでした!」

母親「(まだ食べながら)ん。洗い場、出しといて」

郁乃武「はーい」

  いい返事と共に椅子から勢い良く立ち上がる郁乃武。

  母親が食べ終えた皿を見ると、普段は残してある筈の野菜が無い。それを見て何か裏があるのだろうと溜息をこぼす。

  郁乃武は洗い場に音を立てぬ様そっと食器を置くと、すかさず元の席に戻り、今度は行儀良くちょこんと座り直す。

郁乃武「ねえ」

  その一言に両親の動きが揃って一瞬止まる。

母親「(怪訝そうに郁乃武を見て)……なに」

郁乃武「(目を輝かせながら)今日学校で先生が言ってたんだけど、通学路に変な人が出たんだって!」

  郁乃武、無邪気な少年を演じてみせるが、母親は冷めた目で見ている。

母親「(箸を動かしながら)あらそう、良かったわねー。珍しいものが見れて」

郁乃武「全然良くないよ! それに見たの僕じゃないよ。違うクラスの子。だからそれでね、最近この辺も危ないって話が帰りの会であったからさ」

母親「どこ行ったってそれなりに危ないわよ。気合でかわしなさい」

郁乃武「(その場に立って)そんなの無理だって!」

  意にも介さず「(母親)醤油取って」「(父親)ああ」と醤油ビンの受け渡しをする両親。

  郁乃武はつい声を荒げてしまった事を後悔し、咳払いで気を取り直して座り直す。

郁乃武「……それでね? できる限り一人で帰らない様に、って先生に言われたんだけどさ……」

母親「だったら友達と帰ればいいじゃない。ほら、金光君と木村君。今年もまた同じクラスになれたんでしょ?」

郁乃武「(弱って)そ、そうだけど……あいつらの家あまり近くないじゃん。どうしても最後は一人になっちゃうよ?」

母親「ならいいじゃない。それくらいの距離ならかわせるでしょ」

郁乃武「だーかーらぁ!」

  郁乃武は興奮のあまり再び立ち上がろうと身を乗り出すが、あと一歩で踏み留まり、どかっと椅子に腰を落とし背もたれに行儀悪くもたれかかる。

郁乃武「(渋々ストレートに言う)どうしてうちにはメイドロボが居ないの?」

  父親が肩を上下させ深く溜息を付く。

  俯き加減に頭を傾けたせいで、その広過ぎる額に光が反射して母親の目を直撃する。母親が「まぶしっ」と光を手で反射的に遮る。

父親「……なんて時代だ。小学生がこんな台詞を堂々と言う様になるとは」

母親「……ええ、一昔前からは考えもつかなかったわ」

  軽く眩暈を覚え、共に箸を止める両親。郁乃武は二人が頭を抱える理由が解らず、椅子に座ったまま足をぶらぶらと落ち着き無く振り続ける。

郁乃武「(口を尖らせて)だってうちだけだよ、居ないの」

父親「ああ、わかってるよ。そういう時代なんだよなあ」

母親「本当に世も末ね」

  両親が揃って溜息を付く。いつまで経っても自分の話を正面から取り合ってくれないので、郁乃武が痺れを切らして拳で食卓をどん、と叩く。

郁乃武「だから、もううちだけなんだって! 学校の帰りにメイドロボが迎えに来ないの! あの二人の家だってちゃんと持ってるよ!」

母親「(しれっと)よそはよそ、うちはうち。大切な事よ、覚えときな」

郁乃武「息子が時代遅れだって、恥かいてもいいのかよ!」

  母親がいよいよ箸ごと掌をばん、と無言で机に叩きつけ、隣に座っている郁乃武の方へと向き直る。

母親「(大声でまくし立てる)いくらすると思ってんの! 車買えるわよ車! しかも二台! その車でさえ十年選手なのに、そんな余裕ありません! いい? ああいうのはプラスアルファなの。日常の生活のおまけなの。大体、うちの稼ぎでそうホイホイと買える訳が……あ」

  母親、言ってしまってから正面の父親の顔を下から恐る恐る覗き込む。

父親「すまん……」

  母親の言葉を聞いて力無くうな垂れる父親。

母親「(咳払いして言い直す)……大体あんた、そんな聞き分けの無い事言っててどーすんの! もう五年生にもなるってのにメイドロボなんか欲しがって! そっちの方が恥ずかしくないの!」

