浪人生時代

 高校を卒業した僕は、とりあえずまずは予備校探しを始めました。しかし予備校というものは手が早いもので、一体どこから仕入れたのか、僕が大学を落ちたという情報を仕入れ、直接電話で勧誘をしてくるのです。中には


「もしご必要でなければ大変申し訳ないのではございますが。」


と言っていたところもあるので一か八かで勧誘を行っているところもあったようです。予備校というものはそこまでして生徒を獲得しなければやっていけなということでしょう。予備校と高校の違いは「教育」と「商売」という点です。浪人を経験し、予備校に通った僕にはその違いがよくわかります。学校では僕達は生徒という立場であり、様々なことを先生に教わり成長すること、社会性を身に付けることが目的です。しかし予備校では僕達はお客様です。最高の環境で勉強をし、大学に合格することが目的です。その実績が上がれば上がるほどその予備校の地位も上がるわけですからそのことに関しては必死です。街中の予備校の設備なんていうものは特にしっかりとしていて、ベストな環境で受験勉強が出来る環境が整っています。そして予備校には売りが必要です。その大きな売り、スーパーで言えば商品そのものとも言えるのが講師。今ではテレビなどで引っ張りだこのタレント的な講師や超人気講師、カリスマ講師ととにかくどれだけ良い講師を揃えるのかが大きな課題となっているようです。それだけ各企業が躍起になっているのも子どもが減ってきているからではないかと思います。この業界で生き残るためには教育が目的となってはいけないのです。他の企業と同じで実績だけが必要となってきます。

 そんな僕は地元の小さな予備校に通うことに決めました。この予備校、賛否両論のある予備校で、かなり厳しいということで有名でした。厳しくていいという人もいれば、厳しすぎて過去に自殺者が出てこともあるなどと噂のある何ともぞっとする噂もありました。しかし僕は高校を十分に楽しんだのだからここらで本気出そうと思い、ここに決めたのです。自宅からは少し遠く、博多駅のすぐそばにありました。地下鉄を使えばなんてことはない距離だったので、自宅から通うことに決めました。入ってみると、とにかく何もかもが「商売」でなく「教育」が行われる珍しい予備校でした。はじめに入校式が行われ、クラスも編成され、自分で時間割を決めるではなく、クラスごとに学校のように授業が行われ、なんと朝礼終礼はもちろん、日直当番まで存在するという完全に教育の場でした。クラスにはチューターと呼ばれる担任も存在していました。更には校則も存在するというから教育という面でも徹底していました。校則を破れば怒られている人もいましたから、本乙に学校とういった感じでしたね。だから浪人生だからと言って自由だという感覚はなかったです。もちろん制服などはなく私服だったので少し雰囲気は変わりましたが。僕は自宅から通っていましたが、寮に入っている人はもっと厳しかったようで、量での徹底管理が凄かったようです。また、この予備校、きちんと学期制になっていて、夏休みには寮の人達は帰省することもあり、僕達も少し休みがあった気がします。しかしその間にも別料金で講義があったり、自習室で勉強を進めたりと結局は通っていましたけどね。朝は早い時間から、夜もある程度遅い時間まで自習をしていたので帰って少し寝てまた行くといった日々を送っていました。今とあんまり変わらない生活だなとも思う訳ですが。

 予備校での講義も僕達の代が入ったことで新課程となったわけですが、さすがはプロ、その辺りは完璧に攻略していました。ただ、クラスの中には2浪、3浪の人もいるわけで、その人たちにとっての新課程は羨ましかったそうです。

 予備校時代はもちろんほとんどの時間を勉強に費やすわけですが、ここで知り合った友人も多くいました。同じ大学受験という目標に向かって同じ空間でずっと勉強を続けるわけですからこれまでの学生時代とは違った不思議な友人関係が生まれます。恐らくこの浪人時代を分かち合えるのは昔からの友人でも親しい親友でもなく同じ時を過ごした人にしか分からない辛さや苦しさ、喜びや悲しみを共に経験した人でなければあり得ないことだと思います。この時の友人たちとはほとんど連絡などは取り合っていませんが恐らく一生忘れることはないと思うのでどこかで出会うことがあればまたお酒でも酌み交わしながら語り合える仲であると思っています。また、講師の方々もやはりキャラクターの濃いい人達が集まっていました。高校までの先生とは違うクセの強い講師陣は、それこそ忘れることのできない人達ばかりでした。ある意味このような1年間を与えて頂いたのは人生上とても有意義な時を過ごせたと僕は感じています。

 しかしこの頃、とても厳しい環境にいたにもかかわらずお芝居に関わり続けていたのはやはりお芝居というものが自分の人生の一部になっていたからではなかったでしょうか。中にはアルバイトをしながら予備校へ来ている人もいましたが、やはり両立はかなり苦しかったのではないでしょうか。

 そんな中で僕は一つの志望校を発見します。元々は教育学部系の国立大学を目指していたのですが、どうも国立へ行くためのセンター試験が芳しくない。そこで見たのが超有名大学で新設される映画学部という学部。この時すでに人生の半分は演劇だと自称していた僕は当然のように興味を持ち、そこの学部説明会にも参加し、もうそこに行くことだけを考えていましたが時すでに遅し、僕はこの大学にすぐに落ちてしまいました。そんな中唯一受かったのは、チューターから進められていた滑り止めのまあこちらも一応有名大学の経済学部(一応全国的にも名の知れている大学ですが偏差値はかなり低い)でした。経済なんて全く興味もないのにもう一年浪人するわけにもいかず渋々その大学へ進学することに。こうして僕の浪人時代は幕を閉じ、その春休みは解放感でそれまで我慢してきたことを一気にやり遊び尽くしていました。


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