プロローグ 2



 シンシアを後一歩の所で逃がしてしまったが、拘束魔術は解け、私達は自由の身に。


「御母様! 一体何がどうなっているの!?」

「天魔女様! シンシアは何が目的だったんだ!?」

天魔女オオババ様! さっきの拘束魔術はさすがにチートすぎっちゃ! なんナリよ!?」


「同時に喋るな! ちゃんと説明するから今は黙ってなさい!」


 私、メリー、フローは自由になった途端、同時に天魔女へ言い放つも返事ではない言葉が返ってきた。神秘の魔女───シンシアは何が目的だったのか。本当にそれが見えない。

 そしてあの強さ.....私達が知るシンシアでは不可能なレベルの拘束魔術。

 宝石魔女───通称 強魔女を6名を瀕死にさせる実力。謎のコイン。一体何がどうなっているのか......。


「......よし。瑪瑙オニキス、悪いけどこの子達を医術師の所まで飛ばしてちょうだい。医術師にはもう伝えてあるから空間で飛ばすだけでいい」


 応急処置を済ませた天魔女はいつの間にか医術師───治癒術などを得意とする数少ない癒魔女へ報告していたらしく、メリーはすぐに強魔女達を空間で飛ばした。


「私達を残したって事は、シンシアの事を話してくれるのよね?」


「帰れって言われても空間ですぐ飛んでくるよ。エンリーの家に遊びに来たって事にも出来るし」


「呼んどいて帰れはなしだっちゃ。シンシアがあんなに強くなってるとは.....なーんか納得いかないナリ」


 変彩の魔女フローが言ったように、私もメリーも、シンシアが突然強くなっている事が引っ掛かる。シンシアも宝石魔女で四大魔女。強さで言えば魔女の中でも指折りだが、四大魔女───私、メリー、フロー、シンシアの中では比べる時間さえ惜しいほど圧倒的に弱い。そんな彼女が突然あれだの力を手に出来たのは何故? 彼女の魔力の絶対量に変化はなかったし、今まで実力を隠していた~なのどレベルを遥かに越えている。必ず何か理由がある。


「......シンシアは “深淵” に辿り着き “虚無” を盗んだ」


「「 きょむ? 」」「きょにゅう!?」


「.....これはもう隠しておける事ではないわよね。貴女達の脳に直接情報を流すから、対抗せず受け入れなさい」


 母はそう言い、闇魔術をゆっくりと詠唱、発動させた。対抗せず.....の意味を理解する前に私達の脳にはある情報が流れ込んだ。時間にして一瞬、情報量もそんなには多くないが、内容が恐ろしく濃い。


「な.....に、これ」


「は? は? いや、え?」


「オエェー.....この魔術キライだわさ」



 【十二の邪神】というお伽噺のような名の情報が私達の頭の中に流れ込み、記憶に保存された。

 この世界には四大元素精霊の他にも圧倒的な力を持つ存在が十二体存在している。それらを十二の神、または十二の邪神と呼び、四大を含めた十六体を各領土に封印する形で眠らせている。そのうちの【虚無】と呼ばれる神が、この魔女界にいた。


「十二の神.....虚無きょむ.....。この虚無をシンシアは奪っていったの!?」


「そうだ。十二の神の中で最も強大であり、最も無力な存在。それが虚無」


 話がよくわからないが、シンシアの力は現実だ。この虚無とやらが関係しているからこそ、あれだけの力を手に出来たとして、シンシアはこの後何をするつもりなのか......。


「虚無っての一体で6人の強魔女が負ける.....」


「不意打ち臭かったけど、それでもあっさり負けてたからなー.....虚無さん凄いナリ」


「アレだけが虚無の力とは言えないがな......。シンシアは恐らく十二の神と四大を集めて、世界を力で支配するつもりだろう。ああ見えてシンシアは支配欲が強い。実力も領土の規模も、全てが頂点でなければ気が済まないのだろうな.....何度も私へ天魔女の座を賭けて勝負を挑んで来ていたし」


 自分の知らない一面を持つシンシア.....普段はそんな雰囲気はなく、力にも権力にも興味がない風だった。特級や上級の魔女に挨拶されただけでも顔を伏せ恥ずかしがっていたシンシアが、圧倒的な力を求め、それで権力を求めているとでも言うの? 何度も母に挑んでいた? 私はそれさえも知らなかった。