父親「すまん……」

  父親が更に俯く。頭頂部で光がプリズムの様に弾ける。

  母親、怒りながら父親の方に振り向く。

母親「もう、わかったからあなたは黙ってて! やりにくいから!」

  郁乃武がここぞとばかりに、斜向かいの父親へ向かって身を乗り出す。

郁乃武「お父さんだって欲しいよね? メイドロボ」

  父親、腕を組んで考え出す。

父親「そりゃあ……まあ、なあ。若い頃はみんなの憧れだったさ」

母親「……ごく一部の、でしょ」

郁乃武「じゃあ今こそ叶えようよ、その夢を」

  目を輝かせてずい、ずい、と迫り来る郁乃武。

  困った顔で頭を掻く父親。

父親「いやあ、でもちゃんとしたやつは実際高いだろ……」

郁乃武「大丈夫だって! 金光んとこは確かに金持ちだけど、ブタキムの家は別にそんなんでもないよ! だから買おう? ね?」

母親「あ、こら! いやらしい事言うんじゃない! それにその呼び方止めなさいって言ったのに、まだしてんの! 木村君に失礼でしょ!」

郁乃武「だって、ブタキムがそれでいいって言ったんだもん。あ、メイドロボ買ってくれたら止めれそうな気がする」

母親「買いません。……というか、木村君で思い出したんだけど」

  母親が腕を組んでにやにやと笑う。

郁乃武「(困った顔で)う……」

母親「前うちで遊んだ時、メイドロボが迎えに来てたよねー。木村君家のは、段ボール箱みたいな体に、腕がこう正面についてるやつでしょ」

  手をキョンシーの様に揃えて胸の前に突き出し、真似をしてみせる母親。

父親「ま、やっぱそんなもんか。それでもいいのか?」

郁乃武「いや……流石にあそこまで古いと、ちょっと……」

父親「ふむ。じゃあ参考までに聞いておくが、そのお金持ちの金光君の家のメイドロボはどうなんだね? 夢を見させてくれるのかい?」

  父親、箸を置き目の前で手を組む。眼鏡が逆光に白く光る。

母親「(呆れ顔で)……そっちは大体、あなたが想像してる通りのやつよ」

父親「ほほう……悪くないと言いたいところだが、やはり金のある者の勝ちなのか。やれやれ、この世の真理を垣間見てしまった気分だ」

母親「そーねー、という訳ですっぱり諦めましょう」

父親「そうだね」

  最後に味噌汁をすすり「ごちそうさま」と箸を置く父親。

  郁乃武は全然納得出来ず、机に倒れ込んでふてくされる。

郁乃武「ええー……あ、(不意に起き上がって)オレ今月誕生日だよ! その分! その分で!」

母親「はいはい。参考書とノートが欲しいって? わー、えらいわねー」

郁乃武「そんな事言ってないし! ……なんだよもう! バカ! ドケチ!」

  椅子から勢いに任せて立ち上がり、そのままどかどかと大げさに足音を立てて居間から退出する郁乃武。後ろ手にドアをばたんと乱暴に閉めていく。

母親「あ、こら郁乃武! ……あーもう、前回ので諦めたと思ってたのに、またこれだ。ねえ、あなたからも一度ガツンと言ってやってよ」

  腕を組み、首を傾げる父親。

父親「んー、まあ、なあ……」

