就職活動と教育実習ー1

 大学も3年生の中頃になるといよいよ就職に関しての話が出てきます。僕らの時代はこの頃には就職活動がスタートしていました。はじめに就職に関しての準備講義が行われます。社会人としてのマナーなどを学ぶ講義です。この講義にはスーツで出なければならならず、髪染めなども禁止されていました。元々僕の大学はやんちゃな学生は目立たなかったので黒髪か暗めの茶髪くらいの男子が当たり前だったんですけどね。因みに僕の地毛は元々茶色っぽい色をしているので、中学生や高校生時代は困りました。中学生では風紀検査の時によく生徒指導の先生に目を付けられ、地毛だということを親に説明してもらわなければならず、高校では地毛の証明を提出しなければならないということが起こりました。両親の髪色が茶色という訳でもなく、兄妹も黒髪なのでなぜ僕だけそうなったのかは謎。しかし昔から下手に染めると髪を傷めるから染めない方がいいと言われていて、思いっ切り染めたことはありません。今でも稀に会社で髪染めたかと聞かれることはありますが、もちろん染めていません。

 そして次に就職活動の仕方を学びます。その為に僕たちは就職活動に欠かせないツールを手に入れます。現代の就職活動でこのツールなくして就職活動はできないというほど重要なツール、それが就職活動サイトへの登録です。ここに登録をしなければスタートラインにも立てません。このサイトはいくつかありますが、サイトによって求人の掲載が異なるので複数のサイトに登録しておく必要があります。就職活動の流れは、まずこのサイト内で求人を探し、気になる企業にエントリーすることから始めます。このエントリーとはブックマークのようなもので、エントリーしたからと言って必ずその企業を受けなければならないということはありません。しかし、エントリーをしておけば説明会の案内や試験の案内など細かい情報が自分宛てにやってきます。初めに言われたのが少しでも気になった企業にはエントリーしなさいということでした。僕も気になった企業にはどんどんエントリーをしていました。

 さて、ほぼ同時期に僕は「教育実習」の準備も始めなければなりませんでした。教育実習は基本的に「母校」で行うのが原則でしたので、僕もあの「福岡中央高校」へと教育実習のお願いに行かなければなりませんでした。自ら学校へ連絡して足を運び、校長、担当教科の先生方にお願いをしに行きます。就職活動の何倍も緊張したのを覚えています。幸い僕の担当教師が高校3年生の時の副担任の先生で少しほっとしたのを覚えていますが後にびしばし指導を受けて心折れそうになるのはこの時はまだ知らず。大学でも模擬授業を行う講義などが入り、色々なことが本格的になり始めてきました。

 3年生も終わりの頃になると、就職活動が本格化してきます。大学では就職活動の強化合宿というのが毎年恒例で行われるのですが、これに参加した先輩の9割は内定をもらったという合宿ですから参加したい学生は殺到します。しかしこれには定員があり、全員が参加できるわけではありません。倍率はかなり高かったはず。もちろん僕も申し込みをし、参加権を獲得しました。1年生の時からの友人は残念ながら外れてしまったようでかなり羨ましがられました。合宿は2泊ほどで、どこかのホテルで缶詰め状態で行われました。今となっては内容は薄らとしか思い出せませんが、面接の練習をしたり、グループディスカッションや履歴書の書き方、エントリーシート(後ほど説明します)の書き方、あらゆる試験の対策をやってくれました。女子はこれに加えてメイク講座や女性にとっての社会進出についてもディスカッションを行っていたようです。最後の夜はなんだか宴会をやったということは何となく覚えています。

 こうして就職活動が本格的になってきたのですが、この時言われていたのが


「就職氷河期」


とにかく就職するのが困難であるだろうということは言われていました。だからでこそ就職活動は人を蹴落とす勢いでやらなければ負ける、生半可な気持ちでは内定はもらえない。


「何百社受けて1つの内定がもらえればいい方だ。」


と言われていました。更にこの時は今後この「就職氷河期」はずっと続くであろう。内定をもらって就職した後、転職は考えない方がいい、転職は更に難しいだろう。入社したら最低4年間は頑張りなさい。内定をもらうということ自体が奇跡に近いというように言われていました。つまりは軽い気持ちで就職活動はできない。一時期テレビのコマーシャルでもこの就職氷河期をモチーフにしたものがありましたが、まさにあの中で出てきた学生が困難の中立ち向かっていくように就職活動は僕達にとっての試練であり戦いでした。なのでこの企業がいい、この仕事がしたいというようなことは「わがまま」であるとも言われていた時代です。つまりは「一つでも内定を勝ち取る」ことが出来ればそれで良かったわけです。もちろん自分にあった仕事、やりたい仕事を加味しながら就職活動は行いますが、目的自体が「内定を貰うこと」になっていたのは当時就職活動を行っていた人ならだれもが頷けるのではないでしょうか。こんなことを言うと「そんなことで仕事を決めたのか。内定さえもらえれば何でもよかったのか。」と怒られそうですが、当時の僕たちは必死だったんです。それこそ生き残りをかけた勝負。

