第6話 二日目 秋田→青函トンネル

 二日目の朝はこの旅でもっとも早い朝だ。駅近くの今回泊まる宿では最も高価でなんともいえなかった宿を出て、駅に向かう。既に弘前行は一番線に停まっている。車両はロングシートの701系。地元では見られない電車であるとはいえ、流石に飽きてくる。秋田駅は701系の天国のようであり、弘前行だけでなく奥羽本線の上りや羽越本線の始発列車も701系で発車の時を待っている。

 5時33分、秋田発車。三両編成だが乗っている客は各車両に一桁しかいない。朝一番だとそんなものか、と思う。市街地を行くこと五分、右手に車両基地が見えてくる。秋田総合車両センターである。機関車などがここで整備される。側線が多いが、使われなくなったであろう線路はソーラーパネルで覆われていた。

 5時46分、追分着。追分から男鹿線が分岐している。男鹿線にも乗ったことがない。ポツンと未乗線区を残しておくのは気が引けるが、先に進まねばならない、と思っていたが、後々時刻表を見返してみると乗ってもなんとかなったようである。とはいえ、男鹿線を往復する時間をこの後で別のことに使っているので、どちらが良かったかはわからない。

 追分の次の大久保を出ると左手に水辺と平坦な土地が見えてきた。これが八郎潟干拓地である。かつては日本第二位の面積を誇ったが、今では十八位だ。往年の八郎潟を見てみたかったものだ。八郎潟の中心付近では北緯40度線と東経140度線が交わっている。八郎潟という駅もある。

 車窓は徐々に明るくなってきて、雲が赤い。雨でないのが嬉しい。各駅で高校生が乗ってくる。本数が無いから一本に集まる。ご苦労なことだ。

 大久保から五駅、19.9キロ、鹿渡を過ぎると延々併走していた八郎潟が消え、丘陵地帯に入る。この付近は八郎潟以外にも湖沼があり、ところどころ車窓から見えたりするのが面白い。小さい森林の中の池など、私は好きだ。

 北金岡で列車交換をした後、東能代のある米代川の河岸へ下る。この地形の影響だろうか、東能代到着前になって濃い霧になった。車窓は一面乳白色で何も見えない。こんな霧に入るのは初めてのことだった。6時半、東能代着。

 東能代で五能線が分岐する。五能線は深浦や鯵ヶ沢といった海沿いの町を経由して弘前の向こうの川部に至る路線であり、二度ほど乗ったことがある。むしろ乗ったことが無いのは東能代から弘前までの奥羽本線である。

 6時31分、一分停車で電車は発車した。車窓は相変わらずの一面乳白色で、何も見えない。踏切とか線路上に障害物があっても衝突するまで気がつかないだろうな、と思うほどで、何事も無いように軽快に走る電車に少し恐怖を感じた。

 この霧は米代川が発生源なのか、少し標高の高そうな鶴形に着くと薄まった。川から出た霧が南北の丘陵に遮られて滞留しているのだろう。川沿いの平地に線路が降りるとまた霧は濃くなった。

 そのまま米代川に沿って上流へ向かうこと27分、鷹ノ巣に着いた。鷹ノ巣は秋田内陸縦貫鉄道との接続駅であり、その気動車が見える。秋田内陸縦貫鉄道といえば、赤字で存続の危機に陥った際に高校生が廃止反対運動をして存続させたことで有名な路線である。そんなことを思い出したのは鷹ノ巣で大量に高校生が乗ってきたからだ。一気に電車は満員になった。

 男子一人に女子二人という男子校出身者としてはなんか苛立つようなグループが目の前に立って話している。ここまで来ると方言とか聞けるかな、と思っていたが、何が何やらわからないというレベルの方言は聞こえなかった。テレビなどの影響で東京語化が進んでいる、特に若者に顕著、ということだが、その一端を見たような、否、聞いたような気がした。

 7時18分大館着。ここで高校生が一気に降りた。始業時刻は八時くらいだろうに、早いことである。地図を見ると県立高校が二つあった。

 大館は花輪線との接続駅である。花輪線は大館と岩手県の好摩を結ぶ路線である。ホームの向かいには花輪線の気動車が停まっている。次の花輪線は9時17分発盛岡行。これだろうか。あと二時間ある。同好の士と思われる人がこの電車から降りて、花輪線に乗っていった。

 三分停車の後、7時21分、大館発車。奥羽本線は米代川を離れ、大館盆地を北上する。次の白沢が東能代から続く米代川流域の平地最後の駅である。ここからが矢立峠越えで、標高が上がり始める。やっと霧が晴れた。

 矢立峠は奥羽本線の難所の一つで、蒸気機関車時代にはここでもやっぱり補機を付けていた。昭和四十五年に新線に移行してからは勾配や曲線半径が緩和されたとはいえ、今でも難所である。しかし電車はものともせずに走っていく。

