名もなき学園 短編

杉崎 三泥

読み切り 続きません


「舞先輩、部活紹介が明後日に迫ってますけど、どうします?また去年みたいな感じで活動内容を言うだけにします?」


 部活動の日誌をまとめながら、舞先輩に話を振る。


「そうね、私としてはそれでもいいのだけど、去年はそれで五木君しかいないわけだし、何かしら変える必要があるわね」

「ですよね…だとすると、活動内容だけでなく何か新しい要素を入れる必要がありますね…」

「ならほかの部活の紹介の仕方を取り入れてみるのはどうかしら?」


 と、まるで名案を思い付いた、というどや顔をして長い黒髪をかきあげる。


「ほかの部活…ですか?」

「そう、例えば、柔道部とか」

「それだと劇になりますね…確か去年は柔道を生かして、『ヤンキーに絡まれた時の対処法』って文句でやってましたね…もし、同じようにするなら文芸部らしい劇にするっていうことになりますけど、どういうのにする気ですか?」

「例えば、こういうのはどうかしら。公園で本を読んでいたら不良に絡まれたので、読んでいた広辞苑で戦うとか」

「本がただの鈍器と化してる気がするんですが…」

「『いざという時の頼れるあいつ!』という感じで本の良さをアピールするのもいいと思うの」

「読むために使ってください!というか、そもそも公園で広辞苑読む人がいないです!」


 えー、と不満そうな舞先輩。さすがにそれを通すわけないし、その案が通ったら僕が殴られることになる…さすがに死ぬわ!

 気を取り直して、考え始めること数分間。


「じゃあ、バスケ部とかはどう?」

「舞先輩、体力皆無じゃないですか…」


バスケ部は劇をやるため、体力が勿論率いる。しかし、体力もないうえに演技といえるほど感情がこもらない舞先輩では、おそらく無理だろう。


「あら、そんなことないわよ?」

「へぇ、じゃあどれだけあるんですか?」

「4階にある自分の教室まで一人でいけるわ」


一瞬、空気が凍った。


「…毎日早い時間に来てるのに授業5分前についているって聞きましたけど…そのうえ息たえだえだとか…」

「でも、たどり着いてるから体力はあるわ」


 胸を大げさにそらしつつ、自慢げにいう舞先輩。この様子だと本気で言っているのだろう。この人の中での体力基準はマラソンで走り切るのを無理ときっぱり言い切るレベルだから仕方ない。

 そんな舞先輩をしり目に嘆息しつつ、


「はいはい、わかりました、運動部が多いこの学校でほかの部活を参考にするのはあんまりでしたね…」

「なんか、馬鹿にされたまま終わったけど、まぁいいわ。じゃあ、五木君には何か代案があるの?」


 ジト目をしつつそう返されたので、少し考える。


「そうですね…じゃあ、文芸部らしく本の紹介なんかはどうでしょう?人気の本紹介という形でクラスでアンケートをとってその結果に沿って紹介という形です」

「あら、案外普通の提案ね」


 舞先輩はお盆のように、目を丸くする。


「何が出ると思ったんですか…」

「ぬかづけ」

「ぼくの好物をそのままどうやって出せと!?文芸部の紹介に出るわけないでしょ!」

「スパゲッティにぬかづけを混ぜて食べる人を普通に考えたらそうなるでしょう」

「失礼な!あれは神秘の組み合わせであって、決して変なものではないですよ!」

「…そうね…言った私が悪かったわ…」


 この世の終わりを見る目でため息をつかれた。失礼な、あのしょっぱさとパスタの絡み具合が絶妙だというのに、なぜわからないのだろう。


「そもそも僕の好きなものをおいそれと混ぜて部活の紹介にするわけないでしょう!」

「あら、私が出てるけど?」

「ブフゥ!」


 さすがに吹いたわ。そういう返しをしてきますか。


「それはまぁ…そうですが…」

「それはさておき、本の紹介はいいわね、自分たちの好きな本や同じクラスの人の好きなジャンルとかで本の紹介ということでいきましょうか」


 帰る準備が終わったようで、席を立ってそのまま出ていく舞先輩。


「ふ、普通にスルーされた…」

「何がかしら?」

「いえ、何でもありません!自分も日誌出して帰るので少し待っててください!」


 慌てて日誌を仕上げ帰り支度をする。クスクスと笑っていたのが目に入った。くそぅ、またもてあそばれたのか…!

 どうも、そこらへんはうまく舞先輩に勝つことがいつまでもできなさそうだ。夕日が移る窓をしり目に慌てて鍵を閉め、急いで舞先輩を追いかけた。


~翌日の放課後~


「やっぱり、男は漫画がおおいなぁ、ジャンプは不動の人気ということか…でも、本の紹介でいまさら、ジャンプっていうのもなぁ…舞先輩に相談しないと」


 人気の本といったって、この運動部が活発な高校だ。本を読むよりも体を動かすのに慣れているし、男子の比率が多いのだから、恋愛小説よりも熱血漫画が人気なのは当たり前だろう。

 予想通りの結果を片手に階段を上って舞先輩のクラスへ向かう。


(確か、3-Bだったよな…お、いたいた)


 階段を上ってすぐ隣の教室で、舞先輩がいた。ちょうど話し終わった後らしく、お礼を言って手を振っているようだった。


「舞先輩、部活紹介の件で話したいのですが…」

「あ、五木君。こっちももうすぐで終わるわ。あと2,3人聞いたら行くから、少し待っててくれる?」

「わかりました、廊下で待ってますね」

「ありがとう、すぐ行くから。」

 

