フジロック行くひとですか!

名前がないと分かりにくいので、10年の彼と名付けておくか。

それは名前なのか。だめか。まあいいか。


10年の彼が1年の彼だった頃、彼は研修医だった。わたしは同じ職場の看護助手をしていて、30手前にして人生の方向転換を試みていた時だった。

高校を中退してから、それまで転々としてきた12年ほどの社会人経験のうち、主なものは製造業で、製品の説明のために海外に出張して現地のエンジニアに操作方法を指導したり、日本の製造部で休憩中におっさんたちのキャバクラ競馬パチンコ嫁とのアレな話につきあったりと、とことんガテン、セクハラなにそれハラスならおいしいから知ってる、な職場にいたのだけれど、何だかなあ、と思って退職した。何でだったっけなあ。


手に職を。

看護師がいっか。奨学金もらえるし。

公務員なれるし。

そしたら何かあったときの弟の保証人になってあげられるし。

看護師にだけはなるなって言ってた助産師のおばあちゃんももうだいぶ前に亡くなってるし。

そんな軽い気持ちだった。


看護師になって7年目だが、いまだに、看護師になりたくてなりたくて震えるくらいに看護師という職業に就きたくて震えながらいる人の気持ちがわからないまま。

なったらなったで、看護はアートですとか言っちゃう熱いマインドの人の気持ちがわからないでもないけどわかりたくないまま。


まま!

いきなり小田和正が登場した。脳内再生されてる。

あーのー日ーあーのーとーきーあーのーばーしょーでー

(略)


そんな軽い気持ちで行く道だから、ちょっとプレとして看護助手をやってみようと思ったわけで、勤め始めた先の病院、ほんで飲み会。一応、歓迎会もあって。

同時期に入職した看護師さんとはすでに少し仲良くなっていて、彼女が隣に座っていたので、お互いに自己紹介のようなことをしていた。わたしは音楽や映画が好きで、バイクに乗るのも好きで、今年バイクでフジロックに行こうかと思ってるんです、なんて話をしていたら斜め向かいに座っていた1年の研修医な彼が「フジロック行く人ですか!」って食いこんできた。いきなりだったけど「ええっ、はい、その言い方だと先生もですか!」なんてキャッキャキャッキャ話してたら、降りてきた。


あ。

わたしこの人のこと好きになっちゃうな、って。

そんで、ぜんぜん相手にされないんだろうな、って。

予感。実際。

好きになったし。

10年、ほどよく相手されてた。じゃらされてたのか。じらされてたのか。ジラフの首のように待てとな?


その年、他の友人とともに1年の研修医な彼とフジロックに行った。

それからほぼ毎年、一緒に行くようになった。




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