 白沢の先で上下線が大きく別れる。下り線は昭和四十六年に開業した松原トンネルに入る。全長2404m。これを出たところが有名撮影地として知られている。

 7時38分、津軽湯の沢着。青森県最初の駅だ。付近の雪の白さと空の青さが対称的で良い。気が晴れるような心地がする。川の水の流れる方向が変わり、分水嶺を越えたと実感する。

 碇ヶ関、長峰を通って大鰐温泉に着く。弘南鉄道大鰐線の駅もあって、弘前圏に来たな、と実感する。大鰐温泉は鎌倉時代に発見されたとされ、もやしが特産品となっている。時間があれば共同浴場に入ったりしても良いが、先を急ぎたい。

 完全に峠を越え津軽平野に入った奥羽本線の車窓には果樹園が広がる。リンゴだろう。弘前市はリンゴ生産量日本一だ。

 石川で弘南鉄道の線路と別れる。奥羽本線は中心地から少し離れたところにある弘前駅に着くのに対し、弘南鉄道は弘前城にほど近い弘前中央駅に着く為だ。私鉄独自のターミナルを持っているのは面白いと思う。もっとも、弘南鉄道のもう一つの路線である黒石線は弘前駅が起点なのだが。

 8時04分、弘前着。二番線だった。

 弘前は津軽藩の城下町として栄え、現在も津軽地方の中心地だ。弘前に来たのは二回目である。前回は春の桜の時期に来た。弘前城の桜を観光した。今回は別に観光しなくてもいいかと旅行当時は思っていたが、今となってはもう一度弘前に行って観光したい。主に聖地巡礼的な意味で。聖地巡礼というと初日の郡山に半分その意図があったのだが。

 弘前での乗換時間は二分であるが、対面乗換だったので焦ることはなかった。弘前がこのあたりの中心であるとはいえ、自分以外にも青森方面へ乗り換える人がいる。どこから乗ってたかわからないが、自分と同類であろう人もその中にはいる。

 8時06分、弘前発車。ここからは乗ったことのある区間だ。今度はちゃんと景色も見たことがある。電車は多少混んでいたが、座れないほどではなかった。座れないほどの混雑は辛いが、ガラガラだと今度は経営的に心配になってくる。座れる程度に混んでいるというのが快適性と経済性の中で良いバランスなのではないかと思う。

 晴れてはいるのだが、左手に見えるはずの岩木山は雲に隠れてしまっている。見たことはあるのだが、名所が見えないというのはやはり残念なものだ。

 8時13分、川部着。五能線と東能代ぶりに会う。スイッチバックして弘前に向かう五能線の気動車が停まっている。川部の五能線の線路は青森方面に直進できるような設計になっていて、弘前に向かうにはスイッチバックしなくてはならない。青森方面からの直通がなくなった今となっては難儀な設計だと思う。

 8時29分、大釈迦着。上り列車と交換のため二分停車との放送があったのだが、上り列車が来ないまま発車した。何があったのだろうか。大釈迦で津軽平野は終わり、丘陵地帯に入る。奥羽山脈から津軽半島に連なる山地の一部なのだが、峠の名前を調べてもよくわからなかった。大釈迦峠、で良いのだろうか。

 人家の少ない谷地を道路と並走すること11分、津軽新城に着く。ここから青森平野だ。隣の駅は新青森である。新青森は待避線などの設備がないため、折り返し待ちの特急電車が津軽新城まで回送されてくる。そんな回送電車が停まっているのを横目に普通列車が発車する。

 8時44分、新青森着。東北新幹線との接続駅だ。東京から新幹線に乗れば四時間弱で来られる場所に私は一日以上かけて来たわけだ。酔狂である。右手には八甲田山らしきものが見える。

 終点の青森には二番線に到着した。8時50分。

 次の列車までは四十分ほどあるので、少し見て回る。跨線橋には急行はまなすのメッセージボードが置かれている。

 ホームから海側を望むと青函連絡船の八甲田丸が見える。青函トンネル開業から二十八年、北海道へ渡る特急を見守り続けてきたが、北海道新幹線が開業すると青森からは北海道へ向かう列車が消える。青函連絡船から在来線特急、そして新幹線へと津軽海峡を越える手段の変遷を感じる。青函連絡船へ徒競走が行われたという長いホームも手持ち無沙汰になるのだろう。

 適当に駅の外を見回って六番線へ。特急スーパー白鳥95号は9時19分入線だ。車両は先ほど津軽新城に停まっていた回送である。青森は青函連絡船との接続を第一に考えて設計されているから、奥羽本線から津軽線に行くにはスイッチバックしなくてはならない。とはいえ十分も停車時間が要るかは疑問である。

