第16話 五日目 札幌→長万部

 五日目。最終日である。すすき野のセイコーマートで朝食を買い、地下鉄で札幌駅まで来た。今日は7時05分発の函館本線小樽行から始まる。

 列車は岩見沢発だが、札幌で乗客が入れ替わるため座ることが出来た。三両編成が連なった六両で、半分はロングシート、残りがクロスシートという編成であったが、クロスシートの進行方向右側を確保した。

 札幌を出て三分、桑園に着く。三日連続だ。ホームの向かいには、東京ほどではないにしても通勤客でいっぱいの下り列車が発車を待っている。

 桑園と次の琴似までは前回渡道した際に乗っている。前回は札幌市営地下鉄を完乗した後に琴似で降りて、JRに乗り換えた。地下鉄東西線の琴似駅はJRの駅から南西方面に少し離れたところにある。歩いている最中に見つけた古本屋を眺めた後ラーメン屋に入って食べた。札幌ラーメンを食べるつもりで入ったのだが、テーブルの上に置いてある店の名刺を見てみると「東京本店」の文字がある。下調べが大事だと思った。

 琴似から九分で手稲に着く。駅の西側に札幌運転所が設置されており、手稲止まりの列車も多い。全列車が停車し、JR北海道管内では札幌に次いで二位の乗降客数を有する駅だ。しかしこの時間帯の上り列車にはあまり関係がなく、多少の入れ替わりで発車する。すぐに右手に車庫が広がり、スーパーカムイに用いられる789系などが見える。車庫が終わらないうちに次の稲穂に停車した。

 ほしみを過ぎて札幌市から小樽市に入ると住宅街が途切れ、郊外の様相を呈し始める。アメリカとメキシコで国境を跨ぐと少しの距離なのに景色が一変する、という話があるが、それとまでは言わぬものの確かに差があるように思う。

 7時32分に銭函を出ると、右手に海が広がる。背後に山が迫っていてほとんど平地がない為、海沿いを通さざるを得なかったのだろう。官営幌内鉄道としてこの区間が開業したのは1880年のことであった。土木技術は拙く、現代のようにバカスカトンネルを掘れるわけではない。蒸気機関車だから煙の関係もある。となると海沿いにならざるを得ないわけだが、それにしても海に近い。今日は海が穏やかでぬるっとした海面が続いているが、少し海が荒れたら波を被りそうな程海岸沿いである。稼ぎ頭であるからして予算はふんだんにあるのだろうが、普段からの塩害も心配だ。一方で道路は海岸段丘か何かの一段高いところを走っている。これが開通時期の差か。

 辺りは奇岩の景勝地としても知られる。列車からも巨岩が見える。ここに限らず、日本海側には岩の景勝地が多いと思う。車窓から見えるだけでも五能線の深浦の辺りや羽越本線の笹川流れ、氷見線の雨晴海岸が挙げられ、他にもせたな町の三本杉岩などがある。冬の荒波が削ること、太平洋側と違い津波が少ない為、沿岸が洗い流されないことなどが要因だろうか。岩の種類なども関係しているのかもしれないが、別に地学を専攻しているわけでもないので素人にはわからぬ。

 朝里という貝みたいな駅を過ぎ、十分程海岸を走ると目の前に突然市街地が広がり小樽築港に着く。その次が南小樽で、ここからかつて手宮線が分岐していた。1985年に廃線となったが、廃線跡は遊歩道になるなど現在でも状態よく保存されている。南小樽から高架線になり、7時50分小樽着。

 小樽には修学旅行で来たことがある。運河とガラス製品を見て、前述の手宮線の廃線跡を歩いた。郊外に小樽市総合博物館があり、蒸気機関車が保存されているということなので行けばよかったと後悔している。今回も行けない。

 小樽の街はかつて北海道の中心だった。北京に対する天津のように、札幌に対応する海港として本土対北海道の物流を支えた。炭鉱との間には鉄道が敷かれ、金融機関や商社が集積していた。現在でも日本銀行小樽支店の建物や三井物産小樽支店の建物が残されていることがそれを示している。しかし、戦後の札幌の急成長、そして道内他都市の港湾整備の進展で物流産業や金融産業は一気に衰退する。しかし衰退に身を任せていただけではない。現在では古い建築物を活かした観光都市として人気になっていることは周知の事実だろう。現在日本は観光立国を目指しているが、観光産業への転換という観点から小樽は良い研究対象になるのではないだろうか。

 ホームに降りると長万部行が来る四番線には列車を待っていると思われる人が思っていたよりもいる。座席を取り逃しては敵わんと慌てて並んだ。少し待つと、長万部方面から二両の気動車が入線してきた。前がJR化後に作られたキハ151、後ろがキハ40である。異種混合とは驚いた、と思ったが、元々気動車は一部特急用を除いて混結可能な設計になっていたはずなので、これがある意味では正しい姿なのかもしれない。どちらに乗るか少し迷ったが、キハ40に乗った。待ち人は座席が埋まるほどではなかったようで、右側の座席に座ることができた。8時01分に札幌からの列車が着くと座席は大体埋まった。向かいにはアジア系外国人と思われる親子が座った。言っては悪いが、よくこんなローカル線まで、と思う。近年はインバウンド客が急増しているし、北海道のような観光地として知られている場所以外でも同じような光景が見られるようになるのだろうか。願わくばインバウンド需要が地方ローカル線の救世主となることを祈る。