母親「ほらまた、すぐそうやって逃げる!」

父親「いや、ほら高いのは高いよ。でも、あいつがここまで一つのものに執着したのも初めて見たからさ。もう何回目だ?」

母親「八回目。よくやるわ。血筋かしら?」

  父親、咳払いする。

父親「ん……まあ時代が違うさ。でも、居てくれたら君も楽だろ」

母親「……おもちゃ一個買うとか、そんな値段じゃないんだけど?」

父親「実際いくらくらいするもんなんだ? そういやチラシとか一切見ないが、うちには入ってないのか?」

  母親、黙って郁乃武の出て行った後ろの扉を親指で指す。


3 駒木家・郁乃武の部屋

  夜中。

  怒鳴り散らして疲れたのか、布団で深く寝息を立てている郁乃武。

  両親のシルエットが映り込み、机の上にうず高く積まれていたチラシの山とスクラップブックを、密かに室外へ持ち出す。


4 駒木家・居間

  父親と母親が郁乃武の集めたチラシを机の上いっぱいに広げ、向かい合って席に着く。おもむろにその内の何枚かを手に取って、それぞれ眺め出す。

父親「(チラシに目を通しながら)よくもまあ、こんなに集めたもんだ」

母親「(スクラップブックを開き)毎朝学校行く前に電器屋のチラシだけ抜いてったからね。この熱意がもうちょい他の方面にも向いてくれると嬉しいんだけど」

父親「はは。まあ、希望だけを言うなら俺だって欲しいけどね」

  父親、少年のチェックと思しき赤丸を指でなぞってみる。

母親「(ちら、と父親を一瞥して)……変な事考えてないわよね?」

父親「(慌てて)ま、まさかあ! そんな訳無いじゃないか! だだだだって、確かに送り迎えとかに誰か付いてた方が、いざという時安心出来ていいじゃないか! ほら、学校の先生だってそう、ねえ?」

母親「……別にそんな事まで言ってなかったけどね。ま、いいけど。今はこうして見てるだけだし」

父親「う、うん。そうだろ、そうだな」

  しばし無言でチラシを一枚ずつチェックする両親。

父親「む」

母親「どしたの」

父親「これ見ろよ。中古だ。車と同じで少しは安くなるもんだな。少しだけど」

母親「ええー……いや、こういうので中古はマズいでしょ」

  おえ、と舌を出す母親。

  父親は手にした大量のチラシを一度机に置き、母親の顔を見る。

父親「どうしてだ? 安く買えるのに。記憶とかは初期化出来るんだろ?」

母親「……だって、前の人がどんな使い方したかわかんないじゃん」

父親「お、お前なあ……人の事言えないだろ」

  そうは言うものの、父親が改めてチラシを注視すると、いかがわしいデザインのものも確かに多く載っている。

父親「……それにしても、こうして写真で見る分にはもう人間と遜色ないしなあ。確かに、ちょっと奇妙な感じだよ」

  母親、はたと気が付いた様に父親の顔を見る。

母親「そうそう。受け答えとかも本当人間みたいでさー。特に金光君とこの最新型とか。ここまで来ちゃうと逆に、ロボット然としててくれた方がまだ随分と気が楽なのよね。その、変に感情移入しちゃいそうで」

