第7話 飛ぶ鳥を落とす勢い

「昨夜は愉しんでもろうたようでなによりじゃ」

秀衡ひでひら神妙しんみょう面持おももちで話し出す。

平服しながら笑いだしそうな三郎、ある意味では平服するしかないのである。

顔見たら笑っちゃう。


「ときに、義経殿、なんでも兄上にあたる頼朝よりとも殿が2度目の挙兵をするとか」

「はっ!そのようで」

「うむ、九郎くろうとして馳せ参じたいであろう」

「もちろんでございます(ウソ)」

このころ義経、行かなきゃダメかな~、行きたくないな~の迷いが出始めた頃なのである。

なんか、子供の頃から、仇討ちをそそのかされ、その気になってた中二病を経て、見世物小屋に売られ、芝居小屋を立ち上げて独立、商売が軌道に乗った矢先に兄上の敗戦と挙兵。

完全に乗り遅れた感満載である。

今さら、参戦って……今まで何してたの?って聞かれるよ絶対。


「左様であろう」

三郎は思った、

(17万騎の実質的な大将!最高!)

ベン・ケーは思った、

(I'm so tired眠い)


「平家の世はくつがえらぬ!増長はなはだしき、源家の不満も世の不平も多い、が、おさむる力にけた平氏に源氏は負けたのだ、武力で勝っていても、見識持たぬ者にかちは無い、事実平氏の乱で敗れたであろう」


昨夜のふんどし一丁のご老体とは思えぬ王者の

さすが、従五位じゅごい鎮守府将軍ちんじゅふしょうぐん


「ゆえに、奥州17万騎、1騎たりとも、そなたには貸せぬ」

(甘かった)

平服したまま、三郎が唇を噛む。

「佐藤兄弟を呼べ」


秀衡ひでひらに呼ばれ、佐藤兄弟が座敷に入る。


「義経殿、余は従五位じゅごい鎮守府将軍ちんじゅふしょうぐんである。平泉の民を守らねばならぬ、許せ力にはなれぬ。なれぬが……やはり余はそなたに尽力したい」

「ん?」

「そなたに鎧を授けよう、路銀も用意した。そして佐藤兄弟、本日このときより義経殿をあるじとし、そなたの家人けにんとして付けよう」


(え~っ)

佐藤兄弟、絶句。

佐藤 兄 嗣信つぐのぶ

(捨てられた~)


佐藤 弟 忠信ただのぶ

(厄介払いされた~)


三郎

(平泉を追い出された~)


ベン・ケー

(HAHAHAHAHAHAHA!)


義経

(やっぱり行くのか~)


そんなわけで、体よく平泉を追い出された御一行、一路 富士川へ。


合戦を控え、両軍緊張ムード高まる夜、義経ついに参陣である。

「やあやあ、たれかあるか?源家の九郎 義経殿、奥州より今、参陣せり」

三郎が名乗りを挙げる。

見張りが大笑いで返す

「4人でか?寝ぼけんな!なにが九郎か!素性怪しき者を殿に会わせるわけにはいかん!」

(ごもっとも)

皆が思った。


「あいわかった……明日、再び、参るゆえ、そのときはよしなに」

それだけいい残し、義経は背を向ける。

陣の端で野宿。

「いいのか?殿」

「よい、兄上とはいえ、面識もないのだ無理もない」

(素性怪しきとは……反論の余地もない)

考えてほしい、ひょろい派手な甲冑の若者、野党崩れ、黒い筋肉だるま、ホモに薄幸である。

笑うしかねぇ面子めんつである。


野宿している御一行に酔った武士が絡みだした。

「おい、佐殿すけどの弟君おとうとぎみがこんなところで何してやがる」

5~6人の酔っ払い、三郎が「うるせぇ」と立ち上がる。

酔っ払いの一人が、義経に石を投げた。

カコンと鎧に弾かれる小石。

「てめぇ!」

三郎、嗣信つぐのぶ忠信ただのぶが臨戦態勢に入る。

まえに……、ベン・ケーが立ち上がった。

「why? Boy、ガンセキ ナゲタネ!」

(岩石?)

皆が[『?』と思う前にベン・ケーがポンポンと湿地に酔っ払いを投げ込んだ。


ヴアアアアアアアー。


水辺で休んでいた万を超える水鳥の群れが一斉に飛び立った、静まった夜更けに羽音が響き渡る。


あぁ勘違い……。

両軍、羽音を夜襲やしゅうと思い、蜂の巣をつついたような大騒ぎ。


…………夜が明ける頃、平氏の陣はどこにも無かった。

源氏の陣は辛うじて健在であった。


坂東武者ばんどうむしゃは鬼のように強い、言葉など通じぬけものの集団である。

そんな噂がささやかれていた平氏の陣、弱気に気圧けおされていた平氏と、後がない源氏の士気の差であった。


「我が力を見たか!平氏など恐るるに足らぬ、坂東武者よ再び源氏の名を知らしめろ!世に我が名をとどろかせろ!」

陣から勝ち名乗りを挙げる男、頼朝よりともであった。


HAHAHAHAHAHA!

なんだか解らないが、皆が楽しそうなので、上機嫌のベン・ケーであった。

この男が一人で、富士川の戦いを収めたことは誰も知らない。

本人すらも……。

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