「なるほど、シンシアから見ればわたしやエンリー、フローなんて眼中にない感じだったのかな?」


「多分ちまちまレベリングなんてしたくないタイプと見たナリ! だから一発で頂点狙って天魔女様へ挑んだり、一発逆転を狙って十二の神に手出したんじゃないわさ? ま、今回は一発逆転に成功したっぽいけどもね。結果わたし達の負けナリ」


「どうするつもり? このままシンシアが他の神も手にしようとすれば、今みたいな事が起こる。そうなると.....」


 私はここで言葉を切ったが、メリーもフローも、天魔女も、私が言おうとしていた事を理解している。シンシアが他の神を狙って行動した場合、必ず実力行使に出る。そうなると怪我人か出るのレベルでは済まされないだろう。そしてシンシア魔女。

 魔女が突然現れ暴れたとなれば───他種族は私達魔女族を標的にするだろう。シンシアではなく、魔女を狙い、魔女界へ攻め戦争になる。戦争になればシンシアは十二の神を集めやすくなるだろう。


「シンシアは能力ディアで虚無を奪った。彼女は異質系の能力で、対象をコインに封印し、そのコインを自由に使う能力を持つ。そして、コイン化した対象は二度と戻らない」


「コイン.....そんな能力を......それにコイン化すれば自由に扱えるなんて」


「シンシアを殺してもコイン化された人達はコインのまま.....今回は人じゃないけど」


「うむうむ、なーるほど。虚無をコイン化させて奪った。そんでさっきわたし達のスーパーインテリジェンスなMATKマタクを消したのが虚無コインの力で、拘束も虚無コインの力で要求魔力をゼロにしたって事ナリか? エンジェリアたんの重力も自分の周りだけ虚無化、つまり無い状態にしたと? こんりゃーお手上げだわさ。なにしても勝てないっちゃ。はいはいチートチートごちそーさまでしたー!」


 虚無の効果は今まさに変彩の魔女フローが言った通りだろう。

 全てを無にする、とでも言えばいいのか、攻撃魔術も要求魔力も無にする。コイン化した事でシンシアはこの効果を好きなタイミングで使えるという事になる。ノーリスクとは思えない能力ディアだが、現にコインの効果を狙ったタイミングで使用し、私達は見事にやられたのだ。その瞬間にはリスクがないという事がわかる。さらにコイン化させる事で持ち運べるアイテムと化す。監視や抑制は必要なくなり、コインケースにでも収納し、管理だけしていれば問題ないという事か。


「今後どうなるかはわからない。そこで、エンジェリア」


「......?」


「貴女がシンシアを追って、虚無を取り返してきてほしい」


「私が?」


「メリクリウスとフローではシンシアに対抗出来ない。唯一対抗出来るのは色魔力ヴェジマを持つ貴女だけよ、エンジェリア」


「待って、それを言うなら御母様も」


「私は天魔女として魔女界ここに残る。メリクリウスとフローにも残ってもらう。もし、他種族が魔女界へ攻めて来た場合、死者を出さずに争いを終わらせるにはふたりの力は必要になる」


 突然そんな事言われても.....圧倒的とも言える虚無の力の片鱗を体感したばかりの私には.....。それに私はここを、魔女界を出る気なんてない。言ってしまえば、他の世界や種族がどうなろうと、私の知った事ではない。


「エンリーの灰色ならイケるね。さっきは助かったよーっと同時にエンリーが怖くなったわ.....あの拘束を消し飛ばすだけじゃなく───この私をナメすぎよ? だよ? コワスギ」


「コイン化したとはいえ、使う時はコインから出るナリ。さっきもそんな感じのモヤモヤ見えたし、その瞬間に重力で擦り潰したりすればワンチャンワンパンわんわんおー! んや、さっきみたいにシンシア自体をミンチにしてしまえばいいナリか? えっと何だったけ......あ、これこれ───リソースマナも摺り潰してあげるわ! 怖や怖や.....オソロシイコ!」


