◎迷子のジャック・オー・ランタン(A)
今日は十月三十一日。いわゆるハロウィンである。
夕焼け空だと思ったら、あっという間に暗くなった午後五時半ごろ。
レイはひとり、道を歩いていた。ハロウィンだからか、少し歩くだけでさまざまな仮装をした少年少女が近くを通り過ぎていく。大人でも仮装をしているひとがいる。中には照れたように笑うひとももいるが、みんな一様に楽しそうな面持ちだ。
楽しそうな笑顔を見ていると、こちらまで幸せに気分になってくる。
(笑顔は、いいね)
待ち合わせの場所まで歩いている最中だった。
ふと顔を上げると、道の先にこちらに向かって手を振る人物がいた。
「おーい。レン、こっちだ!」
軽く手を上げて、レイはその人物に近づいていく。
身長が高く、真っ黒に肌を焼いた青年。いや、その無邪気な笑みが相成って見た目こそ若く見えるけれど、きっと彼は男性と呼んでも過言ではない年齢だろう。詳しくは聞いていないけれど、彼がたまに見せる憂いの滲む表情がそう思わせてくる。いろいろなものを溜めて、我慢しながら生きている大人のそれが。基本無邪気に笑っているため、本心は定かではないけれど。
真っ黒の肌と真反対の、白いタオルを頭に巻いた待ち合わせの人物――サンは、なれなれしくレイの肩を叩いた。
「ははっ、すっげえな、この町! オレの住んでたところじゃ、ハロウィンなんて浸透していなかったからな。こんな催し物があるなんて、ホントすごいぞー! もっと前から知っていたら、オレも仮装の用意をしたんだけどな」
「何をするの?」
「うーん、ゾンビ! 面白そうだしな。レイとおそろにしてさ」
「おそろは嫌だよ。そんなことより、そろそろ」
「お前もせっかちだなぁー。そんなにハラ減ってんのか?」
「……うん、そうだね」
レイは軽く相槌を打った。
本心を隠しているのは、レイも同じだった。自分の境遇について、レイはサンに一言も話していない。聞かれないからということもあるが、自分自身が話す必要性を感じていないからだろう。
その秘密の中でも、五年ほど前に一緒に旅をしていた少女に一言も話すことなく終わっているモノもあった。
レイは不老不死だ。死に近いところに生きながら、絶対に死なない身体を持っている彼には、また別の人と違うところがあった。たとえば、普通の人には見えないはずのモノが見えるとか――。
今日は十月三十一日。
その中でも、レイだけにわかる確かなことがあった。
それは、この日は一年の中でも人とは違う普通の人には見えないはずのモノが多く行きかっているということだ。
たとえば、赤いずきんを被ってゾンビメイクできめた女性の傍で、赤い靴を履いた女の子が自分が死んだことを知らずに踊っている。たとえば、ツギハギだらけの
その「魂」を、レイは一瞥して、すぐに視線を逸らす。
サンの横で、お喋りな彼の言葉に相槌を打っていると、前を向いていたはずなのに、誰かにぶつかってしまった。
思わず視線を下に向けると、レイの見た目よりもいくらか歳の幼いカボチャ頭の子供がいた。顔と鼻と口がくり抜かれたその下からは、青く微量の光が漏れ出している。
レイは表情を変えることなく、ぶつかったことに対する謝罪を口にすることもなく、カボチャ頭の子供から距離を取る。
「あれ?」
サンがこちちを向いた。
不思議に思っていると、サンは視線を下げて、さっきぶつかったばかりのカボチャ頭の子供を
「へー、こんな仮装もあるんだなぁ」
「え?」
感心したように呟くサンに、レイは小さく声をもらす。
「ふむふむ、カボチャをくり抜いて仮面に仕立て上げている、と。すっげぇ、手が凝ってんだな!」
「……見えるの?」
「え、だってそこにいるだろ?」
何がおかしいのかわからないという顔をするサン。
レイはボロが出る前に、それについて問いただすのをやめた。彼が
視線を下に向けると、カボチャ頭の子供が驚いたように右往左往している。まだ自分に向けられている視線にも、声にも気づいていないようだ。
「へい、カボチャボーイ!」
お調子者のそれで、サンが子供に声をかける。
声をかけられたことにより、カボチャ頭の子供はやっとこちらに気づいた。
「え、お兄さんたち、あたしのこと、わかるのぉ!? いままで誰に声をかけても、反応がなかったのに」
カボチャ頭の中から聞こえてきた声は、ボーイではなくガールの声だった。それも予想通り幼く、まだ舌っ足らずだ。
「カボチャガールだろ? イカした頭してるぜ」
「わあ、うれしいな、うれしいな。これね、お母さんが作ってくれたんだ。夜に外を歩くのは危ないから、それを被って行きなさいって。お父さんを迎えに行く途中なの。傘も持たずにお仕事に行ったから。雨降ってるし、危ないでしょ」
レイは、カラっと晴れた空を見上げる。
少女に視線を合わせたサンが、カボチャ頭に手を置いた。
「へー。それは感心だな。お父さんのこと、好きか?」
「うん! お父さんもお母さんも、大好き!」
「そうかそうか。水溜まりとかで滑らないように、気をつけてな」
「でも、走っていかないと、すれ違いになっちゃうよ?」
「それもそうだな。けど、万が一ということもあるし、気をつけるに越したことはないぞ。滑って転んだら痛いしな」
「うん! ありがとう。やさしいお兄ちゃん」
満面の笑顔になる少女。彼女はいつの間にか片手に穴の空いたボロボロの傘を持っていた。
「あ」
サンは良いことを思いついたとでもいうかのように、朗らかな顔になった。
「そうだ。今日はハロウィンだろ。トリックオアトリート、て言ってごらん」
「はろうぃん? とりっくおあ、とりーと、てなあに?」
「お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞ、という意味だぜ」
「お菓子はほしいけど、いたずらするの、あたしいやよ?」
「いいから言ってごらん」
サンに押し切られるように、口ごもりながらも、少女は舌っ足らずに言う。
「とりっく、おあ、とりーと」
「はい、これを上げるよ」
サンが懐から取り出したのは、銀紙に包まれた楕円型のチョコレートだった。
少女の顔が輝く。
「いいの? ありがとう、お兄ちゃん!」
「それを食べて、お父さんに元気な顔を見せてやるんだぞ。きっと喜ぶからな」
「うん、そうする!」
にへらと、少女が笑う。
微笑ましそうに、サンはカボチャ頭の少女が傍を離れていくまで、笑顔を崩すことはなかった。
そして少女のうしろ姿が消えると、やはり笑顔で「よしっ」と口にして、何事もなかったかのように歩きだした。
レイはその背中に何か声をかけようかと口を開いたが、すぐに閉じると彼の跡について行った。
しばらくして思い出したかのようにサンの場を盛り上げようとするお話がはじまる。お喋りな彼らしく、その話はどれも楽しく、そして面白かった。
レイは、静かに相槌を打った。
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