しかも当時は「就職浪人をすれば行き場はない」と言われていました。今では卒業後1年くらいは新卒扱いとされるようでそれも認められるようになってきたようですが、当時は卒業までに内定がもらえなければ新卒扱いにならず、酷い人では「職業訓練所」に通う羽目になった人もいるほどでした。つまり卒業までに内定を勝ち取らなければならないというタイムリミットまでついていたわけですから、内定を取る為に血眼になっていたことは想像して頂けるでしょうか。

就職活動の次の段階として「説明会への参加」があります。この説明会にも2種類あって、一つはその会社が独自で行うその名の通りの説明会。そしてもう一つは「合同企業説明会」です。この「合同企業説明会」とは、先ほど出てきた就職活動サイトが開催する「イベント」で、大きな会場を貸し切って行われます。僕は福岡だったので主に「福岡ドーム(現ヤフオクドーム)やマリンメッセ」で行われるものが主で、他にも少し小さな街中のイベントホールなどで行われました。この「合同企業説明会」というのは本当にイベントのようなもので、特にこのドームで行われていたイベントは今でも印象に強く残っています。イメージとしてはアイドルのコンサートと同じだと思って頂ければ分かりやすいでしょう。遠方から来る人は「泊りがけ」でやってきます。僕は幸いにも市内に住んでいたのでどこへ行くにも実家から行くことが可能でした。それでも朝は公共の交通機関を使えば始発から行かなければなりませんでした。会場へ着くと既にリクルート姿の長蛇の列。その光景は知らない人から見れば「ああ、今日はスマップのコンサートでもあるのかな。」と思うほどです。ほぼドームを1週してしまうほどの長蛇の列が出来ます。このイベントへの入場は無料です。しかし、その就職活動サイトで告知が行われた時に入場整理券を入手しなければ入場はできません。つまりうっかりこの整理券をなくしてしまえば入場出来なくなってしまうというので当時はかなりこれを忘れて困っている人も見られましたね。会場内はいくつものブースに分かれていて、そこに様々な企業があり説明を行うというスタイルです。それだけのことなのになぜそんなに学生が押し掛けるのか。これにはいくつかの理由があります。まずはこの説明会に参加することが就職試験の第一段階である企業がある。つまりこの説明会に参加し、更に自社で行う説明会への招待を受ける。またはその場でエントリーシートを受け取ることが出来るといったことあるからです。そして次に実際にその企業の人事部の人と会うことが出来る。説明会に来ているのは各企業の人事部が来ているわけですから履歴書やエントリーシートを送る前に人事部に実際会うことが出来、実際には書類選考で落とされる可能性のあるところ、顔を合わせることで内定の可能性を上げることもできるのです。そしていくつもの企業が一気に集まるので試食感覚で様々な企業の説明会を聞くことが出来るということがこのイベント参加へのメリットです。開場時間になれば皆まるでバーゲンセール会場のおばさん達のように一目散に目的の企業へ走ります。もちろん大企業や人気企業はこの「合同説明会」でさえ常に満席で説明を聞くことが出来ないのも珍しくありません。ここでもう一つ分かるのが不人気企業のブースは常にガラガラで呼び込みさえしているのに、人気企業は常に満席。これによりこの企業はどうだということも分かります。しかし、逆手をとればガラガラのブースにはチャンスも転がっています。そんなブースにやって来てくれる学生は歓迎され、更にそこに居るのは前述した通りその企業の人事の方です。顔を覚えてもらえるチャンスかもしれません。僕もこの戦法でガラガラのブースを回ったこともあります。因みに今いる会社も合同説明会から出会った企業ですが、ここは満席の方のブースでした。このイベントでも学生は躍起になり開場から最後の最後まで説明を聞いていました。薄ら覚えですがこの時確か自分をアピールする紙を持ってそれを行ったブースの企業へ渡すだかなんだかという仕組みもあった気はしますがどうだったでしょうか。とにかくこの説明会なしには就職活動始まりません。僕も何度もこのような「合同説明会」へは足を運び、スーツと革靴で汗まみれで歩き回るのは案外体力勝負だったのを思い出しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る