「ちょ、ちょっとふたりとも」


「それにエンリーは今いる魔女の中でもズバ抜けた実力を持つ天才魔女様! わたしやフローが行くよりも確率は高いよ」


「そそ、それにこれは超高難度レッドナリ。成功したらば、次の天魔女はエンジェリアたんで決定だわさ! わたしはエンジェリアたんの下なら納得だわさ~。だって───」


「「わたし達は所詮 “三下魔女” だし」」


 声を揃えて、声帯疑似魔術まで使って言うふたり。とてつもなく恥ずかしい気持ちと、なぜそんな事を言ってしまったのかという後悔の重力が私を押し潰す。


「2人が言うように実力的にも判断力的にもお前にしか頼めない。金剛の魔女としてシンシアを追ってくれないか? エンジェリア」


「........」


 時間がないのはわかっている。今すぐにでも追うべきなのも理解している。でも───


「少しだけ、ほんの少しだけ時間をください」


 すぐに返事が出来ないほど、私はこの魔女界を愛してしまっているのだ。





 宝石魔女───四大魔女。

 私が四大魔女になったのは.....もう数百年前。たしか私よりも数年遅くメリーが四大魔女に。フローは私とメリーが宝石名を与えられた時点で既に四大魔女だった。宝石名を持つまでは.....ヴァル魔女になるまではフローの存在もほとんど知らなかった。ヴァルプルギス宮殿は私の家だったから名前こそ耳にした事はあったけれど、姿を見た事はなかった。宝石魔女になって初めてフローに会った時、メリーは先輩のフローへ「大きなグルグル眼鏡ですね!」と言い私は肝を冷やした。


「......懐かしいわね」


 シンシアは私とメリーが宝石魔女になった十数年後に宝石名を与えられてた魔女で、私達より年上だったわね。


「......本当に懐かしいね」

「......んだんだ」

「......懐かしいわよね、本当に───って、え!?」


「やぁ! 会いに来たよ、エンリー」


「闇魔術で頭の中見ちゃったわさ!」


 ヴァルプルギス宮殿の自室バルコニーで思い出の引き出しを整理していた私の両隣に、いつの間にかメリーとフローがいた。全く気配が───無かったワケではないだろう。恐らくここへメリーが空間魔法を繋ぎ、ふたりで現れたが私が全く気付く様子が無かったので闇魔術で頭の中を覗いた、のだろう。こんな間近で魔力さえ感知出来ないほど、私はぼーっとしていたらしい。


「宝石魔女達はもう大丈夫みたいだよ。やられたとはいえ、あの子達も宝石魔女。自分達の防御魔術やバフで致命傷を回避していたみたい」


「そう、よかった」


 神秘の魔女───シンシアが虚無をコイン化し、奪ってから何時間経過しただろうか。他の魔女達には母が.....天魔女が説明するだろう。


「月がもうあんな上まで昇ってるナリ」


「もうそんな時間か.....何か懐かしいね」


 フローとメリーは悪趣味で眼障りな三日月を見上げ、私も三日月を見る。


「あ.....そういえばそうね。私とメリーが宝石魔女になって少し経った頃、フローと3人でこうして三日月を見たわね」


 昔と同じく、3人で三日月を見上げて思い出が蘇る。


「..........行くんでしょ、エンリー。挨拶なしは酷いよ」


「え?」


「わたしはヴァル魔女になってからの付き合いだけどもわかるどー。エンジェリアたんの気持ち。わたしより付き合い長いメリクリウスたんがわかんないワケねっすよ」


「.......っ....、うん。今夜.....今、ここを出てシンシアを追う」


「うん、それでこそエンリーだ」


「魔女の未来をお主に託すぞい、勇者エンジェリアよ。聖剣フローカリバーで魔王シンシアを成敗するわさ」


「何よその屈折してそうで弱そうな剣......それに、魔女の未来なんて私がいなくても平気でしょ」


「なに言ってんのエンリー! わたし達の世代はいいさ。でも次の世代へ、さらに次の世代へ繋がるモノが必要なんだよ。それは魔女以外もね」


「そーそーそれナリ! メリたんええ事ゆーっちゃ。んでやっぱしそれは───子供っしょ?」


「「 子供!? 」」


「あらま、どったの? ふたりして声揃えちゃって。オネーサンちょっぴり驚いたナリ」


「子供って、私達はまだ子育て出来るような立場じゃないわよ!?」


「そうそう、自分の事もまともに出来てないのに!?」


「まぁまぁ、いずれふたりは自分達の魔力やマナを引き継いだ子供を召喚して、魔女の歴史をもっとながーいモノにするんだよ。自分達の物語を確りと進みつつ、物語の種を植える。それも大事な役目ナリ」


「「 ............. 」」


「どう芽吹くのかはお楽しみナリ! でもその前にィ~........───シンシアを止めないとね、エンジェリア」


 フローにエンジェリア、と呼ばれたのは何百年ぶりだろうか.....普段の人をおちょくっているような態度や口調、雰囲気はそこには無く、真っ直ぐ突き刺さるような声質に私の胸が熱くなった。


