◎続・魔法少女になりませんか?

 魔法少女は悩んでいた。

 魔法少女になって幾年月。どうしてもペアの相手が見つからないことに。


 このままだと、どんどん「少女」という枠組みから外れてしまう。

 いまは魔法少女の変身能力でどうにかこうにか少女という見た目を維持することができているか、これもそろそろ終わりだろう。

 せっかく魔法少女になったのに、ずっとひとりで怪物を倒して、ひとりで活動している――孤独な魔法少女。それが彼女だった。


 だから彼女は悩みに悩んだ末、ペアに対する条件を緩和することにした。

 それは――性別。

 魔法少女の変身能力さえあれば、性別の垣根を超えることは可能。

 たとえ男だろうと、魔法少女になることができる。


「って、わたしはそう考えたわけよ」


 魔法少女の前にいるのは十四歳ほどの少年だった。柔らかい茶髪に、優し気な眼差しをしている少年は、どこか大人びた表情で「ん?」とわけがわからなそうに首を傾げている。

 そんな少年に向かって、魔法少女はステッキの先端を向ける。


「愛と夢に溢れた希望をもたらす魔法少女よ。あなたにはそうなれるだけの美しさが具わっているわ」


 魔法少女が胸を張って言うのも無理はないだろう。

 睫毛が長く、まだ幼い顔立ちをしている少年はとにかく美しかった。彼なら魔法少女になれる。彼女はそれを信じて疑わなかった。


「えーと」


 先端にキラキラと光る星のオブジェのついたステッキを指先でずらすと、少年は困ったように笑う。


「魔法少女とかいうまえに、僕は男なんだけど」

「みたらわかるわ」

「うん。だからさ。男である僕が少女になんてなれるわけないよ? せめて魔法使いじゃないかなぁ……それも、なんか無理ある気がするけど」


 引き気味の少年に、魔法少女は一歩詰め寄る。

 美しい顔を舐め回すようにしてから、彼女はニコッと笑う。


「無理なんてないわ。あなたも魔法少女になれる。この魔法のステッキと魔法のブローチさえあれば、男だって魔法少女になることは可能なのだから!」

「いや、それでも」


 少年が一歩下がる。


「もういいからとっとと魔法少女になりなさいよ! 知らないの? いまはね、男の子でも魔法少女になれる時代なんだから!」


 迫真の顔で、魔法少女は一歩距離を詰める。

 魔法少女になれる適性を持った人材をみすみす逃しはしない。

 今日こそペアを見つけるのだから。


「どうしてそこまでペアを探したいんだい?」

「そんなの決まっているじゃない。魔法少女には仲間が必要なの。物語の魔法少女は、ふたりとか三人とか、五人とかで戦っているでしょ? だーかーらー。わたしも仲間がほしいのよ! もう何年もひとりで戦っているのよ。さみしくてさみしくてしかたがないのよ~」


 悲痛な声を上げる魔法少女。

 気の毒そうな顔で少年は少女の持っているステッキを見る。それから魔法少女らしいフリフリのコスチュームを。

 少年は静かに首を振る。


「残念だけど、僕に力になれることはないよ。僕は自由気ままな旅人だから。君の相棒ペアになることはできない」

「あなたが大人になるまでで構わないから」

「……うーん」


 食い下がる魔法少女。

 少年は柔らかい眼差しを崩すことなく言う。


「ごめん。僕は魔法少女にはなれないよ。愛と希望に溢れた夢をもたらす魔法少女になんてなれやしないさ」

「どうしてよ」

「どうしてもこうしても。僕は人を愛することができないみたいだから。愛を語って悩める人に希望のある未来を見せたり、夢を見せたりすることはできないんだ。だから、ごめん。君になら、きっといい相棒ペアが見つかるよ」

「……わかったわ。アナタを魔法少女に勧誘するのはあきらめる。でもその代わりに、アナタの夢を教えなさい。それを叶えてあげる」

「え?」


 ステッキの先端の星を、少年に向ける。


「アナタの夢は何かしら?」

「……夢? そんなの見たことないなぁ」

「寝てるときに見る夢じゃないわよ。アナタ、どんな未来に行きたいのかしら?」

「どんな未来……」


 それまで笑顔だった少年の顔からストンと表情が抜けた。


「未来……? 僕は……」


 少年は柔らかい髪の毛をぐしゃりと掴む。


「そんなものいらないよ」


 小声で吐き捨てて、少年は笑顔に戻った。


「じゃあ、僕はこれで。先を急ぐから、さようなら」

「え、ちょっと!」


 去って行く後ろ姿を引き留めることはなぜだかできなかった。

 魔法少女は静かにぼやく。


「なんかあの子、どこかで見たことある顔をしていたわね」



    ◇◆◇



 魔法少女は意気込んでいた。

 今日こそペアを見つけてやる! そうガッツポーズしたとき、目の前をひとりの少年が通り過ぎて行った。


 赤い髪の鋭い目つきの少年。瞳の色は吸い込まれそうな綺麗な緑色なのに、どこか剣呑な雰囲気を漂わせている。

 だけどとても美しい少年。


「ねえ、アナタ。……おーい、少年。聞こえてる? ねえ、ちょっと、無視するなんて酷いんじゃないの!?」


 少年の腕を引っ張り、魔法少女は言う。


「ああ、もういいわ。もういいんだから。アンタでもいいから魔法少女になりなさいよ」


 振り返った少年は低い声を出した。


「は?」


 その眼光の鋭さにびくっと肩を揺らし、だけど歴戦の魔法少女は胸を張る。敵を前にして逃げ腰では勝ってこない。だから魔法少女には忍耐力と度胸が必要なのだ。


「聞こえなかったの? ならもう一度言うわ。アナタ、魔法少女にならないかしら?」

「……は?」


 少年はまだ不機嫌そうな顔だ。

 たじろぎそうになる足を押しとどめ、魔法少女は少年に詰め寄る。


「いい? 最近はね、男の子でも魔法少女になれるのよ? だから魔法少女になって、あたしと一緒に怪物や悪魔どもを倒しましょう?」


 はあーと長い溜息を吐くと、少年は懐から黒いものを取り出して少女に向けた。

 両手を上げて、魔法少女は固まる。

 少年が取り出したのは銃だった。銃口を少女に向けて、まだ顔に幼さを残す少年は冷たい緑の瞳で吐き捨てる。


「怪物や悪魔の類なんて、もう充分殺してる。それでも減らないからオレは旅をしているんだ。魔法少女ごっこだかなんだかしらないが、いい年したおばさんがふざけたことをぬかすな」


 人生で初めて銃口を向けられて、さすがの魔法少女も狼狽える。

 少年の指が引き金にかけられる。

 少女は大きな声をだした。


「わかったわ。もうあなたは誘わないし、一生話しかけない。だから銃口をおろしなさい」


 いざという時のためにすぐステッキで防御を取れるようにしているが、拳銃相手に通用するかはわからない。

 少年は引き金から指を離すと、一言も発することなく魔法少女の前から去って行った。

 道端にひとり残された魔法少女はぼやく。


「わたしの魔法は完璧なのに、おばさん呼ばわりなんて……なんて、生意気なガキ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る