 8時07分、小樽を発車した。列車はすぐに勾配を登り始める。次の塩谷で日本海を見下ろすと、今度は下り始める。平地の始めにある蘭島で下り列車と交換し、8時33分、余市に着いた。

 余市はウヰスキーの産地として有名である。近年ではNHKの連続テレビ小説の題材になっていた。それ目当てと思われる下車客もいた。ニッカウヰスキーがかつてリンゴジュースを製造していたのと関係あるかはわからないが、駅からは果樹園が見える。ウヰスキー以外には海上自衛隊の余市警備所が設置され、ミサイル艇が配備されている。列車からは見えないが。

 余市を出ると海から離れ、山に向かっていく。積丹半島から続く山並みを越えなくてはならない。左手には余市川と山並み。山の向こうにはカルデラがあり、赤井川村という自治体がある。少し気になるが行かない。

 銀山という駅を過ぎると峠を越え、右手奥に羊蹄山が見えるようになる。下り終わると小沢に着く。今でこそ一介の途中駅にしか過ぎないように見えるが、1985年までは岩内線が分岐していた。次が倶知安。9時20分着。ここで七分停車する。

 倶知安はスキーを始めとした観光業が盛んであり、駅のホームにもスキー板やスノーボードを持った客が下り列車を待っている。雪質が良いらしく、海外からのスキーヤーも増えているそうだ。同じボックスに座っていた外国人親子もここで降りた。

 下り列車と交換し、倶知安を出る。左手には羊蹄山、右手にはニセコアンヌプリが見える。七分で比羅夫に着く。飛鳥時代に蝦夷討伐をした阿倍比羅夫に由来する駅名だそうだが、阿倍比羅夫は北海道まで来てないのではないかという気もする。その辺りあまり詳しくないのでなんとも言えないが。周りには白樺のような幹の白い落葉樹の林が広がっている。

 一つ前のボックスシートから話し声が聞こえてくる。どうも行き会った人たちのようで、おじさん二人組とおばあさんが話している。おじさんの一人が、自分の書いた本の話をして、おばあさんが読んだことがある、という話をしている。私の場合、旅先で人と話すということが少ないから、話しかけられる人はすこし尊敬する。勿論、相手が嫌がらない範囲に収めねばなるまいが。

 列車はニセコ、昆布と停車し、10時05分に蘭越に着いた。蘭越周辺の沿道をバスで通ったことがある。ニセコから蘭越まで並行して流れていた尻別川に沿って河口まで行き、そこから海沿いに寿都まで行った。寿都の話は少し後でしようと思う。

 蘭越では下りと交換するために十分停車。下り列車待ちの客が思ったよりいて驚いた。今朝札幌を出た時点では曇っていたが、ここまで来ると晴れてきて、雪に反射した日光が眩しい。定刻通り交換が完了し、発車する。

 次の目名を出ると小さい峠を越え、10時50分に黒松内に着く。ここまで蘭越から三駅なのだが、三十四分かかった。距離にして二十一キロ程。地方にしても駅間が長い方な気がする。人口密度の低さの表れか。

 黒松内は1972年まで寿都鉄道との接続駅であった。今でこそJRと公営鉄道しかない北海道だが、昭和の中期までは私鉄が多数あり、寿都鉄道もその一つであった。寿都はニシン漁で栄えた町であり、開業当初はニシンの輸送や銅、亜鉛といった鉱産品の輸送で順調な経営を行っていたそうである。しかし、戦後になるとニシン漁の不振や鉱山の閉山、並行するバス路線の開業などで経営が悪化、1968年の河川増水で路盤が流出したことが致命傷になり、1972年に廃線になってしまった。線路が流されて廃線、というのは近年でも高千穂鉄道の例などがあり、雨の多い日本では逃れられない宿命なのかもしれない。今年(2016年)の夏にも同じ北海道で根室本線や石勝線の橋やら線路やらが流されて、一部では存続の危機にあるわけだが、同じ道を辿ることになるのだろうか。

 それはそれとして、寿都は温泉があり、ニシン漁こそ行われなくなったものの、なまこやホタテの養殖など今でも漁業が盛んな町である。北海道土産の一つであるわかさいもの発祥は寿都だ。一度行ってみてはいかがか。

 黒松内を出ると長万部まですぐである。読みにくい蕨岱、ろくでもなさそうな二股という二つの小駅を過ぎると長万部だ。11時13分着。今回の旅での乗りつぶしは終了した。

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