父親「ペットロスならぬ、メイドロスとかもあり得る訳か」

母親「そうそう。妙な愛好家じゃなくても、葬式とか今普通に聞くからねー」

父親「ふむ。情操教育に良さそうな話っぽくも聞こえるな」

母親「実際、それもよく聞く。学校によっては推奨してるところもあるみたい」

  父親、手にしていたチラシを一度全部机の上に置くと、腕を組んで「うーん」とうなる。

父親「……さっきはあいつの手前言わなかったけど、これなら案外なんとかなるかも知れないんだが。どうかな?」

母親「ええ? そんなお金あるの? 車、くるま!」

父親「い、いや。それは無理なんだけど。ちょっと考えが」

  机越しに、母親に耳打ちする父親。

母親「(後ろに引いて)ええっ、それいくらなんでも無理でしょ」

父親「まあ、やるだけやってみるのもいいんじゃないか? これは判らんぞ」

  腕を組み考え込んでしまう母親。

母親「……バレたらどーすんの」

父親「その時はその時さ。君だって経験あるだろ。まあ、最悪郁乃武の出迎えだけでもいいし。要は気分なんだよ、気分」

母親「(渋々)……じゃあ、頼んでみる?」

  黙って頷く父親。

  何も知らず寝ている郁乃武。


5 教室・朝

  朝の会前。

  登校した生徒は各々ランドセルの中身を出して引き出しに入れたり、友達とおしゃべりしたりとざわついている。

  郁乃武も教室後ろの自分の席に座りランドセルの中身を机へ移し変えているが、妙に機嫌がよく、鼻歌まで出ている。

  金光とブタキムが郁乃武の席に近づいて来る。

金光「よー、おはようさん」

郁乃武「あ、諸君おはようおはよう!」

ブタキム「やけに嬉しそうだね。何かいい事あったの?」

郁乃武「それがねー、へへー」

金光「(ひじで郁乃武を小突きながら)何だよ、もったいぶらずに言えよー」

郁乃武「(特に嫌がらず)いやー、はっはっはー」

  金光、まなじりが弛みっ放しの郁乃武に半歩引く。

金光「……何か今日気持ち悪いな。大丈夫かこいつ」

ブタキム「大方、メイドロボ買ってもらえるとかそんなところじゃない?」

郁乃武「(ブタキムを指さして)正解! ブタキム大正解!」

金光「おお、やったじゃん。でもよく買ってもらえたな。あれだけ猛反対され

てたのに、一体どういう風の吹き回しなんだ?」

郁乃武「それがさ、お父さんがこっそり応募してたモニター、ってやつにに当たったんだって。だからタダだよ、タダ」

ブタキム「ついてるねえ。でも、モニターって事は多分、使った感想とか書かなきゃいけないよね。いっちゃん大丈夫なの?」

  それを聞いて郁乃武の動きが止まる。

郁乃武「へ? ウソだろ?」

ブタキム「いやあ、モニターってそういうもんでしょ」

金光「どうすんだよ。作文苦手で二年の時プリント放り投げたいっちゃんに、そんなちゃんとした文章が書けるのかよ?」

  郁乃武、先程とは一転、本気で嫌そうな顔をする。

郁乃武「(舌を出し)うえぇー……、いいよ、そうゆうのはお父さんに任せる」

ブタキム「ダメだよ。こういうのは、一番近くに居る人が書かないとしょうがないでしょ。あ、大体そうゆうのって期間あるよね。どれくらい?」

郁乃武「一年だって。まあ、その間にうちの親の考えもきっと変わると思うんだよね。やっぱ居てくれると便利なんだろ?」

金光「まあね。うちなんか何人も居るから。ところでいつ来るの?」

郁乃武「今週の金曜だって。これからは毎日あの重いランドセル持たなくて済むかと思うと、最高だよ! あまりに重くて肩が凝っちゃってさー」

  郁乃武、自分の肩を揉み出す。

金光「(笑いながら)そりゃあ、教科書置いて帰らないからだよ。いっつも全部持って帰ってりゃ、そりゃ重いに決まってんじゃんか」

  おはよう、と先生の挨拶する声が教室前方から聞こえる。

ブタキム「あ、先生来た」

金光「おう。じゃあまた後でな」

郁乃武「うん」

  金光とブタキム、それぞれの席へと散っていく。

  起立、礼の後に始まる朝の会。

  先生の簡単な挨拶の後に朝の出欠確認が始まるが、郁乃武はメイドロボの事で頭がいっぱいで、ずっとにやにやして空想に耽っている。

先生(OFF)「駒木、駒木! ……駒木っ!」

郁乃武「うぇ……?(慌てて立ち上がる)は、はいっ!」

先生(OFF)「立たんでよろしい。朝からどうした、まだ眠いのか?」

郁乃武「(立ったまま)だだだ大丈夫ですっ! 起きてます!」

  教室中に巻き上がる笑い声。

金光「(斜め前の席のブタキムに耳打ちする)ありゃ全然大丈夫じゃねぇな」

ブタキム「(くす、と笑って)そうだね」

  授業が始まっても頬杖をついてぼーっとしている郁乃武。

  時折ふと思い出した様にシャープペンシルを手に取りノートに何やら書き付けるが、黒板の内容ではなく、ちょっとした作文やメイド服の女性らしき下手な絵が乱暴に書きなぐられている。

郁乃武M「メイドロボを作ってるところの皆さん、こんにちは。僕は駒木郁乃武と申す者です。今回はモニターにして頂き、大変ありがとうございます。気の利かない子といつもお母さんに怒られてばかりですが、それでも頑張って報告してゆきたいと思います。一年間、よろしくお願いします」


