メンヘラの男性遍歴・泥沼の片思い編【2】

 さて、話を戻します。


 黒縁君の頭の良さと意外な気さくさ、優しさ、どストライクな体つきに惚れたさえこさん。あ、それと、関わってる人に対して面倒見がいいところもあったな。不器用そうなところもよかった。優しくても胡散臭くない。それから徐々に、彼の人となりを知っていきます。

 これから重要なのは、知り合いたてに抱いた第一印象が「基本的に内気で不器用。口下手」「実は、根は優しくて心温かくて賢い」だったことです。あと「逃すとなかなかいないレベルの体型の持ち主」も追加したい。それにぶっちゃけ、堅い口調で礼儀正しいところと理系なところと賢いところに、初めての失恋相手であるインテリさんを重ねてもいた。


 知れば知るほど不思議な人でしたよ。黒縁君の印象、人によってコロコロ変わるんです。「気さくで軽い奴」「真面目」「顔面が無理」「心の距離を感じる」「いいヤツ」「よくわからない」「頼りになる」「しっかりしてて頭いい」「モテなそう」「感じが悪い」。特に男性からの評判はよかった。悪い印象って聞いたことない。一人だけ「酒飲ませると怖い」って言ってた人はいたけど。支離滅裂な悪態をつき始めるとかなんとか。


 たしかに、黒縁君がイライラしてたり悪態をつきだしたり、人をいじったりする時はかなり酷いこと言ってましたね。言ってることに人間性を疑ったり、私自身かなり傷ついたこともあったけど、ずっとスルーしてた。だって相手は「口下手だけど根は温かくて優しい人」なんだから。今ではスルーしてたこと、後悔してる。

 スルーしすぎて全部は覚えてませんが、彼がどんなことを言ったのか並べてみますね。


「人の不幸が嬉しくて仕方ない」

「人間が嫌い。全員死ねばいい。自分含めて」

「だけど自殺はしない。親より先に死ぬのは道徳的にダメだから」

「(新しい服を着てきたことを言ったら)イタいよなー」

「(なぜ曲解したり疑ったりするのか問いただした時に)金に困ったことのある人間ならこうなる」

「(母の精神状態がおかしくて、私と妹を匿って欲しいと相談したら)そんなこと言って、妹さんに俺を彼氏として相談するつもり?」

「(美味しいラーメン屋さんに連れて行ったら)こういうところに一人で来る? そういうのって干物女って言うよな」

「(一緒に食事に行く約束をして店はどこでもいいと一任したのに)なんでここ? 薄暗くていやらしい。メニュー見えない」

「お前のラボの研究、全然役に立たねえじゃん。それどうやって金にするの」

「さえこさん、(ある同級生)に媚び売らないの? あいつ将来金稼げると思うよ」

「なんで初めの彼氏と別れたの? (有名企業の名前)だろ? そのままくっつけば専業主婦になれたじゃん」

「女は皆、金のある男と結婚して専業主婦になりたいに決まってる。100パーセントそう。違うことを言ってる女は嘘をついてる」


 冗談で言ってると思う方、読者の中にもいますよね? 干物女のくだりとか。これイラっときたんだけど、人に愚痴ったら「きっと冗談で言ったんだよー」って返ってきたんです。冗談に聞こえるのかなぁ。

 後半の「なんで媚びないの? どうして別れたの?」ってやつは、こちらが彼に告白した後に言ったものです。振った立場でそんなこと言うか……?

 黒縁君が言った嫌なことって、背景を書かないと冗談とも取れるものが多いんです。私がイラっとしても周りは「ハハハッ、ひでー」って笑ってる。怒ると、怒り出した私が冗談の通じないヒステリックな人になっちゃう。私も怒れないし、もしかしたら冗談のつもりかもしれないし、笑うしかないんですよ。笑ってごまかしてると、自分の器が小さいせいで、黒縁君の冗談に怒ってたのかなーと思えてくる。


 あと黒縁君、急に機嫌が悪くなったり返事がそっけなくなったりするんです。メールだと返ってこなくなる。後になって「昨日メールで聞いた○○って結局どうなの?」って、不安になりながら直接聞いたら、充電切れてた・学校に忘れてた・そのメール届いてないって返ってくるし。今となっては返事になってないなって思うし、充電切れてたとかっていうのもどこまで本当かもわからないけど。


 そんなことを繰り返すうちに、黒縁君の機嫌を悪くするのが怖くなってました。機嫌が悪いのはわかっても何が不満なのかわからないし、不安になるだけで。対処しようとしても、どう対処したらいいかわからない。これ以上機嫌を損ねないようにビクビクして黒縁君の顔色をうかがうのも、怖いし辛いし。

 それなのに、今度は逆に、私が怒って何かを伝えようとしても同じようにはならないんですよね。なぜか私の方が、怒ったり追及したりした罪悪感でいっぱいになって、話を終えることになる。


 黒縁君は色々とひどいことを言う人でしたが、私はこれを「自分を守ろうとしてるんだ」と解釈してました。口下手で不器用なんだもん。過去の出来事で傷を負ってるんだもん。本気で人と関わろうとして嫌われたら悲しすぎて耐えられないから、わざと人に遠ざけられることを言ってるんだと思ってた。

 根は面倒見がよくて愛情深い男が、本気でおかしなことを言うはずがない。私が信頼されれば本来の黒縁君が出てくると思って、信頼されるために必死で機嫌を取る毎日。好かれるために、どんどん自分をダメにしていきます。


 どうやって私が、黒縁君に好かれようとしたか?

まず、お洒落に勤しむ女はくだらないと思ってるみたいだったので、お洒落や身だしなみに気を使うのをやめました。彼の顔色見つつ、まず初めに化粧を、次に服を、最後の方には髪をキッチリ梳かすのも怖くなってた。姿勢も悪くなりました。姿勢を正して颯爽と歩くと嫌われそうだから。

 頭のよさや博識さを褒めると嬉しそうにするから、私が賢くなるのもブレーキをかけました。日経新聞を読むのはイタいかな、が最初で、難しく見えそうな本は読みたくても読まない。賢くなると嫌われるから。専門の勉強は続けたけど。夢があったし。

 人当たりも悪くなりました。男に笑顔で接したり、人に親切にしようとしたりしたら、媚びてる・偽善者って黒縁君に言われそうですからね。

 趣味も変わります。メンヘラ御用達と言われる歌手の曲は再生しなくなってきました。ああ、これ聞いたらメンヘラだと思われるんだ……と思ったら気分悪くなって聞けなくなった。


 すごいでしょ、書いててすごいなと思った。よくこうまで変われるなと。しょうがないじゃないか、カッコよくいようとしたら機嫌悪くなるんだもの。嫌われたくないもの。特に破局する前はヤケだったし、何かおかしいと思っても後戻りできませんでした。そのまま諦めたら私、ただの敗残兵じゃないですか。

 書いてて虚しくなってきました。時間も努力も無駄にしたなーって思う。たまに来る、ささやかな承認とか笑顔とかに舞い上がっちゃって「よかった! これでよかったんだ!」って疲れも吹っ飛ぶ。それを繰り返してるうちに判断力がおかしくなってたなーって、今になってはわかります。


 これ思い出すと気分が滅入ってきますね。次回は、黒縁君への恋が破局するまでの流れをお話しします。

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