 (高3生はやっぱりちゃんとしたジャンルなのかな、時間がかかってるみたいだし…それにしても舞先輩、やっぱり人気だなぁ、話しかけたらみんな、ちゃんと立ち止まって話聞いてるし…きれいだし、人がいいから信頼が厚いんだろうなぁ…)


 舞先輩は普段の部活では少し間抜けなところもあるが、基本的に性格もよく成績もいいので、学校では人気者だ。部活の様子に慣れているから違和感を感じるが、周りからすればこれが普通なのだろう。

 そんなことを思っていたら、舞先輩は一人質問が終わったようでもう一人に聞きに行くところだった。


「高坂君、少しいいかな?」

「お、なんかよう?」


 部活に行く途中だったのか、カバンの片づけが終わって荷物を背負うところだった高坂先輩に舞先輩は話を聞いた。


「部活紹介で最近どんな感じの本を読んだりしてるかをみんなに聞いて回ってるのだけど、本は何か読んでる?」

「あーそうだな、最近は推理小説とかだな。」


 運動部の学校では珍しいジャンルであった。聞いた僕も驚いたが、舞先輩も驚きを隠せないでいる。


「あら、意外ね?漫画か何かを読んでると思っていたわ」

「高2の時はそうだな、でも高3になって小説に手を出した最初がそれでさ、案外読んでみたら面白くてついついはまっちまったわけでよ」


 なるほど、そういう経緯で別のものに手を出したということか。確かに、高3といえば受験も近いし、スポーツ推薦狙いではない人であれば、運動とは別のことをする人もいるだろう。


「なるほどね、今は何を読んでるの?」

「おう、推理小説の定番、シャーロックホームズだな!あれは探偵チックなところも多いが、映画なんかでもそうだけど、結構無茶なことをするシーンが多くて気に入ってるぜ!」

「なるほどなるほど…」


 しかし、運動部のサガか、そこらへんはやはり、といったところである。まぁ、高2がジャンプ一色であったことを考えると、貴重な意見だろう。変化する傾向があるというだけでも、面白いのでこれはあとで紹介に使えるだろうし、話し合いで言おう。



「それはそうとさ、今度人集めて休日に飯に食いに行くんだけど、大浦もどうよ?」


 ドキッとした。何とも衝撃的な話を聞いたものである。


 (食事だって…まだ誘ったこともないからあれだけど、ぼく、まだ一緒に一回もいってないのに…どうせなら僕も誘ってみようかな…)


「んー考えておくわ、機会が合えばその時にね」

「明日の部活紹介のあとなんだけど、来てくれよ」


(しかも、明日ですと…!?)


「気が向いたらね」

「おう、待ってるぜ」

「じゃあ、アンケートありがとね、また明日。」


 うぅむ…これは僕的に好ましくない話だな…もし、舞先輩が行くという話になったら気が気でないぞ…これは僕も食事に誘うしかないのでは…でも、気恥ずかしいぞ…一体、どうすれば…


「お待たせ、そんなしかめっ面でぶつぶつ言ってどうしたの?」

「あ、いえいえ!なんでもないです!早く部室に行きましょう!」

「そうね、明日だし、方向性は決まってるのだから台本を考えないと。そんなたくさん時間があるわけでもないのだし、部室に急ぎましょうか」

「はい!」


 さすがにあせった。まだ心の準備ができてないからなぁ…。



~部室に向かう途中~



(よし…ここは食事に誘う意味もかねて行くかどうか聞いてみよう…)


 告白の時以来のドキドキを感じつつ、聞いてみる。


「そういえば、舞先輩、さっき食事に誘われてましたね」

「そうね、それがどうかした?」

「いえ、行くのかな、と…」

「あら、行ってほしいかしら?」

「いえ、そんなことは!」


 全力で首を振って否定する。むしろ行かせてなるものか!


「むしろ僕と一緒に行ってほしいくらいだし…」


 あ、しまった。こっちは言わなくてもいいんだった。うっかり本音が漏れ出てしまった。


「あら、よく聞こえないわね?はっきり言ってくれる?」


 ええい、ままよ!もともと誘うつもりだったし流れで行け!


「だ、だからですね?ぼ、ぼくと一緒に食事に行ってほしいんですよ!」


 会話に空白が生まれる。一瞬だったのか、1時間にも感じる間に耐え切れず口を開く。


「…だめ、ですかね?」

「ふふふ、よく言えました。でも安心しなさい。」

「へ?」


 安心?どういうことだ?一緒に行ってくれるのか?


「元々明日に一緒に食事に行こうと誘うつもりだったもの。」


 まさかの墓穴を掘ってしまったパターンだった。


「…えぇ?」

「こういうのを棚からぼた餅っていうのかしらねー得した気分だわー。あ、さっきの録音済みよ?」


 舞先輩は笑顔で手に持っているものを掲げていた。心臓のドキドキを抑えながら、手に持ったものを注視する。



 ボイスレコーターであった。



「ちょ、なんですか、それ、早く消して下さああああい!!」

「やーだよー♪これはいざというときの五木君いじりのために取っておきましょう♪」

「勘弁して下さあああああい!」


 完全に弱みを握られただけであった。


 後日、部活紹介はうまく進み、無事終わった。もちろん、一緒に食事に行くことはできたのだが、少し悔しいような気もする。完全にしてやられたようだが、一緒に行けて満足だったので、完全にマイナスというわけでもなく複雑な気持ちである。




~終わり~

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