6 駒木家・和室

  昼過ぎ。四畳半の和室の中央に、冷蔵庫程の大きな段ボール箱が鎮座している。観音開きの中央を、ガムテープで真っ直ぐ止められている。

  その傍らに立つ母親。段ボール箱に向かって何やら小声で呟いている。

郁乃武(OFF)「(大声で、玄関先から)ただいまー!」

母親「あっ、もう帰って来たか。(大声で)おかえりー!(小声で)じゃあ、よろしく」

  声を聞いたダンボールが生き物の様にかすかに揺れる。

  郁乃武、慌てるあまり土間へ靴を靴下ごと脱ぎ散らかす。

郁乃武「(大声で)もう来てるー?」

母親(OFF)「(大声で)来てるよー!」

  郁乃武、嬉しそうに笑うとどかどかと廊下を駆け抜ける。

  勢い余ってフローリングで滑りそうになるが、裸足だったのが幸いしてなんとか踏みとどまる。そのまま食卓の椅子の上に、ランドセルを半ば放り投げる様にして置く。

  母親の手招きを受けて、ふすまの陰から恐る恐る和室の中を覗く。

郁乃武「……これ?」

  想像以上に大きなダンボール箱に気圧され、指差す郁乃武。

母親「(頷いて)そう。君の待望のメイド様」

  郁乃武、部屋に入ると段ボール箱の周りを一周して眺めてみる。

  自然と見上げる様になる。半周回って真横に立った時、急に足を止める。

母親「(郁乃武の顔色をうかがう様に)……どう、したの?」

郁乃武「(上の方を指を差して)冷蔵庫って書いてあるんだけど。これ、中身メイドロボじゃないの……?」

母親「(慌てて)ば、バカね。まだ正規で出回ってる商品じゃないんだから、専用の箱なんて用意してある訳ないじゃない。(箱を叩いて)それにこの子は最新型なんだから、ライバル会社にバレたら困るでしょ。周到なカモフラージュよ。そ、カモフラージュ」

郁乃武「(顎に手を当てて)そんなもんかなあ……」

母親「そういうものなのよ。ほら、論より証拠。開けてみなさいよ」

  郁乃武、母親に促されるまま正面に立つ。

  喉を鳴らして、中央に貼ってあるガムテープを剥がしゆっくりと箱を開けてみる。

  開けると、目を閉じたままのアルファ(十九歳程度、黒髪ポニーテール)が発泡スチロールに守られて中に納まっている。

  郁乃武、しばらく口をぽかんと開けている。

  少々不安そうに見守る母親。

郁乃武「……凄い、凄いよこれ! さっすが最新型! 本当に人間みたいだ!」

母親「で、でしょ? 凄いでしょ? いやあ、お母さんも驚いたわよ、うん」

  郁乃武、感極まりしばらく呆然としている。

  母親、その様子を見て腕を組み、うん、うん、と頷いている。

郁乃武「箱から出していい?」

母親「いいけど、決して乱暴に扱わない様に。……その、慎重にね」

郁乃武、真剣な面持ちで深く頷くと、肩を支えながらアルファの片手を引く。発泡スチロールが外れて落ちたのを確認すると、もう片方も同じ様に引き出していく。

  アルファ、力なく膝をつき、郁乃武にしな垂れかかる。

郁乃武「うわっ! おおおお母さんっ、どうしようこれ」

母親「(頬に手を当て)う、ううーん……と、とりあえず座らせたら?」

郁乃武「う、うん……」

  郁乃武、ゆっくりとアルファを降ろす。

  アルファ、為されるがままに正座する格好となる。郁乃武、これ以上どうしていいかわからずしばらく待つが、一向に動き出す様子はない。

郁乃武「す、スイッチとかあるのかな……これ」

  郁乃武、振り向いて母親に助けを求める。

母親「(思い出した様に)……あ。ん、まあどっかにあるんじゃない?」

郁乃武「服とか、脱がせた方がいいのかな?」

  母親、噴き出す。

  郁乃武が返事を待たず襟首に手をかけ始めたので、母親が制止する。

郁乃武「え、どうしたの?」

母親「ちょ、ちょい待ち。男でデリカシー無いのは嫌われるわよ」

郁乃武「(屈託の無い顔)え、だってこのままじゃ動かないでしょ?」

母親「(顔を郁乃武から背け、小声で)……ったく、変なとこは似なくていいのに……(普通の声で)あ、いや、今思い出した。箱開けてしばらく経ったら自動で動き出すんだった。すっかり忘れてたわ」