「エンリーなら出来るよ。何か困った事があったらすぐ空間で飛んでいくからさ!」


「ありがとう。ふたりとも.....───私、行ってくるよ」





 そうして私は、ふたりの親友と別れた。ひとりで旅立つつもりだったけど、このふたりに見送られて魔女界を出られるなら、私はもっと頑張れそうだ。


 絶対にシンシアを止める。

 私が魔女界を想っているように、他の種族も自分達の世界を想っている。それを滅茶苦茶にはさせない。絶対にシンシアを止めて、戻ってくる。

その時は───.......一番にここへ来るから待っててよね。ふたりとも。





◆──────◆




 それから1年と8ヶ月。

 私は様々な世界を旅し、様々な人と出会い、様々な事を学び、今は───


「お? おかえり、エンジェリア」


「おかエンリー! むむぅ? この匂いは.....リンゴだね!?」


「こらこら、髪を結んでる途中でしょ? 動かないの。おかえりエンリー」



 私には今、共にシンシアを追う仲間が出来た。



 最初に迎えてくれたのは人間の男性【トワ】。

 彼は一番最初に仲間になってくれた人物で───トリプルSSS-S3の犯罪者だ。

 シンシアを追っている最中に人間界で巻き込まれた事件で、私は彼と対面し拘束した。死刑確定だった彼を仲間に引き入れ事を人間達は反対したが、私にとって犯罪者でも強いならば問題ではなかった。しかし人間にとっては重要な事らしく、面倒になった私は彼の───罪を犯した両腕を切断し、人間達を黙らせて連れ去った。そのため、彼の両腕は義手。


 次に私を迎えてくれた女の子は純妖精エルフの【みるひぃ】。

 妖精王のひとり娘で元気が良く明るい性格。妖精界で出会った頃はこんなに明るい性格だとはとても思えなかったが、今ではこの調子。猫人族ケットシー獅子族リオンなどよりも鼻が良く、今みたいに香りだけでリンゴだと当ててくるほど鋭い嗅覚を持つ。少女だが治癒術の腕は大人でさえも驚く熟練度で、再生術も使える。たまに笑えないレベルの風魔術を暴発させるが、本人は至って真面目に魔術を使っているので怒るに怒れない。


 そして最後は妖怪の男性で魅狐ミコの【プン】。

 可愛らしい名前とは裏腹に魅狐としては相当残酷な存在だった。黒魅狐と呼ばれ同族からも恐れられる天狐で、一度スイッチが入ると大変な事になる。妖精界ではみるひぃを助けるためにトリプルランクのモンスター【妖精喰い】を相手に大暴れ、見事モンスターを鎮静し、女帝化が進んでいたみるひぃを救い出した。その件でみるひぃはプンにベッタリ。プンも面倒見が良く、いいコンビ。



「───ただいま、みんな」



 私は今、このメンバーでシンシアを追い【多種界-4】まで来た。シンシアは今十一枚のコインと四大精霊を三体持っている。

 あと一体の神───邪神がコイン化され、一体の四大がシンシアの手に渡れば、私達は終わりだが、その最後の四大、水属性を司る【ウンディーネ】が先日この多種界-4.....エリア4でみるひぃと契約した。その事を知ったシンシアの狙いは私達───みるひぃとなり、今私達の狙いはシンシア拘束は勿論だが、この1年と8ヶ月で一度も彼女に会えていないうえにいつも一歩遅れ、十一の神はコイン化されてしまっていた。しかし今回は違う。残る神の場所をいつもより早く知れた。ならばシンシアを探しつつも、残る一体へシンシアよりも辿り着く事でやっと追い付ける───



「トワー! アップルパイ作ってー! プンはわたしの髪やって!」


「はぁ? めんどくせーな......けどまぁいいや。今から作るから待っててくださいねお姫様」


「コラコラ、動かれるとボク上手く出来ないよ。お姉さんでしょ? おとなしくしてなきゃね、みるひぃ」


「私は何をすれば......手伝うわよトワ」


「いやいやエンジェリア! お前はいいって! 危ねーから! 色んな意味で!」


「そ、そうだよ! 危ないよ! エンリーは......わたしとお話しよ?」


「みるひぃもエンリーと話してた方が動かないし、ボクも楽だし頼むよ」


「ちょっと皆、大袈裟よ? 手を切っても少し痛いだけだし、包丁ももう使えるからフルーツを切りながら話せるわ。何も危なくないじゃない」


「「「  いやいやいやいや 」」」




 ───でも今は、このひとときを大切にしよう。




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