 開いた自由席のドアからはスーツ姿のビジネスマンが次々に降りてくる。新青森と青森の間では乗車券だけで特急の自由席に乗れるという特例を使っているのだろう。それにしても、この列車に接続している新幹線ははやぶさ95号、仙台始発だ。思っていたよりも仙台から青森への乗客流動があるようである。

 北海道&東日本パスは基本的に普通列車しか乗れないのだが、例外規定がある。その一つが青森と函館間の乗車で、この区間では自由席特急券と北海道&東日本パスだけで特急に乗れる。蟹田から木古内まで特急しか走っていないからだが、同じく普通列車しかのれない青春18きっぷと同様に蟹田と木古内の間では、特急券無しで特急に乗車できる。便利であるが、蟹田まで行くのが面倒なので青森から乗る。ちなみに切符を購入するとき、駅員氏とこの区間の扱いで少し議論になった。まあ、もうすぐ新幹線開業でここの規則は変わるから、仕方がないのかもしれぬ。

 特急であるから、座席は回転するしリクライニングもする。ロングシートなどではもちろんない。ここまでで最も快適な座席だ。当然であるが。可動式テーブルの背面には白鳥、スーパー白鳥の各列車の青函トンネルに入る時刻、最深部通過時刻、トンネルを出る時刻が書かれたシールが貼られている。わかりやすくて良いサービスだと思う。新幹線になってもやってほしいものだ。

 9時29分、青森発車。ここまで乗ってきた奥羽本線の方へ引き返す形になっている。奥羽本線には同時に発車した新青森行のスーパー白鳥14号が走っていて、並走している。かつて青函連絡船があった時代には朝一番の青函連絡船に接続した東北本線の上野行特急はつかりと奥羽本線の大阪行特急白鳥が同時に発車し並走したという。その話を思い出す。

 奥羽本線と別れた先に車両基地がある。かつては、はくつる、ゆうづる、あけぼのといった寝台特急や、津軽、八甲田といった急行の客車、電車が待機していた場所だ。しかし今となっては急行はまなすの客車しかいない。そのはまなすも間もなく消える。広々とした車両基地に憂愁を感じた。

 左手に新幹線の高架と丘陵が、右手には青森湾が見える。新幹線と在来線と松前街道が狭い空間を並走している。陽光を浴びた海の波が輝いていて良いが、少々暑い。対岸には下北半島も見える。最初は帰りに函館からフェリーで下北半島の大間に渡ろうかとも考えていたが、時間がかかりすぎるのでやめた。いずれは行ってみたい土地である。

 9時46分、中沢着。交換の為で乗降はできない。運転停車という。スーパー白鳥16号と交換し、48分に発車。青函トンネル内こそ複線で高規格であるものの、その前後の津軽線や江差線は単線であり、在来線ではそこの輸送力の限界が青函トンネルの輸送力を決めてしまう。新幹線になれば青函トンネルの旅客輸送能力も向上するのだろう。

 蟹田には9時56分に着いた。ホームには青春18きっぷを使っているであろう同好の士が列を成している。一気に自由席が混んだ。

 蟹田からは海を離れ、丘陵地帯に分け入っていく。次が中小国で、ここで書類上では津軽線と海峡線が分岐する。実際に分岐するのは2.3キロ先の新中小国信号所で、海峡線はここから北海道新幹線の線路と合流する。管轄もJR北海道になる。スーパー白鳥95号は10時06分に信号所を通過した。ここから狭軌と標準軌の三線軌条になる。昨夜の奥羽本線では暗くてよくわからなかったが、今度は明るいからよくわかる。

 10時12分、津軽今別通過。新幹線工事に伴って全列車通過扱いになっている。構造上、在来線は駅舎の外を通過する。新幹線開業後は奥津軽いまべつに改称される。

 津軽今別のすぐ隣には津軽線の津軽二股があり、駅こそ見えなかったものの単線非電化の線路は見えた。

 10時14分、スーパー白鳥95号は青函トンネルに入った。テーブルのシールによると海底区間に入るまで入り口から13.5キロあるらしい。それまではひたすら標高を下げてアプローチするための区間だ。海底トンネルであるため湿度が高く、トンネルに入った途端に窓ガラスが曇り始めた。

 青函トンネル区間では時速140kmで走行する。北越急行の特急はくたかが廃止された今となっては狭軌における国内最速だ。新幹線開業後は湖西線の時速130kmが国内最速になるのだろうか。

 10時20分、竜飛定点通過。2014年までは竜飛海底という駅だった。北海道側の吉岡海底と共に青函トンネル内の駅として有名だったから知っている人も多いだろう。駅こそ廃止されたものの、併設されている青函トンネル記念館は今でも営業していて、青函トンネルに繋がるケーブルカーに乗れるという。

 竜飛定点から先、吉岡定点までは海底区間だ。海底だ、と思っても別に海水が見えたりするわけではないから実感は沸かない。ただ暗く長い穴が続いているだけである。

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