アルファ、空気を読んだかの様に目を開ける。

郁乃武「あ」

アルファ「(郁乃武の方を向いて)はじめまして、郁乃武お坊ちゃま」

郁乃武「うわ、何で名前知ってんの?」

アルファ「(微笑んで)はい。恐れながら、事前に奉仕させて頂くご家族の基本的な情報はインプットされていますので。郁乃武お坊ちゃまに奥様の好美様、お父上の愛佳様の事はデータで存じ上げております」

郁乃武「すっげー!」

  アルファ、郁乃武から離れてその場に立ち上がると、うやうやしく一礼してみせる。

  郁乃武、つられてお辞儀する。

アルファ「今日から一年間、お世話になりますね」

  アルファを前に、言葉も忘れて見上げる様に立ち尽くす郁乃武。

郁乃武「あ、はい……えーっと、その……」

  もじもじとしている郁乃武。

母親「……もしかして、名前とか決めてなかったの?」

  郁乃武、母親の方を振り向いて頷く。

郁乃武「だって、女の名前とかどう付けていいのかわかんないし……」

母親「何でもいいじゃない。ローラとか、エミリーとか」

郁乃武「(不満そうに)えー、何かもっとメイドロボっぽいの無いの?」

母親「そんなの私に聞かれても……あ、お父さんに……ってやっぱダメだわ。あの人じゃ逆に怒られそうな名前しか付けないな、多分」

  親子揃ってしばし「うーん」と考えを巡らせる。

  その内に郁乃武が「あ」と手を叩く。

郁乃武「アルファ、とか」

母親「お、いいんじゃない? うちに来た初めてのメイドロボだし」

郁乃武「(アルファに尋ねる)……どうかな、アルファって名前」

  郁乃武、恐る恐るアルファの顔を見上げて反応をうかがう。

アルファ「(微笑んで)素敵な名前をありがとうございます、郁乃武お坊ちゃま」

郁乃武「(顔を赤らめる)う、うん。よろしく、アルファ」

アルファ「こちらこそ、よろしくお願いします」

母親「よかったねー、郁乃武。願いが叶って」

   黙ってただ頷く郁乃武。鼻息荒く瞳を輝かせ、期待を募らせる。


7 駒木家・郁乃武の寝室

  パジャマ姿で机に向かい、ノートに何かを書いている郁乃武。

郁乃武M「メイドロボを作ってるところの皆さん、ありがとうございます。ついにうちにもメイドロボが来ました。名前はぼくが決めてアルファにしました。プラスアルファのアルファです。前にお母さんがメイドロボは生活のプラスアルファだと言っていたからです。お父さんは他に名前をいっぱい考えていたようですが、お母さんに怒られていました。これからはアルファに、毎日迎えに来てもらおうと思います。明日は土曜日で学校には行きませんが、来週の帰りが楽しみです」

  後ろから母親が近づいて来ているが、作文に夢中で気付かない郁乃武。

母親「あら、珍しい。机に向かって勉強とか。メイドロボで心入れ替えた?」

  郁乃武、慌てて机の上に広げたノートを閉じる。

母親「何も隠す事ないじゃない。(嬉しそうに)見られちゃまずい物でも?」

郁乃武「(むっとして)そんなのじゃない。ただの作文の練習だよ」

  母親、額を触り息子に熱がないか確認する。

郁乃武「熱なんかないってば」

母親「(手を離して)いや、だって……読書感想文書くのが嫌で家出したあんたが、まさか今更文章って……どう考えてもおかしいじゃない。一体何書いてんの?」

郁乃武「……そのうちわかるから。出てってよ」

母親「はいはい。小説か何か知らないけど、まあ頑張って」

  母親、笑って郁乃武の頭をぽん、と叩いてそのまま出て行く。

  郁乃武、母親が部屋から出て行ったのを確認すると溜息をついて机に向き直り、再びノートを開いて続きを書き始める。

  消しては書き、消しては書きを繰り返す。

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