第8話 外伝 ベンジャミン上陸
残念絵巻 義経編 最大の謎 それはベンジャミン・キング 通称ベン・
なぜ、彼は日本の京にいたのか?
――義経と出会う2年前。
彼は、アフリカ ザンジバル島で奴隷として暮らしていた。
体格が良く、良く笑うアフリカ人、産まれたときから名前が無い。
『ミアモジャ』と呼ばれていたが、現地で『100』を表す。
おそらく、100ポンドで売られたからであろう。
ザンジバル島で10年ほど暮らしていた、首に鎖を付けられた奴隷として。
過酷な環境が少年をたくましい青年に変えたころ、イギリスの商船に乗ることになった。
大きな船を見たミアモジャは、コレに乗るのかと胸躍らせた。
海へ出る、島を出る、それだけ……奴隷として乗るのだ、過酷な生活には変わりがない。
あるいは、島の生活より過酷かもしれない、それでも、この島は嫌だ。
なんの変化もない島、ここは楽園じゃない……。
航海に出て1ヶ月、ひたすら毎日、船底でオールを漕ぐ、時折隙間から海がチラリと見える、それは青く、時に黒く、穏やかであり、激しくもあった。
食事は粗末で水は少ない、奴隷など商船にとっては使い捨てなのだ。
次の島まで生きていればいいのだ。
一緒に乗ったはずの顔が徐々に少なくなっていく、半年……ミアモジャと一緒に乗った奴隷仲間は半数近くが海に投げ込まれていた、死んで、あるいは病気で生きたまま。
船底から甲板には上がれない、鉄の格子窓から粗末な食糧が手渡されるだけである。
トイレから見える海、そこから何人の奴隷が投げ込まれただろう。
暗い船室から唯一見える空は、格子に縁どられ、いつも四角い。
ザンジバルの空が懐かしい、ミアモジャは後悔していた。
だが奴隷に仕事など選べるはずもない。
このまま自分もいつか海にボチャンと捨てられるのだ。
いつしか、海を見るのが嫌になっていた。
そんなある日、格子から空を眺めているとカシャンと金色の何かが降ってきた。
「十字架」
それはキリストが貼り付けにされた姿を
拾い上げ上を向くと、格子から覗く白人と目が合った。
ミアモジャは黙って、十字架を白人に差し出す。
「あなたは神を信じますか?」
イギリス人の奴隷であるミアモジャ、英語はカタコトながら理解できる。
「俺は神を知らない……見たことがない」
「その、お姿は見えません、ですが感じることはできるのです」
「俺が感じるのは痛みと空腹だけだ、他は何も感じない」
「違います、神は見ておられます、あなたのことを」
「お前が神か?今、俺を見ているのはお前だけだ」
ミアモジャは、首を横に振り仕事に戻った。
夜、格子から月を眺めていると昼間の白人が顔を出した。
「こんばんわ」
「神さまか」
ミアモジャは皮肉を言った。
「神ではありません。私はトマス・キングです」
「キングさん、なぜ俺に話しかける?」
「あなたが救いを求めているからです」
「俺は救いなど求めていない」
その日から毎晩のようにミアモジャはトマスと話した。
ミアモジャにとって、この数時間がいつしか楽しみになっていた。
笑顔を忘れた青年は、再び笑うようになっていた。
中国に近づいた、ある日の夜、いつものようにトマスと話していると急に上が騒がしくなった。
トマスの顔色が変わる。
「なにがあった?トマス」
「海賊だ」
「逃げろトマス!」
ミアモジャが叫ぶと格子から血が降ってきた。
「トマス!」
「ミアモジャ……神を信じますか?」
刺されたのは明らかである、今ミアモジャの身体にボタリと落ちる血はトマスの血だ。
「あぁ、信じるよ!だから逃げてくれトマス!」
「ミアモジャ、それは名ではありません。私が洗礼名を与えます……ベンジャミン、そう洗礼名、ベンジャミンの名を与えます」
「名前なんかどうでもいい!逃げてくれ!」
「私は、神に召されます」
「ベンジャミン、あなたを自由にしてあげたかった……力なき私を許してください、そして希望を捨てないで、生きるのです、精一杯生きるのです」
「トマス……」
トマスが伸ばした指が小さくミアモジャの手の平に十字を切った。
コトリと力を失う指先。
トマスは事切れた。
ミアモジャは海賊に捉えられた、商船から貨物を海賊船に運ばされた。
鎖さえなければ、涙を堪えて貨物を運び、そのまま海賊の奴隷になった。
どこまでいっても奴隷……生きている価値ってなんだろう。
商船を襲うときと、敵船を襲撃するときだけ鎖が外される。
戦うときだけ自由になれる。
ミアモジャは戦った。
狂ったように暴れた。
生きるために。
ある日、海賊がミアモジャに話しかけた
「お前名前は?」
「ミアモジャ……いやベンジャミンだ、ベンジャミン……キング」
キングの姓はトマスからもらった。
「ベンジャミンか……紛らわしいな」
「この船には、もう一人ベンジャミンがいる」
海賊は見張り台を指さした、
「あそこのイギリス人もベンジャミンだ」
「奴はベンと呼ばれている、そうだ!アイツをベン・S、お前をベン・Kと呼ぼう」
「ベンケイ……」
「お前は今日から、海賊になるんだ、強いからなお前!
「もう奴隷じゃないぜ仲間だ、よろしくなベンケイ」
こうしてミアモジャはベンケイと呼ばれ、名が定着したころ日本の海賊と戦闘になるのだが、そのどさくさに紛れ、日本に流れ着く。
港町から京へ流れ、義経と出会うのである。
奴隷から海賊を経て
ただ一言の一方的な約束『精一杯生きろ』
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